(……近いな…思ったより早い…しかもこれは…)
九峪はそう感じた。
今九峪達は星華達と合流地点に向かい始めてから10分ほど走った。
「九峪さん?どうしたんです?急に止まって…」
伊万里は心配そうな顔で九峪の顔を覗き込んだ。
九峪は今も伊万里に肩を借りて走っていた。
「…俺はもう走れない…だから、俺を置いて先に行ってくれ」
九峪は伊万里に聞こえる程度の小さな声で言った。
「な?!まだ走れるでしょう?!」
伊万里も小さな声で問いかけた。
伊万里の目から見て九峪は疲れているような感じではあったが、走れないぐらいまで疲れているようには見えなかった。
「いいや、もう走れない…だから星華達を合流地点まで連れて行ってやってくれ…頼む」
九峪に深々と頭を下げられ戸惑っている伊万里だった。
納得はいかなかったが、ここまでされたら何も言えなかった。
「わかりました……絶対追いついてくださいね?」
「あぁ…俺もそのつもりだ。伊雅達には『二の地点で半刻待ってくれ』と伝えてくれ」
「わかりました…」
星華達は九峪と伊万里が止まっている事に気づかずに先に行っていた。それに追いつくよう伊万里はスピードを上げた。
(どうかご無事で…)
伊万里は、そう祈った。
九峪は『例の物』を準備していた…もちろん罠だ。あちらこちらに罠を仕掛けていた。狗根国の追手が近づいているからだ。いくら九峪が肩を借りて遅くても、これほど早く追いつかれるとは思っていなかった。
「こんなところで何してるのお兄さん??」
突然後ろから声を掛けられ驚いたが、何も反応しなかった。
「それは内緒だ。お嬢ちゃん」
九峪は後ろにゆっくりと向きながら答えた。その容姿は少女だった…だが頭の上辺りから生える耳を見て驚いた。
「私の姿を見てもそう言えますか?」
少女の耳に生えているのは…兎の耳が生えていた。
少女はお嬢ちゃんと言われて怒っているようだ。
「お嬢ちゃん…兎奈美の親戚か何かか?」
「なぜ私の妹を知っている…」
少女は背筋が凍りそうな冷たい声で問いかけてきた。
「いや…今朝会ったんだ。それでご飯を一緒に食べて…」
「食べたですって?!」
「ちょっと待て!!前文を全て無視して最後だけ聞くなよ!!」
「問答無用!!」
少女は襲い掛かってきた…だが九峪の仕掛けた罠に阻まれる。
少女は身体を縄でグルグル巻きにされていた。
「貴様!!私も食べようと言うのか!!」
「おい!話を聞け!!」
少女は縄を引きちぎろうと、もがくが…切れない。
「あれ?君、魔人だよね??それぐらいの縄も切れないの??」
「私は空と言う能力で相手の能力に合わせて私自身の能力を上げるの!!」
「と言う事は無機質な物には弱いと言う事か?」
「無機質ってなに??」
「う〜んと…ただの動かない物とかの事」
「あぁ、なるほど。なら正解!!」
少女は半分ぐらいやけくそ気味だった。
「さあ、とどめを刺せ!!」
九峪はとりあえず少女から離れ、懐から清瑞から借りた苦無を取り出して少女の方に投げた。
少女は痛みを受ける心構えをした。…だが痛みは来なかった。
苦無は縄を切り、少女を解放した。
「なぜ私を助けたの?」
「女や子供を殺すわけにはいかないだろ?それに無益な殺傷もごめんだ。それに殺そうとしたら君に力を与える事になるんじゃないか?」
「私は魔人ですよ?殺してもいいじゃないですか」
最後の言葉にギクリとしながら、その言葉に対しては返答しなかった。
「それは兎奈美も同じだな…だから?」
「そういえば!!兎奈美を食べたって!!」
「まあ、落ち着けよ。今そこからここまで来ようとすると、また罠に掛かるよ」
確かに罠に掛かったら、また振り出しに戻ってしまう。
