夢を、見ていた。
とても懐かしい夢だった。
小さい頃の俺と、名前の知らない双子の年上の女の子だった。
その時から俺は、世間では『異常』のレッテルを張られていた。
5歳ぐらいの時には、すでに中学生ぐらいの頭脳を持っていた故に迫害をされていたのだろう。
我慢という名目により、小学校で遊ぶことを赦されなかった俺は、家の近くの公園でしか遊べなかった。
それでも、その公園に遊びに来る子供たちとはよく遊んでいた記憶はある。
まぁ、高校生になった俺にとってはその子達のことは忘れていたが。
でも、絶対に覚えておかなきゃと思っていたのだろうか、その双子と遊んだことだけは覚えている。
『いつも一人で遊んでいるの?』
それが、最初の言葉だった。
その時の俺は、ただ頷くことしかできなかった。
『じゃあ、一緒に遊ぼうよ!』
そしてその女の子は、自分とそっくりな女の子を連れてきて、一緒に遊んだ。
鬼ごっこ、かくれんぼ、おままごと、砂遊び・・・数え上げればいくらでも出るようなものだった気がした。
そして、夕方になって家に帰る時間になったとき、後から来た女の子が唐突にこう言ってきた。
『明日も、ここで遊べるのか?』
その質問に、その時の俺はただ黙って頷いた。
その答えに満足したのか、二人とも俺に別れの言葉を告げて公園から出て行った。
それからしばらくは一緒に遊んだ。
あぁ、確か雨の日にはあの子等の家にも行ったっけな。家がめちゃめちゃデカくて驚いたが。
晴れている日には、いつも公園で遊んだな。おもちゃとかは3人して別々なのを持ってきては、また次の日には会えるんだからと約束を破らないようにそれぞれのおもちゃを交換して家に持ち帰りもしたな。
そして2か月も過ぎたある日に、双子が唐突にこう言った。
『私達ね、遠くに行かなくちゃいけなくなったの。だから、もう会えないかもね。』
いつも通りというか、なんとなく分かっていた結果だった。
それが引っ越しというものであるのも分かっていた当時の俺だったが、やはり悲しいものは悲しいのか、その場で無言に泣いたな。
『なんで、嫌だって言わないの?』
言いたかった、でも言っちゃいけないって分かっていたから、言ってしまったらもっと悲しくなるから、自然とそう感じていた。
「だって・・・もっとかなしくなるから・・・」
『・・・大人なんだね、キミは』
・・・大人なんかじゃないと、思っていた。
ただ俺は、他人が泣いているのが見たくないだけだったのだけかもしれない。
だから、涙が出なかったのかもしれない。
よくよく考えてみれば、泣いたのは両手で数える程度しかなかったな。
そして口を閉ざしていた女の子は、唐突に口を開いてこう言った。
『約束しよう、またいつか絶対に3人で会えるって!』
「・・・やく、そく?」
『そう!約束だ!』
この3人で、何度約束を交わしたのか覚えてないけど、その約束は今まで以上に難しくて、今まで以上に大事な約束になることは、感づいていた。
でも、それでも、また3人で笑っていたいから、手に入れることができない数少ない幸せだったから、そんな事を言ってくれる人がどこにもいなかったから、その時だけは泣いた。
「・・・ぐずっ・・・うぇ・・・」
『泣いてるの?』
「だって・・・だってぇ・・・」
『いいんだよ、泣いても。泣きたくなったら、泣いてもいいんだよ?』
「うぇ、うぇぇぇえええええん!」
その優しさに初めて触れたから。その時はただ、ひたすらに泣いた。
その優しさは、初めてにしては大きすぎたから。何気ないその一言が、俺にとって唯一の救いでもあったから。
そして彼女達は、次の日から公園に来ることは無かった。
中学に上がっても彼女等の行方を捜したが、当然見つかることは無く、高校に上がってからも、一年で見つかることは無かった。
未だに俺はしがみ付いているのだろうか、その約束に。
その答えは、まだ分からない。
