第二話:狂笑する堕天使
「アーシアが脱走した?」
開口一番、レイナーレが部下の神父から受けた報告がそれだった。
アーシアが来てから数日。最初は張り切って悪魔祓いに出かけて行ったが、共に行ったエクソシストのフリードが帰って来た時に不機嫌だったこと、同時に監視につけていたドーナシークの報告から、アーシアが考えている事は予測できた。
彼女は、「悪魔祓い」というものを根本的に勘違いしていたのだろう、とレイナーレは思う。
魂を売り渡してまで結びたい契約があるかどうかはともかく、普通契約する人間は多少の代価を支払ってそこそこの結果を得る。
その味を知った人間は、また安易に悪魔に頼る。天使側であればまだ穏便に話が進んだかもしれないが、レイナーレたちは堕天使だ。暴力的と言えばそれまでだが、悪魔召喚の常習犯である以上は容赦しない。
徐々に徐々に増えて行く対価を遂に払いきれなくなる時──それが、悪魔に魂を売り渡す瞬間だ。
戦争自体は数百年前に終わっているものの、三つ巴の勢力間で小競り合いが起こる事は多い。故に悪魔が力を強める事を良しとしない。
とはいえ、何処の組織にもはみ出し者というのは存在するものだ。
例えば主を裏切った「はぐれ悪魔」に関してはどの勢力も危険性を認知し、積極的に殺害しようとしているように。
椅子に座ったまま嘆息するレイナーレは、報告してきた神父にすぐアーシアを捜索するように命令しておく。彼女自身はアーシアの回収に動けばいい。
無いとは思うが、仮に悪魔側が関わっていればそこで一戦交える可能性もある。フリードの報告も加味すれば、兵藤一誠がアーシアに好意を持っているのは分かるし、アーシアも一誠に好意を持っている筈だ。
仮にも「聖女」とまで呼ばれていたアーシアだが、レイナーレには悪魔まで助けようとする気持ちが理解出来なかった。
天使側の教会を追われた理由も「悪魔を治癒した」からだと聞くし、博愛主義にしても行き過ぎだろう。
その辺りを考えると、だ。
「……気持ち悪いわね」
敵味方区別なく、自分の立場も相手の立場も関係無く、治癒する事に彼女は戸惑わない。そもそも理由を必要としない。
勢力図すらぐちゃぐちゃにしかねない暴挙を、彼女はおこなっているのだ。──限り無く低い確率だが、彼女を中心に一つの勢力が生まれる危険性すら存在する。
余り彼女を出歩かせない方が良いし、他者に接触させない方が良い。
ならば、やる事は一つ。
「計画を早めましょう」
準備は既に整えてある。万全を期すため入念にチェックしているが、それももうすぐ終わるだろう。延ばす理由もない。
●
数時間後、チェックを済ませたレイナーレは部下の神父からアーシアを探しだしたと報告を受けた。
だが、それはリアスの下僕悪魔である一誠と行動していると言う最悪に近い状態での報告。今のアーシアは仮にも堕天使側の存在だ。悪魔側が引き抜こうとしているのなら、この町を戦場にする事も厭わない。
直ぐに教会から出てアーシアの場所へと向かい、夕暮れの時分に彼女を見つけた。
公園のベンチに座り込み、一誠と何かを話している。僅かにうつむき、何かを我慢しているようにも思える。
聞こえてくる会話から内容を推測し──レイナーレは嘆息した。
「俺がなんでも手助けしてやる」「これからは友達だ」「よろしくな」
ああ、どれもアーシアの心の内に響く言葉だろう。彼女にとって一番必要な存在はまさにそれなのだから。
友人。あるいは「理解者」と言い換えても良い。
彼女には側に居るべき存在がいなかった。他愛のない話をしたり、馬鹿な事を言いあったりする相手がいなかった。他者との接触は極限まで減らされ、教会において道具のように扱われた。少なくともそういう風に情報を得ている。
それでも歪まなかった彼女が、レイナーレからしてみれば「気持ち悪い」
だからこそ、彼女は告げる。
「無理よ」
絶句したような表情でこちらを見る一誠。それを視界に入れつつ、レイナーレは言葉を続ける。
「貴女には友人も理解者も必要無い。世界が善意で形作られていると本気で思っているの? だとしたら──凄く、滑稽よ」
「……レイナーレ様……」