少女は少し考え話ぐらい聞いてみようと思った。
「いいわ…話して」
「と言っても、さっき言った事をちゃんと思い出してもらうだけでいいんだけど…」
「え〜と、確か『今朝会ったんだ。それでご飯を一緒に食べて』って……あら?」
「わかったか??」
「ごめんなさい!!」
少女は深々と頭を下げた。
「別にいいよ。誰も怪我してないしね」
九峪は、もう大丈夫だろうと思い少女に近づいた。
「俺は九峪って言うんだ。君は?」
「私は兎華乃。兎奈美の姉です」
九峪は兎華乃を足から頭まで見て一言
「兎奈美の姉??」
「みんなそう言います」
兎華乃は苦笑した。そりゃ、みんなそう言うだろうな。九峪はそう思った。兎華乃はどう見ても18歳未満だ。
それに比べ兎奈美は17〜20歳ぐらいに見えるだろう。
「俺が聞きたいのは一つだけだ。兎華乃ちゃんは狗根国に仕えているの?」
「昔は仕えてたけど、ちょっと事情がありまして今は中立です」
「そうか、なら戦わなくていいみたいだな。俺は狗根国兵が近くにいるから時間稼ぎに罠を作ってたんだよ」
「戦わなくてよかったわ、貴方が相手なら結構いい勝負しそうですもの」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
九峪は自分の武術に自信があった。それが魔人と同等の力を持つと言われて嬉しくないはずがない。
「兎華乃ちゃんは、これからどうするの?」
「実は兎奈美を探しに、ここまで来たんだけど…」
「兎奈美は村に帰るって言ってたよ」
「そうですか…すれ違いになったようですね。私も村に帰ります」
「わかった。じゃあね、兎華乃ちゃん」
兎華乃の頭を撫でて立ち去っていった。
兎華乃は初めての感覚だった。自分は魔兎族を率いる頭で、魔人の中でも最上級の魔人なのだ。魔人に疎まれ、人間には恐れられ…まあ、それは他の魔人でも同じなのだが…兎華乃は姉妹以外の他の者達と会話すらできないほど、恐れられていた。
それが自分を子供のような扱いで話をしてくれる人物ができた。
ただの人間なのだが兎華乃は、あの人なら一緒に居てもいいかな。
そんな事を考えながら村に向かって帰り始めた。
(それにしても…『ちゃん』はないでしょ)
兎華乃はツッコミを入れていたが、とてもいい笑顔をしていた。
「「な、なに〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」」
森中に響かんばかりの大声を出しているのは、伊雅と清瑞だった。
伊万里から九峪を森に置いてきた事を聞いたからだ。それは、当然の反応といえた。
「い、伊万里殿!!く、九峪様が言い出した事なんだな?!」
「は、はい。私も止めたんですけど…」
「む…う……」
「私が様子を見てきましょうか?」
清瑞は、内心では
(と言うか行かせろ!!)
顔には出していないが不安だった。
いくら九峪が武術や罠などに優れているとはいえ相手は狗根国軍である。心配するのも当然と言えた。
「……いや、九峪様が言ったように二の地点に移動するぞ」
伊雅はある事を考えていた。
(九峪様の行動に無駄がある訳が無い…ワシ達に心配させまいと思って黙って行動を起こしたのだろう)
「は、はい…」
伊雅が決めた事だから従わないわけにはいかなかった。
「ところで、そちらの方々は捕虜だった人達か?」
伊雅は星華達を見た。
代表として星華が一歩前へ出て深々と頭を下げながら言った。
「助けていただいて、ありがとうございます。私は星華と申します」
「私は長女の亜衣と言います。」
「次女の衣緒です。それでこっちが三女の羽江です」
「うがふがもがふが〜〜〜もがもがもがふが!!」(私は羽江で〜〜〜す、よろしく!!)
