96話
「先にも話に挙がりましたが、闇の福音が吸血と言う
今回、ネギ・スプリングフィールドはその協定を逸脱し、接触を図りました……その件についての釈明ないしは謝罪をいただきたい」
「……具体的には、どのような接触を図ったのかね、儂もまだ正確には把握しておらんのじゃが」
溜息と共に鈴音を促す近右衛門。
既にネギが挙動不審の兆候を見せ始めており、何らかの自覚ある行動をしたであろう事は明白だ。
また、新田教諭からの報告内容にも、ネギの問題行動は明記されている、それを必要最小限の被害で抑えねばならず。
「そうですね、ただ、先に申しあげておきたい事があります……この協定違反について、満足行く返答が得られなかった場合のGFの対抗措置についてです」
ふっと、鈴音が少し沈黙する。
ちらりと、視線をネギと明日菜へと向けた後、近右衛門へと向き直る。
「戦争です、GFは麻帆良学園への大規模な経済封鎖を仕掛ける準備があります、いえ、近代戦争と言った方が正確ですか」
「え?」「は?」
ネギと明日菜が呆けたような顔を見せるが、近右衛門と高畑は沈黙のままにそれを受け容れる。
吸血鬼事件の時に実際に行われた事……麻帆良学園の経済的締め上げと魔法世界との国交断絶の準備……を思い出す。
明石教授が何度も確認したが、其れ等は全て、一命令の元に実際に実行される準備が行われていたと言う……その上で、明石教授が確認した筈のその経路は、一週間後には既に存在しないものとなっていた……
それで安堵できるほど近右衛門も甘くは無く、無論、再調査を念入りに行った。
その結果として得た物は、麻帆良学園を緩やかに穏やかに。何より周到に包み込む、旧世界の繋がりすら持たぬ筈の多勢力の影。
どれほど追っても尾も踏めず、夢で関係者の記憶を垣間見ても、何ら意図のないように……見て取れる。そう、見えてしまう…
……その背後で糸を繰る、魔女達が
「……理解しておるよ……」
されど、近右衛門とて長年強者の地位に在り続けた老獪、弱味を見せればつけこまれる当然を理解するため、自然体でそれを受け容れる。
無論、その程度は鈴音にも当然の事であり……子供達にも分かりやすく言葉を続ける。
「その際に求める最低条件は、闇の福音とその従者の抹殺、関東魔法協会の活動制限、麻帆良学園の廃校、世界樹の魔力封印……以上を求め、本格攻勢に移る事でしょう。無論、その際には一昨晩同様、GFの最高戦力が率先して麻帆良学園内の魔法勢力の鎮圧を行う事となります」
「抹殺……それに、廃校って、が、学校はどうなるんですか」
「潰します、経済的にか物理的にかは分かりませんが」
「が、学校が無くなるの!?」
ネギと明日菜が狼狽するが、近右衛門はじっと鈴音の瞳を見続けた。
その上で、その瞳に何ら揺らぎが無い事を見て取って……息をつく。
「……本気、なのじゃろうが……その行為が何を引き入れるか、分からないわけでもあるまい」
廃校と世界樹の魔力封印を言い切った鈴音に、近右衛門が改めて強い視線を向ける。
その意味を正確に理解する鈴音は、それを受けて鷹揚に頷き。
「無論、麻帆良学園の後ろ楯であるメガロ・メセンブリアの介入があるでしょう、ですが……魔法世界の戦力を、あちらで言うところの旧世界に大量投入する、その行為がもたらす結果も近右衛門殿には分かるのでは?」
「……こちらの世界で
大戦、それは、ネギの父、ナギ・スプリングフィールドが勇名を上げ。
それに等しい惨劇をもたらした、ごくごく、当たり前な……戦争。
その言葉が出た瞬間に、近右衛門も、鈴音もまた、僅かにだけ身を強張らせる。
意図は容易く両者に知れる、どちらもまた、それを望んではいないが……最悪の場合の覚悟はあると……
「……えぇ、それも、魔法と近代兵器、魔法使いと一般人による大規模な
鈴音は言い切る……近右衛門も受け容れる……
「……戦争の引き鉄を引く気かね」
