第一話:入学式
くあぁぁぁ、と座ったまま大きく欠伸をする。
目を何度も閉じたり開いたりするが、それで眠気がどうにかなるようならこんな状況にはならない。
まだ朝と言って良い時間帯で尚且つ未だに冷える時期だが、暖房がついている上に人の多い体育館では眠気に襲われるのも仕方ないと言うモノだろう。
今日は麻帆良学校初等部の入学式。つまりは既に意識が目覚めて一年が立っている訳だ。
それは取りあえず置いておくとして。小学校の入学式は人生の一大イベントではあるが、一度体験した事があるし、そもそも俺からすれば周りの精神年齢が低い。いや、歳を考えると俺の方が異常な気はするのだが。
長々と話す学園長を見るが、大して面白い訳でも無い。強いて言うならあの頭だが、この世界ならあり得そうだから別にどうだっていい事だ。
周りを見ると、俺と同じ様に欠伸をしたりうつらうつらと舟を漕いでいる子もいる。
まぁ、簡単に言えば話なげぇよ学園長、ってことな訳だが。早く終わらねぇかなぁ。
会式直後こそざわついていたが、今ではすっかり静かになっている。寝てるんじゃないのか、これ。
「……であるからして、諸君らにはすくすくと育って貰いたく……」
いや、学園長。アンタそんな小難しい言葉使っても相手は小学一年生だからな? 内容の理解は求めて無いだろうが、取りあえず手っ取り早く終わらせてほしいモノだ。
そんな事を思いながら、またも大きな欠伸をする。
そう言えば、誰にも見つからない様に能力の確認などをやった。
流石一方通行を超える演算能力。いくつかの能力を同時に使っても大丈夫だった。俺としては副作用なしにして貰ってはいたが、演算能力の低さで暴走しないかがネックだったが、一応大丈夫らしい。多少疲れはするが。
暴走の可能性も杞憂に終わり、取りあえずは平穏に楽しく過ごさせて貰いたいところ。
生き残れればいい、態々戦闘しようとは思わない。……まぁ、必要があるなら戦闘も辞さないが。
そう言えば、『
ハッキリ言うと、俺はこの為だけに時間を掛けたと言ってもいいだろう。
何故なら、『
一方通行を超える演算能力と学園都市の最先端技術を使い、やっとの思いでレベル5まで上がった。
つまり、学園都市の薬品やら何やらが手に入って、尚且つ『能力追跡』の使える俺が居れば『超能力者』の量産が可能だ。
此処までやると戦争の準備の様に思えるが、この世界って確か最終的に戦争が起こる可能性があったり無かったりしてたはずだ。うろ覚えだからよく分からん。
そして、この世界には『魔法』が存在する。
……この世界の『魔法』は、俺の知る別世界の『魔術』とは同じなのか? その辺りの疑問は解けないが、取りあえず魔力の精製なんかはやり方から分からないので保留。
そもそも魔力を練った時点で血塗れ死亡なんて自体も十分にあり得るので、俺自身がやる訳にもいかない。転生して数年で自爆して死ぬなんて嫌だろう、普通。
やるなら適当に洗脳して適当に脳を弄った奴かなぁ、と思うが、人体実験は流石に気が引ける。俺は『木原』じゃないし。
「……なので……ん? なんじゃ…………分かったわい。それでは、これで終わりとする」
誰か先生が学園長の所まで歩いていき、耳打ちをして話を終わらせる。
漸く話が終わり、欠伸などをしていた他の入学生達もいそいそと姿勢を正す。その後細々とした連絡を終え、入学式は終わりとなった。
とはいえ、入学式が終わったから直帰して良いよと言う訳でも無い。椅子は各クラス毎に割り当てられているので、一クラス毎に教室へと移動し、担任の教師の話が若干ある。
残念ながら千雨とは別クラスになってしまった。千雨って割と内気な所があるから、新しいクラスでも馴染めるかどうかは不安な所だ。
俺自身は特に気にして無い。流石に小学一年のノリに合わせるのは精神的にくるものがあるが、大人しい奴を演じれば問題は無いだろう。
割と活気があると言うか、ぶっちゃけウザい位にテンションが高い我がクラスの連中を尻目に、俺は欠伸をしながら教師の後ろを歩き続ける。
