伊雅と清瑞と会った次の日
日は、まだ半分ぐらいしか上がっていない。
バン!!ドタドタドタ!!
「く、九峪!!貴様なぜ交代の時に起こさなかった!!」
夜の番は交代が基本だ。
しかも神の使いが寝ずの番で自分達がノウノウと寝ていた事は万死に値する…清瑞も日頃なら途中で起きて様子をみたりするのだが1日中走って、九峪の罠を掻い潜った疲労は並大抵のものではなかった。
伊雅も同じである。
「別にいいじゃないか。清瑞だって疲れていただろ?」
いつもの九峪スマイルが清瑞の怒りの矛を綺麗に受け流した。
「朝ご飯できてるからな、伊雅とキョウを起こしてきてくれ」
どうも腑に落ちなかったが、とりあえず伊雅とキョウを起こしに行った。
清瑞が神社の中に入っていくのを確認すると九峪の座っていた位置から九峪の姿が消えた。近くにある草むらがガサガサと揺れた。
「そこで何してるんだ?」
その草むらの後ろに回りこんで、そこにいる人物に話掛けた。
「お兄さん、なんでわかったの?」
恐ろしいほどのハイレグで水着のように隠す場所だけ隠す様な服(?)を着た女性だった。
「だって耳見えてたぞ」
九峪は苦笑いをしながら言った。九峪が言った耳は普通の耳ではなく兎の耳だった。
女性は、ああ忘れてた!と言った顔だった。
「んで、見るからに普通の人じゃないあなたは何者だ?」
「ん〜と、魔兎族の兎奈美と言うんだけどね〜一応魔人やってま〜す」
(魔人は辞められるものなのか?)
そんなくだらない事を思いつつ、九峪は警戒してポケットにあるナイフを握っている。魔人相手に何処まで通じるかは、さておきとりあえず事情を訊いてみた。
「その兎奈美さんは何をしてるんだ?」
「餌探してたんだ〜」
「……………人参?」
「違うよ〜…けど、大好物だよ」
(やっぱり、そうなんだ)
「餌ってのは…人間の事だよ」
そう言った瞬間、九峪の視界から兎奈美が消え、いつの間にか出した兎奈美の武器らしき物を手に持って九峪の後ろに回りこみ、斬りつけようとした…その時。
兎奈美の姿がまた消えた。
「なんだよこれ〜」
声が聞こえたのは頭上3mほど上で木にぶら下がった状態でいた。
「それは、こういう時のためにさっき作った罠だ」
兎奈美は、それを聞いて愕然とした。実は背後をとられたのも驚きだったが、まさか罠まで仕掛けているとは誰も思いもしないだろう。
「お腹空いてるなら一緒に朝食でもどうだ?」
兎奈美はまたしても愕然とした。まさか朝食に誘うとは思わなかった。しかも魔人をだ。
(けど、お腹空いたな〜)
少々考えたが、やはり空腹には勝てなかった。
「じゃあご馳走になろうかなぁ」
「わかった」
九峪は懐からナイフを取り出し兎奈美に向かって投げた。兎奈美は突然の事で反応ができなかった。だが反応をする必要もなかった。
ナイフは兎奈美の足を捕まえていた縄切り、兎奈美は縄から開放され落下していく。バランスをとろうとしたが、失敗し頭から落ちる形となった。
お腹が空いていたのが原因だ。
(やば!)
