俺と光成の戦闘が終わったのが、確認できたのか、HQから通信が入った。
「黒鋼克影様、鉄光成様、戦闘の終了が確認できました。指示に従い、ハンガーにお戻りください。瑞鶴はこちらで回収いたします。」
「了解だ。」
『了解~』
「では指示いたします。まず・・・・座ひょ・・・」
「ん?」
突如、HQからの通信状況が悪くなり、オペレーターの声が徐々に聞こえなくなってきた。そして、オペレーターの声が完全に途絶えた時、突然地鳴りが始まった。
『何々!?まだテストは終わってないの!?』
「いや、これぁテストっつーか・・・実践だろ」
俺の言葉をきっかけに前方約3\x{339e}先に現れたのは、光州作戦にも現れた、
一匹が地上に出たらまた一匹、一匹と数を増やしていき、最終的には5匹になるまで地面からクジラのように頭を出してきた。
そして5匹目が地中から出た後、最初に出てきた門級がその口を徐々に開いた。中から蟻のごとく現れたのは、BETAご一行だった。
「なんだこりゃあ・・・」
『パッと見て、5千はいるねぇ・・・』
門級が腹に入れられるBETAの数は、5百が限度だと聞いた。だが実際に見てみると、一匹に当たり千は入れるだろうと思うぐらいの大きさだった。
だがこんなに揃っても所詮は俺達にとっては烏合の衆、ただの蟻同然にしかならない。
「光成!俺が前に出んから、お前は瑞鶴を一か所に集めて漏れた奴を仕留めてくれ!」
『わかったよ!気をつけてね!』
「心配すんだったらてめぇの心配でもしな!」
『はいはい!』
光成に先ほど沈めた紅い瑞鶴を任せて、ブーメランのようにひん曲がった長刀を持って、俺は跳躍ユニットを吹かして、地面すれすれに飛行して、6千の蟻に突っ込んだ。
勇気と蛮勇は意味が違うとよく言うが、これは勇気でも、蛮勇でもない。
これは、殺戮だ。
そして蟻の大群に突入する3秒前に、叫んだ。
「一方的に殺ってやるよ!この無感情の炭素系生物どもがぁ!」
そして、克影とBETAが接触した瞬間、赤い風が吹き荒れた。
血は風に乗り、肉は四散し、巨人が通った道は、赤く染まっていた。
ただ、彼らからは分からないかもしれないが、その巨人の目には、確かに赤い『血の涙』が流れていた。
その涙は、一人の『英雄』と呼ばれた、因果に唯一逆らった男の運命を変え、この世界そのものの運命を、変えていくことになろうとは、この時誰も想像することのできない事である。
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血の風を起こす克影は、メインカメラから血を流しているように見え、『血の巨人』の正体が彼であることを、表していた。
その絶対的な力は、自分を殺す運命に抗っているようにも見え、同時にこの世界の人間を救うことができる、必要不可欠な力でもあるように見える。
そして彼の姿は、彼と出会うまでの時の自分と、重ねてしまった。
彼と出会うまでの僕の『罪』は、未だに消えることはなく、僕の心を蝕んでいる。
〈おまえが殺したんだ!私の父を!あなたの妹を!そしてこの世界を!後悔しろ、そして一生を持って償え!それが、おまえが数多の世界に対する、唯一の『罪滅ぼし』だ!〉
彼女達の父を幾度もこの手で殺し、僕の妹でさえ自らの手で殺め、そして彼女ら自身もその血塗られた手で殺してきた。
そんな自分を赦されようと思っていない、いや赦そうとも思わない。
このドス黒くなってしまった手を、何度も赤く赤く染まってしまったこの手を、僕は何度も振るうだろう。
それが僕、それこそが僕が僕であるための、誰にも赦させやしない、僕自身の罪だから。
アンラ・マンユ、アヴェスターの絶対悪。世界のすべての悪を代弁する『神』。そして僕の罪の名前と、僕自身の本当の名前。
鉄光成という名は、偽名でもあるけど、僕が生前父さんと母さんから世界に命あるものとして名付けられた、『人間』としての名前。
神と人間、支配するものと支配されるもの、赦すものと赦されざる者。
相対する、というのも可笑しいけどアンラ・マンユは、人の罪を神に対して表す存在だ。
言うなれば、国の王に対して国全体の心を伝える革命の指導者とでも言おうか。
その存在は、善き心を持つ者たちにとっては、確かに悪なのかもしれないが、その悪とは一体なんなのか?
