047 事件の後処理まで終わったみたいです
「なんつー馬鹿魔力……」
「これまでの俺の努力は一体なんだったんだ……」
なのはちゃんがフェイトちゃんを撃ち抜いたシーンを見てのクロノさんの一言です。最近魔法により積極的に触れることで、魔法の威力とかをある程度把握できるようになってきたのですが、今なのはちゃんが撃ったスターライトブレイカーはその想像の遙か彼方にありました。
……まあ、エミヤさんは今日の検査で使っていた魔法が酷評されましたしね。多彩な効果を持ってはいましたが、魔力の消費が全体的に大きいんですよね。しかも本人の魔力は決して多いとはいえないみたいでしたし。
「って言うか、フェイトちゃん大丈夫なのかな?」
「ま、まあ大丈夫よ……多分。なのはさんも非殺傷設定で撃っているし」
リンディさんもどもっているあたり、それなりに実力のある人たちからみても非常識な威力なんでしょうね。
「艦長、僕は止めなくていいんですかって確認しましたよね」
「あ、フェイトちゃん無事だったみたいだね」
珍しく、リンディさんを責めるようにクロノさんが胡乱な目で見つめるのと同時に、エイミィさんが声を上げます。慌ててモニターへと向き直ると、ゆっくりと落下していくフェイトちゃんをなのはちゃんが救い上げるところでした。
「クロノ、2人を迎えに行ってちょうだい。なのはさんも限界が近いみたいですしね」
よく見ると、なのはちゃんの足元の羽が放つ光は、弱弱しく点滅しており、また羽自体の大きさも最初と比べると小さくなっています。こういう部分をぱっと見つけられるのは、場数を踏んで慣れているからでしょうね。
「なのはちゃんお疲れ様」
僕たちの居る部屋に戻ってきたなのはちゃんに声をかけると、嬉しそうに駆け寄ってきます。あれ、思ったよりも元気なのかな?
「あ、達也君。えへへ、初勝利だよ!」
僕の手を握り締めてどうだった〜? と聞いてくるなのはちゃんですが、どうもなにも。
「フェイトちゃんが可哀相だった」
直前に受けたディバインバスターの時点で魔力残量にも余裕がなくなっていて、あのままなのはちゃんの判定勝利になってもおかしくはなかったのに、歴戦の勇者であろうクロノさんやリンディさんが絶句するだけの大規模砲撃を受けたんですからね。
「だって、フェイトちゃんは私よりも強いんだよ? 決められるときに確実に決めないと負けちゃうもん」
頬を膨らませながらなのはちゃんは抗議をしてきますが、何か普段より幼い感じが……。
「なのは!」
そう思っていると、なのはちゃんがふらついて、前のめりに倒れこんできます。慌てて支えると、安らかな寝息が聞こえました。側にいたエミヤさん共々ほっと息を吐きます。
「ああ、やっぱりなのはも限界だったか」
「クロノさん? なのはちゃんも……って?」
「フェイトは完全に気絶していたから、医務室に連れて行ったんだ。かなり激しい戦闘だったから、なのはも行ったらどうかといったんだが……」
そこで困った顔をすると、僕のほうを見てきました。えっと、僕がどうかしたんでしょうか。
「君に報告すると言って、走って行ってしまったんだ。随分信頼されているみたいだな」
暖かく、こちらを見守るようにクロノさんは言います。そっか、疲れていただろうに、わざわざ来てくれたんだ。僕にもたれかかるなのはちゃんの髪を軽くなでて、クロノさんのほうを向きます。
「なのはも医務室に連れて行こうか」
「そうですね」
クロノさんが連絡を取るとすぐに白衣を来た男性がやって来て、なのはちゃんを運んで行きました。
医務室のベッドに並んで寝かせられたなのはちゃんとフェイトちゃんの隣で2人の容態を聞きましたが、単純な魔力の減少で寝ているだけだから、しばらくすれば起きるだろうとのことでした。まずはそのことにほっと息を吐いてから、魔法を使う上での注意事項について説明を受けました。
非殺傷設定でも、完全に死者をゼロにすることは出来ないこと。魔力の使いすぎには気をつけること。使うとまずい魔法のこと。特に、最後の使うとまずい魔法のことでは、なのはちゃんにも釘を刺すようにと言われました。大規模な集束砲撃は、それだけでもかなりの負荷をかけるから、相応の理由が無い限りは使ってはいけないそうです。
なによりも、僕やなのはちゃんのように魔法技術の無い世界で突発的に見つかった魔導師。その中でも、なのはちゃんのような高ランク魔導師は体が発する疲労のサインを見落として故障することが多いとのことです。本人にとっては未知の技術を使うことになるので、体からのSOSを見逃すことも増えるんでしょう。これは、しっかりと覚えておかないといけませんね。
「う…ん……。あれ、達也……?」
「おはよう、フェイトちゃん」
お医者さんの説明を聞いていると、フェイトちゃんが起きました。色々と検査などをするのかと思っていましたが、お医者さんから軽く質問をされただけで、すぐに解放されました。
「フェイト、お疲れ。……それで、本当に大丈夫なんだね?」
あれ、この2人って知り合いなんですね。……まあエミヤさんはアースラにずっといたみたいですし、ジュエルシードの探索を手伝っていたフェイトちゃんとはいくらでも話す機会はあったんでしょう。
「うん、大丈夫。……でも、なのはに負けちゃった」
