プロローグ
雪の降る夜。俺は事故にあった。
なんて事は無い、良くテレビで見る様な、普遍的にある普通の事件。当人からすれば堪ったものじゃないが、それでも事故が無くなる訳じゃない。
痛みに呻く間もなく、ただ普通に死んだ。実際、事故にあったからといって当時の事をハッキリと覚えていられる方も大概おかしいと思う。
どこにでもいる、唯の一被害者だ。
そんな俺が、何故こんな真っ白い部屋にいるのか、そろそろ説明が欲しい所。
手元に置かれたコーヒーを一口飲み、若干苦みを感じながら視線を移す。俺の視線の先には、一人の女性がいた。
「あ、漸く戻ってきた。じゃあ早速……あなたは死んだので、どっか行きたい世界とかあったら言ってちょうだい」
目の前で話しているこの女性は誰だろうか。正直興味は無いし、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが。
そんな事を考えていると、目の前の女性は溜息をついてコーヒーを飲んだ。その姿は絵になるほどだが、生憎と俺に興味は湧かない。
「反応薄いね。まぁ良いけどさ。……で、端的に言うとあなたは死にました。私が漫画なんかの世界へ飛ばして上げます。理解が出来たら次ね」
死んだ? って事は、やっぱり此処は死後の世界とかそういう類なのだろうか。……そうなると、何故こんな所に連れてこられたんだかさっぱり分からないんだが、俺。
それよりも優先するべき事があるのだろう。彼女は俺の様子を見透かした様に言った。
「理解できた?」
「大体」
「よし、なら次ね。私がどこか別の世界へ飛ばしてあげるから、適当な能力でも見繕ってちょうだいな」
能力? それってどういう物の事だ? そんな事を思っていると、俺の疑問を見透かしたかのように彼女は話し出した。
「まぁ、あれよ。いわゆるチート能力? ああいう奴だと、私も楽しめるからお勧めなんだけどね。どう? やってみる?」
「……お勧めとか言われると、裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうんだが、その辺は?」
「そりゃあね。何の為に死後に此処に連れて来たと思ってんの。私と契約して、別の世界で好き勝手やって貰う為に決まってるじゃない」
「……いや、意味が分からないんですけど」
何を当たり前の事を、とばかりに言う女性に対し、俺は唯困惑するばかり。その様子を見て笑いながら、彼女は言葉を続ける。
「いわゆるチートな力を持って異世界に転生。契約さえ結んでくれれば良いから、後は勝手にハーレム作るなり酒池肉林するなり好きなようにしたら?」
何故女関係ばかりなのかは激しく疑問を覚えるのだが、彼女にとって俺はそう言う男に見えるのだろう。心外極まりない評価だが、今は関係無い。
「ちなみに、何処の世界に行く予定なんですか?」
「そうね……『魔法先生ネギま!』辺りなら、好きな様にやれるんじゃない? 魔法とかいろいろあるしさ」
適当に思いついた事を口にしただけなのだろう。彼女はどうでもいいとばかりにコーヒーを啜り、俺の方を向いた。
彼女は俺の方をじっと見続けている。異論は無いか、と言う事なのだろうか。
少なくとも原作を知ってはいるが、正直其処まで記憶には残っていない。吸血鬼だとか幽霊だとか、そう言ったキャラがいる事も知ってはいるのだが。
「まぁ、大丈夫です。はい」
「うん。物分かりのいい子、お姉さんは好きだよ」
笑みを浮かべながら告げる彼女に対し、俺は能力をどうするかを考えていた。
あの世界にはいろいろとやばいフラグが建っていた筈だし、生半可なチートじゃ簡単に叩き潰されそうな気がしてならない。自身の身を守る意味でも、多少なり突き抜けたチートの方がまだマシだろう。
