サロンでの会偶
デュステール領を発ち一週間、ようやく王宮に到着した僕が案内された場所は、宮廷の重要人物に対し面会を求める貴族が待合所として利用するサロンだった。
一応、早馬で僕が2,3日前には宰相に僕が面会を求める意向を伝えたのだが、流石に到着してすぐ会うことは出来ないようだ。
まあ、当たり前か。
大国ガリアの宰相と言うのは常に忙しいだろうし、戦争直後ということもあって今は尚更だろう。
そもそも面会自体が2,3日前に伝えたばかりなのだ。
本来ならばよほどの大物で無い限り宰相との面会をすぐには取り付けることなどできない。
本来ならば1,2週間どころか1ヶ月待たされても文句は言えない。
それにもかかわらず僕はここに案内された時、宰相の使いから数時間待っていれば宰相と面会できる事を伝えられた。
どうやら宰相にとって僕はそれなりに重要視されているらしい。
いや、エルフ交易に対する異常な増税の事を考えれば、何か裏があると考えて良いだろう。
思案材料は沢山あるし、幸いにも面会までは大分時間がある。
様々な貴族達が集まるサロンならば、有用な情報も聞き出せるかもしれない。
宰相を待つ間、じっくりと考えてみよう。
そう考えていた時期が僕にもありました。
サロンの一角で優雅に紅茶を飲んでいたアイツを見つけるまでは!
僕が宰相の使いに案内されてサロンに入ると、サロンで他の者と話していたり、なにやら考え込んでいたりしていた貴族達がチラリとこちらを伺った。
そしてサロンに入室した者が僕だと分かると、僅かにざわめきが起こった。
今まで王宮にはあまり関わっていなかったガリア有数のメイジが突然、王宮のサロンに現れたのだ。
恐らく貴族達は僕が現れたことについて様々な憶測を考えているのだろう。
僕は周囲の者と話をしつつこちらを伺っている貴族達を気にすることなく、空いているテーブルを探す。
広いサロンには四角いテーブルの四方に1人掛けソファーが並べられているセットが何十セットも設置されているが、今はそれらの3分の2がすでに埋まっていた。
そしてそんなサロンの一角にアイツはいた。
アイツは僕と目が合うと、カップをソーサーに置いてにこやかな表情で小さく手を振った。
無視する訳にもいかないので、僕も笑顔を作ってそれに応えると、今度は手招きしてきた。
行きたくない。
絶対に行きたくない。
手招きの動作が小さくて見えなかったという事で無視できないかなぁ。
できないよなぁ。
僕は表情を笑顔で固定してアイツのいるテーブルに向かった。
一応、立場はアイツの方が上なのでこちらから挨拶する。
「御無沙汰しています、セリューネ公爵」
僕が近づくとソファーから立ち上がっていた公爵が、さも嬉しそうに僕を向かえた。
「久しいなアリスト殿、セラスの8歳の誕生パーティー以来か。
このような場所で貴殿に会うとは、珍しい事もあったものだ」
「なにぶん先の増税令で緊急の用事が出来たもので……」
「………ほう…まあ、立ち話する必要もあるまい。
まずはそこに座るが良い」
一瞬、公爵の目が怪しげに細められたが、すぐさま元に戻って向かい側のソファーに座れと視線で促した。
デュステール侯爵家の命運をかけた会談を宰相と行う前に、公爵との腹の探り合いは勘弁して欲しいのだが、断るにしても理由が無い。
仕方が無い。
宰相との会談前に公爵から情報を引き出せると思って、頑張るしかないか。
私は苛立っていた。
2週間前に王宮から発布された増税令は王国の諸侯に大なり小なり影響を与えた。
それは私が長を勤める派閥も例外では無い。
いや、むしろ我が派閥は他の有力な派閥よりも影響が大きく出ている。
その理由を率直に言ってしまえば、派閥に属する諸侯がセリューネ公爵家を除き軒並み中堅か弱小の貴族であるからだ。
今回の増税は領地が小規模な貴族達ではとてもでないが、長くは持たない規模だ。
10年も経たずに破綻する家が出てくるだろう。