兎奈美は、目を瞑って衝撃が来るのを待った…衝撃は来た…が痛くない。
目を開けてみると九峪が兎奈美をお姫様抱っこで受け止めていた。
「大丈夫か?」
九峪は少し焦った顔で兎奈美の顔を覗いた。
「焦るぐらいならもうちょっと丁寧に降ろしてよね」
兎奈美は笑いながら九峪の目を見ると本当に心配しているのが分かった。
(魔人なんだから落ちても大丈夫なんだけどね)
会って間もない、しかも魔人相手に真剣に心配する人間が、この世にいるとは思わなかった。
兎奈美は初めて男を好きになった。
「も、もう大丈夫だから降ろしてください」
「ああ、わか…」
九峪は殺気を感じ兎奈美を抱いたまま木に隠れた。九峪が元居た場所に苦無が突き刺さ
る。
「九峪…なにをしている」
清瑞の声だが…明らかに怒っている声だった。初めて会って脅された時より、ずっと怖い…
「お、俺が作った罠に掛かった人を助けていたんだ!」
清瑞は眉毛をあげ、頭上をみて納得した。
「ああ、なるほど」
清瑞は納得は…したが不愉快そうな顔は治っていなかった。
九峪は何処からともなく出した鞄の中からタオルを出して兎奈美に渡した。
(他の人に魔人だって事がバレたら説明が面倒だから、とりあえずこれで隠しててくれ)
(わかった…ありがと)
九峪と兎奈美は木の陰から出た。清瑞は兎奈美を品定めするように足元から頭まで見回した。
「…いかれた格好ですね」
清瑞は、軽蔑するように兎奈美を見た。
(人の事は言えるんだな…自分も結構…)
九峪はつい口走りそうになったが心に留めておく事に成功した。
「こ…の……餌…ぶ…ん…ざい…で…」
兎奈美は怒りで暴走しそうだった。
だは、九峪がいるからそうそう怒る事ができなかった。
恋する乙女(?)の弱みをヒシヒシと感じた兎奈美だった。
「清瑞、そんな事言ったらだめだ」
少し怒ったような口調で清瑞をたしなめた。
「はっ、申し訳ありません」
その変化に気づいて清瑞は慌てて謝った。
「すまない…兎奈美許してやってくれ」
「…いいよぉ、気にしてないから」
兎奈美にばかり気を使う九峪に、清瑞は不満があったが、自分に非があるので何もいえなかった。
「さてと、そういえば俺達の自己紹介がまだだったな、俺は九峪。耶麻台国を復興させる為に神からの命を持って降り立った神の使いだ…一応」
兎奈美は目が飛び出さんばかりに驚いた…が最後の一応って部分だけやけに気になったが今は無視。
「こっちが昨日から仲間になってくれた清瑞だ」
「どうも」
清瑞は無愛想な態度で対応したが九峪と挨拶した当時はもっと無愛想…というより疑われていたので、いくらかまともな対応である。
「んで、こちらが兎奈美と言ってさっきも言ったが俺が作った罠に掛かってるのを助けた」
「よろしく」
兎奈美は軽く頭を下げた。
「兎奈美さんはなぜこんなところに来たんですか?」
「う」
兎奈美は唸った。言い訳を考えてなくて詰まった。すかさず九峪がフォローを入れる。
「兎奈美がいたあたりには食料がなくて困って廃墟となった神社付近なら誰もいないから何かあるだろうと思って来たらしい」
確かに食料不足の村は数知れずあるから清瑞は特に疑問を持たなかった。
「と言う事なので朝食をご馳走する事にしたんだ。いいだろ?」
「…わかりました。元々九峪が用意してくれた食料です、私は口をはさめませんよ」
清瑞が苦笑しながら九峪に答えた。
第一九峪は神の使いなのである。一介の乱破に許可をとる必要なんて何処にもない。
(これから先、人の上に立つって自覚してるのか?…してないだろうな)
九峪の横顔を見ていると、これから先の苦難な道のりも意外と簡単な道なのかと錯覚し
てしまいそうだ。
「じゃあ、とりあえず戻るか」
そして神社に向かって歩き出した。
伊雅とキョウは、既に昨夜と同じ場所に座っていた。
「九峪〜遅いじゃないか〜何処に行ってた…の?!」
キョウは青い顔になり身を少し震わせながらゆらゆらしている。
「九峪様…そちらの方は?」
「ああ、こちらは兎奈美と言って俺が作った罠…(以後略)」
「く、九峪!話があるからちょ、ちょっとこっちに来て」
キョウは青い顔のまま九峪に神社の裏に来る様に言った。
「食事の後でな」
「そんな悠長な事言ってる場合じゃないよ。その兎奈美って子…」
「知ってるよ」
「え!!!」
キョウはかなりびっくりしたのか宙をグルグル回っている。
(さすが天魔鏡の精だけあって見抜く力はあるんだな)
キョウの近くにより小声で話した。
(そりゃまあね…けど、分かってて食事に呼んだの?)
(あぁ、だってお腹空いてるんだぞ?誘って何が悪い?)
