第三十九夜:争いの火種
ネギとベルは、学園長室へと足を運んでいた。
近い時期に修学旅行がある為、恐らくその事だろう、とネギの肩に乗るカモを含める三人で話しながら歩く。
ノックをして学園長室へと入り、先に呼ばれていたのであろう木乃香と雪音を見る。
「あ、近衛さんと桜咲さん。お二人も呼ばれていたんですか?」
「うん。まぁ、ウチらは無関係どころか思いっきり関係者やし」
苦笑を交えて木乃香が話す。雪音はペコリと一度お辞儀をしただけで、何かを話そうとはしない。その二人の奥にいる学園長は、椅子に座ったまま手招きして二人を近くへと呼んだ。
「うむ。よく来てくれたの、ネギ君。ベルちゃん」
「それで、用件って言うのは? 私達二人を呼んだ辺り、修学旅行の事なの?」
「鋭いの。その通りじゃよ」
朗らかに笑みを浮かべ、机の中をガサゴソと探し始めた。
学園長はそのままネギとベルに対して話し始め、木乃香と雪音は静かに話を聞いている。
「余計な前置きは抜きにして……修学旅行は京都になっておるじゃろう? 京都は関西呪術協会という組織の本山があるんじゃが、実は、ワシら関東魔法協会と関西呪術協会は昔から仲が悪いんじゃ」
「関東と関西で、ですか?」
「うむ。ネギ君達も知っておるじゃろうが、近衛詠春殿が関西の長をやっておる」
ナギの戦友でもあり、ウェールズにいた頃に幾度か会った事もある為、二人にはその顔が脳裏に浮かび上がる。
「それで、関西と関東の仲を修復するため、君達にこれを渡して来て欲しいんじゃよ」
学園長が机の上に置いたのは、一枚の白い封筒。中身は関西の長への親書であり、これを渡す事で東西の不和を解消しようと言うのだ。
受け取ったネギは、少し驚いた様子で学園長の方を見る。
「これを、ですか」
「そうじゃ。もしかすると、道中妨害があるやもしれん。関西も一枚岩では無いからの。向こうの過激派が親書を奪いに来る可能性もある。……向こうも秘匿は考えているじゃろうから、生徒や一般人に被害が行く事は無いと思うが、一応気を付けておくんじゃぞ」
「分かったわ。親書を届ければいいのよね。……それで、近衛さん達が此処にいる理由は?」
ベルは学園長から親書を受け取り、それを確認してから木乃香達の方を向く。
木乃香達は一歩踏み出しネギ達の隣に来て、学園長が説明を始めた。
「木乃香はワシの孫で婿殿の娘じゃから、いろいろと厄介な事になっておるんじゃ」
「具体的には、ウチが麻帆良学園に来た事で反発した輩がおるんよ」
学園長に目で合図し、説明を引き継ぐ。ここからは自分が話す、とでもいう様に。自身の事である以上、説明位は自分の手でやっておきたいのだろう。
「木乃香さんが麻帆良学園に来た事で?」
「そうや。まぁ、政治的な話は置いておくとして……簡単に言えば、一部の頭が固い連中が東の事を毛嫌いしとってな。一度はウチを攫って京都の妖怪を片っ端から封印解いた上、東と戦争しようとした事もあるんよ」
苦笑しながら言うが、内容は笑いごとでは無い。
京都は古来より魔が蔓延る街でもあり、それから守護する陰陽師達の住む町だ。有名どころでは酒天童子、九尾の妖孤等だろうか。
ともかく、それらを解き放ち、その戦力を持って東と戦争しようとした。無論ながら、詠春率いる本山の部隊に鎮圧されはしたが。
未だ東への攻撃を諦めていない者も多く、木乃香は安全性を考え、自衛が出来る様になっても麻帆良にいるのだ。
「……それって、京都に行くのは鴨が葱しょってくようなものじゃない」
「カモがネギ?」
日本の諺を知らないのだろう。ネギとカモが首を傾げているが、ベルにとってそれはどうでもいい。
「まぁ、そう言う事で護衛として雪ちゃんとせっちゃんがおるんやけど、ネギ君とベルちゃんにも伝えとかなあかんと思ってな」
「神谷さんもですか?」
「うん。ここには来てへんけどな」
「……いや、呼んだんじゃけどな。何で来ないんじゃろうか、あの子」
呼んで無いのかとばかりに学園長を見る木乃香に対し、頭を掻きながら返事に困る学園長。
「……せっちゃんて、雪ちゃんがいるときは影も形も見当たらない時が多いんよ。な、雪ちゃん」
「……そうですね。姉さんは私の事を嫌っている様でもありますから」
若干困った顔をしながら、雪音は木乃香の質問に返答する。
「そうなの。じゃあ、案外ドアの向こう側にいたりするのかしらね。……近衛さんの事も、親書の事も分かったわ。用件がこれだけなら、失礼させていただきます」