未だに猿轡を外されていない羽江であった。
「その猿轡はなぜ…」
「気にしないでください」
亜衣がきっぱり言ったので伊雅もそれ以上は突っ込まない事にした。
「ワシは、伊雅と申す者だ」
「……清瑞だ」
清瑞の反応が冷たいのは小説やゲームの性格上ではなく、ただ九峪が心配で反応が冷たく感じるだけです。
「伊雅…もしかして耶麻台国の副王伊雅様ですか?!」
亜衣は確信を持ちつつも訊ねた。
伊雅は顔には出さないが内心驚いていた。副王ではある伊雅だが、一般市民にはそれほど有名ではない。それが幸いし狗根国からの追撃があまり厳しくなくて済んでいたのも事実だ。
「ふむ…ワシがその伊雅だったとしたら、おぬし達はどうするつもりだ?」
「私達と共に耶麻台国を復興をして欲しいのです!!」
亜衣に代わり星華が言った。
「わかった、ワシは確かに耶麻台国副王、伊雅だ。四人で捕虜を助け出そうとした勇敢な者が仲間になるのだ!喜んで受け入れよう!!」
「ありがとうございます!!…ところで先ほど何か驚いていたみたいですが、どうしたんですか?」
「あぁ…それが非常にまずい事になったのだ…」
「と、言いますと??」
「実は九峪様…伊万里殿と一緒に貴方達を助けて合流するはずだった人ですが…」
「あら?…そういえば、居ませんね」
亜衣は自分達と一緒に走っていた男が見当たらないのに気づいた。
「『疲れたから先に行っててくれ』と言って途中で休憩をとっているそうです」
「「「は?」」」
星華達は何か聞き間違いをしたような気分であった。
伊雅は苦笑をした。
(確かに、これだと無能だと言われても仕方ない事じゃな)
伊万里と清瑞は星華達の九峪を馬鹿にしたような顔をみて、小さな怒りが生まれたが、そんな事は些細なことだった。九峪の安否が気になってしかたなかった。
(何を考えてるんだ!あの男は!!撤退中に勝手に行動して!しかも休憩だと!!)
亜衣は心の中で馬鹿にしていた。
(はぁ…情けない人)
星華は呆れていた。
(………)
衣緒は絶句していた。
(早く、これをのけてよ〜)
羽江の心の声は誰にも届かなかった。
「伊雅様、先ほど九峪『様』と申していましたが…」
亜衣は副王である伊雅が『様』をつけるのに違和感を感じていた。
「…」
伊雅は説明するべきか九峪を待って九峪に説明をしてもらうか迷った。
「…九峪様が来てから説明する」
伊雅は考えるのが面倒だったので九峪に押し付けた。
亜衣はどこか納得がいかないが、とりあえず待つことにした。
九峪は兎華乃と別れて少し移動した所で暇を潰していた。
(あまり、早く帰っても駄目だからな)
そんな事を考えて木の根元に座っていると、大軍の足音が聞こえた。
(な?!早いな、あの罠を抜けるにはもう少し時間が掛かると思っていたが…それにしても妙だな…なぜ敵はこちらに一直線に来ている?)
追撃の手が、なぜまとまって…しかも合流地点に向かって進んできているのかを考えていた。
(もしかして魔獣を警察犬の代わりみたいに使っているのか?!)
それは、当たっていた。
九峪が伊万里を助ける時に倒した魔獣のように犬型は基本的に犬と同じ…いや、それ以上の五感を持っている。
「あれだけの罠をこんな短時間で破るぐらいだから罠の意味があまりないが…一応やってお
くか…」
鞄の中を探っていたら、魔獣に襲われた時に、と言ってキョウが渡してくれた札を思い出した。
これは、魔獣ぐらいなら撃退できるらしい事を言っていたのを信用して狗根国の追撃隊を相手にする事にした。
九峪はブレザーを脱いでいた。
動くのに長袖は邪魔だし暑かったからである。
(確か左道士ってのが魔獣呼んでるんだよな…なら、そいつだけでも倒しておかないと…)
九峪は罠を仕掛け、待ち伏せをした。
狗根国兵は九峪が隠れている茂みを通り抜けた。
そこで待ち受けるのは、もちろん九峪の罠だ。
先頭の部隊が罠に掛かった。その混乱に乗じて九峪はワイヤーを操り次々と血祭りにあげていた。
(数が多いな…七十といったところかな?)
