枢機卿の思惑
「アリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステール様が到着されました」
私の執務室に訪れた文官がその言葉を述べた時、私は今日の会談で使うであろう資料の最終確認をしていた。
「本命がようやくご到着ですな」
文官が報告を終え部屋から立ち去った後、僅かに強張った表情で空軍卿のペルピニャン公爵が誰にともなく呟いた。
王国首脳部の中では最年少であり、未だ大事な局面で本心が僅かばかり表に出してしまっている。
「よりにもよって大貴族達との会談が続くこの日に、彼の者と会うことになろうとは……
いやはや、老骨には堪える」
公爵に応える形で口を開いたのは財務卿のメドック伯爵だ。
伯爵は一見好々爺に見えなくもない笑みを浮かべながら、ちらりと公爵に目を向けた後、私に目配せをする。
「現状、アリスト殿の重要度は極めて高いです。
彼が会談を希望するのならば、
……それとペルピニャン公爵、これから会談を行うのはアリスト殿だけではないということをお忘れなく。
今日、我々の会談の相手は誰もがガリア有数の実力者であり、決して隙を見せる事のできぬ相手ばかりです」
私がそう言うと、公爵の顔に浮かんでいた険しさがすぐに消え、困ったような苦笑に変化した。
「心得ておきます、リシュリュー枢機卿」
公爵はそう言うと、誤魔化すかの様に手元の資料に目を向けて資料の確認作業に没頭し始める。
公爵の様子を見ていた伯爵は、場の空気を払拭するように軽く笑った後、公爵と同じように作業を再開した。
今日行う諸侯との会談は全て私と公爵と伯爵の3人で対応する予定であり、私の執務室で私達3人が会談で使用する資料をそれぞれ確認しているのもその為だ。
恐らく今回の会談で主要となるのは増税関連であるため、財務卿のメドック伯爵は必須の人材であるし、今回の増税が敗戦により被害を被った軍の整備を理由としている以上、軍関係者もいてくれた方が良い。
その点、今回の戦争で最も被害を被った空軍の責任者である空軍卿のペルピニャン公爵は適任であると言える。
諸侯が今回の会談に求めているものは、増税期間の把握、及びその短縮化のはずだ。
今回の増税が長期間続けば中堅以上の貴族はともかく、弱小貴族は軒並み破産するだろう。
ガリア王国内の各派閥の有力者達は、なんとしてでもそれを防がねばならない。
もちろん、王国政府としても弱小貴族の全滅は悪夢そのものだ。
軍整備のための増税が、国防の要たるメイジの減少を招くなど本末転倒も良い所、あまりにも馬鹿げている。
確かに敗戦の損害によって空いた軍の穴は、決して小さくは無い。
だが、大国ガリアの国防が揺らぐほど大きくもないのだ。
増税などしなくとも、せいぜい10年ほどの月日をかければ財政に大した影響を与えることなく穴を塞ぐ事ができるだろう。
しかしそれでは駄目なのだ。
そんな事では稀代の英雄となったフィリップ王子に対抗できるだけの力の象徴は生まれない。
ハルケギニア最大国家たるガリア王国が
そんな英雄を作ったところで、フィリップ王子にガリアとの戦を躊躇わせる要因足りえないだろう。
それにガリア王国軍の士気の問題もある。
各軍務卿の話によれば、現在の王国軍はフィリップ王子という突出した個の存在に怯えているという。
王国軍は規模だけならば、ハルケギニア最大であり、最強でもある。
そしてその中核を王国軍の花形たる
言わば両用艦隊と近衛騎士団は王国軍にとって軍事的にも精神的にも柱として機能していたのだ。
しかしそれらは先の戦争においてフィリップ王子の前に脆くも敗れ去った。
王国軍の将兵は両用艦隊と近衛騎士団の柱としての機能を不安視し、その原因たるフィリップ王子を恐れている。
このまま軍備を整えてトリステイン王国と再戦をしても、はたしてまともな戦闘を行えるかは疑問だ。
ガリア王国は今、フィリップ王子への牽制と王国軍の新たな精神的な柱としての救世主を望んでいるのだ。
そして母国の危機に自ら王宮に出向き、王国軍の兵士として名乗り上げる建国以来の天才……現状考えられるシナリオとしては最高だ。
その為の舞台は今日までせっせと整えてきた。
今、控え室となっているサロンには王国の有力者が多数いる。
彼らとの会談を多少無理してでも今日まで遅らせたお蔭で、彼らはアリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステールが王宮に出向いたという事実を知った。
大小様々な混乱が発生している現状、この特異な情報は瞬く間に王国各地はもとより国外にも広がる事だろう。
その為の工作もすでに施してある。
そしてタイミングを見計らい英雄の存在を発表すれば、王国はフィリップ王子と並ぶ最高のカードが手に入る。