「お間違えの無いよう、この場合、引き鉄を引いたのはあなた方なのですよ……まさか、協定違反の
「……あぁ、そうじゃな……時に、君が今回の件の収束を任されているんじゃな」
「…………勘違いされないように、私は権限の一つを任されていますが、私の選択に気に入れなければ、GFは私を切り捨て……学園長、あなたの首を取るでしょう」
じっと、掌の汗を感じながら鈴音は告げる。
この期に及んでもまだ、近右衛門は己の優位性を信じている。
それも、当然ではある、魔法世界の大国の後ろ楯は、それだけで十分な威圧になるからだ。
魔法使いは唯一人でも一騎当千の存在だ。
一騎をして戦車を上回る破壊力を持つ、一般人にすれば化け物の様な存在が大挙として押し寄せる。
それは悪夢であり……
……超鈴音にとって、最悪の未来の
超鈴音は、その未来を変えるために今日を生きているのだから。
魔法世界との大戦を回避するために、本来は譲歩すべきところだろう。
けれど、この世界には超鈴音にすら想定外の
その彼等が十年近くも前から、魔法世界との徹底抗戦を念頭において行動していた場合……全ての状況は覆る。
彼等にとって、魔法世界との対立は、想定の範囲内なのだから。
彼等は、己の身内を護るために手段は選ばない。
「……戦うかね、彼等は」
「違いますね、彼等は戦いません……ただ、割り切って殺し尽くすだけです」
片や世界規模の巨大複合企業であり、大戦の英雄に匹敵する実力者達を頂点に近代兵器と超科学を有する旧世界最大勢力。
片や旧世界における戦力こそ少ないものの、メガロ・メセンブリアと言う後ろ楯を持ち、世界各国にも友好的な魔法組織を有する麻帆良学園。
……この場合、鈴音の方にこそ危機感は強い。
世界大戦と言う結果は最良ではなくとも自身と、その後ろ楯である
彼等が望むのは身の回りの平穏であり、魔法世界に住む人々の存続は切り捨てても気にもならない……
ならば、この時点での麻帆良・メガロ・メセンブリアとの正面決戦は……とても分かり易い結果になる……
規格外の存在とその魔女、槍騎士が本気になれば麻帆良の蹂躙は難しくなく、火星はそれこそ火の星になる、それが核によるものか、魔法力の暴走によるものか、はたまたORTでも墜ちるのかは、分からないが……
……火星が物理的に崩壊する手筈すら既にいくつも整えられている……今更、メガロ・メセンブリアが腰を上げたところで、物の数にもならない程に……
故に、多くを救い、スプリングフィールドの理想を望む超は足掻く、無論、それが魔女の手の上で許される許容の内での裁量と理解しながらも……
「……あなたが状況の深刻さをどれだけ低く見積もってるかは知りませんが、既に私共は宣言していたはずです、戦争の覚悟はあり、闘技場不敗の騎士がこの部屋に特攻する事も辞さないと……まさか、お忘れで?」
故に、鈴音は恐れる。
老害が魔女達の逆鱗に触れ、自身の手の届かぬところで魔法世界崩壊のシナリオが始まってしまう事を心から……
「……いや、覚えておるよ」
神経をすり減らしながら、近右衛門同様、必死で落し所を求める。
二度と、彼等の身の回りに愚かな指先が届かぬように。
「でしたら、ご理解を……あなた方にとって幸運であったのは、修学旅行の二日目、ネギ・スプリングフィールドがGF関係者に仮契約を強要しようとした事件の際、ディルムッドもまた京都にいた事ですか、お陰で、学園長室への特攻が出来なかったそうです」
「ふぉ……フォーーーーッ!? そ、そんな事までしておったんか!?」
「そ、そんな事僕してませんーーっ」
仮契約の強要。
それは、契約した相手を何時でも召喚できる権利を得るようなものだ。
そして、英雄の息子との仮契約は碌でもない災厄も共にもたらす。
「二日目の晩には、宿泊施設一帯に仮契約の魔方陣が敷かれ、施設内で仮契約の様式を満たせば即仮契約が可能な状況が作り出されていたそうです。その状況下で、ネギ・スプリングフィールドにキスをした者が勝者と言うルールのゲームが実施され……参加を拒みながらも執拗にゲームへの参加を求められたと証言を得ていますが」