九峪は茂みから出て狗根国兵と対峙した。
「貴様何奴!!」
「お前らに名乗る名前なんか持ち合わせていない!!」
そう言って、狗根国兵の懐に入り、下からアッパーのように腕を突き上げた。
兵士は身体が空中に飛んだ。周りの兵士達も何事かと九峪の方向を見た。
九峪には迷いも無く次々と兵士達に拳を叩き込んでいく。
兵士達もようやく敵である事を認識した…だが二十人近くが戦闘不能になり残りの兵は既に逃げ腰だった。
「出でよ魔獣!!」
何処からかそんな声が聞こえてきた。九峪は慌てて周りを見て怪しい札を手にしていた兵
を見つけた。
「貴様か!!左道士は!!」
九峪はワイヤーを操り邪魔をする者を全て排除して普通の兵士のふりをした左道士まで、道が開いた。
九峪が左道士との間合いを詰める間に魔獣が呼び出された。
だが、九峪は慌てずに札を魔獣の額めがけて投げた。すると、薄気味悪い魔獣の遠吠えが耳に残りながら魔獣の姿薄れて、消えた。
(おお、まともな物だったんだな)
九峪は感心しつつ左道士に詰め寄った。
左道士は驚愕して逃げる事も忘れていた。そこに九峪は拳を腹部に叩き込んだ。
完全に鳩尾に入り一撃で絶命させた。
「貴様もか!!」
札を取り出していた兵士が見えた。
そして、首にワイヤーを絡ませ締める……堕ちた。
(これで全員かな?)
こんな小さな部隊に左道士が二人以上も付いているのはあまり考えられないので撤退をした。
撤退をしている九峪を狙って矢が飛んできた。どれも当たりはしなかった。どちらかと言うと周りに居た自分達の仲間に被害を与えるだけであった。
九峪は、ある程度離れて、鞄に仕舞い込んだブレザーを取り出し着て待ち合わせをした場所へ向かって走り始めた。
魔獣や左道士を失った追撃部隊は九峪を見つけることができなくなり、追撃を諦めた。
九峪が倒した兵は四十三人倒した。
九峪は伊雅達が待っているはずの場所までついた。
そして、伊雅達を見つけた。
「お〜〜い!!」
大手を振って九峪は呼びかけながら近づいた。
こっそり近寄ったら何されるかわかったものじゃない。
「ぬお?!」
九峪が呼びかけてほとんど同時に苦無と剣が飛んできた。
「き、清瑞…い、伊万里さんも……げ、元気だった?」
九峪は無理やり笑顔を作った。
清瑞は淡々と自分の方に近づいてきた。なぜかその傍らには伊万里も一緒だった。
剣を投げたのは実は伊万里である。伊万里も、さり気なく怒っていた。
伊万里と清瑞は九峪の両脇を担ぎ、森の中に連行されていった。
伊雅は、呆れた顔で見送った。本当はすぐにでも事情を話したいのだが、こういう時の女性は怖い。伊雅の経験上そう結論を出して九峪の無事を、ただ祈った。
伊雅達が居る場所から離れて
「「なにを考えてるんですか!!」」
二人の第一声だった。
「いゃ…だから…休憩を…」
「なら、その袴(はかま)についた血はなんですか!!」
清瑞の指摘に九峪は言葉が詰まった。
ブレザーを脱いだ理由はブレザーが血に染まっていたら気づかれると思いて脱いでいたのだ。だがズボンまでは隠せなかった。
伊万里は今気づいた。
「で、本当のところはどうなんです?」
伊万里は、九峪が自分と別れた後何があったのか、ずっと気になっていた。
(九峪さんは何を考えてるの?…追手に追われているにもかかわらず休憩するなんて…追手…まさか?!)