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あの戦闘から、もう1日が過ぎていた。
克影は目を覚ますことは無く、テストの合否も聞ける状態ではなかった。
結局あの戦闘は実践だったらしい。司令部の方でも急に通信が落ちたから混乱していたという事を、真那さんから聞いた。
ちなみに僕の相手をしていた瑞鶴が真那さんで、克影の相手をしていた瑞鶴は真耶さんと言うらしい。ちなみに二人は武家の出身で、代々武家の要人護衛についている武家らしい。
彼女等の戦績は日本の衛士の中でもトップクラスに入るらしく、二機編成《エレメント》戦では負け知らずらしかった。そしてその二人を倒した謎の人物が、いるという事で訓練校内ではその話題で持ちきりだった。
その僕たちがいつまでも訓練校にいるのはまずいって事で、今は月詠さんの家にいるんだけど・・・
さすがに代々要人護衛についている伝統ある武家だからなのか、家がデカかった。
いや、デカいのは構わないけど、構わないんだけどね、外見と室内の広さが一致しないってどういうことなの!?
しかも、休んでいてくれと言われた部屋が20畳以上はあると思われる部屋だった。
逆に部屋が大きすぎて夜は寝るのに一苦労したのは、ちょっとした余談だけど。
風呂も風呂で大変だったな。侍中の人が来て入ろうとしてきたから、大丈夫ですよって言って済んだけど、今度は真那さんが入ろうとしてきたから、速攻で出ました、はい。
真耶さんも克影も一日経った今でも、起きることは無い。
真耶さんは軽い脳震盪だから、一日も経てば起きるだろうと言われているけど、克影は疲労によるもので、こっちも一日経てば起きる。と、軍医から診断が出ていた・・・らしい。
多分、他にも色々と検査をされていたのだろう。真那さんが引き取るって言ったら、すぐに惜しそうな顔をしていたから。
昨日の事を色々考えている内に、襖を軽く叩く音がした。
「鉄様、食事の用意が出来ました。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
侍中の人が部屋を去っていくのを音で確認すると、僕は立ち上がって部屋の襖を開けた。
外は既に日が昇っていて、太陽の光が顔に当たり、少し眩しい日差しが顔に当たる。
今はもう1月。いつもは初詣やら今年の一文字だとかで騒いでいた世界は、もうない。
宇宙人なんて言う、それこそいると思わなかった存在とこれまでも、これからも戦う事になる。
ここに御都合主義上等な人生を過ごした人間がいたら、夢なら覚めろと思うだろう。
でもこれは現実だ、夢と思うが思わなかろうが覚めないものは覚めない。これは変わらない。
いくら願っても、いくら想っても、帰ってくるものは夢じゃない。現実だ。
それが、この世界の法則である。
そういえばこの世界の法則だけど、歪んでいるって萩閣から聞いた。
『この世界は異常に不安定らしい。いるはずのない人間がいるし、死んだ人間が生き返っている。だがそれも、別の世界から運ばれた人間でしかない。そして、この世界に運ばれる人間は限られている。ある因子を持っている人間か、克影に深く関わっている人間という事だ。現状、俺以外には確認されていないが、その内現れるだろう。それだけ、この世界は安定を求めているのか、不安定になっているかのどちらかだがな。』
もし萩閣の言う通り『世界は安定を求めているのか、不安定になっている』のであれば、現れる人間は多いであろう。
まず世界研究部、そして因子所持者、後は存在するかもしれない曖昧な者創造者《クリエイター》と、この世界にも存在しなおかつ、克影とも深く関わっている————白銀武
彼と克影の関係は、彼らの父親たちの仲が良かったからである。
克影の父の名は黒鋼武司。白銀の父の名は白銀影行。