「あっ、それは、そのっ、えっと」
「カモよそれ、カモの馬鹿が勝手にやった事で、ネギは関係ないわよ」
瞬間びくっと、ネギのポケットが大きく震える。
そこでは、事の成り行きを見定めようと大人しくしていたオコジョが一匹……大きく震え。
「あぁ、そう言えばアルベール・カモミールが主犯でしたね、ただ、この場合、管理責任があるネギ・スプリングフィールドにも何らかの処罰は必要でしょう」
黒服の一人が音も無くネギの背後へ近寄ると、そのポケットに潜んでいた小動物を掴み引きずり出す。
「うおっ、な、何でぇっ」
「カモ君っ」
黒服の手に鷲掴みにされるのは、身体のあちらこちらに包帯を巻きつけた一匹のオコジョだ、欲に目が眩み、何も知らぬ生徒との仮契約を行わせようと言う愚行を弄した獣で。
「アルベール・カモミールは過去に下着二千枚の窃盗により、収監されています、脱獄後、何故か減刑が適用され、オコジョ妖精としての
「あうっ、そ、それは……」
「い、いや、あっしはネギの兄貴のために一肌脱ごうと」
「つまり、それらの一連の行為はネギ・スプリングフィールドの指示であったと、そう証言されるのですね」
「待った」「待つんじゃ」
言質をとろうと鈴音が問い質したところで、近右衛門と高畑から制止がかかる。
それらの目がネギと明日菜、カモを順に見た後で、二人の視線はカモへと集中する。
「……確認じゃが、そのゲームで……契約者は発生しておるのかね」
「えぇ、巻き込まれた男子中等部の生徒一名とネギ・スプリングフィールドの仮契約を確認しています」
近右衛門が深く息を吐き……高畑が、一歩を踏み出す。
「そうか……僕が頼んだ事とは言え、少しやりすぎたね、カモミール君」
「…………あぁ、そうしますか」
鈴音の溜息を聞きながら、高畑が懐から煙草を取り出すと、それを口にくわえる。
火を点ける事はしないが、そのまま煙草を軽く揺らし……カモをじっと見つめ。
瞬間、カモミールの脳細胞が猛回転を始める、麻帆良最高頭脳に遠く及ばなくとも、そこは、その悪知恵で幾度も機転を利かせてきた小者。
何より、この小者は、三下とも言い換えられる。
すなわち、ベネット同様、強い者に服従し、その意図を汲む事は得意とする。
「す、すまねぇっ、旦那、あっしが全部悪いんでさぁぁ、ネギの兄貴のためになると思ってあっしが勝手にやった事でさぁ、こんな事になって申し訳ないっす……」
最後にくいっと高畑に向けて『これで良いんですかい』とアイコンタクトまで送る三下ぶりだ。
高畑は煙草を縦に揺らすことでそれに応え。
「……三文芝居はどうでも良いのですが、また、あなたが泥を被られるおつもりですか、高畑教諭、確か、以前にネギ・スプリングフィールドが問題を起こしたときもあなたが責任を取ると言われたはずですが」
「えっ、た、高畑先生!?」
「タカミチ!?」
「……今回の修学旅行中の仮契約の強要については、ネギ君に有望な従者が居てくれたら尽力して欲しいとお願いしていた僕の責任だ、それと、GFへの不用意な接触についても、ネギ君に詳しい説明を行わなかった僕の責任だ」
其処まで言い切ると、近右衛門へと視線を向ける。
無論、ネギや明日菜はその言葉に大いに不満な様子を見せるが、言葉を差し入れる暇は与えず。
「……オコジョ妖精アルベール・カモミールは主であり、保護監察官であるネギ・スプリングフィールドの目を盗んで仮契約の強要に繋がる状況を発生させたとして、至急本国へ送還する」
「うげっ」
問答無用でオコジョ妖精に修学旅行で発生した問題の責任を押し付ける。
それについて、カモが近右衛門を助けを請うようにして見つめれば、片眉をあげた近右衛門はかすかに頷く……減刑は約束するというアイコンタクトを確かに交し合い。
