19話
「ネギ、ネギってば、さっさと起きなさいよ」
夜更かしして帰って来なかった同居人は、朝になって気付けばロフトで寝ていて、眠そうにむずがっている。
帰ってこなくて心配した同居人の気持ちも分かって欲しいものだと思う。まぁ、しずな先生から連絡があって“特別な事情”で学園に残ってると教えてもらったから、安心して眠れたけど。
……魔法に関わる事なんだろうなぁとは察しがついたし……
赴任初日で私に魔法使いだって事がバレた幼い教師は、寝ぼけ眼で此方を見つめ。
「ん、お姉ちゃん……」
「さっさと起きなさい」
胸に目掛けて抱きついてきた辺りで拳骨を落して無理矢理眼を覚まさせる。
つくづく教師としては問題のある癖だろうに。
「っ、はっ……うぅ、おはようございます、アスナさん」
ごしごしと目元を擦って起き上がったネギは、暫し呆然とした後辺りを見渡すと。
「はっ、えっ、一体どうなったんですか、僕の生徒達はあうっ」
慌てた様子辺りを見渡すけど、キッチンのほうで木乃香が料理をしているのを除いては特に何も無く。
「落ち着き無さいよ、あんた、朝には部屋で寝てたけど、昨日何があったのよ」
取り敢えず拳骨を落して正気に戻す。
「うぅ、昨日はしずな先生と結果を待ってたんですけど……僕の聞いた話だと、外からの侵入者にエヴァンジェリンさんと絡繰さんと長谷川さんが襲われたって……」
一瞬、背筋が凍った。出てきた名前は全てクラスメイトの名前。
それが、襲われたとネギは口にして。
「ちょっと、大丈夫なんでしょうねっ」
「昨日は、犯人の見当がついて、その人と話し合いをする事になったって所までは聞きました、そのまましずな先生と待ってたんですが……」
……仲の良い友達と言うわけではないけど、二年近く一緒に勉強をしてきた友達だ、心配するなと言うほうが難しく。
「ちょっと、もっと詳しく教えなさい、昨日帰ってこなかったけど、何があったの」
「ええと、昨日、寮の廊下で大河内さんと椎名さんが、長谷川さんが帰ってきてないって心配してたんです。それで、桜通りが怪しいって椎名さんが言ったので捜しに行って……あっ、そこに怪しい男の人が居て」
一瞬でネギから血の気が失せる。
何を思い出したのか、ゆっくりと震え始め。
「……エヴァンジェリンさんが血だらけで、絡繰さんが……お腹の辺りで……切られ……て……長谷川さんを連れて逃げた……んです」
述べられたのは血の気も凍るような事実。
ネギの顔を見れば見るほど不安になってくる、ガクガクと震えるネギは余程怖ろしい光景を思い出したのか真っ青で。
「……タカミチも居たけど、捕まえられなくて」
「高畑先生も居たの? だったら、高畑先生に聞けばいいじゃない」
慌てて携帯電話を手に取る。生活面でもお世話になってる大切な人だ、勿論、連絡先は登録してあって。
此処暫く電話なんてした事が無かったため少し留まる……少し顔が赤くなって。
……ふと止まる。
「って、私に魔法がバレてることが高畑先生に伝わったらあんたオコジョじゃない、番号教えるから、あんた電話しなさい」
魔法は秘匿されるものらしい、この子供を見てると本当かどうか怪しくなるけど、一応、まだ隠せているはずだ。
「あ、はい、電話してみます」
ピポパと電話番号を打つネギ。暫くの通話音の後、繋がったのか音が止まる。
「ちょっと、スピーカー音にしなさいよ」
幸い、このかは朝食の準備中、まだ暫くは時間がかかるだろうからネギの携帯電話のボタンを押す。
『……ね、ネギ君か、すまない。君への連絡がいってなかったか……あぁ、事が終えたら直ぐに向かうつもりだったんだが』
携帯電話から漏れたのは疲れ果てた高畑先生の声。
今までにこんな声を聞いたことなど一度も無い、かなり掠れた声で。
『……君はあの会談より前に寮に戻されていたんだったね、なら事態が掴めず電話してくるのも当然か』
電話の向こうではドタンバタンと何だか凄い音が聞こえてくる。
……ひょっとしたら、まだ相手と交戦中なのかもしれない。少し背筋が冷たくなって。
「タ、タカミチ、大丈夫なの? 僕も直ぐにそちらに」