クラスへと到着し、机に張ってある名前のある場所へと着席する。私立だからだろうか、金をかけたような文房具一式が机の上に置かれていた。
定規、三角定規、消しゴム、鉛筆数本。
あくまでも必要最低限な物、と言ったところだろうか。まぁ、入学前に大抵用意してあるだろうし、これはそれらの予備としてでも、と言う事だろう。
「さて、皆さん。今日からこのクラスの一員になった訳ですが、まずは先生の自己紹介から始めます」
そう言って自分の名前と趣味を言い、それでは一人ずつ自己紹介して貰いましょう、と言った。
外見から見れば教師はまだ若い。教員を始めて余り経っていない可能性は十分にある。だからこそ、思う。
この教師、初っ端から悪手を打ちやがった。
この年代の子と言うのは、人前で何か言う事には抵抗が無い可能性が高い、そう判断したのだろう。
だが、実際にはかなり引っ込み思案な子と言うのもそれなりにいる。一人一人に注目させての自己紹介は、そういった子が緊張して何も言えなくなるリスクの方が余程高い。
だから、本来なら教師が名前を読んで返事をさせ、何か簡単な質問をして終わりと言うのがベターな選択だろう。
廊下側が女子、窓側が男子。そういった風に分けられているこの席で。
案の定、詰まっていた。
「え、えっと、わ、私の、名前、は……」
忙しなく周りへ視線を漂わせる。クラス全員分の視線が自分に集まっていると言う緊張感が、頭の中を真っ白にさせているのだろう。
今日この場所での自己紹介が、友達が出来るかどうかの第一歩となる。スタートダッシュが失敗すれば、友達が出来ないかもしれない。
そう言った負のスパイラルが、あの少女の頭の中で渦巻いている事だろう。其処まで考えているかどうかは知りもしないし知りたくも無い事だが。
少なくとも、この教室のこの空気はあの子にとっては重圧であると言う事だろう。
教師もまずった、と言う顔をしている。
そう思う位なら、初めからやらなければいいのに。溜息をついて、俺は外を見た。
五十音表で席が並べられており、割と俺の前の方に偏っている為、奥の窓際の席に座る事が出来た。これは僥倖。
外を見ると、太陽が南の空で頂点へと昇っていた。隣のクラスらしいが、千雨は大丈夫だろうか。
そう現実逃避しても、遅々として自己紹介は進まない。
はぁ、と小さく溜息をつき、チラリと立っている子をみる。
顔を真っ赤にして俯いており、今にも泣き出しそうにさえ見えた。このままでも別に俺としては困らないが、泣かれると少々面倒なので、手伝ってやるとしようか。
少しだけ、精神的な後押しをする。『
「あ。わ、私、宮崎のどか、って言います。よ、よろしくお願いします」
オドオドとした様子は変わらず、だがハッキリと自己紹介を終えた。教師も頑張った事を悟ったのか、それ以上は追及しない。
その後も二、三人ほど男子も含めて詰まった奴等がいるが、少しだけ後押ししてやった。別に問題は無いと思うので良いだろう。
「それでは、皆さんはこのクラスで一年間を過ごします。仲良く過ごしてくださいね」
はーい、と言う揃った声が響き、終礼を終えた。
友達になろうと言ってきた子が数名いたので、これから仲良くしてほしいとだけ伝える。正直、それ以上の言葉が必要かと言われるとそうでも無い気がしたから。
隣のクラスを見ると、既に終礼を終えていた様で、クラスの子たちは立ち上がって何処かへ歩いていく子や教室内で誰かと話す子に分かれていた。
千雨はランドセルの中に荷物を入れている途中の様で、俺はその横へと歩く。
「千雨、どうだった?」
「あ、お兄ちゃん。どうって、私はちゃんと自己紹介できたけど」
「そっか。友達が出来たんなら良かった」
何か、若干俺が知っている性格とは違う気がするが、原作でも幼少期はこんな感じだったのだろうか。
それとも、『外』の常識を未だ知らないが為に、麻帆良を『異常』だと思わないのか。まぁ、この辺りは追々分かって行くだろう。
千雨には何時までも純真無垢で居て欲しいモノだが、多分無理だろうなぁ……。