となると、俺の知識の中では幾つかに絞られる。そして、俺がその中で一番興味を惹かれた上に強力な物はと言うと。
「……じゃあ、能力ですけど、────って言うのは出来ます?」
そう言うと、一瞬ポカンとした表情の後に、彼女は笑った。
「オッケーオッケー。大丈夫だよ。それにしても、アンタは科学馬鹿だったか。いやいや、それはそれで面白いから良いよ」
「……と言うか、結局貴女は何なんですか?」
「え、今頃になってそれ聞くの? ちょっと遅いんじゃないかなぁと思うけど、聞かれたから答えるわ。……私はね、所謂悪魔って奴よ」
悪魔。詳しい事なんて知らないが、一般的な知識としてはあまり良い印象は無い。
「それで、何故俺を転生なんてさせようと思ったんですか?」
「そりゃ、私が契約したいからよ? と言うか、別に貴方である必要も無いし。偶々偶然それとなく何故か選ばれたのが貴方。運が良かったんじゃない? 悪魔って契約は守る存在だから、約束は守るわよ?」
「……こういうのって、神様がどうのこうのって言うのがテンプレートかなぁとか思ったんですが」
そう言うと、目の前で大爆笑された。い、意味が分からない……。
ひとしきり笑い、涙を浮かべるまで笑った彼女は、目の前に座り直して答える。
「いやぁ、笑った笑った。まさか神がこんな失敗するなんて思ってるなんてね」
「違うんですか?」
「そりゃ違うわよ。神ってのは、あなた達のイメージで言えば『万能』でしょ? 何でも出来るんだから、失敗なんてする訳無いじゃない」
神は、何でも出来るけど、何でもはやらない。そう言う存在だと、彼女は言う。そもそも人間が『其れ』を完全に理解出来ると思っている事が間違っている、とも。
「私は利があるからこういう事をやってるけど、普通はやらないからね、こういうの。信用出来ないかもしれないけど、少なくとも悪魔は契約は守るって事だけは覚えておいてくれると助かるわ」
「はぁ……所で、ネギまの世界にも悪魔っていたと思うんですが」
生返事をした後に問いをすると、またも腹を抱えて大爆笑をされた。何がつぼにはまったのか、さっぱり理由が分からない。
腹を押さえたまま、彼女は笑い終えてこちらを向く。
「いやぁ、まさかそんな事を聞く奴がいるとは。まぁ、聞かれたから答えるけどさ、私とそいつらが、本当に同格だとか思ってる?」
先程までのこちらの警戒心を解く様な笑みは形を潜め、今度は逆に威圧感を与える様な笑みを浮かべている。地雷を踏んだか、と一瞬で聞いた事を後悔した。
「……いえ、そんな事は」
「だよね。まさか、人間程度が敵う相手だとでも思ったのかな? かな?」
残念、どうしようもありませんでした。と彼女はげらげら笑う。その直ぐ後、真面目な顔をして話を進め始める。
「ま、それはどうでもいいとして。そろそろ準備も終わったし、行って貰うとしましょうか」
「ちなみに、契約したからって魂取られるとかそう言うのは無いですよね?」
俺の中の悪魔というイメージから、咄嗟に聞いてしまう。それを聞いた彼女は、迷う事無く即答した。
「無いわよ。取ったら転生出来ないでしょうが。私にとっての利益は、あなたが世界を歪める事よ」
世界を歪める? 意味が分からない。眉をしかめて考え込んだのを見て、彼女はクスリと笑った。
「いわゆる原作ブレイク、って奴? 元の世界から外れれば外れるほど、私にとっては利益が増える。でもまぁ、貴方が転生した時点で既にかなりの利益を得てるから、気にしなくていいわよ。好きな様に過ごして貰って構わないわ」
……それなら、まぁ好きな様に過ごさせて貰うとするが、大丈夫なのか。かなり疑問が浮かんでくる。
「じゃあ、何故貴方は利益を得ようとしているんですか?」
聞いたら答える。彼女は最初に宣言した為か、俺の問いに対してキッチリと答えを返して来た。