アーシアは怯えた様子でレイナーレを見ており、一誠は拳を握りしめて覚悟を決める。
一誠の忌避する道具として利用するやり方。レイナーレにとってアーシアは正しく「道具」であり、それを横からかっさらおうとしている一誠は躾のなっていない獣も同然だ。
だから、一誠がアーシアの前に立った時も、不快感に眉をひそめる。
「……堕天使さんが、何か用かい?」
「ゴミが話しかけるな──さぁ、帰りましょう、アーシア。少なくとも、私達は貴女が必要なの」
「……嫌です。私は、あの場所へ戻りたくありません。人を殺す所へ戻りたくありません……それに、貴方達は私を……」
やれやれと言いたげに首を振り、レイナーレはアーシアの言葉を遮る。
「貴女に拒否権は無いの。大人しく従っておけばそれでいいわ。貴女だって、痛い目に遭いたくは無いでしょう?」
一歩踏み出すレイナーレとは真逆に、アーシアは一誠の後ろへと姿を隠す。傍から見ても彼女は震えており、恐怖に怯えていることが分かる。
一誠はアーシアを庇ってレイナーレを睨みつけ、前に出る。
一誠だって一度はレイナーレに殺されている。その体に染み込んだ恐怖は簡単には抜けない。だが、それでも此処で退く訳にはいかないのだ。
友達になると約束した以上、その友達を見捨てて、背中を見せて逃げるわけにはいかない。
「嫌がっているだろ。ゆう、いや、レイナーレさんよ。あんた、この子を連れて帰ってどうするつもりだ?」
「それを話す必要があるとでも? ゴミの分際で、私の邪魔をしようなんて思わないで貰いたいわね」
右手に作りだした光の槍を一誠へ向け、退くように促す。
しかし、一誠は一度殺されたトラウマを思い出しつつも、咄嗟に左腕に神器を顕現させた。
左腕を覆う光は次第に収まり、赤い籠手へと変貌する。
「……『|龍の手《トゥワイス・クリティカル》』……? 上層部が危惧した神器が、こんな有り触れたもの……?」
いや、そんなことはあり得ない。
他の勢力の事はそこまで詳しくないから分からないが、少なくとも堕天使勢力においては総督でもあるアザゼルが神器関連の研究を率先しておこなっている。
神器を所有者から取り出す技術もそうだが、神器関連の知識は一歩以上抜きんでている。上層部が危険だと判断した以上は、「勘違い」などという結果はまず起こらない。
ならば、疑うべきはむしろ自分の判断の方。
『龍の手』に酷似した形状で、恐らくは能力もそれに近いもの。そして極めつけは上層部が危険だと判断する代物。
此処まで条件が揃えば、後は結論を出すのみ。己の判断が間違っている可能性もあるが、一時期はアザゼルやシェムハザの役に立とうと知識を詰め込んだ事もある。間違えはしないだろうと思い、呟く。
「……まさか、『|赤龍帝の籠手《ブーステッド・ギア》』だとでも……?」
なるほど、それならば確かに危険視されて当然だろう。
同時に、良いものが転がり込んできた、とも思った。
世界に十三個存在する、神殺しさえ可能と呼ばれる神器──『|神滅具《ロンギヌス》』の一角。上位四つには及ばないとされるも、その性能は他の追随を許さない。
何せ、その神器に封印されているのは、かつて三大勢力の全戦力を持って封印した二天龍の一角なのだから。
それを持つのが、単なる悪魔に成りたての青年。しかも扱う才能は無い。
ならば、その価値を正しく知るものに献上すべきだろう。今の状態は車に船のエンジンを載せているようなものだ。この少年に持たせていては腐らせるだけ。
「……『あの方』の計画から少し外れることになるわね……まぁ、取りあえず捕縛しておけばどうにでもなるかしら」
「何をごちゃごちゃと言ってやがる!」
力を倍にした瞬間、一誠が踏み込んで闘おうとしたので、レイナーレは機先を制して光の槍で足を貫く。下手に殺して神器の行方をくらませる事は無い。
一応は報告を入れて、必要なら神器だけ抜き取ればそれで済む。
己の指針を決定づけたレイナーレの行動は素早かった。
「折角だから、貴方も招待してあげるわ」
二本目の槍をもう片方の足に突き刺し、頬を殴って意識を刈り取る。アーシアが悲鳴を上げるが、彼女も側頭部に蹴りを入れて気絶させ、直ぐに部下の神父を呼んで回収させる。