……この辺りは、腹に黒いものを持つどうし、ほぼタイムラグも無く理解しあい……
それでも、所詮は使い魔であるカモミールに全ての問題を被せる事はできず。
「また、この件について、ネギ・スプリングフィールドに試験を架す役目にあった高畑・T・タカミチが協定に触れる問題を発生させる元凶となったとして……協定違反の責任を取るものとする」
近右衛門は、そう断罪する……
それは、協定における違反規定が明確に確立していないからこそ出来る逃げ道でもあるが、相手側の了承さえ得られれば、それは結果として罷り通る。
「……実行犯はネギ・スプリングフィールドです、彼が責任を取らないのはおかしいと思いますが」
ネギに責を負わせる事を強く望んだとして……
「そ、そうだよタカミチ、僕が」
「ネギ君は、GFへの接触がどれ程の問題になるかについて、殆ど認識が無かった、それは僕の説明不足が問題だ、よって、今回の件の責任は僕に取らせてもらいたい」
ネギを庇うようにして前に出る高畑。
事実としては、ネギに協定の詳しい情報が無かった事も事実、その場合誰に責任があるかと言えば、エヴァンジェリンの呪いへの対処に追われ、詳しい説明を行えなかった高畑にもあるだろう。
「君も、ネギ君に呪いを架している現状の問題は理解できるだろう」
現状、ネギの行動の一部を制限する呪いの指輪、それにより、長谷川千雨を始めとするGFに関りのある少女たちへの接触を制限している。
それにより、ネギによるGFの庇護対象の被害を抑える目的だが。
……それによる、デメリットも発生する。
ネギが、英雄の息子であるという問題だ。
その行動を制限する事は、英雄の息子の成長を阻害する行為だと……魔法使い側に認識される。
むしろ、その呪いによって、英雄の息子を自分の望ましいように偏重させようとしていると誤解されかねない。
「……それも含め、あなたが負うと、かなり厳しいペナルティを求める事になると思いますが」
今現在、ネギの指に嵌められてその行動の一部を抑制する役目を持つ発動体の指輪。
警告から始まり、魔女の呪いにすれば随分と生易しい代物だが、その理由など簡単だ。
あまりに行動を制限する代物であれば、その瞬間に正義馬鹿の猛抗議と言う名の攻撃が始まるからである。
英雄を盲信する者にすれば、ネギ・スプリングフィールドに如何なるものであれ呪いを施すというのであれば、それは悪と判断されるのだから。
それは、関東魔法協会で静観している小者を扇動する厄介な種に、十分成り得る……
「それが大人の責任だ」
それを理解し、だからこそ高畑は自身に責を負わせる。
仮に、ガンドルフィーニが同席していれば、同様の事を言うだろうし。
「……オコジョになって収容所送りと言う事もありえますが」
「覚悟の上だ」
「高畑先生!?」
明日菜が悲鳴を上げるが、高畑も揺らがない。
協定の認識不足でネギの責任を減らせば、それはそのままパートナーの明日菜の責任も減らす事に繋がる。
それは、高畑にすれば当然の行為……
「そうですか……説明不足……GF首脳陣にそれを説明して納得してもらう私の身にもなってもらいたいですが、あなたが私の言い様になるのであれば、受けても構いません」
鈴音にしても、高畑の排除は都合が良く、カモミールを排除しておけば仮契約の強要と言う愚行はもう起こらなくなる。
高畑の排除により、明日菜とネギの間にかなりの亀裂も出来るだろうが……それはそれで都合も良く。
「……良いでしょう、今後の再発防止のために他にも幾つか条件は飲んで頂きますが、大筋としては高畑・T・タカミチが今回の件の責任を取るという形でどうでしょうか」
「そんなっ」
無論、明日菜は叫びを上げる。
それは、彼女にも、そして、その横に立つネギにも受け入れ難い事だ。
けれど……
「……ふむ、では、条件を掏り合わせようかの」
関東魔法協会理事は、それを受け容れた……