そんな事を思いつつ、帰り支度を済ませた千雨と共にランドセルを背負って帰路へと付く。
クラスに馴染めそうとか、友達になれそうとか、そう言った事を話しながら二人で家まで帰った。
●
数週間後。割とクラスに馴染めてきた頃、俺と千雨は少し遠出をして図書館島へと足を運ぶ事にした。
足を運ぶ事にしたと言うか、学校のイベント行事の様なものだ。折角大きい図書館があるのだから、使い方を知って貰って、本をたくさん読んで貰おうとかそう言った目的があるのだろう。俺としても割と好都合だ。
図書館自体は学校にも備え付けられているのだが、蔵書量は圧倒的に図書館島の方が多い。そりゃ地下まで改装して本棚作ってれば多いだろうよ。
「うわぁ……」
「すげー……」
俺と千雨に限らず、多数の生徒達はポカンとしたまま奥に流れる滝を眺める。……本は湿気に弱い筈だよな。何故に滝が流れてるんだ。
ぼーっとした表情で見ていると、隣で千雨が俺の服の裾を掴んで軽く引っ張ってきた。
それに対し、俺は顔を向けて対応する。
「お兄ちゃん、あれ何?」
「えっとだな……北端大絶壁っていうらしい」
気になったらしい千雨へと、パンフレット片手に説明する。
湿気で本が濡れていたりしない所を見ると、やはり魔力的な、というか魔法的な防壁が張ってるのだろう。研究してみたくはあるが、取りあえず後回しだ。
「はい、それでは皆さん、あまり離れない様にして本を探してくださいね」
教師が言うや否や、蜘蛛の子を散らすが如く足早に本を探しに行く周りのみんな。まぁ、見た感じ絵の付いている本に集中しているようだ。
というか、それが当然だろう。この歳で既に小説を読んでいたら、誰だって驚くだろうし。
読んでいる俺に対して驚いている先生がいるのも、まぁ当たり前だ。
やはり英語や中国語辺りは覚えて置いた方が良さそうだ。折角一方通行クラスの頭を持っているのだから、活用しなくては。何もしないで腐らせると言うのは少しばかり妙な気分になる。
とは言っても、学園都市の学習マニュアルなんてものもあるのだし、英語は既に多少出来る様になっている。
読み書きと会話は全然違うと言うし、その辺を考える必要もあるのだろうが。
立ったままで読み続けるのも若干どうかと思うので、近くの椅子を目指して歩きだした。
そこには、既に千雨が友達となったであろう子と仲良く話していた。その光景を見て少しだけ安心し、千雨の対面に座って参考書を読み始める。
「お兄ちゃん、何読んでるの?」
「ん? ああ、これは英語の勉強用の本だよ」
「えいご?」
「そう。中学生になったらどうせ習うだろうし、今の内から勉強しておこうと思って」
ふぅん、と呟き、千雨は俺の近くへと歩いて寄って来た。
そのまま参考書を覗き込むと、アルファベットを眺めて首を傾げ始めた。読もうと思っているのだろうが、流石に無理だろう。
千雨の隣にいた黒髪の子も寄って来て、俺の持っている本を覗き込む。純粋な興味で横から覗き込んでいるのだろうが、ハッキリ言って面白くは無い筈だ。勉強用の本でもあるし、面白いと言う事は殆どあり得ないだろう。
「えと、こっちの子は近衛木乃香ちゃん。京都から引っ越して来たんだって」
千雨が紹介した子は、黒髪ロングの和服が似合いそうな女の子。若干緊張しているのか、少し動きが硬い。
「はじめまして。近衛木乃香言います。よろしゅうな」
「長谷川潤也。聞いてると思うけど、千雨の双子の兄だ。よろしく」
握手しながらはにかむ彼女を見て、可愛いな、と思ってしまう。……とは言っても、それは恋心だとか言う類のもので無い事は直ぐに分かったが。
しばらく話した後、木乃香は何処かへと歩いて行った。
ちなみに、本好きと言う事で宮崎とも仲良くなったようだ。いろんな本の事で盛り上がっているらしい。
千雨が読んでいた本は装飾関係。デザインと言うべきか、やはり服の事が好きなのだろうか。
というか……やっぱり、俺が知っている彼女とは性格が全然違う気がするんだけどなぁ……。