「うーん……説明が難しい上に貴方には全く関係無いんだけどね。簡単に言うと、私の質を上げるためよ。適当な会社を思い浮かべて貰えれば分かると思うけど、営業利益が多いほど優遇されるでしょ? 悪魔って言うのは、それが魂の質にダイレクトに関わってくるのよ。……まぁ、無茶な方法を取ると天使に目を付けられる事もあるし、多少は自粛している奴が大半なんだけどね」
その中でも、転生は割とリスキーで利益を得られる方法らしい。
「そう言う訳よ。貴方のこれからの人生には全く持って関係無いし、私も同じ人物に二度取引をかける事も無いわ」
それでも、と彼女は続けた。
「縁があったら、また会いましょう」
それを最後に、俺の意識は闇に沈んだ。
●
今までの事全部が夢だったとでも言いたげに、俺は当たり前の様に目を覚まして起き上がった。
もう一度寝たいと言う欲求を振り切って、欠伸をして立ち上がり、近くの時計とカレンダーを見て今の年表と時間を知る。1994年、三月十五日、土曜日、午前六時。
外は未だうす暗く、肌寒い為に冬だとは直ぐに分かるが、俺がいた現代からは随分と遡ったものだ。二十年以上も昔だとは思わなんだ。
自身の記憶をたどり、トイレに起きた事にしてトコトコと歩いていく。去り際に布団を見た限り、俺と父母、同年代くらいの女の子がいる。それを確認してから、部屋を出た。
記憶をたどる限り、普通の一軒家で普通の家族。鏡を見れば、少し長めの赤い髪に黒い瞳。身長は……まぁ、この年代ではそこそこ高い方ではなかろうか。
顔は良いのか悪いのかよく分からない。まだ小学生にも上がって無い様だし、顔つきなんてこれから幾らでも変わるだろう。
歳は五歳。名前は長谷川潤也。長谷川千雨とは双子の兄妹。
妹の名前に聞き覚えがあるし、やはりここは『魔法先生ネギま』の世界なのだろう。……実感湧かないなぁ。
まぁ、それは良い。今は少しだけ確認しておきたい事がある。
貰ったのは『とある魔術の禁書目録』の原石含む全ての能力(副作用無し)と一方通行より高い演算能力。そして学園都市の技術全般の知識。
更には、学園都市のあらゆる武器兵器その他学園都市の産物の入った『王の財宝(ゲートオブバビロン)』
どうにも頭は既に改造されているらしく、能力は普通に使えた。同時使用も可能らしいが、今はまだ必要無い。
取りあえず『
原石の能力、例えば『
吸血殺しとか吸血鬼殺す為にしか使えないんだが、使う事態にならないといいが。流石に、あの吸血鬼を殺すのは少し厄介な事に成りそうな気がする。
『王の財宝』を今少しだけ確認したが、ガトリングレールガンとかが入ってた。全部は確かめ切れていないが、大体は大丈夫だろう。
そして、学園都市の技術。
これは頭の中で思い描けば技術が詳細に浮かび上がってくる。
ネットのように頭に浮かびあがり、どんな種類のモノでも学園都市の技術が分かる。詳細に分かるし、説明書つき。カタログの様で便利だ。
設計図も浮かび上がってるし、準備が出来れば大抵作れそうだ。
まぁ『王の財宝』の中に全部入ってるから態々作る必要もないのだけれど。
取りあえずの確認はすんだ。一方通行の能力が問題無く使えれば大抵の世界で生き残れるだろう。無駄な戦いをしたいとは思わないし、余計な諍いをしようとも思わない。
考え事をしながら寝室へと戻り、元いた場所へと入り込んで目を瞑る。
しかし、ごそごそやってた所為で千雨が起きたらしく、目を擦ってこちらを見ている。
「……お兄ちゃん?」
寝ぼけ
父さんと母さんも、気付いては居たようだが何もしないし何も言わない。まぁ、トイレに行くだけなのに其処まで心配する親もいないだろうが。
少なくとも、この世界は俺の知る世界とは違うのだろう。そもそも、俺はこの世界の事を其処まで多くは知らない。
何があっても、どうにかして対処していく必要があるだろう。
……例え、どんな手段を選ぶ事になろうとも。