054 不調の原因が分かったみたいです
「ふぅん、魔力を蒐集して絶対的な力を手に入れる、ね……」
近くにあった石の周りに腰掛けて、情報交換を行いました。聞いた情報をまとめると、アリサちゃんが言った通りになります。
さすが“闇の書”と言うだけあって、魔力を集める過程で相手を傷つけてしまうそうです。
「らしいで。まあわたしはそんな力なんてどうでもええからな。家族が出来ただけで満足や。贅沢を言えば、この足が治ってくれたら言うことはあらへん」
自分の足を軽く叩きながら、何でもないことのように言うはやてちゃんは本当に強いと思います。それにしても。
「闇の書、か……」
「なんや達也君、何か思うことでもあったん?」
ふと思いついたことがあって、思わず口からこぼれた言葉にはやてちゃんが反応しました。
「あ、うん。何か名前からして呪いとかかかってそうだし、はやてちゃんの足も闇の書が原因だったりするのかなぁって思っただけ」
「あ、確かにそうかも。魔力を奪うなんて恨みとか買いそうだし」
なのはちゃんも肯定してくれいますが、僕は呪いの装備とかそういったどちらかと言うとゲームよりの知識から思っただけだったんですよね。当然、シャマルさんが眉間に皺を寄せていますが。
「呪い、ですか。そんな眉唾なものが関わってるとは思えないけど……」
いや、ありますよ、呪い。現実にはちょっと違いますけど、久遠も祟りなんて呼ばれるすごい存在だったわけですし。
「まあわかる範囲で調べてみればいいんじゃないの? 原因が分かるだけでも気持ちが変わるんじゃないかしら」
「そうね、別に損があるわけじゃないし……はやてちゃん、ちょっとごめんなさいね」
アディリナちゃんの提案を受けて、シャマルさんがはやてちゃんの側に寄り、何か魔法を使ったみたいです。
しばらく目を瞑って集中しているシャマルさんでしたが、その顔色からは徐々に血の気が引いて行きました。
「そんな……」
「シャマル?」
ザフィーラさんがシャマルさんを気遣うように声をかけますが、シャマルさんは何も言えずに、ただただ立ち尽くしていました。
「シャマル、わたしは平気やから、何か気付いたことがあったら言ってや」
おどけることなく、毅然とした態度でシャマルさんに声をかけるはやてちゃん。その姿は、確かにシャマルさん達の主として相応しい姿だと感じました。
「……はい。その……闇の書が、はやてちゃんを侵食している形跡があります」
「ん……? つまりどういうことや?」
「闇の書が手元にないのではっきりとは分からないんですが、はやてちゃんの魔力がどこかに流れているみたいなんです。普通ならこんなことはないんですけど……。しかも、その様子が私達が魔力を蒐集する時の様子に似ているんです」
「それは……」
「……はい。私達が、はやてちゃんの負担になっている可能性が——」
自虐的に呟くシャマルさんの頬をはやてちゃんの手が叩きました。
「ふざけんといてや。確かにな、足が動かんで苦労したこともある。でもな、シャマル。シャマルもシグナムも、ヴィータも、ザフィーラも、みんな大切な家族なんや。負担? 大いに結構や。わたしらは家族なんや。お互い支えあってなんぼやろ」
「はやてちゃん……!」
シャマルさんは泣き崩れるようにはやてちゃんにすがりつきました。はやてちゃんはそんなシャマルさんの背中を優しく叩いていました。
「……?」
ザフィーラさんも側に行き、温かな空気を作っている八神家の人たちをみんなで見守っていると、リラちゃんが僕の服を引っ張ってきました。
「……あれ」
リラちゃんの方に体を向けると、リラちゃんはある方向を指差しました。
その方向を見てみると、金色の髪をした人影が慌てて隠れるのが見えました。
「なんや、どうかしたんか?」
どう反応したものか困っていると、その空気を感じ取ったのか、はやてちゃんが僕に尋ねてきました。
「あ、うん。何か人がいたみたいなんだけど……」
「……? 誰もおらんで」
僕たちが見ている方に視線を向けたはやてちゃんですが、当然姿を見ることができるわけもありません。
「さっき、隠れちゃったみたいだからね。ちょっと様子を見てくるよ」
「あ、私も一緒に行くよ」
なのはちゃんが一緒に行ってくれるみたいです。見知らぬ土地なので、多少なりとも身を守る手段があるなのはちゃんが一緒なのは心強いですね。
