第十四話
華琳ちゃんが帰ってもう一週間経った。
無事宴会は上手くいき、華琳ちゃんで遊び遊ばれ大満足じゃ。
それにしても騰爺ちゃんの張り切りようは吾の想像以上だったようで、華琳ちゃんの宿泊予定の十日は七日に短縮されたのじゃ。
さすが騰爺ちゃんじゃ、爺馬鹿を発揮しおったな…おかげで吾が動く暇がなかった。できれば華琳ちゃんに恩を売っておきたかったのじゃが、言っても仕方あるまい。
商売の方も順調じゃ。
最近吾が力を入れておるのは現代で言うチェーンストア、周りの者達に分かりやすくするために『連環の店』と吾が命名した。
この時代の商人という存在は必要不可欠な存在であるにも関わらず地位が低いせいか一番広くて郡単位程度で抑えられ、そこからは暖簾分けという名の独立という名の乗っ取りが加速的に増えるせいで勢力拡大ができていないようじゃ。
例外として水運を活かせれば郡を跨ぐ場合もあるがその場合はその影響力の大きさから太守や州牧に睨まれる事が多くて重税か多額の賄賂を要求される。分かりやすい出る杭は打たれる構図じゃな。
逆に言えば立場が強い者が商売を始めると…まぁ色々と酷い結果になったのじゃ。
権力って便利じゃなー都合の良い法を定めれるんじゃから。
もちろん限度というものはあるが格差なんて当たり前の世の中じゃから格下の奴らすらも常識と捉えておるあたり悲しいのぉ。
そんな吾は見送りに際して華琳ちゃんにプレゼントをしたものがある。
吾お抱えの商人という名の鈴を渡したのじゃ。
まぁ華琳ちゃんも百も承知であろうが、スパイを身に抱える事より吾が現在推し進めておる新たな物流の一角に入るというメリットの方が上回ったようじゃ。
スパイがスパイであると分かっておればある程度予防もできるし、吾への連絡もスムーズにできるしの。
支店を広く抱える事によって費用が馬鹿みたいな金額になっておるが情報網の拠点も兼ねておるし宅配サービスやそれに伴う賊討伐による治安向上、広い範囲での価格操作など良い事も多数ある。
今チェーンストアが展開しているのは南陽郡、袁家繋がりで汝南郡、孫堅との繋がりで九江郡(寿春がある郡)、盧江郡(長江から九江郡までの航路上にあったからついで)と涼州一帯と今回の華琳ちゃんの協力で陳留となる。
劉表のじじいにいくらか関税で取られるがそれでもなお孫堅の全面的協力の下で展開したチェーンストアはかなりの収益を上げているので陳留なんていう飛び地にも手を出そうと思ったのじゃ。
孫堅の領土に行くまでには船で移動するのじゃが道中には河賊が大勢おった…が金と矢で黙らせ、今では専属の護衛や劉表のじじいへの嫌がらせに使っておる。やはり世の中金と力じゃな。
と言うか本当に金をばら撒いても減らないのだがどうしたらいいのじゃろう。そりゃ上流階級からも金を絞っておるがそれ以上に民から集まっておるせいで若干民の生活に支障が出ているようで…稼ぎすぎて困るってどういうことなのじゃ。
「お嬢様ーそろそろ始まりますから準備をお願いしまーす」
「うむ、了解なのじゃ」
今日は前々から予定しておった袁家主催、文才検定の記念すべき一回目なのじゃ。
文官不足と民のあまりの頭の悪さに少しお勉強させようと思ったのじゃ…あっちこっちから批難が飛んできたが、あくまで個人が知識をどの程度持っておるかを分かりやすくするための検定であり、知識を広めるつもりはないと言って強行したのじゃ。
一級から十級で数が少ない方が上位じゃ、『文才』としておるが漢文はもちろんじゃが数学(低級は算数程度)や歴史など多数科目があり、それぞれ検定を受けることによりそれぞれの資格が得られる。
これにより世襲じゃない使える文官がリストアップされ雇用しやすくなるし、名士は更に名声を得られ、商人の雇用にも影響があるじゃろう…もっとも商人は吾等以外の者達は衰退の一途を辿っておるがな。
ちなみにこの検定は受けるのは無料なのじゃ、どうじゃ?すごいじゃろ。ぶっちゃけ赤字を増やすための苦肉の策じゃったりするが気にしては駄目じゃぞ。
頻度は一、二年の間は月に二度、月初めと月末に行う予定じゃ。会場は南陽のみじゃから移動に時間が掛かるじゃろうし、しばらくは定員オーバーじゃろうから一度受けたら半年は受けれぬように制限を掛ける予定じゃ。
本来こういうのは朝廷に真っ向から喧嘩を売る所業なんじゃが金とコネと根回しって大事じゃな。
「さて、皆の者よく集まってくれた。吾は文才検定主催者である袁術公路じゃ。初めての試みゆえにこの文才検定で得られる資格がどのような価値を生み出すかはお主ら次第である。心して臨み、成果は名を掲げることで示すがよい——と魯粛が言っておった」
受験者が一斉にズルッて感じにコケた。このリアクションってこの時代でもあったんじゃなー。
「では吾は蜂蜜を食べながら待っておるから皆の衆励むのじゃ」
蜂蜜と言う言葉が発せられた瞬間に受験者のほとんどが苦笑いした…吾の蜂蜜好きはそこまで有名なのじゃろうか。
それにしても受験者リストを確認すると結構有望そうな者がおるのー。
そして程昱さんや、なぜここに?いやまだ程立じゃったかな?
