048 母さんの友達が来たみたいです
アースラが出て行き、フェイトちゃんたちと別れてから数日。ここ最近余り来ることができなかった図書館に、なのはちゃんと来ています。
「あ、あの子にもお友達できたんだ」
SF系の本を探していたら、なのはちゃんがふと呟きました。なのはちゃんの見ている方には、車椅子に乗った女の子と、そのこと話している男の子が居ました。図書館に来るとよく見かけるのですが、誰かと一緒に来ているのを見るのははじめてです。女の子とは特に接点もなく、お互いに会釈をする程度だったのですが、こうして1人じゃないところを見ることができて、ほっとしました。
「見たこと無い子だけど、最近引っ越してきたのかな?」
くすんだグレーの髪をしたその男の子は今まで見たことがありません。まあ何だかんだといいつつも、この辺りは海外の人が引っ越してくることも珍しくないので、よっぽど変な人でもなければ気付かないことも多く、本当のところは分からないんですけどね。
「どうなのかな? あ、そういえば、お母さんたちの友達って今日やってくるんだよね」
「あ、そう言えばそうだったね。じゃあ早く借りる本選んで帰ろうか」
僕は、何となく気になっていた大作映画の原作小説を借りることにしました。なのはちゃんも少し前に映画化された本を借りましたが、そちらはSFではなくファンタジー小説でした。テレビで放送されたのを見ましたが、僕は映画よりは原作の方が好きでした。そういう話を前にしたので、その本を借りることにしたのかもしれません。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
なのはちゃんと一緒に家に帰ると、いつもより靴が2足多くなっていました。1足は大人の女性の、もう1足は子供のものなので、もう来ているみたいですね。
「あら、なのはちゃん。いらっしゃい」
居間に行くと、黒髪の女の人と話していた母さんがこちらを振り向きました。
「はじめまして、達也君」
「はじめまして。知っているみたいですけど、清水達也です」
予想通り母さんの友達なら、僕のことを知っていても不思議ではありませんしね。
「丁寧にありがとう。あ、そっちの子がなのはちゃん?」
僕と一緒に来たなのはちゃんを見て、不思議そうにたずねてきます。
「そうよ。でも加奈子、自分たちの事も言わないと」
「あ、ごめんね。私は加奈子・グリーンよ。朱美や桃子の友人で純粋な日本人だけど、外国の人と結婚したからこんな苗字になってるのよ。それで、こっちが私の子供でリッキーよ。……ほら、挨拶しなさい」
そう促されたのは、僕たちと同じくらいだと思われる男の子だったのですが、加奈子さんとは全然違う透き通るような銀色の髪をしていました。
「リッキー・グリー……」
やる気なさそうにこちらに向きながら答えたのですが、途中で止まってしまいました。どうしたんでしょうか?
「え、ちょ、なのは? え、何で来てんの?」
「何でも何もさっきから話には出てたわよ。……もしかして聞いてなかったの?」
なのはちゃんを見て慌てていましたが、神奈子さんが言うように結構話には出ていたので、ボーっとしてたんでしょうね。実際大人2人が話していたら、普通の小学生は暇をもてあますでしょうしね。
「えー……とりあえず、清水達也です、よろしくね?」
とりあえず、自己紹介をしたのですが……これは聞いてませんね。僕の言葉には全く反応しないでなのはちゃんの方をじっと見ています。
「高町なのはです。よろしく、リッキー君」
「よろしく!」
リッキー君はそう答えましたが、その際に髪をさっとかき上げて、眩いばかりの笑みを浮かべていました。海外に住んでいると、初対面の人には笑顔で挨拶をする、というのは聞いたことがありますが、ここまで見事に出来るようにならなきゃまずいんでしょうか? なのはちゃんも戸惑っているのか、半分引きつったような笑顔を浮かべています。
「それで、リッキー君はどこから来たの?」
「あぁ? お前誰だよ?」
ああ、やっぱり聞いてなかったんですね。そう思って苦笑が浮かぶのは避けられませんでしたが、もう一度自己紹介をしようとしたときでした。
「リッキー! あんたはもう少し落ち着きなさいっていつも言っているでしょう」
加奈子さんがものすごい勢いでリッキー君の頭に拳骨を落としました。かなり大きな音がしたんですが大丈夫なんでしょうか? リッキー君も頭を抑えてうずくまっています。
「うわぁ、痛そう……」
なのはちゃんが呟いていますが、僕も同感です。叩かれたことがないとは言いませんが、あれだけ大きな音がするほど強く叩かれたことはありません。