『い、いや。これはそう言うんじゃなくて、って、エヴァ。噛み付くのはやめてくれ、が、学園長、ネギ君に事情を説明するので一旦エヴァを引き離して……首、首に糸がっ!くっ、左腕に魔力右腕にっ……』
ドカンバカンとまたしても慌しい音が電話の向こうで響き渡る。
エヴァと言うのは、クラスメイトのエヴァンジェリンのことだろうか……
昨日、襲われて血塗れだったとネギは言ったけど。
『す、すまないね。ちょっと此方でも困っていて。取り敢えず……そうだね、君の生徒は皆無事だ。絡繰君がちょっと怪我が深かったけど……数日の入院で復帰できると連絡を受けているし……エヴァは……元気が有り余ってるくらいだ』
疲れ果てた様子で高畑先生が溜息を漏らす。
何があったのか聞いて見たいけど、私が魔法を知ってることを知らせるわけにもいかないので黙って聞く事にする。
「は、長谷川さんは? 槍を持った男の人に連れて行かれた筈ですけど」
『……彼女は無傷だよ、今日も問題なく登校できるはずだ……そうだね、ネギ君。
まずは昨日の経緯を説明しよう……昨日、君が寮に戻ってから判明した事なんだけどね、彼は侵入者じゃなかったんだよ……その、今回の件では実はエヴァンジェリンが校則違反をしてね、それを嗜める……ちょっと待ってくれ、学園長、大事な話をしてるんでエヴァを……えぇ……すまない、そう、今回の件はエヴァンジェリンがちょっと校則違反をしてね、彼はそれを窘めたんだよ』
「嗜めるって……だって、血が……」
『それなんだが、あれは……そう、幻覚でね。僕達もそれに巻き込まれてしまったようだけど、実際エヴァには傷1つ無い。絡繰君は……エヴァの従者だから無理して身を張ってしまってね、転んだので少し検査入院することになったんだ』
「だ、誰がそんな幻覚を」
『槍を持っていた少年だよ。彼がエヴァを嗜めるために幻覚を見せたんだ』
「で、でも、彼は長谷川さんを連れ去って」
『は、長谷川君は……彼の……関係者でね、君の魔法から逃れるために連れて行ったんであって、連れ去った訳じゃないんだ。大丈夫、みんな無事だ、僕達がちょっと空回りしてしまっただけさ、何の問題も無い』
少し、安堵の息がネギから漏れた。
実際、高畑先生からみんなの無事を聞けば安心できるし、絡繰さんはちょっと怪我をしたようだけど、長谷川とエヴァンジェリンは今日にも登校できると言っている。
『ネギ君、此処からは注意になるけれど……今回の件や魔法関係でエヴァや絡繰君……長谷川君に接触するのは禁止させてもらうよ。君はまだ研修中だ、魔法の秘匿に問題がないと判断されるまで、麻帆良の魔法関係者への無闇な接触は許されない』
……既に私にバレてるけど。ネギは分かりましたと快諾する。
……と言うか、私のクラスにも魔法使いって居たんだ……二年間、まったく気付かなかった。
いや、赴任初日でバレてしまうネギの方がおかしいのね。ちゃんと秘匿すればバレないもんなんだ。
私は魔法使いなんてネギしか知らなかったけど、まともな魔法使いだって居るのね。
エヴァンジェリンが魔法使いで、絡繰さんが従者……前にネギが言ってたけど、魔法使いは“魔法使いとそのパートナー2人”で一人前らしい。
基本は魔法使いともう1人でペアなんだとか。
で、長谷川も関係者……どっちだろ、従者と魔法使い。
「ふぅ……何だか安心しました」
通話を切りながらネギが安堵の声を洩らす。
「良かったわね……ねぇ、前に教えてくれたわよね、魔法使いと従者の関係」
ネギが『立派な魔法使い』を目指す目標となった魔法使い達。1人はネギのお父さんで。もう1人は雷を纏う魔法使いの女性だったらしい。
空を舞う二人に憧れたんだとか。その時の女の魔法使いの従者にも凄い興味があるみたいだったけど。
「は、はい。昔、助けてもらった雷の魔法を使う女の人……その時に、戦車の手綱を取ってた人がパートナーで従者の方だと思うんですが。僕の村のみんなは、その時の魔法使いの従者に救ってもらったらしいんですっ」
少ししか話は聞けなかったけど、石にされてしまった人が居たはずなのに、その従者のお陰で元に戻ったんだとか……
「僕も、その時の詳しいことは教えてもらえなかったんですが、特に従者の人を、今でもみんな必死で探してます」