(いや…そりゃそうかもしれないけど…)
キョウの意見が普通だ、もし伊雅や清瑞に知れたら即戦闘になりかねない。
九峪はそれを望んでいないのをみると無駄な殺傷は控えろと言うことらしい。
「キョウ様、九峪様いったいなんのお話をしているのですか?」
「いや、ちょっと気になる事があったんでキョウに聞いていたんだ」
「と、いいますと?」
「兎奈美から聞いたんだけど、この近くに魔人が出たらしいから、それに関してキョウと何か対策を立てておく必要があるか、と言う事なんだけど…」
兎奈美は苦笑いしていた。
自分の事を言っていると分かったのだろう。
「なぬ!?魔人ですと!!」
「なに?!魔人だと!!」
伊雅と清瑞は、周りに気配がないか探った。特に異常な気配はないので安堵のため息を付いた。
ここで付け加えると兎奈美ぐらいの上級魔人は並大抵の事では人間にはばれない。耳をみせなかったらね(笑)
兎奈美に気づかなかったのは九峪が助けた相手だと言う事で対象に入っていなかったからであった。
「さて、遅くなったけど、食事にしようか。ちなみにメニューはパンと野苺だ!!」
そういいながら四人の前に出した。
「「パン??」」
「九峪!いつも思うけどどこからそんな物出してくるの?!」
「パン自体は作った。材料は鞄から出したけど。野苺はとって来た」
(胸を張って答えられても)
伊雅と清瑞、兎奈美は、まずパンの匂いを嗅いだ。未知の食べ物だがカレーを食べた後の伊雅と清瑞はさほど気にしなかった。見た目ではカレーの方がよほど異様だし匂いも独特だったからである。
「食べ方は特にないけど、一口で食べれるぐらいに千切って食べるぐらいかな〜」
「「はぁ」」
習ったとおり全員一口サイズに千切って口に運ぶ。
「柔らかくて匂いもいいですし食べやすいしとてもおいしいですな」
伊雅は絶賛した。
「ああ、これならいつでも食べれていいな。携帯食としても使えるんじゃないか?」
「これ、おいしいですよ〜これの作り方今度教えてください」
清瑞、兎奈美が続いた。
二人も気に入ってくれたようだ。
九峪は手を付けずに皆の感想を聞いていた。
「そうか、よかった。よかったらこれも食べる?」
「九峪様は食べないのですか?」
「気にするな、俺は野苺だけでいい」
「ワシは結構です」
伊雅はすでに満足して野苺をを食べていた。
「「私は貰おうかな」」
「「!!」」
兎奈美と清瑞は同時に欲しいと言った。その瞬間、兎奈美と清瑞との間に火花が見えたような気がした。
「二人とも…こういうやり方があるんだが…」
と言って半分に割った。
「「な、なるほど」」
九峪は、小さくため息をついた。
(この先こんな事でやっていけるのだろうか?)
「そうそう、これから先のことなんだけど…」
清瑞と兎奈美がパンを食べ終わって野苺に取り掛かろうとしていたが手を止めた。
「食べながらでいいから聞いてくれ。兎奈美はこれからどうするつもりなんだ?」
兎奈美は考えた。
(このままついていくのもいいけど…)
兎奈美は九峪についていきたかったが用事がある。
「申し訳ないですけど少し用事があるので、もう少ししたら村に帰ろうと思います」
「わかった。伊雅と清瑞は?」
「もちろん私達は耶麻台国復興の為、九峪様についていきます」
「わかった」
それから30分ほど話した兎奈美は里へ帰っていった。
とりあえず、神社の中で話す事にした。
伊雅と清瑞は凛々しい顔をしていた。それは初めてであった時の戦士の顔だった。
「これからの事なんだけど…まずは火魅子候補を探す、と兵士、物資の調達。諜報は欠かせないだろうな…諜報は清瑞がいるから難しくないし兵士と物資は伊雅に昔の耶麻台国の縁の者達に促すとある程度は手に入るだろう…やはり問題は火魅子候補だな」
伊雅と清瑞は目を丸くした。何も考えてないように見えて実は色々考えてるんだな。二人は九峪の見る目を少し変えた。
ちなみに伊雅が耶麻台国副王である事はキョウから聞いている。
「はい、その通りです。火魅子候補を見つければ、すぐにでも行動を起こせるのですが…」
「伊雅が隠れていた里はどうなっているの?」
「里の人口は千人前後で兵士として使える者は六百人ぐらいです。物資…特に武器、防具類は不足しております、食料は自給自足で蓄えだけで、千人ぐらいなら6ヶ月は食べるに困らない程度はあります」
「他に使えそうな人材は?」
「女ではありますが音羽と言う者がいます。槍術ではワシでも勝てません。他に、これも女ですが虎桃と言う弓を使わせたら九州一と言われる者います。他にも乱破で、まだ見習いなれど優秀な者が二人います」
「そりゃ頼もしい」
九峪は笑顔で答えた。だが心の中では悲しんでいた。
(伊雅が敵わないほどの実力を持つ女の子か…いったいどれだけ苦しんだのだろう?人生の選択もなかっただろうな…清瑞もそうだろう…)
清瑞の顔を見た。
(平然とした表情だが過去にどれだけ辛い事があっただろうか?どれだけ泣いたのだろうか?)