「でも母さん、挨拶もしてないのにあいつが……」
リッキー君が抗議しようとしたところで、再び拳骨が落とされます。
「挨拶はしてたわよ、あんたが聞いてないだけで」
「はい……」
リッキー君は頭を抑えながらも正座をして、反省していますという姿勢で加奈子さんのほうを向きました。見るからに外国人といった容姿のリッキー君が正座をして叱られている様子は、どこかシュールなものがありますね……。
「だ、大丈夫……?」
「大丈夫さ! 心配してくれてありがとう!」
加奈子さんの叱責が一段落したところでなのはちゃんが声をかけると、途端に元気を取り戻してなのはちゃんの手を取りました。今までされたことが無い反応に、なのはちゃんが助けを求めるように僕を見ますが、僕にもどうにも出来ませんよ……。
「ほら、なのはちゃんが困ってるから手を離しなさい」
「そんなことないさ。ね、なのは!」
「えーっと……離してもらえるとありがたいのですが……」
ウインクをしてなのはちゃんに同意を求めるリッキー君でしたが、弱々しくもしっかりとなのはちゃんが拒否したことで、「NO〜」と叫びながら床を転がり回っています。ここまでテンションの高い人を見たことがないので、見ていて楽しいといえば楽しいのですが、深く付き合うとなると疲れそうです。
「リッキー……落ち着きなさいと言ったわよね?」
「はい」
加奈子さんが、どこか冷たく感じる声でそう言うと、一瞬でリッキー君は姿勢を正しました。会ってから少しの時間しか経っていませんが、こうやってリッキー君がよく叱られている光景が目に浮ぶようです。
「ごめんね、達也君。もう一回自己紹介してもらっていいかしら?」
さっきまでの冷たい声から一転して、加奈子さんは優しい声で僕に話しかけてきました。気にしないで下さい、このまま色々やっていてもしょうがないですし僕は構いませんよ。
「清水達也です。よろしく……あれ、その目……?」
自己紹介している途中にふと気付いたのですが、リッキー君の目は左右で色彩が異なっていました。左目は金色の瞳なのに対して、右目は銀色にも見間違えるほどの透明感を感じさせる青をしていました。
「ああ、オッドアイだ。羨ましいか?」
いや、別に羨ましくはないけど珍しいなぁって。僕がそう思っていると、隣にいたなのはちゃんは、どこか心配そうに加奈子さんに声をかけました。
「気になったから調べたことがあるのですが、オッドアイってなにか病気に関連したりするんじゃ……?」
「えぇ!?」
「私も産んだときにお医者さんに言われて心配したわ。検査してもらったら大丈夫だったからほっとしたんだけどね」
そんなの聞いてないよー!? と1人で呟いているリッキー君を放置して、なのはちゃんに質問をします。
「なのはちゃん、よく知ってたね」
「この間読んだ本に出てて、ちょっと気になったから調べたの」
なのはちゃんが読んでいるのは基本的には娯楽用の小説ですが、こうして気になったことを自分から調べるのというのが本当の勉強の一つなのかもしれませんね。思わず久しぶりに頭をなでると、なのはちゃんはくすぐったそうに身をよじらせました。
ふと我に返れば、3人からじっと見つめられていました。自分の行動を思い返してみると、羞恥で顔が厚くなるのが分かります。
「あらら。桃子のとこの子が同じ年の女の子だって聞いたときは、この子にもチャンスがあるかと思ったけど無理みたいね」
「そんなことないよ、俺の力を見せれば……」
リッキー君は慌てて加奈子さんの言葉を否定しようとしましたが、加奈子さんに左右のこめかみをぐりぐりと押されて、うめいています。
「大体リッキーはそれが原因で自由に行動できないのは分かってるでしょ? 私だって基本的に忙しいんだから、そうそうこっちにはこれないわよ? ……まあそういうわけだから諦めなさい。大丈夫よ、性格はともかく顔と才能はあるんだから、誰かに拾ってもらえるわよ」
何を話しているのか分からない部分もありますが、細かいことは気にしないで流した方がいいと学んでいるので放置です。それにしても、親にも性格に難アリって思われてるんですね。
「細かい話は置いておいて……せっかくなのはちゃんも来たことだし、桃子にもあってくでしょ? 旦那と一緒に喫茶店なんてやってるから、見に行かない手は無いわよ」
「そうね、それは見に行かないとね」
ニヤリと笑って母さんが誘うと、加奈子さんも同じように笑って返事をします。こういう部分を見ていると、母さんと加奈子さん、桃子さんは本当に親しい友達だったんだなぁと思います。