思ったより大物が引っかかってびっくりなんじゃが…まぁこういう事もあるだろうとは考えてはおったが…相方は、郭嘉はどうしたのじゃ。この頃はまだ一緒に行動しておらんのか、それともたまたま別行動なのか。
可能であれば一時的にでも雇用したいのーもちろん仕官してもらえれば一番なのじゃが…吾はあやつの太陽となれる気がせんがな。
それにまだ見聞を広めるための旅の途中の可能性が高いし恐らく客将も無理じゃろうな。
他にも陸績や糜竺糜芳姉妹などマイナーな武将が受験しているあたりが笑える。と言うか陸績は普通のモブっぽい男じゃが糜姉妹は…………うん、キン○ダムに出てくるタラコ唇にそっくりじゃといえば伝わるじゃろうか。
何が言いたいかというとめっちゃ濃い、貂蝉や卑弥呼と同類じゃろうか。何より本当に姉妹であっておるのか?ムフフ〜とかコココココとか言っておれば完璧に昔の名将再び!って感じなのじゃが。
何にしても糜姉妹は雇わんぞ、絶対雇わんぞ。フリじゃないぞ。
個人的には一刀君に是非ハーレムに加えてみて欲しい…遠くから聞くだけで爆笑間違いなし、近くで見るとゲロるの間違いなしじゃな。
糜芳糜竺といえば徐州じゃから実現も難しくないぞ。
さすが曹魏を支えた四軍師の一角である程立さん。全問正解…と言っても初日の午前の部でまだ十級じゃからの、全問正解は結構居るから本番は四級辺りからじゃろう。
しかしなんじゃな、吾に仕官する切っ掛けになるのじゃから分からんでもないがスパイっぽい奴らがゴロゴロおるの〜あまりに露骨な人選じゃから疑心暗鬼を誘発する一種の妨害工作じゃな。
劉表の爺乙じゃ。
午後の部には九級を始めるが明日からは午前の部八級、七級で午後の部六級、五級という風に時間短縮で行われるのじゃ。
元々十級と九級は民向けで簡単な漢字や足し算引き算、現帝や各州や牧の名前など基本的な事ばかりで名士達には簡単すぎて欠伸が———糜芳が落第しておるーーーー?!
いや確かにゲームなんかじゃと低ステータスだから不思議ではないのじゃが…やはり扱いの悪さは関羽を裏切った影響かのう?