グレモリーという七十二柱の一角に喧嘩を売ることになる──ひいては、リアスの兄でもある魔王サーゼクス・ルシファーも動く可能性もある訳だが、それならそれでいい。
元より逃亡生活は覚悟の上だ。
●
そして日は沈み、悪魔の動く時間となる。
昼間はグレモリーでは無い悪魔が仕切っているものの、夕暮れ時は彼女らとグレモリーが入り混じる、最も監視網が細かい時間帯だ。なにせ、使い魔が空を飛びまわって情報を集め回っているのだから。
だからこそ、リアスは一誠が連れ去られたと言う事を知っている。
「……解せないわね」
「下手をすれば戦争になるのに、堕天使上層部がそれを認めるか否か、ですか?」
朱乃の言葉に、リアスは頷く。
細かいところで見れば単なる小競り合いにも近いが、リアスは魔王の妹で栄えあるグレモリーの次期当主──大局的に見れば、戦争の火種になりかねない。
まぁ、だからと言って泣き寝入りをしようとは思わないのだが。
「全員準備しなさい。私の可愛い下僕に手を出した堕天使たちを一掃するわ」
「ふふ、了解ですわ、部長」
「では、すぐに教会の見取り図を用意します」
「……頑張ります」
木場が用意した見取り図を確認し、最も怪しい聖堂に攻め込むことを確認。堕天使の相手はリアスと朱乃で行い、神父の相手は小猫と木場でする。
はぐれ悪魔がいるように、|悪魔祓い《エクソシスト》にもはぐれというものがいる。堕天使についているのがまさにそれで、彼らは敢えて教会の地下という場所で怪しげな儀式を行い、自らを捨てた神への冒涜や背信行為に酔いしれる。
敬っていたからこそ、彼らは敢えてそうする。
故に行動を読む事は容易く、聖堂──その地下に儀式場があると看破出来た。
場所を決めたリアスの足取りは速く、すぐに教会の扉を破って侵入し、すぐに銃声が響いた。
白髪金目の青年はパチパチと拍手をしながら長椅子から立ち上がり、奥に潜む数名の神父が動こうとするのを止める。
「やぁやぁやぁ! 可愛い可愛い下僕を攫われて怒り心頭の悪魔ちゃん。この間も会って今日も会うとは、やっぱり俺達縁があるんじゃね? まぁ、悪魔となんて縁結びたくも無いし、この俺様のスーパーな剣でお前等の脳天から真っ二つにして縁もきっちり切ってやるよ! そんな訳で切られろクソ共!!」
はぐれ悪魔祓い、フリード・セルゼン。
数日前に一度、グレモリーの領域で悪魔と契約していた人間を殺害した男。そして、アーシアにその現場を見せつけた張本人でもある。
フリードは右手に柄だけの剣を持ち、左手に銃を持って構える。それと同時に背後で構えていた神父たちも動きだし、木場が前へと出てフリードを押しとどめた。
「雷よ!」
その瞬間に朱乃が放った雷がフリード以外の神父を飲み込み、感電させて絶命に至らしめる。
躊躇はしない。規模は小さいが、これはまさに『戦争』なのだ。
躊躇したものから死んでいく。迷ったものから切り捨てられる。本当の『殺し合い』
朱乃の放った雷を逃れたフリードは、柄だけの剣から光る刃を出現させ、木場と鍔迫り合いに持ちこむ。
「ひゃは! そっちの姉ちゃんはヤバいな──だが、この至近距離なら使えねーだろ!」
木場との距離はほぼ密着するような状態であり、この状態で雷を放てばフリードだけでなく木場をも巻き込む事になる。リアスもまた同様だ。
入り乱れる二人の剣戟の合間にフリードだけを狙って魔力を放出するには、二人の経験は余りに浅い。
だが、それは朱乃とリアスを足止めする理由にはならない。
朱乃が放つ雷は聖堂を大きく破壊し、祭壇の下に隠された地下への階段を露出させる。
フリードを無視し、歩きだすリアス。そして朱乃と小猫はそれに続き、階段へと歩を進めていく。
「祐斗、先に行ってるわ──すぐに追いつきなさい」
「了解しました、部長」
にこりと笑う木場は、手に持つ刃に黒い靄のようなものを纏わせ、フリードが持つ光りの刃を喰い始める。
眼を見開いて驚くフリードは、僅かに距離を置いて銃口を向け、引き金を引いた。
連続する発砲音と壁のように広がる『闇』が音も無くぶつかり、光の力が込められた銃弾は消滅する。
「チッ、神器持ちかよ!」
