055 今後の方針を決めるみたいです
「それじゃあ、カリムさんが戻ってくるまでどれくらいかかるか分からないけど、あんた達の話を聞かせてもらうわよ」
カリムさんが出て行くのを見送った後の沈黙を、アリサちゃんが破りました。
まあ、話さない訳にはいかないですよね……。
「じゃあ何から話そうか」
「そうね、まずは何であんた達がこんな世界に踏み込むことになったのか、からね」
あー、確かにそこからですね。
「ふーん、達也君、女の子には優しいんだね」
「勘弁してよ……」
ローザちゃんやリラちゃんとの関わりを話した辺りで、すずかちゃん、アリサちゃんから責められています。アディリナちゃんはある程度状況が分かっているのか、苦笑しながら僕を見ていましたが。
「まあ空気も良くなったし、カリムさんが戻ってくる前にもう少しこれからの事を話しましょうか」
重苦しい雰囲気が払底されたと判断したのか、アディリナちゃんが音頭を取り、微笑みんでいたはやてちゃんも表情を引き締めました。
「せやな。わたしの事情に巻き込んでしもうて申し訳ないけど……」
「水臭いこと言わない。まだ会ったばかりだけど、友達を見捨てるつもりはないわ」
「アリサちゃん……ありがとうな」
さすがアリサちゃん。何でもないことのようにこう言った発言が出来るから、クラスどころか学年のリーダーだと皆から信頼されてるんですよね。
「まずは現状抱えている問題についてね」
「そうだね。まず一番大きいのははやてちゃんに対する侵食をどうするか、だね」
さすがに、誰が聞いているか分からない環境で闇の書なんて危ないもの(らしい)の名前をホイホイ使うわけにも行きませんし、少し気をつけないといけませんね。なのはちゃん達も、僕が「闇の書」という言葉を使わなかったことの意味に気付いたのか、一瞬はっとした顔をした後、表情を引き締めていたので大丈夫だと思います。
「え、まずはそこなん?」
「そうね。他にもいくつか問題があるけど、話し合いをするなり人を雇うなりである程度対策できるものばかりだしね。でもはやての体には私たちじゃどうにもできないもの」
アディリナちゃんが言うとおり、闇の書の持ち主であることを知っていたようであるギル・グレアムだとかグルジさんに対しては、目的がかみ合えば協力することが出来るかもしれません。襲ってきた人たちに関しては、単純な武力でぶつかってきている以上、それ以上の力があれば何とでもなります。武力、という意味では前者の話し合いが決裂した際にも必要になるかもしれません。
曲がりなりにも対策がとれるものと違って、闇の書からの浸食は一から解決手段を見つけるしかありません。残された時間しだいでは、半ば人体実験のような治療に踏み切るはめになる可能性だってあるんです。
「なるほど……あたしかて死にたい訳やあらへんし、それはなんとかしたいなぁ」
僕の考えを話した時のはやてちゃんの反応は、口調こそ軽そうでしたが、何かにすがるような弱さを感じさせるものでした。
「シャマルさん、さっき調べた時の感触で構いませんが、はやてちゃんにどれくらい時間が残っているか予想できませんか?」
「達也君!?」
どこか責めるようになのはちゃんが声を上げますが、これについては譲るつもりはありません。
「なのは。……私だって、あんまり言いたくはないけど、少なくともこれを知らないとこれからどうするかなんて決められないわ」
「なのはちゃん、ありがとうな。ほんで、達也君とアディリナちゃんも」
間違いなく今一番辛いのはやてちゃんのはずですが、何処までも優しい笑みを浮かべて、なのはちゃんだけでなく僕達にも深々と頭を下げ、お礼を言いました。
「わたしに残された時間を知ったら……達也君らは精一杯に動いてくれるんやろ?」
疑問形ではありましたが、確信を抱いていることを感じさせる言葉でした。
「やからな、シャマル。分かったことがあったんやったら、わたしに遠慮なんかせんと、はっきり言ってや」
「……あと2年。今のままのスピードでしたら、それくらいではやてちゃんのリンカーコアが限界を迎えると思います」
……短いですね。これまで障害を抱えながらも生活してこれた以上、10年程度は残っていると思ったんですが。これだと、結構無茶をしないと駄目かもしれません。
「そっ……かぁ……覚悟はしてたつもりやったんやけど、2年、かぁ……」
「それで達也、アディリナ。この短い時間でどうするつもりだ?」
