97話
「あーー、楽しかったー」
「結局、何時間延長したんだよ……っとに」
「でも、上手だったよみんな」
「いやぁ、しかし良いねぇ、朱雀さんいると全部奢ってくれるから」
「私も甲斐性ある彼氏欲しいなー」
修学旅行最終日、解散後に街へ繰り出していた1班の面々は結局、暗くなり始めるまでカラオケで歌い倒した後、寮へと戻ってきていた。
明日は日曜日のため、さすがにゆっくり休み、月曜日から再開される学校への英気を養う事になる。
そのため、このまま各部屋に解散しようとするが……
「あれ、何してるんだろ」
寮の入り口で一人の女性が困った様子で立ち竦んでいた、別に不振人物ではなく、その衣服を見れば用向きも明らかだが。
背中についた、ウインクする黒猫のマーク……所謂、宅配業者だ。
それが荷物らしき小包を手に困っているのであれば、だいたいの察しもつく。
現に、5人がゆっくりと寮の入り口に近付いたのを見つけた女性は、少し申し訳無さそうにしながらも話しかけてきた。
「あなた達、ここの寮の子?」
「はい、そうですが」
「そう、管理人さんかどなたか見えられないかしら、荷物を届けたいんだけど、ちょっと届け先が分からなくって、この寮に住んでる人だとは思うんだけど」
呟きながら何度か宛名を確認する女性。
「ふーん、じゃぁ委員長呼んでくるね」
カラオケで歌い尽くせたお陰で機嫌が良いのか、桜子が元気良く寮の中へと飛び込んでいく。
実際、寮で問題があれば自然と委員長である雪広に相談が集まるので間違いではない。
ただ、何とはなしに4人の視線も宛名へと集まる、住所は確かに女子寮になっている。
ただし、詳しい部屋番号が書かれていないのだ。
これでは、寮の何処の部屋に届ければ良いのか分からない、その為に配達員であろう女性は困った様子で。
「宛先は誰宛なんですか?」
「Asuna Kagurazaka さん宛なんだけど、分かるかしら」
「明日菜ですか、はい、分かります、部屋も分かりますよ」
「そう、良かった、じゃぁ部屋番号教えてもらっても良いかしら」
ほっとした様子の女性、これで荷物は届けられるし、本人不在でも委員長と言う者が居るのならそれに預ければ良い。
また、ここで更なる好機が配達員には訪れる。
「あ、ちょうど帰ってきたよ」
「ん、ホントだな」
「あら、あの子がそうなの?」
4人とは別方向から……と言うよりも、学園しかないであろう方向から当の本人が歩いてきたのだ。
特徴的な髪型と鈴の髪飾りで間違える事もない。
それに、配達員もほっと息をつく、代理でも無論問題は無いが、やはり本人に渡せるのが一番良いのだから。
ただ、明日菜が近付いてくるに連れ、4人は少し驚く。
その目を赤く腫らせ、見るからに意気消沈し、とぼとぼと歩く、その様子に……
「明日菜……どうかしたの?」
「大丈夫?」
心配した柿崎とアキラが近寄って声をかける。
大丈夫だと受け応えるその様子も、明らかに元気が無く……ふと、千雨とその視線が合った瞬間、かなりきつい目で睨みつけた。
「…………」
それだけで、また何かあったのだと千雨は当たりをつけるが、態々虎の尾を踏みたくないため、一歩明日菜から距離をとり。
幸いにして、明日菜の方から千雨に食い下がるような事は無かった。
その千雨の傍にパタパタと、寮から足音が走り寄ってきた。
「はい、お待たせしました、寮の者への荷物ですわね、私が責任持ってお預かりします」
桜子に呼ばれたのだろう、雪広が寮から姿を見せると慣れた様子で配達員から荷物を預かる。
明日菜の様子に声をかけるのを躊躇った配達員は、安堵しながら、荷物を雪広に預け。
「明日菜さんへのお荷物ですわね……って、明日菜さん、あなたどうされましたの?」
雪広も明日菜の異常に気付く。
目を泣き腫らし、意気消沈した様子の明日菜の姿に驚き。
「いいんちょ……何でもない、大丈夫だから」
その雪広に、身を震わせながらも何でも無いと言い切る明日菜、見るからに何かあったのは確かなのだろうが、けっして、その口を開く事は無く。
「……部屋、戻るから」
「明日菜さん……分かりましたわ、今は何も聞きません、少しお部屋で休まれれば普段の調子も戻るでしょう、それと、ちょうどお荷物が届いたようですわ、これは今お渡ししてもよろしいですか」
「荷物?」
怪訝そうにする明日菜、身寄りが無く、通販等も利用しない明日菜に荷物が届くことなど基本的に無いからだ。
「えぇ、外国からのお荷物のようですわ、送り主は、アルベール・カモミールと書かれて」
「あいつっ、今度は何なのよっ!!」