実際に彼等の仲が良かったのかと言えば、高校時代まではそうでもなかった。
中学校に入るまでは兄弟のように仲が良かったのだが、中学校では犬猿の仲だったらしい。
原因は知らないが、中学に入った途端仲が悪くなったと聞かされている。
高校は二人して同じ高校に通い、大学では二人でサークルを立ち上げていたと聞くところ、
高校で仲が戻ったと見ても別段おかしくはないだろう。事実は知らないが。
なんでも、高校時代の3年生最後の球技大会でハンドボールに出場して『黒の弁慶』『白の与一』と言われていたらしい。
大学卒業後白銀影行は、アフガンやイランなど紛争地域に渡って傭兵を。黒鋼武司はヨーロッパで生活を始め、10年後二人とも日本に戻りそのまま定住した。
それから2年、白銀影行の妻である白銀静は白銀武を生み、黒鋼武司の妻である黒鋼琴乃は黒鋼克影を生んだ。
武司は影行に、影行は武司に『名付け親になってほしい』と言うところ、お互いに信頼をしていたんだと思う。
そしてその証として影の一文字を克影に、武の一文字を武に与えた。
それが、彼らが出生する前の僕が聞いた話である。
「まぁ、こっちの白銀は黒鋼を知っているかどうかは、分からないけどね」
ここの世界に白銀がいたとしても、その白銀は黒鋼克影という不特定な存在を知らないはずだ。黒鋼克影は元々この世界に来るはずのない人間なんだから。
・・・ここまで知っているのに何もできないのは、確かにじれったいのを身を持って痛感したよ。
・・・知っていることが多いと、時間が惜しくなるっていうのは本当だね。
「何を知っているというのだ?」
「・・・え?」
一人で深い考え事をしているときに、音も無く近寄ってきたのは、月詠真耶さんだった。
・・・人が考え事をしているときに、心を読むなんて不謹慎だと思うのは僕だけなんだろうか?
「そういえば、傷は・・・」
「気にするな、大したことは無い。それより独り言を聞き流せというのは、少々無理があるんじゃないか?」
「あれ?口に出していました?」
確かに、自分が考えていることを口に出しちゃったら、聞いていた人に無視をしろと言うのは、奇妙な話である。聞こえてなかったのは無視しても構わないのだが。
「はっきりとな。それで、何を知っているんだ?」
真耶さんの問いに答えようかどうしようかと迷ったのだけど、ここまで来てやっぱり無視をしてくれと言うのは無理があるだろう。彼女にここで意見を聞くのも、またいいかもしれない。
僕は問いに答えるべく頭の中で解を捜して、いらぬ事をしゃべらない様にして答えた。
「近いうちに日本本土にBETAが侵攻してくるという事ですよ」
「なぜだ?
巨人ねぇ・・・最近その言葉を聞く回数が多い気がする。まぁ、誰を指しているかはわかるんだけどね。
「確かに、巨人のおかげでBETAはその侵攻を阻まれました。が、一番厄介なのはその後方にある巨大な建築物」
そう、この戦争で一番厄介なのはBETA側の地球の本拠地がアジアの中心にあることと、それらの支部の出現の仕方。つまりは————
「———ハイヴか」
「そう、一番厄介なのは奴等の本拠地であるハイヴが宇宙から降ってくることです。月ないし火星から航行してくるハイヴは、地上に降りるのと同時にBETAを上陸させ、その周囲の自然、人工物、そして人を根絶やしにする・・・大量なBETAが出現するせいで、中に製造機でもあるんじゃないかと思われるぐらいのその数に、勝てるはずもなく撤退。今は日本本土にハイヴの落下は確認されていないものの、絶対落ちてこないなんて言う保証もない。むしろ、落ちてきてもおかしくはないっていうのが現実です。」
「つまり、近いうちに本土にハイヴが落下してくるかもしれないと・・・?」
「まぁ、そういう事です。」
「ほぅ・・・・・・」
僕の解に納得しているのか、それともまた別の事を考えているのかは分からないが、深く考え込んでいるようだった。