その答えは、未だに見つかってもいない。
今はまだいい。まだこの罪は赦されるものではないから。でも、この罪が赦されるようなことが起きてしまい、君が自らの存在と、その罪に気付いたその時、その答えは見つかるのかもしれない。
「その時は、君が僕を止めるか、僕が君を殺すまで、世界に平和の二文字は降りてくることは無いだろうね・・・。強くなるんだ、黒鋼の名を冠する我が友にして、僕とは異なる選択を選んだ影を持つ光よ。」
僕を、倒せるほどに・・・・・
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落ちかけた意識の中、私は巨人が怪物を殺していく、『お伽噺』のようなものを見ていました。
そして、意識がはっきりと覚めた時、私は目の前の光景に、ただ目を奪われるばかりでした。
「なんなの・・・これは」
右へ左へと、時には上に上がり雷の如きその速さで下に飛来するその姿は、目には見えないほどの速さでした。
ただ、あの巨人に赤い涙が流れている事に気づくのは、少々時間が掛ってしまいましたが。
でもその眼に、涙が流れていることに気付いた時、私は部下の言葉を思い出しました。
血の巨人————世界各国に現れ、今や民衆の希望ともなっており、軍部が目の敵にしている存在。
実際にその姿を目に捉えた者はおらず、神出鬼没なその存在は、今の世界の軍人の中では、もはや神話に出てくる英雄のような存在になっているもの。
そんな巨人を相手に、今回戦いを挑むような結果になったのは、『光州の英雄』と呼ばれている、彩峰萩閣准将のお願いから始まったことでした。
突然、元瑞鶴のテストパロットをしていた巌谷中佐から、彩峰准将よりとある志願者2名の試験官をしてほしいと依頼が届き、私と私の双子の月読真耶がその試験官に選ばれた。
最初は、楽な仕事だと、すぐに終わらして守護に戻らねばと、そう思っておりました。
しかし・・・それは、彼らによっていとも簡単に覆されました。
黒鋼克影と鉄光成、城内省のデータベースに存在しない二人。
彩峰准将に取り入り、この日ノ本を堕落させようとする工作員の者かと思っていたのですが、実際に剣を交えて戦うと、工作員の可能性はいつの間にか、無くなっていました。
彼らの振るう一つ一つの刀には、迷いがなかったのです。
幾度なく、冥夜様と殿下のお守りをしてきた私達二人には、御二人の命を奪おうとする輩を、排除していった私達には、分かりました。
彼らは、他国の工作員とは違い、その心に真に嘘を付くことができない。あくまでも、自分自身の心に偽ることができないということです。
そして私たちは、彼らに倒されていました。
「お目覚めですか?」
機体から降ろされて、複座式の陽炎の管制ユニットの前部座席に座っていた少年が、私が目覚めたことに気が付いたのか、突然声を掛けてきました。
あんまりにも突然だったので、少し驚きましたが、後ろも見てみると、15ほどの少年が目の前におりました。
「・・・子供?」
「失敬な、僕はこれでもさっきの戦闘であなたに勝った人間ですよ?」
「え?」
彼の言葉に少し呆けてしまいましたが、彼が言っていた、さっきの戦闘というのは、明らかに私たちのテストである事はすぐに分かりましたが、やはり気になるところがいくつもあります。
「少し確認を、あなたが黒鋼克影ですか?」
「違います、僕は鉄光成です。まぁ、日本人ではありますが、この国のデータベースには存在しない者となってはおりますがね。」
彼ら自身が、この国のデータベースに存在しないことと、なおかつそれを偽装しようとしない事に、少し違和感を覚えましたが、現状それは関係の無い事なので、殿下に命ぜられた事を、優先させていただきましょう。
「では次の確認を、あなたたちはいったい何者ですか?」
工作員であればこの場で死を、純粋にBETAと戦い国を、人々を守るような者であれば、連れて行くことも可能ではありますが、この場の返答次第によりますね。
そして、彼の次の一言が出るのに、そう時間は必要ありませんでした。
「普通に生活をしていたい、ただの人間ですよ。」
その言葉で、私は確信しました。
この二人は、信用に値する人であるということに。