それらの弱小貴族達を公爵家や中堅貴族が支援できれば良いのだが、如何せん、我らに比べて支援が必要な弱小貴族の数が多すぎる。
本来ならばこのような増税など断固として反対するのだが、今回は状況が状況なので軽々しく反対など出来ない。
先の戦争でフィリップ王子と言う化け物がトリステイン王国に現れたというのに、ガリア内部で宮廷闘争など起こせば、ガリア王国は亡国の危機だ。
今は情報が足りない。
本当に増税が必要なのか。
増税された金は何に使われるのか。
しっかりと情報を把握したうえで、諸外国の動きも考慮に入れ決断せねばなるまい。
そのため、私は増税令の情報を掴むとすぐさま宰相との面会を申し込んだ。
しかし大敗後の王宮の混乱は凄まじく、いかに大貴族と言えども面会を取り付けるには2週間と言う時間がかかってしまった。
紅茶を口に含みつつ周囲に目を向けると、私と同じ境遇なのだろう。
何らかの話をしていたり私と同じく紅茶を飲んだり、険しい表情で考え込むなど、少なくない数の貴族達が思い思いの方法で時間を潰していた。
私を含めたそれら貴族達は誰もが、王国内でも有数の大貴族と言われている者達だ。
そし現在、王宮の中枢まで権力を食い込ませる事が出来ていない者達だ。
恐らく皆が増税の件で、現政権の真意を問い質そうとしているのだろうが、このサロンにいる顔ぶれを見ると、増税令に対する疑念がますます湧いてくる。
サロンにいる貴族達はそれぞれが独自の派閥を築いており、それらの派閥に属する貴族を全てまとめるとガリア諸侯の3割を占める。
つまりこのサロン内にいる貴族達はガリア王国に所属する貴族達の3割を率いているという事だ。
そして彼らがこのサロンにいるという事は、王国内勢力の3割が今回の増税令に疑問を抱いていることを意味している。
早急に宰相との面会を取り付けられない弱小派閥や辺境諸侯を加味すれば、王国内勢力の過半数が少なからず反発しているだろう。
こんな状態が長引けば、領地経営に窮する諸侯を中心に内乱が発生したとしても不思議ではない。
それとも王宮は我々を納得させるだけの理由が用意できているのか?
現状このままでは領地が破綻してしまう以上、よほどの理由でもない限り反対派を納得させるには、増税令の撤回か短期化しか方法は無い。
そしてそんな事をしてしまえば、王宮が増税によって求める効果に期待することはできなくなる。
それとも報復戦争でも仕掛けるつもりか?
いや、軍部も決して愚かでは無い。
フィリップ王子が健在である以上、前回の敗戦の焼き増しになるだけだ。
そもそも再戦と増税によって大打撃を被る王国諸侯を立て直すだけの膨大な賠償金などトリステインが持っているはずが無い。
駄目だ……王宮が何を考えているのか分からん。
私が考え込んでいると、サロンの扉が開く音がした。
今は思考を優先したいのだが、新たに入室してきた者が誰なのか気にはなる。
私は紅茶を飲んで思考を一旦中断し、ちらりとサロンの入り口に目を向けた。
不覚にも紅茶を噴出しそうになった。
アリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステール……何故お前がここにいる!?
ガリア王国でも有数の大貴族が
私も動揺しているが、一先ず口の中の紅茶を飲み干してから落ち着いて考えてみる。
確かに彼は有能だが、いくらなんでも王宮に対し大貴族と同等の影響力を持つなど考えられないし、そんな情報など存在しない。
それとも私の情報網を掻い潜った上で、王宮内に確固たる影響力を確立したのか?
馬鹿な、そんなこと出来るはずがない。
……だが未だ彼の底が知れない以上、その可能性も限りなく少ないが存在する。
まさか、彼はそれほどまでに有能なのか———
そこまで考えた時、不意に彼と目が合ってしまった。
とりあえず、こちらに呼んで色々と聞き出すとしようか……
……聞き出せたら良いなぁ。