寸前までの消沈を振り払い、激昂した様子で荷物に掴みかかる明日菜。
そこにはアルファベットで、この場では明日菜だけが知るオコジョの名前が明記されている。
そのオコジョが仕出かした騒動の結果……他にも要因は多々あるが……最愛の男性が窮地に追いやられたと認識する明日菜にすれば、その名前が書かれた荷物と言う時点で、既にそれは危険に満ちた爆発物当然だ。
親友である雪広あやかの手にそんなものを持たせておくわけにもいかず、明日菜はそれを奪い取り。
「っつうわっ」
疲労の重なりと、心労の重みがあっただろう、それを片手でしっかり掴みつつも取りこぼしてしまった。
結果として、包装していた包み紙を破るような形で、それは明日菜の足元へ転がり。
「っとに、何だってのよっ!」
先までの激昂も露に明日菜はそれを拾い上げる。
その様を見て、周りも明日菜の精神状態が普段通りで無い事を察したのだろう、心配そうに見つめながらある程度の距離を保ち。
「桜子が降りて来ねぇ……うわっ、私も逃げてぇ」
千雨は、委員長を呼びに行ったはずの桜子が一向に戻ってこない状態に危機感を募らせ、小声でぼそっと呟く。
けれど、クラスメイトである明日菜を心配する雰囲気の中で一人だけ離れるわけにも行かず、明日菜は拾い上げたそれをしげしげと見つめる。
「何よこれ、言って宅で……何が言いたいのよっ!」
「あ、あの、明日菜さん、それは、詫び状と書かれてて、申し訳ありませんでしたという謝罪の届け物だと思いますよ」
包み紙が破られた其処には、アルミのケースと其処にしっかりと貼り付けられた詫び状の封書。
それを見るだけで、謝罪の意を示す分かり易い表現であり。
「っ、今更許すわけが無いでしょうがっ、あのオコジョっ」
……あの後、協定に関する詳しい内容と、GFへの不干渉の再徹底の説明をされ、その後で、念のためにと高畑から別れの言葉まで告げられた明日菜の怒りがそれで収まるはずも無い。
迷わずそのアルミのケースを地面に叩きつける。
あまりの明日菜の怒りように言葉も失う周囲の中で、明日菜は無言で叩き付けたアルミケースを見つめる。
歪んだそこから垣間見えるのは……チョコレートだ……
「ふざけんじゃないわよ、あんだけのことをしといて、これで許してっての? 馬鹿カモ、それに……ネギ」
学園長と、GFの交渉担当との会話を半ば強制的に聞かされた明日菜。
其処で知ったのは、自分達がどれだけ危険な行為をしていたかと言う恐怖と。
……高畑・T・タカミチが自分達の行いで遠く離れてしまうという結果……
それが形になったのはわずか数時間前のことで、この荷物が届くには明らかに時間的問題があるが、それを明日菜が気づく事も無く。
カモミールの詫び状は明日菜の中では、修学旅行における愚行についてだと結論付けられた。
その詫び状に目を通していれば、また話も変わったのだろうが。
「ネギ……明日菜さん、ネギ先生がどうかしたのですか?」
「っ、どうもこうも」
「何の騒ぎなのですか」
散々、寮の前で騒いだ結果だろうか、騒ぎを聞きつけただろう何人かも姿を見せ始める。
その殆どが、見るからに不安定な状態の明日菜の姿に驚き。
「っ、何も……無い、何でも無いわよっ!」
それでも、状況の一端を思い知らされた明日菜は何も言えない。
戦争になる……廃校になる……廃墟になる……
これまで、自分の行いをあくまで子供の手伝いと割り切っていた明日菜に思い知らされた現実。
それを思い知れば、睥睨するように見えてしまう千雨の視線すら煩わしい。
もっと早く教えてくれていればと、怒りすら覚え。
「荷物が転がっていますよ、食べ物ですか? これは、
アルミケースに記されたネーミングセンスだけで、それに十分価値を感じ取る夕映……アルミケースの蓋が空き、中身が多少零れているが大半は無事だ。
そのチョコレートのネーミングセンスに、夕映の好奇心が騒ぎ出す。
「っ、私に届いた荷物よ……全部捨てるから、ごめん、すぐどかすわ」
千雨から視線を外すと、オコジョから届けられた荷物と言う、その時点で非常に問題の多いであろうそれを処分するために拾い上げる。
周りから心配そうな視線が集中するが、細かく説明する事ができない以上、相談も出来ない。
相談できるとすれば、それは木乃香か春日と言った魔法関係者だけだ……
「…………」
魔法関係者である千雨は、心配そうに見つめるクラスメイトたちから一歩だけ距離をとって無言で居る。
だから、明日菜は何も言うことが出来ず。
「ごめん、部屋戻るわ」
明日菜は寮の部屋に戻る事にする、アルミケースの蓋を閉じようとした、そのタイミングで。