「うむ。よろしく頼んだぞ、ベルちゃん、ネギ君」
「それじゃ、ウチらもいこか」
「はい、お嬢様」
ネギとベルに続き、木乃香と雪音もドアを開けて部屋から出ていく。
少しずつ足音が遠ざかり、数分もせずに足音が完全に聞こえなくなった。
●
学園長室のドアを開ける。中には学園長だけがいて、ゆったりと椅子に座り、お茶を飲んでいる。
部屋の中に入った刹那の後ろには、龍宮と祐奈、香奈の姿があった。
香奈が学園長室のドアを閉め、学園長が手早く施錠と認識阻害、防音を魔法によって行う。それを確認してから、刹那が口を開いた。
「それで、今回の用件はなんでしょうか、学園長」
「それよりも、何故刹那君は先程呼んだ時は来なかったのかね? 一応上司になるんじゃから、呼んだ時ぐらいきちんと来て欲しいものじゃが」
「必要無いと判断したからです。先程の用件は関西とお嬢様の事でしょう? なら、別段問題は無い筈です。関西からも護衛に動く人員は居ますし、あの愚妹も肉の壁程度には使えるでしょうから」
声を荒げる訳でも無く、淡々と言葉を続ける。
そもそも、学園長は情報を提供するだけの立場であって、別段刹那にとっての上司では無い。
刹那はAKUMAを破壊する為に情報を集めていて、学園長──引いてはメガロメセンブリア──はAKUMAを破壊する為の戦力を集めている。互いに利益を得ているからこそ、刹那は学園にいるのだから。
木乃香の護衛にしても、詠春から頼まれているとはいえ、あくまで雪音の補佐程度でしか無い。
守る気はあるにはあるが、刹那には刹那の優先すべき事柄がある。
「……実の妹を、其処まで言うか」
「事実です。あの程度の実力で、よく護衛を任されたものだと思いますが」
そんな事よりも、と刹那は言う。
「集められた理由を話して貰いたいですね。顔触れから察するに、AKUMA関連の事でしょうが」
「……そうじゃな。今回集まって貰ったのは他でも無い、AKUMAに関する事じゃ」
学園長は立ち上がり、本棚の中に置いてある本を一冊取り出す。数秒何か仕草をしたかと思うと、本の表紙が変わり、本の中身が資料へと変わっていた。
それらを机の上に置いて見せながら、学園長は続ける。
「最近、何度か京都付近でAKUMAが確認されておる。本国のエクソシストが派遣されておるし、婿殿もイノセンスを持っている為問題無いとは思うが……念の為、君達にも伝えておこうと思っての」
「……京都に、ですか」
香奈が資料に目を通しながら、小さく呟く。学園長はその呟きを聞き逃さなかったようで、視線を香奈に向けて話し出す。
「うむ。先日の襲撃の件と言い、伯爵が活発に動いておる様じゃ。京都でも予想外の出来事が起こり得るやもしれん。十分に気を付けるんじゃぞ」
「オッケー。分かったよ、学園長先生」
祐奈が頷きながらそう言う。緊張感の無い言葉に溜息を吐く刹那だが、祐奈は気付いた様子は無い。
「用件はこれだけですか?」
「そうじゃ。とはいえ、向こうの過激派が襲ってくる可能性もある。そちらに関してはネギ君達に目が行くじゃろうから問題は無い。……くれぐれも、気付かれん様にな」
「分かってますって。今まで麻帆良の中でも外でも戦ってきたけど、ちゃんと隠蔽してるじゃないですか」
祐奈が苦笑を浮かべながら言う為、それもそうじゃな、と学園長は頷いた。
一通り資料に目を通した後、学園長に返して四人は部屋から出ていく。
「ああ、そうじゃ。明石君」
「へ? なんですか?」
部屋から出て行こうとした時、学園長が祐奈を呼びとめる。
他の面々は個人的な話なのだろうとドアを出て行き、祐奈と学園長の二人のみが残る。
「君、幾らなんでも戦闘に対する態度が軽薄過ぎやせんかね? AKUMAと戦う事がどういう事か、分からない訳では無いじゃろう?」
「……そんな事ですか、学園長先生? 別に軽薄だとは思ってませんよ。唯──AKUMAなんて、破壊されて当然のモノじゃないですか」
いつもの雰囲気では無い。ピリピリとした空気を纏い、言葉も冷たい印象を受ける。
「それはそうじゃが──」
「それに。私は、お母さんを殺したAKUMAは絶対に許さない。伯爵も、AKUMAも、ノアも、全員皆殺しにしてやりたい位に」
だが、祐奈にはそれだけの力は無い。だからこそ、龍宮に指導して貰って銃の腕を磨いているし、戦闘を経験して戦い方を学んでいる。