そう思うと心が痛かった。
清瑞は九峪が自分を見ているのに気づいて、どうしたものかと言った感じで見つめ返してきている。
「もちろん、清瑞も随一の乱破ですぞ」
伊雅は妙な勘違いをしたらしい。訂正する必要ないので、とりあえず頷いてこう言った。
「清瑞にも期待してるよ、頑張ってね」
「はっ!必ずや役に立ってみせます!」
今清瑞は耶麻台国復興軍の司令官と話をしているのだと認識した。伊雅より上の立場の者など耶麻台国では、まずいない。しかも対等に話をしている事はまずない。
「ただし命は大事にしろよ、死んだら何もならないからな。絶対に死ぬな!これは約束だ」
清瑞は愕然とした。乱破である自分に「死ぬな」と言われるとは思わなかった。
「わかりました。約束します」
清瑞は嬉しくてつい笑顔がこぼれた。自分をこれほどに思ってくれた事など今までなかった。
伊雅は珍獣を見たような目で清瑞を凝視した。清瑞は乱破で感情は表に出さないように訓練している。他愛ない会話で清瑞を笑顔にさせる九峪にも驚いた。
「伊雅、軍師か参謀はいないのか?」
「武力に長けるものは数知れずいますが知力に長ける者はいません」
伊雅の今までの勢いがなくなり、顔を伏せた。
九峪は考えた。自分が軍師や仮の象徴になるとして、自分が活躍をして反乱が成功したら『火魅子』という象徴が薄れるのではないか、そんな疑問を抱いた。
(一時的にとは言え象徴となったら火魅子より神の使いを選ぶ奴らが出てくるだろう…)
ならやる事は大体決まってくる。そして出した結論は
「清瑞、俺の評価をしてくれ」
清瑞は何の事かよく分からなかったが、とりあえず思い浮かんだ事から言っていった。
「罠がかなり得意で武術もかなりの腕だと思う。頭に関してはまだ不明だ。ああ、後料理が凄く上手だな。後…スケベ」
最後の評価は兎奈美をお姫様抱っこをしていた事に対してだろう。
だが最後の評価がこれから一番必要な物に近い物だった。
「そうか…清瑞や伊雅ならどんな上司が嫌?」
「そうですな…無能で強欲で自分の事しか考えないような輩ですな」
「私も同じようなものだ」
九峪の意図が見えないが、とりあえずと言った感じで答えた。
「伊雅と清瑞には話しておくよ。俺は戦術と武術、罠などに自信がある」
伊雅と清瑞は、頷いた。戦術は分からないが罠と武術…特に罠に関しては身を持って分かっている。
「だが、あえて無能な…と言ってもあまり無能じゃ愛想つかされたら駄目だから無能よりはマシぐらいに無能な振りをするつもりだ」
伊雅と清瑞は、驚いた。自分を無能に見せる事など普通はしない。
「な、なぜそのようなことを?」
「じゃあ、聞くけど二人は神の使いと火魅子どちらが偉いと思う?今は火魅子候補しかいないから別にいいけど将来は?」
伊雅と清瑞は唸った。神の使い…九峪がもし耶麻台国復興の鍵になるとしたら火魅子より神の使いの方がいいと判断してもおかしくはない。
「ね?あまり神の使いの評価が高いと困るでしょ?」
「「確かに」」
頷くしかなかった。
(そこまで先の未来の事を考えた事がなかった)
伊雅は九峪と神の使いという肩書きを利用しようと思っていたが思いを改めた。
「軍師が必要になった時は俺が助言する。その他の事は何もできないから後は任せた、伊雅」
「はっ!!」
伊雅は平伏した。伊雅は九峪が完全に自分の上の立場であると認めた瞬間でもあった。
(この人なら復興軍の象徴として…いや、耶麻台国の象徴として居て欲しい)
九峪の予想した将来図は今も進んでいる事は、さすがの九峪でも分からなかった。
「清瑞は、この事は秘密な」
「はて?なんの事でしょう」
清瑞は、わざとらしく言った。
そして三人一緒に笑った。