ある事に気づいた。
「まさか九峪さん一人で追手を?!」
「あぁ、伊万里さんは察しがいいな…狗根国は左道士まで用意して魔獣を使って追跡してきていたんだ」
「「!!」」
「だけど、もう追跡できないだろうけどね、左道士を倒してきたから…もちろん魔獣もね」
二人は黙った。先ほどまでの勢いは完全に消えうせ、逆に責任を感じていた。
自分達の為に一人で追手を相手にして…しかも魔獣と左道士を倒してきてくれたのだ。
感謝はすれど責めるような事はしていないのだ。
それを感じとった九峪は言った。
「それほど気にするな。言わなかった俺も悪いし…俺は無能な神の使いだからな」
最後の部分は冗談だったのだが、清瑞は今朝の話を聞いている為、苦笑でという形で答えた。
しかし伊万里には事情を話していなかったので過剰の反応を示した。
「無能?!誰がですか!!私達を魔獣から助けてくれました!しかも一人で狗根国兵をどれだけ倒したと思っているんですか!!」
(貴方が無能なら私は何だと言うんだ…命の恩人に恩を返すどころか叱咤した私は…)
九峪は今の冗談は言うべきではなかったと後悔していた。
その結果が伊万里にさらに負い目を感じさせる結果になってしまったからである。
(事情を話していなかった俺に責任があるな)
伊万里に事情説明をする事にした。
九峪は清瑞を見た。
清瑞は九峪が何を考えていたのかわかったようだ。
ただ頷いて答えた。
「伊雅にこのことを伝えてやってくれ。それと星華さん達はどうなった?」
「星華さんは我々と戦ってくれるそうです」
「そうか…わかった」
「でわ」
清瑞は走り去っていった。
「伊万里さん…今から話す事は秘密にしておいてくれよ」
「わかりました」
伊万里はまだ怒りを収めていなかったが、九峪は話を始めた。
「伊万里さんも知っている通り、俺は神の使いだ。目的は耶麻台国復興だ…ここまではわかるね?」
「…はい」
まだ怒っている伊万里だったが、とりあえず返事をした。
九峪は話を続ける。
「耶麻台国の象徴…火魅子がいないからには誰か代わりに象徴がいる…それが俺であり神の使いと言う事なんだけど…一時的な象徴に過ぎないが、神の使いの名の下に復興が成し遂げられたら、本来の象徴である火魅子の印象が薄くなる」
「だから…神の使いは無能でないといけない…目立ってはいけない…と言うことですか?」
伊万里は、九峪が言わんとすることを察して言葉を発した。
九峪は頷いて答えた。
伊万里は事情を知り、九峪の思考の深さを知った。
「この事は伊雅と清瑞とキョウの三人しか知らない事だ。口外無用だよ?」
「わかりました」
九峪は鞄がゴソゴソ動いている事に気が付いた。
動く原因と言えば一つだった、九峪は鞄を開けるとキョウが出てきた。
「九峪!!そこにいる子…」
「わかってるよ、そんなに慌てるな」
「え?!わかってたの!!」
「そりゃわかるだろ」
キョウが近くに火魅子の資質を持っている人がいるって言い始めて探したら伊万里が居た。なら伊万里が火魅子の資質を持った人だと考えるのが自然だ。
(伊雅達は狗根国との戦いで気づかなかったみたいだけど)
「伊万里さん…君は火魅子の資質を持っている…」
「……………え?!」
伊万里は石化したように固まり、そして動揺していた。
「わ、私は山人ですよ…そんな事があるはず…」
だが九峪が嘘をつく訳が無い事もわかっていたし、そんな冗談を言うわけがない。
でも、すぐには飲み込めない事実というものもある。
「本当…なんですか?」