「なら私も行くわ。英語なら話せるから、多少はマシでしょ」
あー、確かに。僕となのはちゃんだけだと言葉が通じない可能性があったんですね。そういう意味でアディリナちゃんが来てくれるのはありがたいです。
「という訳で、アリサ、すずか。待っててね。すぐ戻ってくるから」
こうして、僕となのはちゃん、アディリナちゃんの三人で岩陰へと向かっていきます。当然なのはちゃんは、はやてちゃんの家からバリアジャケットを展開中なため、私服の僕達にまざって、一人だけ緋袴という浮いている格好です。まあ、かわいいとは思うんですけどね。
「さて、達也とリラが見たっていう人影はそこの岩の向こうに行ったのよね?」
「うん。話が通じるといいんだけど……」
英語が通じれば何とかなるとは思うんですけどね。見た感じではヨーロッパ系の人だったんで意思疎通はできるはずなんですが……。
「じゃあまず私が行くね? 大丈夫そうだったら知らせるから、それから来てね」
特に気負った様子もなくなのはちゃんは岩陰へと消えて行きました。
なのはちゃんの魔法の実力は結構なものらしいので、よっぽど大丈夫だとは思うんですけど……。こういう時、男の子らしく危ない役目を負えればいいんですけどね。全くの素人よりはマシという程度の実力しかない僕では、やりたくてもできないのが口惜しいです。
「はあ……」
「何よ達也、ため息なんかついて。……なのはのことが心配なの?」
「それは心配だよ。なのはちゃんの実力はわかってるけど……心配は心配だよ」
魔法の実力は、ですけどね。魔法の怖さについても話してしまいましたし、争いごと、特に対人となるとどこまでやれるのかは怪しいものなんですよね。
「……じゃあ様子でも見に行ったら? どうせ何かあったら私達はどうしようもないんだし」
「でも——」
足手まといがいなければ、逃げ切るくらいはできると思うんですよね。そう、言おうと思った時でした。
(達也君、大丈夫そうだよ。アディリナちゃんと一緒に来てもらえる?)
(うん、分かった。すぐ行くよ)
なのはちゃんから念話が届きました。何事もなく終わりそうだと思い、ほっと溜息がこぼれます。
「……達也?」
「なのはちゃんから連絡。大丈夫だって」
急に言葉を切った僕を、心配そうにアディリナちゃんが見てきます。こうして急に念話が飛んでくると、どうしても反応が出来ないのが問題ですね。
「そう。分からないことがまだまだあるから、後できっちり教えてもらうわよ」
「うん、分かった」
まあ当然ですよね。さすがにこれだけ派手に巻き込んでしまっている以上、話さないという選択肢はとれませんよね。巻き込むきっかけも、どこかの魔導師が襲撃をかけてきたことですからね。魔導師の取り締まりも管理局の仕事らしいですから、クロノさん達に何か言われたら、責任は全部押し付けてしまいましょう。……なのはちゃんのみならず、アディリナちゃん達まで巻き込むことになったことには、それなりに頭にも来てますしね。
「待たせたわね」
「ううん、平気だよ? でも、達也君どうしたの?」
「何か考え事してるみたいね。……ほら達也、いい加減戻ってきなさい」
おお!? アディリナちゃんに肩を強く叩かれたと思ったら、目の前になのはちゃんと、金髪の綺麗なお姉さんがいました。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
「……」
「……」
とりあえず、ということで挨拶をしたんですが、お互いにそれ以降言葉が止まってしまいました。
「あーと、僕は達也。清水達也といいます。お姉さんは?」
「達也君、ね。私はカリム、カリム・グラシアです。そちらは?」
お姉さん……カリムさんがアディリナちゃんの方を見て尋ねてきました。なのはちゃんとは自己紹介くらいは終わっているということでいいんでしょうか。
「アディリナ・バニングスよ、よろしく」
「はい、よろしく。……ところで、こんなところでどうしたの? なのはさんからは二人に聞いてと言われたのだけれど」
なのはちゃん、僕達に投げたんですね……。アディリナちゃんの方を見てみると、僕の方見て、頷き、一歩下がりました。……これは僕に任せるってことでいいんでしょうか? いや、まあ予備知識の少ないアディリナちゃんには分からないことも多いでしょうから仕方ない部分もあるんでしょうけど。