糜竺の方は当然全問正解じゃった。
陸績?モブに興味はない。
ぐほ…さ、さすが程立さん、一級まで全て全問正解しおった。
ただし一級はさすがに袁家の顔となるような人物でないと与えられんから面接があるのじゃ。という訳で——
「ZZzz」
「めっさ寝とるのぉ。どうするべきかの」
「お嬢様を前に居眠りなど処刑ですよ処刑」
「異議なし」
「賛成ですわ」
【無礼は】うちの家臣がヤンデレすぎる件についてスレ2【ほどほどにな】が立ちそうじゃ。
ほれほれ、程立さんや。起きてたも〜。
「ぉお?!猫さんが逃げそうな殺気で目が覚めたのです……おお、これはこれは袁術公路様、風は姓は程、名は立、字は仲徳といいますーよろしくですよー」
「うむ、よろしく頼むぞ。色々と頼むぞ。完璧な礼儀は求めておらんが最低限頼むぞ」
「ZZzz」
言ってるそばから寝ておるし、そして七乃や魯粛、紀霊の眉がクンッと上がるのを確認。程立さーん、結構洒落にならないっぽいぞー。
次回からは礼儀作法も科目に追加した方がいいかもしれん。
「お嬢様〜もう無礼討ちでいいんじゃないでしょうか」
「「異議なし」」
「ぉお?!何やら風に危険が迫ってるような気がします」
やってることは賈駆より酷い…いや罵声の方が酷い…いやどっちもどっちか、何にしても随分無礼な事には違いないからのぉ。
いや、吾は別に構わんのじゃよ?こういうキャラと分かっておるし、この世界の軍師というやつは基本的に変態しか居らんからな。
誰とは言わんがBL大好きはわわあわわ、毒舌百合に鼻血ブー、親友過保護辛口、本読んで発情レボリューションとほとんどが変態じゃからな。
許容範囲を広げねばやっていけぬわ。
「まあまあ、落ち着くのじゃ。この程度の事で一々目くじら立てておると袁紹と話す事もままならんぞ」
「あー…確かにそうですね〜」
「ここはドーンッと大人な対応して無礼なちびっ子に差を見せつけてやる所ぞ!」
「風はちびっ子ではありません」
「確かに、元使用人の私としたことが…申し訳ありませんでした」
「風はちびっ子ではありません」
「そうでしたわね。私としたことが商売というのは客があってこそ、さすが袁術様。御見逸れしました」
「風はちびっ子ではありません」
うむうむ、さすが吾自慢の家臣団じゃ。
「では、面接を始めるぞ」
「風はちびっ子ではありません!!」
程立さんが原作通してもなかったほどの大声で何か叫んでおるがスルーじゃ。
「では最後に当家に仕える気はありますか?客将としてでももちろんいいですよ」
「いえ〜風はまだまだ見聞を広めるための旅の途中なので断らせていただきますよー。風はちびっ子ではありません」
結局面接の間ずっと語尾に『風はちびっ子ではありません』をつけ続けた程立さん、もしやトラウマでもあるのじゃろうか。
勧誘の失敗は予想通りじゃ、しかしそう簡単に諦める吾ではないぞ。
「ちなみに雇用条件じゃが最低契約日数は一年、基本月給二万貫と歩合制、採用された献策一つに付き一万貫、更に更に!仕官しておる間の馬の貸出、今ならおぬしが咥えておる飴も毎日三つ支給、更に更に更に月初めに申請すれば緊急な事がない限りは五日は休暇が与えられるぞ。おまけに翌月に繰り越すのもありじゃ」
「………」
程立さんが口を開けて呆然としておるな。
原作が日本のゲームであるんだから色々世界観が本来の三国志とは違いがあるとはいえ、休暇なんて基本ないからの〜その時々に休んだりするが制度的には存在せん…どこのブラック企業じゃ。現代の労働基準法って偉大じゃ。もっともこんな時代じゃからやることなんぞ仕事と子作り以外にそう多くないのじゃから生き甲斐になっている面も強そうじゃがな。
ブラック企業とは言っても残業手当も出すからギリギリグレーじゃろ。
ちなみにもちろんじゃが雇用条件は関羽も同じじゃぞ。
「後蜂蜜も無料支給——」
「あ、それはいいです」
「そ、そうか」
蜂蜜教信者がなかなか増えない…解せぬ。
「とは言えこれほどの好条件を出されて断るとさすがに非礼になりますからしばらくお世話になりますねー」
「おお、それは良かった。ではこの契約書にサイ…署名してたも、あればじゃが印鑑も——よし、契約完了じゃ。よかったのぉ魯粛、これで仕事が減るぞ」
「そうですね。今月は四日連続徹夜が確定してましたからになれば嬉しいです。もちろん一級所持者ですしひょっとしたら徹夜しないで済むかもしれませんわね」
「え……えぇ、っと契約のし直しは——」
「契約違反と見做して契約の残った期間の給料と二ヶ月分を足した額の罰金じゃ。契約書はちゃんと読むように、の?」