「じゃぁさ、エヴァンジェリンさんが魔法使いで絡繰さんが従者、長谷川さんってどっちなの?」
さっき、高畑先生は長谷川さんも関係者だって言ってた、エヴァンジェリンと絡繰さんがペアなら、長谷川と男の人って言うのがペアの筈で。
「ん〜っと、たぶん魔法使いだと思いますよ。槍の男の人の持つ槍は見た感じでも凄いものでしたし、幻覚魔法でもあそこまで広域は難しいですから、多分その槍がアーティファクトなんだと思います。アーティファクトって言うのは凄い能力があるらしいですから、あれくらい出来てもおかしくありません」
ネギがアーティファクトって言うのに強い執着を持つのは、女性の魔法使いの従者のアーティファクトが村のみんなを助けてくれたかららしい。
戦車とか短剣とか、いろんな形があるらしいけど……
「……そっか、クラスにも他に魔法使いが居たんだ」
誰にも相談できない悩み(ネギ)を押し付けられた感じの私には有難い。
ネギは接触するなと言われたけど……私は本当に困ったら相談しよう。エヴァンジェリンはクラスで孤立しがちで絡繰さんくらいしか傍に居ないけど。
長谷川は桜子の面倒を見たり、何だかんだで面倒見がよかったりする。
……大河内さん曰く幼馴染の真似をしてるらしいけど。
色々と相談するには適してる気がする。
「……接触するなって言われたのはネギで私じゃないしね」
どうも、ネギは魔法使いとしても未熟な気がするので、本当に困ったら本職の魔法使いに相談するのも悪くない。
「長谷川ね、よし」
「え、エヴァンジェリン、もういい加減落ち着いてじゃな」
「黙れ、何だこの呪いは、あいつ等への……グゥゥゥゥツ」
「じゃ、じゃから、敵意を持って企むと痛みを受けると、諦めるんじゃ。これしかお主の命を留める術は」
「黙れジジィ。殺し……グッ……殺……グゥッ……ぉぃ、この痛みは奴等の仕業なんだろう」
「……一応、説明では……おそらく現在は、両の足の小指を同時に不意に引っかける痛みと、こめかみを梅干する痛み、指のささくれを勢いよく剥く痛み、青春時代の淡い失恋の記憶が蘇った心の痛みと、授業中に先生を『ママ』と呼んでしまった心の痛みを同時に味合うらしいが……」
「ぬがぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁっ、殺す、殺すぞあの小僧っ!」
「い、いや、致命的なものは無いんじゃから、まずは落ち着いて」
「落ち着けるかぁっ、殺す、殺す、殺す殺す殺す……って、痛いわぁっ!!!
」
「落ち着いてエヴァ……その、あの少年とかならともかく、長谷川君とかに悪意を持つと本気で致命的な痛みが」
「……そうだ、だいたいあの……ネギ、ネギの味が口中にっ、ねぎゅっ、ニンニクの匂いもっ、眼が、眼から玉葱の絞り汁がっ!」
「……ごめん、エヴァ、僕も聞いてて気持ち悪くなってきた」
「……ピンポイントでエヴァの弱点を捉えておるな……まるでアルにでも……最早知り合いでも驚かんが……あ、あくまで感覚のみでダメージは無いはずじゃが、その辺りは」
「ち、ちなみに、相手が誰かは聞いてないけど、他に嘔吐発熱下痢などの症状が現われる場合もあるとか……だ、だからエヴァ、此処は気を落ち着けて」
「そうじゃ、まずは落ち着かんことには」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ」
……闇の福音がクラスへ登校するのは当分先の事になりそうである。
……潤いが無い……
次は絶対にチウタン出してやる、メディアさんによる呪いシーンはカットでいいですよね(待て
原作のネギ君との違い、此処の薬味はアーティファクトに興味津々です。
勿論従者のことも色々調べてます。
原因① 雷の戦車の迫力
原因② あの時の従者をみんな捜してる、何故なら多くの村人を助けてくれ、今もまだ治療できてない人が居るから。従者って凄いんだね
ネギ君の勘違い① 空での戦闘しか見てないため、 戦車に乗ってて手綱を取ってた人が従者で後ろの人が魔法使いの認識
ネギ君の勘違い② 長谷川千雨さんは魔法使いらしいですよ
……どちらかと言うと、勘違い②が致命的……