このままでは分が悪い。どういった神器を持つのかは分からないが、堕天使の光が通じないのなら厄介なことこの上ない。こちらから攻撃するための手段が無い以上、どう足掻いても勝ち目など無い。
なので、諦める。
「流石に死ぬのはゴメンなんでな! あばよクソッタレのアクマちゃん! 次に会う時は必ずぶっ殺してやる!!」
懐から取り出した閃光玉を床にぶつけ、木場の視界を奪った後に教会の窓を割って外へと逃走する。
木場としても余り悠長に戦っている暇は無かったのだが、どことなく不完全燃焼な気持ちになりつつ、地下への階段を下りていく。
●
地下の道を歩き続ける。
明かりは消えておらず、地下まで電気が来ていることが分かる。
先頭を務めるのは追いついた木場で、その後ろには小猫、リアスと続き、殿には朱乃がついていた。
小猫が一誠の匂いがする方へと案内し、全員がそれに従って移動しているという状態だ。
数分ほど進んだ先には大きな両開きの扉があり、それが独りでに開いていく。内側からエクソシストたちが開けたのだろう、とリアスは推測する。
そして、それは間違っていなかった。
「ようこそ、リアス・グレモリー。歓迎するわ」
部屋の奥、少し高い位置にある祭壇のような場所に佇むレイナーレと、ロープで押さえ付けられて抜けだそうともがいている一誠。その額からは血が流れており、幾度も暴れて抵抗していることを示していた。
祭壇にある十字架に磔にされたアーシアは虚ろな瞳で空中を見ており、儀式は今にも終わりそうな様子を見せている。
「クソッ! アーシアァァァァ!!」
「五月蠅いわね……少しは静かにしていられないのかしら」
辟易したように嘆息するレイナーレは一誠の後頭部を踏んで額を地面にぶつけ、意識を強制的に落とす。その行為にリアスは額に青筋を浮かべるが、レイナーレは意図的に笑みを浮かべ、アーシアの胸元に右手を寄せる。
ゆっくりと引きだされたそれは緑色の光を発する球体で、レイナーレは眼を細めながらそれを見つめた。
「……なるほど、これが『|聖母の微笑《トワイライト・ヒーリング》』なのね。確かにアーシアが使っていた力と同種の力を感じられる……」
まるで研究者のように取り出した神器を見つめ、分析する。
しかし、それを自身の力にしようとはしない。執着心のようなものが感じられない。そこに疑問を覚えたリアスは、レイナーレへと問いかける。
「貴女、その力が欲しいからその子たちを手中に収めたんでしょう? とてもそうは見えないけど」
「欲しがっているのは私ではなく、私の主よ。あの方のご要望とあれば、誰だって敵に回してみせるわ」
ある種の狂気を垣間見せるレイナーレの様子に、リアスは憮然とした態度で言葉を返す。
「そんな事の為に、私の可愛い下僕を攫ったのね。一度殺したのはどういった理由からかしら?」
「あれは上の命令だもの。今はまだ、そうして置いた方が都合が良いしね」
その言葉に、リアスは僅かに思案する。
レイナーレの言葉からすれば、まるで彼女の主は堕天使の幹部ではないと言っているようなものだ。現に、近くに居た他の堕天使たちも眉を潜めている。
何か言葉を発しようとしたドーナシークを遮り、レイナーレは言葉を紡いだ。
「さぁ、お喋りはここまでにしましょう。少なくとも、この二人の神器を手に入れれば、私達の事を誰もが認めざるを得なくなる。ここからどうするかは私達の自由よ──やりなさい。彼女達を殺すのよ」
部屋の中に待機していたエクソシスト達は一斉にリアス達の方へと襲いかかり、不満げな顔をするドーナシークは口をつぐんでリアス達の方を見た。
どのみち、この儀式を邪魔させる訳にはいかないのだ。今後どうするかはレイナーレ次第とはいえ、ドーナシークやミッテルト達にも口を挟む権利くらいはあるだろうと楽観し、光の槍を持ってリアス達を見据える。
その様子を見て、レイナーレは嘆息した。
だからこいつらは駄目なのだ。余りに物事を楽観視し過ぎている。一誠の神器の事は伝えていないが、上層部が危険視して殺害させるような神器だと言うのに、その価値が分かっていない。