「いらっしゃいませ……って加奈子じゃない、久しぶり」
「久しぶり」
翠屋に行くと、桃子さんが出迎えてくれました。加奈子さんはハイタッチを交わしながら挨拶をしています。
桃子さんは基本的に厨房に居るので、こうしてすんなり会うことが出来たのは運がよかったんでしょうね。時間帯的には客数もそう多くないので、桃子さんと話をすることを目的としてこの時間にこれば、何も考えずにいくよりは可能性が高いのかもしれませんが。
「それで、せっかくだから桃子も一緒に話したいんだけど……時間取れる?」
「うん、大丈夫よ」
桃子さんは頷くと、6人がけのテーブルに案内してくれました。
「……ご注文はどうしますか」
「あれ、リラちゃん?」
僕たちが席についてすぐに、リラちゃんが翠屋の制服であるエプロンを着てやってきました。
「ああ、編入の手続きもすぐには終わらないから、申し訳ないけど家にいてもらうつもりだったのよね。そうしたら、やることも無いし手伝うって」
そう言うと、桃子さんはくすりと笑いをこぼします。
「どうかしたんですか?」
「あ、ううん。一昨日も暇だったからって家でクッキー作ってたのよね。……まあオーブンは念のため私がやったんだけど。そうしたらとても出来がよくて、なのはも美由希も落ち込んでいたのよね」
翠屋を継ぐことを考えているなのはちゃんが、お菓子類をたまに作っているのは知っています。何回も貰っているので、なのはちゃんの腕前は知っていますが、そのなのはちゃんが落ち込むだけの腕前なのかな?
「それはいいけど、この子はどうしたの?」
「ちょっと事情があって、ね。今家で預かってる子なんだ」
まあ正直に理由を話すわけにはいきませんし、どうしてもぼかした言い方になってしまいます。ですが加奈子さんは、この話を聞かされた母さんと同じように、呆れの中に懐かしさをこめた目をして桃子さんを見つめました。
「相変わらずそうやってるのね」
聞けば中学時代も、弱っている人の相談を聞いたりと他人の為に色々と行動していたみたいです。
保護者組はそうして盛り上がっていたのですが、注文をとりに来ていたリラちゃんが困っているのを見て、慌てて注文をしました。
「それにしても、リラちゃんはしっかりしてるわね。それに比べてうちのリッキーは……」
僕たちから注文を取った後もあちこちのテーブルを回っているリラちゃんを見ながら加奈子さんが嘆くように言います。まあ、リラちゃんは転生者ですしね。一度ある程度成長しているはずなので、色々と同年代の子よりは出来ると思いますよ。
「まあこのくらいの年齢なら気にすることも無いんじゃない?」
「でもなのはちゃんも達也君もしっかりしてるじゃない? やっぱり心配にもなるわよ」
アディリナちゃんはもちろん、すずかちゃんやアリサちゃんも大概ですしねぇ……。一番付き合いが深いのがなのはちゃんを含めたその4人なので、たまに忘れそうになりますが、リッキー君は悲観するほどのことではないと思いますよ? テンションの高さについていくのが大変そうではありますが……。
「ま、気長に待つしかないわね。……それはそうと、編入ってどんな学校に入れるの?」
「聖祥大の付属小学校よ。お金とかは十分すぎるくらいに貰っているし、なのはとも仲がいいみたいだから同じ学校に行ってもらおうかなって」
戸籍なんかは管理局が持っているルートでどうとでもなるとはリンディさんが言っていましたが、お金まで出してもらってるんですね。
「母さん! 俺も聖祥行きたい!」
「……はあ。母さんも父さんも簡単に仕事がやめられないのは知ってるでしょ? かといって、今のあんたじゃ怖くて1人で行くのも許可できないわ」
元気よく希望をいったリッキー君でしたが、あえなく撃沈されてテーブルに突っ伏しています。怖くても何も、小学生を1人で生活させようっていう発想が出てくるのが恐ろしいのですが……。
「加奈子ってそんなに忙しいの? そもそも何やってるのかも知らないわけなんだけど」
「一応警備会社、みたいなものかな? 人手不足だから忙しいのよね……。能力給がすごいから、ブラックって訳じゃないんだけどね」
「警備会社、ね……。旦那さんは何も言わないの?」
桃子さんは複雑な表情をしています。そう言えば、士郎さんはボディーガードのときに大怪我をしたんでしたね。
「うちの人と出会うきっかけもそこだからね。それに、あっちだと女性がそうやって働くのも珍しくないから何も言わないわ」
なるほど。でも僕も、そうやってお互いを尊重し会える関係を築くことが出来たら嬉しいですね。