人類側のBETAの情報は限りなく少ない。目的不明、交信不能、理念も不明。分かることと言えば、その種類と炭素系生命であることと、人類を生物と認識していない事。つまり路傍の石と同じく見ている事だけ。
それ以外の事はハイヴを攻略しないと分からないってところだからね・・・
「見込みでいい、いつ落ちてくると思う?」
「え?そうですねぇ・・・2月下旬から3月中旬の間じゃないですか?」
「根拠は?」
「まず、昨日の戦闘でBETAが地中から攻めて来たことです。偵察か、もしくは着陸時の防衛あたりが目的ではないかと思われました。それと、朝鮮半島での戦闘で日本に危機感を持たれたと思ってもなんの違和感もないでしょう。僕が聞いた話によると、朝鮮半島での戦闘の後日本に向かうBETAが存在していたらしいです。」
「しかし、BETAには感情と言うものがないと聞いているが?」
「ですが絶対無いとは言い切れません。そもそもBETAに感情がないというのは、彼等がためらいを持っていないというところから来ています。もしも彼等に学習するという思考があるとすれば・・・」
「確かに、ありうるな」
僕の話が分かってくれたのか、納得したような真耶さんだったけど、事実は彼らの指揮官級のBETAを発見しないと分からないものだった。とりあえず、ハイヴを攻略しないと進まない話である。
「とりあえず気難しい話は、朝食を済ませてからにいたしましょう。つい先ほど、朝食の支度が出来たと聞き及んでいますから。」
「そうか、では参ろうか」
だけど、本土戦は近いうちに起きるだろう。戦場は日本本土にも及べば、九州と四国はほとんどの確率で落ちるし、まず西日本が戦場になる。それをさせない為に僕等が動くことになるかもしれない。
たとえ、わが身を犠牲にしても・・・
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夢から覚めると、和式の天井が目に入った。
「・・・ここは?」
周囲を見渡すと、小さな和式の部屋だというのが分かった。
花瓶や色々なものが見られるところ、誰かの部屋であることも分かった。
「よいしょっ!?いてててててて!」
布団を自分で剥いで、起き上がろうとすると突然体中に激痛が走る。
あまりの痛さで、また横になってしまったが、徐々に痛みが引いていくのが分かった。
「ふぅ・・・・・重い、体中が重い・・・」
全身を鎖で縛りつけられたような感覚に違和感を感じるが、起き上がれないのは事実である。
と、そこに襖を開けて中に入ってくる人がいた。
「あら?目が覚めましたか」
「え、えぇおかげさまで・・・」
緑の髪を流し、軍の制服のような真紅の服装で現れた女性が、俺の事を見下ろしていた。
心配そうな目で俺を見ていたその人は、無事を確認できたのか微笑んだ
「よかった・・・・起き上がれますか?」
「体中が痛いんで、起きるのはできますけど・・・」
「分かりました、朝食を運ばせるよう手配します」
「ありがとうございます・・・・・・すいません」
「はい?」
彼女が立ち上がって部屋から去ろうとするときに、その後ろ姿に見覚えがあると思い呼び止めた。
確か、記憶にあるのはつい最近の出来事で聞いたことがある声にも聞こえた。
自分の頭の中で探し回っても思いつかない。仕方がないので、聞くことにした。
「礼をしていませんよね?自分は黒鋼克影と言います。今回は、看病をしていただいてありがとうございます」
「いえ、とんでもないですよ。名乗ってもらいましたのに、私が名乗らないのはおかしな話ですよね・・・・・私は、月詠真那と申します。今回あなた方の試験官をやらせていただきました。
コールサインはレッド02です。・・・・・あの時は本当にありがとうございました。」
この時、俺は驚きのあまり少し意識を飛ばしていた事は、俺にしかわからない事である。