「・・・分かりました、貴方達を信用します。」
「そんな簡単に信用してもいいんですか?裏切る可能性も、はずれじゃないかもしれないですよ?」
「・・・私が言うのはおかしいですけど、そんなことができる人は、相当な芸当を持つ工作員ですね。」
確かに私は見ました。彼の瞳の奥にある、確固たる意志があることに。
そして私は知っています、彼と同じ眼をした人達を。
まず煌武院殿下、次に冥夜様。そして、彩峰准将。最後が・・・名前を知らない、あの人。
私達二人と、ある契りを結んだ名前を知らない人。
契りを結んだ相手の名前を知らないなんて、不謹慎などいろいろ言われますが、でもあの眼と、契りだけは覚えております。
「さて、と。僕はもう一人の方を守らなきゃいけないから、あっちの方に行ってもらってもいい?」
「この現状は、テストなのですか?」
目を覚ましたら、目の前で陽炎と6千ものBETAがいきなり戦闘していたので、現状把握が出来ていなかったのですが、これがテストにしても現実にしてもあの数を相手にするのは至難の業であることは確かであることには変わりません。
「さぁ?でも、テストだろうが現実だろうがやることは一緒でしょ?」
「・・・・ええ、分かりました。」
彼の言葉に私は同意を示し、ペイント弾で桃色に一部染まっている瑞鶴に戻り、突撃法を捨てて重量を軽くし、長刀を手に持って切っ先をBETAの群の中に向けて、跳躍ユニットを起動した。
機体は徐々に加速していき、BETAの群と衝突寸前でユニットを下に向け、上に上昇した。
現状、長刀でこの数を相手にしていると補給がないのを想定すると、せいぜい千を切れる程度であることは確かである。ならばとるべき手段はこの場からあの陽炎、もしくは陽炎のパイロットである黒鋼克影なるものを救出し、この戦場から撤退するのが常套手段だが、なにしろ相手はBETAである。後ろに下がればこれより被害は増し、京都は火の海と化すであることも無いとは言い切れない。
だがこの場からBETAが動かないのは事実である。理由は分からないが、陽炎を中心にほとんどのBETAがあの陽炎を目指している。それに加え、光線級は上空からも発見されていない。まぐれとは言いにくいがめったに無い絶好の機会というのは確かである。
ならば私が今やるべきことは、陽炎と共に6千のBETAを相手にすることだろう。
私は、攻撃の中心になっている陽炎をすぐさま見つけ、陽炎の背中を守るように上から降りた。
陽炎から通信が入る前に、こちらから通信回線を開いた。
「瑞鶴《レッド》02です!援護に参りました!」
『援護感謝する!が、それよりもこの現状を司令部に伝えてくれ!テストの続きとは思うが、司令部との通信が途絶えている状況だ!』
「!?」
彼が言うとおりに、司令部にこの現状を報告しなければならないのは確かである。そして同時に司令部との通信も途絶えているのも確かである。故に動ける者が司令部に早急に向かい、援護と増援の要請をするのがこの場にとって、最も有効的な策ではある。だがしかしこれには致命的な欠点がある。
「何をいっているのですか!この数を相手に一人でできるわけがないでしょう!?」
ただでさえ2対6千の状況なのに、私が向かえば1対6千になってしまう。つまり彼は私に自分を見殺しにしろと言っているのである。
『だがしかし、陽炎《フレイム》02は脚部の駆動部をやられている!そして瑞鶴《レッド》01は跳躍ユニットを破壊されている!だったら司令部に向かえることができるのは瑞鶴《レッド》02!あんただけだ!』
「し、しかし!」
『早く行ってくれ!俺もあんたを庇いながらじゃこれ以上は持たない!』
通信中もBETAを二人とも倒してはいたが、明らかに陽炎《フレイム》01が瑞鶴《レッド》02を中心にぐるぐる回りながらBETAを相手にしていたのである。彼が標的にされているというのに、この状況下で私を守りながら戦闘している、ならば早急に司令部に向かうべきなのであろう。
「っ!すみません!長刀は置いていきます!」
『ありがたい!よろしく頼んだぞ!』
「はい!それまでに生きていてください!」
『15で死にたくはないからな!』