何か方策はあるかとアディリナちゃんの方を見てみますが、アディリナちゃんも腕を組んで難しい顔をしています。地球上の医療ではおそらくどうにもならない以上、可能性があるのはクロノさん達ミッドチルダの技術。もしくは、地球の科学では触ってもいない分野。……どっちも繋がりがあるのは基本的に僕となのはちゃん、か。
「治療法が見つかるかどうか以前の賭けになるけど、アイデアがないわけじゃないよ」
「……ほんまに?」
はやてちゃんだけでなく、なのはちゃん達も疑わしげに——でも、もしかしたら、という希望を僅かに覗かせて、僕を見てきます。
「ギル・グレアム——グレアムおじさんに全てを話そう」
「グレアムおじさんに?」
騙されていた当人でもないなのはちゃんやアリサちゃんが眉をひそめているのに、はやてちゃんはなにも気にする様子もなく、不思議そうに首をかしげました。
「うん。はやてちゃんの事を知っていながら、監視だけにとどめていたんだから、何か目的があったはずなんだ。それに協力するから、はやてちゃんの回復を手伝ってもらう。そう言う方針で交渉できないかなって思うんだけど、どうかな?」
仮に交渉が上手くいかなかったとしても、特に悪くなるものもなさそうですし、話すだけ話してみてもいいんじゃないのか、というのが僕の基本的な考えです。そもそも向こうが監視していたことをこちらがしってしまった以上、向こうからも何らかのアクションは起こすでしょうし。
問題は、ギル・グレアムが権力なり武力なりを持っていて、他の組織なり個人なりからのはやてちゃんに対する干渉をはねのけられるか、ですが、襲ってきた人たちの話を聞いた限りでは、一定以上の影響力は持っていそうだったので、ある程度までなら何とかなると思います。
「……うん。確かに達也君の言うとおり、話してもはやてちゃんが損することはなさそうですね」
もう少し詳しく、と言われ説明するとシャマルさんも納得してくれたようでした。
「わたしはかまへんで」
「私も大丈夫だとは思いますが、一応シグナムやヴィータとも話してからにしたいところですね」
それはそうかもしれません。少なくともはやてちゃんの身の安全に直結する以上、変なしこりを抱えたまま進むのはまずいでしょうし。
「じゃあこれで今後の方針は決定でいいのかしら?」
「はやてちゃんはいいけど、僕達がどうするかは決まってないよ?」
アリサちゃんが確認をとってきますが、今決まったのは「はやてちゃんの」これからなんですよね。単純に巻き込まれることになった僕達の身の振り方は決まってないんですよね。
「そう言えばそうだったわね。はやてとの交友関係から探されたら簡単に見つかるだろうし……」
「このまま戻るのも問題だろうけど、はやてちゃんの方が解決するまで待つわけにもいかないよね? どれくらいかかるか分からない以上、学校を休むわけにもいかないし」
問題はそこですね。すずかちゃんの言うとおり、これから相手がどう出てくるのか分からない以上、無防備なまま生活を続けるのはちょっと遠慮したいです。かといって、僕達に対して護衛を張り付けるというのも難しいでしょうし。
「まぁ、その辺りはもう少し事情に詳しい人たちに確認をとってから、ね。クロノさん? にもどうするべきか相談してみればいいだろうし」
確かにそれしかないですかね。所詮はパートタイムで手伝っていたなのはちゃんと、実質巻き込まれただけともいえる僕とリラちゃんじゃあどう考えても的確な対処が出来るとは思えませんし。
「すいません、お待たせしました」
今後の行動が一応ながら決まったので、他愛もない話をしているとカリムさんが戻ってきました。
「クロノは生憎離れられない、とのことでしたが、来てもらえれば話くらいは聞けるそうです」
よかった、クロノさんいたんだ。結構あちこち飛び回っているみたいだったから、会えないかもしれない、とは思っていたんですが。
「それで迎えをよこす、ということだったんですが……フェイト・テスタロッサという名前に聞き覚えはありますか?」
「フェイト・テスタロッサって……フェイトちゃん?」
一番に反応したのは、やはり付き合いの長いなのはちゃんでしたが、アディリナちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんもすぐに驚いたような顔をしました。
「あぁ、その様子だとご存じのようですね。さすがにここだと説明が面倒なので、教会の方に来てもらいますので、そちらに行きましょう」
まあ街中の何の変哲もない喫茶店を目印にするよりはいいとは思いますが……それにしても教会?