むはははは、これで書類地獄の生贄が増えたのじゃー!四日連続徹夜は吾と七乃、紀霊込み込みじゃからぶっちゃけどんだけ仕事多いんじゃ、とツッコミたいが全て袁家固有スキル黄金律Bが悪いんじゃ。無理やり失敗しないとマイナスにならないって意味がわからないのじゃ。
ちなみにどれぐらい凄いかというと、道路の舗装工事に現代換算で言うと日当二万円ぐらい(つまり採算度外視)で雇うなんて無謀なことしてたら見積もりより商人の往来が増えて全然赤字じゃないと言うか宿場町ができて新しく開拓地ができて税収入増えたて、当然町ができれば吾の店も出さぬ訳もなく、結局大黒字。
確かにインフラ整備で交通の便が良くなれば金が動くのも必然ではあるのじゃがあまりにも結果が出るのが早すぎて困るのじゃ、この件で知ったのじゃがどうやら吾のいる南陽郡最大の都市宛は好景気により人口密度が急速に高まり、窮屈になってきたので次点を探していたところに宛近郊でインフラを整えた事に目をつけたらしい。
おかげで戸籍の移動や官吏の派遣などのせいで三日徹夜したのはいい思い出じゃ。
それにしても原作より若いからなのか、それとも吾の評判や見かけに侮ったのか分からんがよく程立を陥れ…ンンッ!良い契約が結べたのぉ。
「最後に一つだけ、いくら礼節上自己紹介をするまでお互いの名を呼び合わぬものとされているとはいえ一人称を真名というのは誤解を招く場合がありますので訂正するように」
うむ、さすが魯粛じゃ。吾も思っておったが一人称を真名にするってのは正直どうかと思う。
原作で一刀が真名で読んで殺される一歩手前じゃったが、普通に考えると真名を一人称にしてる方が悪いと思うのじゃ。
<程立>
「風、大丈夫ですか?顔色が悪いようですが…それに最近あまり帰ってきませんね」
「ちょっと予想外な仕事の量だったので疲れているだけです。そのせいで仕事が終わりが遅くなって門が開放されている時間に帰ってこれないんですよー。それより稟ちゃんの風邪はもう大丈夫ですか?」
魯粛さんが言うにはまだまだ序の口、半月後にはもっと修羅場が待ち受けているとの事ですが政というのはこれほどきついものなんでしょうか。
決して楽な仕事とは思ってはいませんでしたがこれほどのものとは思いもしませんでした。
しかも金勘定ばかりですからほとんど作業に近いもので精神が折れそうです。
「風邪が治ったら稟ちゃんもここに仕えませんか、というよりもむしろ手伝ってください。私が死んじゃいます」
「私の薬を買う事ができたら辞めると言ってませんでしたか?」
「言うのを忘れてました。最低でも一年契約なんでしばらくここから動けません」
「…それが契約なら仕方ないけど、そんな肝心な事を伝え忘れるなんて風らしくありませんね」
それは契約してすぐに薪屋さんの薪山の如く積み上げられた書簡を押し付けたあの方達に言ってください。
危うく稟ちゃんの薬を買い損ねるところでした。
風邪なんて命に関わる病気なんですから看病もしたかったんですけど魯粛様が——
「代わりの者をやるから貴女はここでお泊りです」
と気を使ってもらったようなもらってないようなお言葉を頂いたのですが…背筋が寒くなったのはなぜでしょうか。
「そういえば風、一人称が私になってるわね。何か心境の変化があったの?」
「それがですねー」
何度でもいいます、私はちびっ子ではありません。
それに袁術様に言われたくないです。
かくかくしかじか——と、言うわけなんですよー。
「なるほど、私も迂闊でしたがやはり魯粛という方は噂通り南陽の賢者という異名は伊達ではないようですね」
「そうですねー噂というのは話半分というのが相場ですがあの方に限って言えば本当のことのようです。ただちょっと腹黒いですけど」
さり気なく私の山の標高が高くなっていた時の絶望感は一生忘れられないかもしれません。
それでも魯粛様の山が減ってるように見えないあたりでも絶望しましたねー。
文句言えないじゃないですか。
「それほど大変なのですか…分かりました。私が体調を崩したばかりにこんな事態になったのですから是非手伝わせてください」
「本当ですか?本当ですね?言質取りましたよー?」
「え、ええ」
「では早速魯粛様に伝えてもらえますか、近いうち私すら敵わぬ才人をお連れすると」
「御意」
稟ちゃんの看病に付いていた人が返事をして出て行った。
これで楽になりますねぇ、
「風、もしかしなくても私を嵌めましたね」
「違いますよーだって稟ちゃんの薬代で働かなくてはならなくなったのは間違いないですし元々曹操さんへの紹介状目当てで検定を受けるつもりだったんですから丁度良かったじゃないですか」