仮にレイナーレがそれを──『赤龍帝の籠手』を手に入れた場合、最早ドーナシーク達は不要だ。処分したって何も困らないと言うのに。
彼らは「あの方」に仕えるには不適だと判断し、近くに居た神父にアーシアと一誠を入れ替えるよう指示する。
儀式を再度おこなう為の準備時間が必要になるが、その程度は何のことも無い。多少の時間はドーナシーク達で稼げるだろうと思い、一誠の方へ視線を向けて──眉を潜めた。
神器が出現している。あれは一誠の意思によって出現するものだ。
つまり──一誠は意識を取り戻している。
「──ッ!」
跳ね起きて拳を振るう一誠に対し、レイナーレはその拳に掌を添えて僅かに逸らすと同時に右手で光の槍を投擲した。今の一誠に出来る限界まで強化している所為か、身体能力はレイナーレのそれを凌駕している。まともに戦って勝てる相手では無い。
ただし、それは技術が同レベルであればの話。
二人には圧倒的なまでの経験と技術の差があり、単純な身体能力でこの差は覆せないのだ。
とは言ったものの、レイナーレ自身の生み出す光の槍では一誠にダメージを与えられない。強化された一誠の皮膚に光の槍が弾かれるためだ。
左手に『聖母の微笑』を持ったまま後退し、距離を取って右手に再度槍を構える。
「面倒ね。貴方がそこまで入れ込むなんて、この子に惚れたの?」
「友達なんだよ……! 友達を、アーシアを助けようと思って何が悪い!」
「別に貴方の事なんてどうでもいいけれど。私の手に彼女の神器はあって、彼女の命は途絶える寸前なのよ。貴方は私に勝てない。だから彼女を救えない……弱い奴には選ぶ権利すらなく消えて行くのよ」
どこか諦観したような雰囲気で、レイナーレはそう言う。
知り合い、あるいは自身がそうだったのか。その辺りの事は一誠は知らないし、関係無いのだ。
どんな理由があっても、どんな理屈を並べても、アーシアが傷つけられるような理由にはならない。
「ドーナシーク、カラワーナ」
そして同様に、一誠の理由などレイナーレにとってはどうでも良い。己のやるべき事をやりとおすのみだと、側に控える二人に戦闘を促す。
二人は無言でレイナーレの前に立ち、槍を構えて一誠に襲いかかる。
「お、おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
レイナーレと同レベルで一誠の事を理解している者はこの場に居ない。朱乃とリアスの方を向いていたドーナシークとカラワーナは至近距離でおこなわれたレイナーレと一誠の戦闘を見ていない。
だからだろう。
二人はたかが下級悪魔と侮り、一撃で仕留めようと光の槍を振りかぶった瞬間、連続した拳でノックアウトされた。
「……本当に、頭が悪い。嫌になるわね、こんな部下を持つと」
こうはなりたくないと思うと同時に、一誠の強化されていたオーラも眼に見えて減衰していく。一回限りの大技と見るべきか、肩で息をしている一誠の表情は辛そうだ。
一誠の体力が神器の力についていけていないのだろう。大きい力を使った反動で、碌に動けもしない。
だったら、今の内にその身に宿す神器を奪い取っておくのが最良だと判断し、一歩を踏み出した所で──横合いから消滅の力を纏った魔力が飛んでくる。
高密度に圧縮した光の槍でそれを切り裂き、魔力を放った当人であるリアスを見る。周りの神父は他の悪魔に次々とやられており、こちらへの増援は見込めない。
「終わりよ、堕天使レイナーレ。私達グレモリーを敵に回した事を後悔して死になさい」
「嫌よ。あなた達程度を敵に回した程度で、私が後悔すると? 本当に? 自意識過剰もいい所ね」
嘲笑するような言葉と共に、背後の神父から一振りの剣を受け取る。
華美な装飾のない白塗りの鞘から引き抜かれた剣は銀色に煌めき、リアスの顔を映し出す程に綺麗だった。
慣れた動作でそれを正眼に構え、ミッテルトに下がっているように告げる。
「それが貴女の切り札? それほど強そうな武器には見えないけれど」
「そう見えるのなら貴女の眼が節穴なだけよ。もう少し『霊装』と言うものについて学ぶのね──もっとも、この場から生かして帰す気も無いけれど」
小さく笑みを浮かべると同時に、リアスが放った消滅の魔力を切り裂いた。