そして持っていた長刀を地面に突き刺し、噴射跳躍で司令部に向かい、道中陽炎《フレイム》01が死なないようにと自分でも知らないうちに願っていた。
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「行ったな・・・」
瑞鶴《レッド》02が司令部の方に向かったのを確認すると、すぐさまBETAの撃破に戻った。
肘より下が無くなった腕に無理やり要撃級の腕を刺し、奴らの頭を重点的に攻撃していた。
その時、刺した腕が硬いなと思ったのはちょっとした余談である。
そして瑞鶴《レッド》02が置いて行った長刀を無事な腕で持ち、両手を2刀持ちの型にして、できる限り腕を振りやすくした。
終わらない要撃級の腕と、切った要撃級の後ろから突撃をかましてくる突撃級の攻撃をかわしながら、よけるのと同時に反撃を繰り返していた。
右へ、左へと要撃級は頭を狙い、突撃級は後ろを狙って長刀で切り落としていった。
そして、その終わらない攻撃を10分も繰り返しているうちに、長刀がとうとう使い物にならなくなっていた。
「チィ!もう駄目か!」
使い物にならなくなった長刀を放り投げ、またもや空いてしまった片手で要撃級の頭を捩じ切るようにして、突撃級は要撃級の腕で正面からアッパーを食らわして何とか行けたが、もはやそれも持たない状況になっていた。
「後千は無いってのに…!」
装甲はところどころ剥がれてしまい、機体は黒と赤が混じった色になってしまっている。
正直、その程度の数だったらクランを使ってこの状況でも勝てるのだが、今あれを使うとどんな奴に目をつけられるか分かったもんじゃない。
跳躍ユニットを鈍器の代わりにでも使おうかとは一度は躊躇ったのだが、もはやそれをしている暇はないらしい。
跳躍ユニットを無理やり外して、警戒警報が鳴り響いているのを無視し片方の跳躍ユニットを鈍器に使って、要撃級の頭を殴り続けた。
9百・・・8百・・・7百・・・6百・・・5百・・・徐々にその数を減らしていくBETAではあったが、こちらの武器ももはやもう片方の跳躍ユニットしかない。
だが克影の顔には疲労が見えても、その眼には確固たる意志があった。
「生きてやる・・・・生き残ってやる・・・・」
—————こんなところで死んでたまるかよ!
その生にしがみ付く姿は、ある者には鬼神に見え、またある者は希望に見え、またある者は孤独な少年にも見えたのだろう。
だが少年は知らない。彼は未だに自らの存在が何者なのかに。
だが少年は知っている。自分が何のためにあることに。
「俺は・・・俺の物語は・・・まだ始まってすらもないんだぁあああああ!」
克影は叫びながら、終わりを迎えてきた戦いに自らの体を削って再度死地に向かう。
また減るBETAの数。4百、3百、2百と減っていく。
「おぉおおおおおおおおおお!」
振り回し、潰していく克影。だがその後ろから要撃級が腕を振りかぶっていることに彼は、気が付かなかった。
その振り下ろされた腕は、彼のメインカメラを捉えた。
頭に命中した腕は、そのまま振り下ろされたまま上がることは無かった。克影がその要撃級の頭を潰したからだった。
「はぁ・・・はぁ・・・もう、無理か」
少し頭が混乱していたのもあるのか、その攻撃に気が付かなかった自分の浅はかさに、悔やんではいるが、自分にできうることはすべてやった。
何度も来る強い衝撃。その衝撃は、死神の足音にも聞こえた。だがその足音の中でも彼は未だに諦めというのをしていなかった。
先ほどまで鬼神の如き戦闘をしていた彼が、急に腕を組んで何かを待っている彼に死神は近寄れなくなったのか、衝撃が来なくなった。
そして機械の手が画面越しにではなく、直に見えたことによって克影は、やっと安堵の息が出た。
『陽炎《フレイム》01!無事ですか!?』
「なんとか、無事ですよ。」
『よかったぁ・・・・』
そして管制ユニットが引きずりだされた目の前には、瑞鶴《レッド》02が他の随伴機と共にいた。
そして克影の無事を確認すると、彼女もホッと一息を付いていた。
だが、克影にはまた別のことが頭にあった。
「すまん、せっかく救出してもらったんだが」
『え?』
「疲れたから、寝させてもらうわ」
『え!?』
そう言って彼は、夢の海へと身をゆだねた。