「えーと……まず、こんな場所ってことだけど、まずここが何処か聞いてもいいですか?」
「ここですか? ここはベルカ自治領になります。もっと言えば、第一管理世界のミッドチルダ北部ですね」
ベルカ自治領なんて聞いたことない、と思ったんですが、続く言葉を聞いて納得しました。どうやら、地球じゃないみたいです。地球は確か……第97管理外世界、でしたっけ。
「なるほど……。僕達だけじゃ判断できないこともあるので、他の人達も連れてきていい?」
「他の人……ああ、一緒にいた子達ね。いいですよ。でも、立ち話もなんですし、ちょっと喫茶店にでも行きましょうか」
当然ながら僕達はお金をもっていないので、精々高校生程度にしか見えないカリムさんに払ってもらうのは申し訳ない、と断ろうとしたのですが、「子供が気にしないの」というカリムさんの言葉に甘えさせてもらうことにしました。よく考えてみれば、クロノさんやエイミィさんとそう変わらない年齢っぽいですし、もう働いていて安定した収入があるのかもしれません。
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「なるほど、襲われて逃げてきたんですか。それも、本人の行動とは関係のない部分で……。大変でしたね」
「んーわたしは、半分考えるのをやめとったから、そう大変でもあらへん。ただ、なのはちゃんらはこっちの都合で巻き込んでしもうたから、なぁ……」
5分ほど歩けば、大きいとは言えませんが、それなりの規模の町がありました。カリムさんは、特に悩む様子もなくある喫茶店へと向かい、そこで話をしています。
「直接の関係がない、ということですし、帰ろうと思えば帰ることはできますが……」
「なにか問題でもあるん?」
「あ、はい。見た限りではなのはさんは優秀な魔導師のようですし、それにこちらに転移したというレアスキルの事もあります。素直に返してもらえるとは……」
やや沈んだ様子で、カリムさんがなのはちゃんとリラちゃんを見ました。なのはちゃんは、意味がよくわかっていないのか、きょとんとしていましたが、リラちゃんは体をこわばらせて、僕の後ろに隠れてしまいました、
「あー、そのことだけど、時空管理局のリンディさんかクロノさんって知ってる? ちょっと前に僕らの世界で問題が起きてたときにお世話になったんだけど」
「リンディさんにクロノさん……もしかして、クロノさんというのはクロノ・ハラオウン執務官の事ですか?」
管理局への連絡さえとれれば、と思っていたのですが、幸いカリムさんは知っているようでした。リンディさんやクロノさんがどの程度有名なのかは知りませんでしたが、思っていたよりも上の立場なんでしょうか。
「知ってるんですか!?」
「ええ。クロノとは私の義弟が友人なんですよ」
身を乗り出すようにしてなのはちゃんを宥めるように、落ち着いた様子でカリムさんが答えました、それにしても、クロノさん達とつながりがあるのなら、そう問題なく帰れそうですね。
「なら、連絡だけ取ってもらっていい? なのはちゃんやリラちゃんの事も一応知っているし、何とかしてくれると思うんだ」
「そうですか。クロノ達も忙しいでしょうから、どれくらい時間がかかるか分からないけれど」
それでも、連絡さえ取れれば、何とかなるとは思うんですよね。最悪、リラちゃんに頼んで帰るっていう選択肢がありますし。
「ではクロノに連絡とって来ますね。すぐ戻ると思うのでここで待っていてください。……あ、と、その前に一つだけ」
席を立ったカリムさんでしたが、ふと思ったように、僕達——というか、リラちゃんの方を向いて立ち止りました。
「……なに?」
「レアスキルの扱いには注意してくださいね。使っても、使えなくなっても、貴女の扱いが変わってしまうから」
寂しそうな頬笑みを浮かべてリラちゃんにそう言った後、返事も待たずにカリムさんは店員さんにお金を払うと、行ってしまいました。
「……何かあったのかしら」
「分からないけど……きっと、辛いことがあったんだと思う」
アリサちゃんやすずかちゃんが言っている通り、何かあったんでしょうね。僕達が何を出来るという訳でもありませんけど。この先、協力できることがあったら、積極的に手伝うくらいですかねぇ。
本来は前の話と合わせて1話で終わらせる予定でした。
……もう少しサクサク進められるようがんばります。