それによってフィリップ王子を擁するトリステイン王国と軍事的膠着状態を構築することが王国首脳部の狙いだ。
王国首脳部としても、今まで碌な戦闘経験がないであろう子供がフィリップ王子と同等の戦力になることは全く期待してはいないし、軍で鍛え上げたとしてもフィリップ王子の域にまで成長するなどとは思っていない。
彼は武人と言うよりも明らかに文人だ。
それに戦闘は魔法の才能ももちろんだが、戦闘センスというものも重要な要素になる。
固定砲台に徹するならば、彼はフィリップ王子をも上回るかもしれないが、まともに戦えば、経験と戦闘センスに勝る王子にはまず勝ち目がないだろう。
そもそもアリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステールの内政家としての手腕は目を見張るものがある。
そんな彼を戦時以外は大して役に立たない軍に所属させるなど、王国としては大きすぎる損失だ。
彼には象徴としての英雄を演じて貰えばそれで良い。
領地から離れる機会が多くなるとは思うが、それ相応の謝礼を用意すれば納得してくれるだろう。
そんな事を思いながら、資料の確認をしているとノックの音が聞こえた。
そろそろ会談を始める時間か。
「入りたまえ」
私が許可を出す事で部屋に入ってきた文官は案の定、まもなく会談の時間になることを告げた。
「———それで最近、真ん中の娘に学園で恋人ができたらしくてな。
私としてはどこの馬の骨が、我が娘に手を出したのか是非とも知りたいのだが、娘が中々教えてくれんのだ。
可笑しいとは思わないか?
私は親だぞ。私には娘の恋人を見定める権利があるはずだ。
確かに学園在籍中の学生同士の恋愛事情には、実家が介入する事はできないという不文律があるが、それはそれだ。
私は娘の親である以上、娘が嫁に行くまで、娘を守る権利……いや、義務があるのだよ!」
そう言って荒々しく既に空になっているカップを荒々しくソーサーに置いて、セリューネ公爵は僕に同意を求めてきた。
「いや、確かに公爵の言い分も間違ってはいないですが……娘さんも年頃なのでしょう。
そのくらいの娘さんは親の介入を嫌う傾向にありますし……まあ、仕方ないですよ」
僕には適当な事を言ってお茶を濁すしか出来なかった。
「しかしだねぇ!
私としては———」
大分溜まっていたのだろう。
セリューネ公爵の愚痴は止まらない。
一体何故こうなったんだろう。
始めのうちはこんな感じではなかった。
僕が公爵から情報を引き出そうとすると華麗に避けられ、公爵が僕に情報を話すよう仕向けても適当に濁すという熾烈な謀略戦を繰り広げていた。
互いに相手から情報を引き出そうとし、周囲に他の貴族がいて自分から譲歩し辛いという状況のせいでもあったのだろう。
いつのまにやら話題は訳の分からない方向に迷走しだした。
一応、僕と公爵は何度も元に戻そうとしたのだが、その度にお互いから情報を引き出すように仕向けているために、再び迷走しはじめるというループに陥っている。
結局、僕と公爵の謀略戦は公爵の会談時間になるまで続き、両者とも何も得る事ができず、セリューネ公爵の次女が微妙なお年頃という事をガリア王国の有力者達に垂れ流しただけで終わった。
今回の後書きは久しぶりの長文です。
ちゃんと見てくれると嬉しいでっす(キラッ
でもスルーしても大丈夫です。
今回もなんやかんやで更新が遅れました。
すみません。
感想欄では名指しの有無に関わらず他の読者さんへの非難とかは止めて下さいね☆
作者がアッーな気分になります。
感想欄には厳しいものから優しいものまで色々な感想があります。
作者としてはそのどれもが大切であり、どんなに厳しい感想でも、貰えるとニヤニヤが止まらなくなるのです。
感想の文章が喧嘩腰だったりただの悪口っぽくても、ニヤニヤしています。
一応言っておきますが、私は決してマゾヒストではありません。
サドでもないですよ!
なので例え作者をフォローする為であっても、他の読者さんを貶めるような言動は止めて下さいね。
止めて下さいね(キリッ
大事な事なので2度言いました。
別にフォローしてくれた方を非難している訳ではないですよ!
ただ作者がアッー☆な気分になると言う事だけは分かって欲しいのです。
以前、後書きにも書きましたが、作者はどんな感想でも大歓迎です。
ただし後書きに関してのみの感想や、他の感想に対しての感想などは出来るだけ控えて頂けるとありがたいです。
なろうの感想マニュアルから著しく外れた感想も、控えてくださいね。
最後に一言。
両用艦隊とかけて損害を埋めるとときます
<その心は!?
まさに療養艦隊
長文失礼しました。