呟くようにそう言うフェイトちゃんの眉は下がっていました。フェイトちゃんはそれなりに長い間魔法を学んでいたみたいなので、魔法に触れたばかりのなのはちゃんに負けたのがショックなんでしょうね。
「次……があるのかは分からないけど、フェイトちゃんも頑張ればいいよ。今の実力ならまだまだフェイトちゃんのほうが上みたいだし」
「……そうなの?」
フェイトちゃんは、その紅い目で不思議そうに僕を見つめてきました。
本当だと思いますよ? クロノさんやリンディさんが解説を入れてくれましたしね。なのはちゃんは、かなりフェイトちゃん専用の対策を練っていたみたいです。自分と相手の実力差をしっかりと把握して、唯一上回っている札——砲撃魔法を確実に当てる為に、色々と策を練っていたみたいです。無謀ともいえる接近戦は、そのための布石だったみたいですしね。
……まあ解説がやたら丁寧だったのは、どうやらこの模擬戦が艦内の訓練兼娯楽として放送されていたからだったんですが。ちなみに事前の予想では、1:4でフェイトちゃんが勝つだろうとの予想がされていました。
「そっか……。あ、達也はどっちが勝つと思ってたの?」
「……ごめん、なのはちゃん」
正直、2人の間の実力差なんて全く分かりませんからね。深く考えずに、より親しいなのはちゃんに入れました。
「ちなみに私もだ」
「ビューノまで……」
エミヤさんの言葉にがっくりとうなだれたフェイトちゃんを見て、場に笑いがこぼれました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それじゃあまたね、フェイトちゃん、ユーノ君」
翌日になりました。このあとすぐに、アースラは管理局に戻るそうです。それと一緒にフェイトちゃん、アリシアちゃん、プレシアさん、ローザちゃん、アルフさん、ユーノそれからエミヤさんが戻るので、ここ最近で知り合った人の多くがいなくなることになります。
最後に別れの挨拶をするため、体調に問題のあるプレシアさんを除いて臨海公園にいます。プレシアさんの輸送はフィリスさんが渋ったそうですが、向こうで優秀な医師の元治療を行うことを条件に出すことで、何とか行えるとのことでした。
「うん。もうこんなことは無いと思うけど、なのはも気をつけて」
「また……。なのは、すぐに、は無理かもしれないけど、出来るだけ連絡するから。それから、母さんの裁判が終わったら、絶対、会いに行くから」
落ち着いて別れを告げるユーノとは裏腹に、フェイトちゃんは溢れ出る涙を堪えるかのように途切れ途切れ話ました。
「あれ、おかしいな……笑顔でまたねって言うはずなのに……」
「フェイトちゃん……」
こぼれる涙をぬぐうフェイトちゃんを見たなのはちゃんは、自分の髪を結っていたピンクのリボンを解いくと、そっとフェイトちゃんの手を取りました。
「なのは……?」
「おまじない。私はずっと側にいるよって。それから、辛かったらいつでも呼んで。きっと、きっとすぐに飛んでいくから」
フェイトちゃんの手にリボンを巻きつけながら、なのはちゃんはやわらかく微笑みます。
「うん、うん……!」
感極まったように泣いているフェイトちゃんをなのはちゃんはぎゅっとだ抱きしめました。なのはちゃんを抱き返したフェイトちゃんでしたが、しばらくしてから目元と頬を赤く染めて、そっとなのはちゃんから離れて、おもむろに自分のリボンを解いていきました。
「なのはには必要ないかもしれないけど、私からも。私もずっと側にいるよ」
儚げな印象を与えがちなフェイトちゃんですが、この時はいつもと違った芯の強さを感じました。
そのままお別れかと思ったら、フェイトちゃんは、なのはちゃんの後ろに居た僕の手を取ると、僕の手にもリボンを巻いていきました。
「達也も、ありがとう。メリットなんて無いのに、私や母さんを助けてくれたよね。だから、何かあったら私が助けに行くから。……これはその誓い」
なのはちゃんとのリボンの交換が、お互いの友情の確認だとしたら、僕へのリボンは恩返しの誓いってところなのかな?
『フェイト……よかったね』
今は僕にしか見えませんが、なのはちゃんにリボンを渡すフェイトちゃんを見て、アリシアちゃんの目も潤んでいました。
「リラも、元気で」
「……うん」
その後はみんな別れの言葉を口にしました。なのはちゃんが大きく手を振る中、フェイトちゃんたちは光に包まれて消えていってしまいました。
「……みんな、行っちゃったね」
「そうだね」
なのはちゃんと話をしていなくても、一黄に人数の減った公園には、どこか寂しい静けさがありました。クロノさんやユーノには再会するのが難しい、という思いがそう感じさせているのかもしれません。
「この後はアリサちゃんたちとも約束してるし、行こっか」
大きく伸びをした後、気持ちを切り替えるかのように明るくなのはちゃんは言いました。
「そうだね。なんの気兼ねもなくみんなで遊べるのって結構久しぶりだしね」
ジュエルシードの探索や、短い期間でやらなきゃいけなかった魔法の練習ももうありません。何も悩むことなく遊べるんですから、今まで遊べなかった分まで楽しまないと駄目ですよね。
なのはちゃん、リラちゃんと一緒に公園を駆けて生きます。夏が近づいてきた5月の日差しは、今日これからの僕たちの気分を代弁するかのように、明るく降り注いでいました。