エクソシストにとって、いや、AKUMAに関連する事を知っている者にとって、大切な人がAKUMAに殺されたと言う者は多い。
故に、イノセンスに選ばれれば戦うし、選ばれなければサポーターとなる。
「……話がそれだけなら、失礼します」
祐奈の復讐心の一端に触れ、学園長は黙ってしまった。
知らなかった訳ではない。父親である明石教授は魔法先生でもあるし、AKUMA関連のサポートをしてくれる人材だ。その辺りの事情を知らない筈がない。
しかし、普段の行動や性格があれだけ明るく振る舞っていて尚、本心では復讐に目が行っている。
普段は無理をしているのか、それとも普段はAKUMAに関する事を忘れる様にしているのか。戦闘の際もああいう性格で通している以上、隠していると言うのが一番しっくりくるだろう。
祐奈は学園長室から出ていき、学園長は静かにお茶をすすった。
●
京都、とある屋敷の一部屋。
其処には、いわゆる過激派と呼ばれる集団が集まっていた。
若い年の者もいるが、多いのはやはり古いしきたりなどを重んじる老練の陰陽師達だ。古いしきたりを律儀に守っているからこそ、今の新しい流れに反対する。
無論、そう言った連中ばかりでは無い。真剣に関西の未来を憂いてこの場に集まった者もいるし、関東に対して恨みを持っているからこそ此処に来た者もいる。
そんな中に、ドレッドヘアーの男──シドーニウス・エーレンベルクは居た。
部屋の隅で座って欠伸をし、話している面々に見下したような目線を向けている。そんな時、後ろの扉が開いて誰かが入ってきた。
「暇そうですな〜」
「あ゛? ……月詠か。何の用だ」
「そう邪険にせんといてください〜。ウチら一応同じ職場で働いとるんですから〜」
「何で俺がお前と仲良くしなきゃならねぇんだよ、面倒くせぇ」
シドは胡座をかいて壁に寄りかかり、未だ水掛け論レベルの会議をしている過激派の連中を一瞥する。くだらないとでも言いたげな目線だが、過激派の面々はそれに気付いた様子は無い。
月詠へと目線を向け、シドは過激派の面々に聞こえない様に問うた。
「……で、他の連中はどうした」
「フェイトはんなら今度の作戦の準備を。小太郎はんなら運動してくるて言ってましたけど」
そうか、とだけ言い、シドはまた欠伸をしてだらりと座る。
正直に言って、シドは過激派の立てたこの作戦には何の興味もないし、本気でやる気も全く持って無い。
これが千年公から頼まれた仕事でなければ、とうの昔に放棄して町へナンパに出向いているだろう。こんな陰険な連中と一緒に仕事したい等とは思わねぇだろ普通。と感じながら。
彼には彼の目的が──と言うよりも、千年伯爵の目的がある。過激派の作戦を手伝うのは、単に利がありそうだからという以外に無い。
聖痕さえ見せなければ、ノアは唯の人間と変わらないのだ。いかに強い魔法使いと言っても、ノアである事を確かめるのが聖痕以外には無い以上、どうしようもない。
適当にやって、適当に終わらせるのが一番だと思っていた。
そんな事を考えている間に会議は終わったらしく、重鎮も下っ端も散開していき、シドと月詠の前には黒髪で和服の女性──天ヶ崎千草がいた。
「ほな、行きますえ。麻帆良中学の修学旅行はもう直ぐやし、それまでに準備を終えなあかん」
先導する千草の後ろに続き、サングラスをかけたシドと刀を隠し持った月詠が歩き始める。
「で、結局どうなったんだよ」
「基本は打ち合わせ通りで構いまへん。けど、お嬢様には護衛がついとるやろうしな」
「そっちはウチが戦いたいです〜。刹那先輩に雪音先輩。どちらも神鳴流の中では上位の実力者ですから〜」
戦いたくてうずうずしているのか、月詠は笑顔を浮かべながら歩いている。今にも刀を取り出しそうな雰囲気だ。
千草は月詠の様子を迷惑そうに見ながら、先程の討論の前に配られた資料を思い出して、口に出した。
「……刹那って方は、確か神鳴流を破門されたんや無かったっけか」
「破門されてますよ〜。でも、ウチかてそうですし。あんまし気にしてません」
月詠と千草が話している中、シドは一人全く別の事を考えていた。
(……麻帆良中学ね。確か、ロード達がいる学校だったか。あいつ等自身、クラスのメンバーに特徴があり過ぎるとか言ってたな)
先日会った際に交わした会話を思い出しながら、シドは月詠と千草を見る。
(まぁ、その辺はどうでもいい。適当にやって、さっさと仕事を終わらせるとするか)
──そして、災厄の修学旅行が幕を開ける。