「明日菜さ〜〜ん、はぁはぁっ」
明日菜が歩んできたのと同じ方向から、ネギが走り寄って来た。
必死で走ってきたのだろう、全身に汗を帯び、それでも頑張って走り続ける。
……それを振り切ってきた明日菜にすれば、奥歯を噛み締める思いだ。
高畑と、別離になる可能性が高いと大いに思い知らされた状況で、GFとその関係者との接触について学園長から、また、高畑から頭を下げられるほどに説明され。
ネギと二人で学園から外に出された後、ネギを一人残し走り去ったのは、まだしも明日菜の自制によるものだった。
あの状況では、ネギに何を言ってしまい、何をしてしまうか分からないからだ。
故に、明日菜はネギから距離をとり、愛用していた杖を失ったネギは飛行することも出来ず、健脚を有する明日菜の後を追う事に必死で。
明日菜が寮の前で脚を止めていたおかげで、漸く追いつけた。
「ネギ先生……」
寮に身体を向け、ネギに背中を向けたままの状態の明日菜。
声をかけられたのに振り向かないのは、そこに拒絶の意思があるからだ。
その態度に、周りの生徒達も二人の間に何かあった事を察して無言になる。
その中でネギは、困り果てながらもそれでも明日菜を見つめる。
高畑が連れて行かれ、カモミールも居なくなり、GFとの接触を禁じられた状況で。
最早、頼れるのは、ずっと助けてくれていた明日菜しか思いつかず。
「何よネギ……分かってると思うけど、私、アンタにはかなり怒ってるのよ!」
けれど、明日菜から与えられるのは背中を向けたままでの、憤りを露にする激怒だった。
けれど、当然だろう、あくまで子供の手伝いと思っていた状況は……最愛の保護者の喪失と、ともすれば学園の崩壊にまで繋がると知ってしまったのだから。
此処にきて、漸く明日菜には……高畑を喪失する事態にまで至った明日菜には理解できた。
魔法を秘匿する事と自分を魔法から遠ざけようとしていた木乃香の態度が。
「うあっ……ご、ごめんなさい、け、けど、このままじゃタカミチが……だから、何とかしたくて」
……未だに、ネギ・スプリングフィールドは道を模索する……
それは、挫折を知らない子供の理屈でもある。
生まれてこの方、失敗を殆ど知らず、頑張れば道が拓けて来たと盲信する少年は、今もまだ、頑張れば道が拓けると疑わない。
けれど、それは一人では無理だとも学習した。
さすがに、状況の悪化は理解したのだ、故に、助けてくれるだろう明日菜に助けを求め。
一瞬、その視線を千雨にも向ける。
直ぐに逸らす事が出来たのは、高畑と学園長からの厳重な注意によるものもあったからだ。
「だからあの……」
「少し黙んなさい、ネギ……」
「けど、このままじゃタカミチがオコジョに」
「黙れってんのよっ」
多くのクラスメイトが集まる中で危険な発言をしてしまいそうになるネギに明日菜は向き直る。
ネギの口の軽さは重々承知している、このままでは迂闊な事を口にして、また問題を起こしかねない。
幸いにして、ネギの口を塞ぐのに丁度良いものも手元にはあった。
手に持ったままの
「むごっ」
「ちょっと、明日菜さん!?」
口いっぱいに放り込まれたチョコレートに言葉を封じられたネギがもごもごと呻く中。
荒く息をつく明日菜は再度、ネギに踵を返し。
「ふもっ、まふっ」
口いっぱいのチョコレートで息も満足に出来ないネギは何とか指を伸ばす。
それは辛うじて明日菜の腕を掠め、明日菜はそれを振り払おうとする。
痴話喧嘩のようにも見える光景だが、最終的には。
「っ、離しなさいよっ、馬鹿ネギっ!」
「むぐんっ」
「「「「ネギ先生!?」」」」
業を煮やした明日菜が手に持っていたアルミケースをネギの頭に叩きつける事で終結した。
蓋がきちんと嵌っていなかったため、かなりの量のチョコレートが宙を舞う。
そんな中、いったん頭を冷やしたいと、明日菜は寮へと走り入って行き。
心配そうに見守っていた生徒達は頭から星を出してふらふらした様子のネギの周りに集まる。
頭部への衝撃で、思わず口の中にあったチョコレートを全部飲み込んでしまったネギは、喉を痛めながらも。
「明日菜さん……」
明日菜が消えて行ったはずの寮の入り口を見つめる。
……けれど、其処には既に明日菜の姿は無く、寮の入り口の方には遠巻きに見ている千雨の姿くらいしか見えず……
トクンと、何処かで
魔法薬は用法用量を守って適切にご使用ください
ウラ物の強力な奴を過剰摂取した場合、非常に危険な症状に発展する可能性があります。
さて、他に何人巻き込もうか(ぉぃ
基本、他全員の視線は薬味に集中してますのでGLは発生しないかと思います、あしからず。