「うっ、そう言われればそうなのですが、少し釈然としないような」
検定受験料、有資格者は雑用として採用、七級以上は商人への紹介、六級以上は文官採用、三級以上は劉表さん、曹操さん、袁本家、袁紹さん、董卓さん、馬騰さんなどの希望する者への紹介状、全て無料とは袁術様も太っ腹ですねーてっきり魯粛様が考えたものだと思っていましたがまさか袁術様発案だったとは意外です。
なぜそんな事をしたのか聞いてみたんですが——
「ん?下々の世話をするのは上に立つ者の使命じゃろ。むっはっはっはっはっは……このままでは金蔵で庭が埋まってしまう(ボソッ」
とちょっと傲慢で無礼なところもありますけど基本的にはいい子みたいですねー応用的には悪い子ですけど。
「稟ちゃん早く元気になって一緒に地獄…仕事しましょう」
「今聞き捨てならない台詞がありましたよ?!」
という訳で|郭嘉《稟ちゃん》参戦ですよー。
「「「おお〜〜これから頑張って(たも)(ください)」」」
「郭嘉奉孝です。よ、よろしくお願いします」
「程立さんのご友人だと聞いてますから実力に疑いはありませんがしばらくは程立さんのお手伝い、それから任せる仕事の方向を決めましょう」
「分かりました」
という訳で私の補佐をしてくれる事になった稟ちゃん、この帳簿の確認をお願いします。
「風はそんな簡単な仕事…を…して……何ですかこの帳簿」
「それは貸借対照表というものらしいです。確かに効率がいいのですけど正確な取引証明がないとかなり面倒な作業になりますからねーその辺の処理もお任せします」
「確かに見たことも聞いたこともないやり方ですがなかなか効率的——って、私が言いたいのはそこじゃありません!何なんですかこの金額は!」
ですよねー。
私も最初見た時は二桁|乃至《ないし》三桁は間違っておるんじゃないかと二度見どころか四度見ぐらいしましたから。
「でもほとんど間違ってないんですよね—これが」
どれぐらい凄いのかは言葉で言い表せないほど凄いんですけど…何より凄いのはこれが一部に過ぎないという事です。
偶に桁を間違えていたりしますが。
「まさか…この山のように積み上げられている書類全てが…」
「ええ、大体同じぐらいの規模で行われてますねー」
特に近いうちに行われる船舶競争は凄い金額です。私と稟ちゃんの人生五年間ぐらいは買えちゃいそうな金額ですからねー。
……おや?そう計算した場合私の人生十年で船舶競争が開催できるんですか?
思った以上の高給取りなんですね、私。
「失礼します。書類を持ってまいりました」
「また追加ですかー人使いが荒いですねーその辺に置いといてください」
「分かりました。貴女達が新しく入った文官でよろしいでしょうか。私は関羽雲長、客将をしております」
「ほほぉ〜貴女が巷で噂されている美髪公ですか、確かに綺麗な髪ですねぇー」
「いえ、そんな……あ、ありがとうございます」
ゴフッ同性愛者ではない私にこれほどの深傷を与えるとは…関羽さん恐るべしです。
これは同性愛者として有名な曹操さんには堪らないでしょうねーでも少し前に曹操さんがここに来たという話ですけどそんな話聞きませんし…関羽さんの様子からそういった事はなかったようですし…袁術様はそれがわかった上で隠した?
だとしたら袁術様は思った以上に曹操さんとは親しいのかもしれませんね。
そもそもあの袁術様と宦官すらも歯牙に掛けない曹操さんが仲良く話している光景が想像できませんけど。
「関羽さんから見た袁術様はどういった印象ですかぁ?」
「袁術様ですか、仮の主君とはいえこういう言い方をしていいのかわかりませんが良い子ですよ。たまにちょっと目を離すと居なくなるのが玉に瑕ですが」
「良い子、ですか…」
良いか悪いかで言えば悪戯っ子な雰囲気はありますがそれは子供が行うそれと変わらないでしょうから間違いなく良い子なんでしょうけど。
「|主《あるじ》としてはどうですか」
「色々難点もありますが器が大きい、というかあまり小さい事は気にしませんし、民からも人気があるようですよ…不本意ながら」
「不本意?民から人気があるのはいいことじゃないですか」
「ええ、問題ありません。むしろいいことです。ですが…視察を!事前に教えてくださって!護衛を連れていただければ!ですが!」
お、おぅ。関羽さんの後ろに鬼神が見えます。
つまり城を抜け出し、一人で街の探索をしているわけですか…確かにそれは問題ですねー、でも袁術様は名家の出のはず…護衛を連れて歩くことが日常のはずなのになぜそのようなことを?