僕達が困惑を顔に浮かべたのを察したのか、カリムさんが苦笑しながら教えてくれました。
「そういえば管理外世界出身でしたね。教会、というのはベルカ自治区にある聖王教会の事です。宗教組織ではありますが、ロストロギアのような危険物の管理も一部している、ベルカの管理局といった側面も持っている組織です。時空管理局とは基本的には友好関係を築いているので、特に問題になるようなこともないと思いますよ」
まあ全てにおいて、という訳ではないみたいですけど。ロストロギアの管理では一部摩擦もあるという話でしたが、少なくとも次元漂流者の世話は時空管理局が一手に請け負っているとのことなので、今回の件では問題が起きることはなさそうですね。……現在表にしていることについては、ですけど。
「フェイトちゃん!」
「なのは」
カリムさんに教会の待合室のような場所に案内され、一時間ほど待っているとフェイトちゃんがやってきました。別れてからまだ一月経っていないのですが、離れていた友達に会えたのが嬉しいのか、なのはちゃんがフェイトちゃんに駆け寄って行きました。
「達也も久しぶり」
「うん、久しぶり」
儚げに微笑んでいるフェイトちゃんですが、最後に会った時と違って消えてなくなりそうな、という表現はもう出来そうにありません。どうやらプレシアさんとは上手くやれているみたいですね。
『私もいるよ!』
私……ってこの声はアリシアちゃんですか? 周りを見回してもアリシアちゃんの姿は見えませんが……。
「あれ、まだ誰か来てるの?」
呟くようなすずかちゃんの声が耳に届きます。よく見てみれば、他のみんなも不思議そうな表情を浮かべています。
「今のアリシアちゃんだよね? みんなにも聞こえたってことはもしかして……」
「うん。ローザはまだプロトタイプだって言ってたけど、一応完成だって」
フェイトちゃんはそう言って、胸元から黄色く透き通った宝石のついたペンダントを取りだしました。
『えーっと、大部分の人にははじめまして。フェイトのお姉ちゃんをやってるアリシアです』
「わ、すごい。立体映像なんだ」
アリシアちゃんの言葉と共に、宝石からアリシアちゃんの姿が現れました。すずかちゃんが反応しているってことは、霊体とかじゃなくて実際の映像みたいです。
「あれ、でも姉っていうけど、フェイトの方が年上に見えるけど……」
『あ、わたし結構前に死んじゃってるから。那美とかお兄ちゃんのおかげでこうやって話せるから感謝だね』
さらりととんでもないことを言うアリシアちゃんに、どう反応したものかとみんな困っているみたいです。まあいきなり死んじゃってます、なんて言われたらしょうがないのかもしれませんけど。
『んーと、あんまり気にしないで? もう結構前だし。生きて……はいないけど、死んでからでもみんなより長いから精神的にはもう成人も過ぎてるはずだし』
「……そう? ならあんまり気にしないようにはするわ」
何でもないことのように言うアリシアちゃんに、気にしてもしょうがないと思ったのか、軽く首を振った後、アリサちゃんが空気を変えるように言いました。
それにしても、精神的には成人してる、と言う割には僕の事をお兄ちゃんなんて呼ぶんですね。
『前にも言ったけど、頼れそうだったし。それに、前にしばらく一緒にいた時もみんなの頼れるお兄ちゃんだったしね』
あー……デバイスとの相性を確かめてた時の事ですね。なのはちゃんたちと会った時にも何回かは一緒でしたし、そういう意味では間違ってないのかもしれませんが……。
「達也? ため息なんてついてどうしたの?」
「あ、ううん。なんでもない」
不思議そうにアディリナちゃんが声をかけてくる、ってことは、さっきの会話はデバイスとしてじゃなくて、霊としてのアリシアちゃんとの会話だったみたいですね。
しっかり学んだ訳じゃないからしょうがないとはいえ、この二つの声の区別をつけられるようにしないと、いきなり変なことを言いだしたように見えそうだなぁ……。
明けましておめでとうございました。
年明け更新どころか一周年すら通り過ぎての更新です。
やりたいネタは一杯……じゃないにしてもあるのですが、どれもA'sが終わらないと出来ないという……。
何にしても鈍足だろうと進めてはいきますので、応援等々よろしくお願いします。