「今からそれを確認する。この鏡を覗いてみて」
伊万里は言われた通り覗いた。自分の姿がはっきり見えた。
「これが??」
「じゃあ、俺を映してみるよ」
「?!」
九峪の姿が映るはずの鏡には九峪の姿はなかった。
伊万里は驚きに声も出ない。
「これは火魅子の資質を持つ者しか映らないんだ」
「そう…ですか」
伊万里の頭には上乃と仁清の顔が浮かんだ。
(二人がこれを知ったら…どう思うだろう)
伊万里は自嘲気味に笑った。
九峪は伊万里の心情を察して言った。
「伊万里さんはどうしたい?もし火魅子候補が嫌なら黙っていてもいいが?」
「く、九峪!」
キョウは九峪が何を言っているのかわからなかった。
伊万里も同じだった。
「キョウ…俺は『お前にあれの才能があるからあれをやれ』そんな強制はしたくないんだ。わかってくれ」
キョウに向かって九峪は頭を下げた。
キョウは心を痛めた…自分は九峪を才能がある…それだけで無理やり現代から連れてきたのだ。
その言葉で九峪は自分を非難しているように感じた。
「わかったよ」
「ありがとう」
九峪は笑顔で言った。
その笑顔は九峪がキョウを非難する気など最初から無い事を表していた。
九峪がそんな事を気にしていないのを知り、キョウは安堵した。
「伊万里さん、どうする?もし火魅子候補になって嫌になったら辞めればいい。その時は俺もできる事は手伝うから」
「わかりました。火魅子候補としてよろしくお願いします…辞める時は九峪様も手伝ってくださいよ?それと伊万里でいいです」
伊万里は笑顔で言った。
いつしか優しく、心が広い九峪に魅入っていた。
恋愛感情も入っていたが、崇拝に似た感情でもあった。
だから九峪『さん』ではなく九峪『様』と呼ぶことにしたのだった。
「もちろん、できる事ならなんでもするよ。伊万里」
確認の意味でもう一回繰り返していった。
「その時は私と結婚してください」
顔を赤らめて伊万里は、はっきりとした声で言った。
九峪は元よりキョウも固まっていた。
時が止まったように三人とも動かない。
「きさま!!」
「清瑞?!いつの間に!!」
何処からともなく現れた清瑞に九峪は問いかけた。
だが、問いかけなど無視して清瑞は伊万里に詰め寄った。
「いったい何のつもりだ!!」
「…さっきのは冗談だ…半分は」
「きさま…!!」
清瑞は伊万里に飛びかかろうとする。
伊万里も迎え撃つつもりらしく刀に手を添えている。
「いい加減にしないか!!」
清瑞と伊万里は身体が動かなくなった。九峪はワイヤーで二人の身体を縛っているのだ。
清瑞と伊万里は九峪が本気で怒っているのを感じ二人は黙った。
「まったく、清瑞はちょっと頭に血が上りすぎだ。乱破として生きていけないぞ?」
既に怒気は消え口調は優しかったが言っている内容は厳しかった。
「伊万里も冗談が過ぎるぞ」
「「すいません」」
二人は落ち込んだ様子を見て九峪はもう大丈夫だと思いワイヤーを解いた。
「二人ともどうした?仲間同士で喧嘩してたら復興なんかできないぞ」
「「はい…」」
二人は反省をしていた。
「俺が居たから止めれたが居ないところで喧嘩するなよ?」
「「はい」」
((九峪(様)が居なかったら喧嘩の種はないんですけど))
伊万里と清瑞は同じことを考えていた。
二人は顔を見合わせてこう呟いた
「「九峪(様)が怒ったら怖いな」」
さっきまでは殺し合いをしそうな雰囲気だったのに今度は意気投合と言った感じだった。
(女は分からん…)
九峪は苦笑をしながら伊雅達が待つ場所へと移動し始めた。