「幸いなのは小次郎を連れていってくださることでしょうか」
「小次郎?」
そのような人物は会ってませんが…重要人物とは大体面通ししましたけど覚えがありませんねー。
「ああ、小次郎というのは袁術様が飼っておられる虎のことだ」
「虎ですか…猫ではなく?」
「間違いなく虎だ。しかも私と互角に戦う、な」
なんですか、その化け物虎は。
関羽さんの実力は直に見た訳ではありませんが常人とは比べ物にならない豪傑なのは分かりますが、その関羽さんと互角に戦う虎とは…恐ろしくも頼もしい、のでしょうか?(袁術がもしこれを聞いていたら「虎と渡り合える人間の方がおかしいのじゃ!」と叫んだことだろう)
「それなら安心ですねー」
「もっともその小次郎も甘い香りを放つ袁術様を育てて食べようという魂胆らしいが」
……袁術様は大物だったんですねー命を狙うものをもっとも身近に置くんですから。
「それに民は袁術様が太守であることを知らないのでこちらは冷や冷やします」
「知らないとはどういうことですか」
稟ちゃんに質問を取られちゃいました。
「袁術様は民には|公《コウ》と名乗っているのです。太守就任早々粛清祭りを行ったせいで評判が悪いとかなんとか言ってますが、絶対楽しんでいるんでしょう」
「粛清ですか、見た目との差が激しいですね。魯粛様が主導なさったんですか?」
「いえ、その頃は魯粛様は仕えてなかったと聞いてます。恐らくですが張勲が指揮したのでしょう」
その辺が妥当ですねー。
おや、足音が…誰かが走ってこちらに来ていますね。
「この足音は…また仕事を抜けだしていらっしゃるようですね」
関羽さんは誰の足音か分かっているようですね…まぁ話の流れからして——
「程立と郭嘉はお…る……か?」
「袁術様、この時間は政務のはずですが?」
「なぜ関羽がここに……おのれ七乃、また吾を謀ったな!」
七乃というのは張勲さんの真名だったはずなんですが…主君を謀ってはいけないと思います。いいぞもっとやれー。
「お説教は後にするとしてお二人になにかご用事があるのでしょう?」
「うむ、程立には二週間後に行われる船舶競争の運営、実行を任せることを吾の独断偏見職権乱用により決まったぞ!郭嘉も頑張って手助けするのじゃぞー」
独断偏見職権乱用…これで大丈夫なのでしょうか南陽郡…っと、そんなこと考えてる場合じゃなかったですね。
「また突然ですねー確か船舶競争は魯粛様が担当だったはずですが」
「うむ、その通りじゃ。しかしせっかく良い生贄——ゴホン、良い人材が入ってきたのじゃから腕試しにはちょうど良いじゃろ?何より魯粛は忙しいからのぉ」
本音が漏れてますが私も自分の負担を減らすために稟ちゃんを連れてきたので人のこと言えないんですよねー。
魯粛様が忙しいのは本当でしょうけど。
「が、頑張らせていただきます」
「そんなに緊張せんでも良いぞ。企画自体が失敗しては困るが費用はたっぷり用意するからの。企画が成功さえすれば丸々赤字でも問題ないぞ」
あ、あの金額を赤字で計上するなんて……考えたくもないです。
「では、話も終わったようですし…政務とお説教ですね」
「か、関羽さんや、実は食堂におぬしのお気に入りのお饅頭を買うておいたのじゃ」
「それはありがとうございます。それでその饅頭、いつ買いに行かれたのですか?」
「あ!…えーっと」
「ついでに鍛錬も見て差し上げましょう」
「NOー……あ、関羽さん関羽さん、この前欲しがってた可愛い服も買って——」
「ほ、ほほ欲しがったりしていません!私は少し見ていただけです。そもそもあのような可愛い服は私に似合いません!」
「まあまあ、そう言わずに着てみてたも。関羽もたまにはお洒落を——」
関羽さんを手玉に取るとは…袁術様は思った以上にやるようです。