第十五話
「吾、復活なのじゃ!」
「おめでとうございます。お嬢様!」
いやー、酷い目にあった。
本当に死ぬかと思ったぞ。
……吾の船酔いの話じゃぞ?決して他(連載)の話ではない。
船舶競争には魯家も参加するので試乗させてもらったのじゃが……まさかこれほど船に弱いとは吾自身思わなかったぞ。
「でもでも酔って目を回してるお嬢様も可愛いですよ。ああ、吐瀉物を浴びたい」
……ん?最後になんか変なことを言わなかったかの?気のせい?本当か?……まぁ良いか。
そういえば船酔いには氷を口に含めばいいとテレビでやっておったな。
よし、早速氷を——んなもんすぐに用意できるわけなかろう!!役に立たぬ知識じゃのお!
いや、船に乗る機会があればなんとか用意できんことはないか、なにせ金はある。吐くほどあるぞ。捨てても湧いてくるぞ。
むしろ最近少し恐怖を感じるのじゃ。金蔵に押す潰されるなんて夢を見るぐらいじゃからな。
すごい贅沢な悩みだとは思うが、困っているには違いない……ハァ、まさか練兵場を移設して金蔵を作るハメになるとは思いもせんかった。
「七乃は平気そうじゃの」
「お嬢様を見ていたらなんてことはありませんよ〜」
うむ、安定の変態さんぶりじゃ。
多分この七乃なら呂布をも倒せる……あ、呉ルートで吾を庇って孫策に戦いを挑んで負けておったから無理か。
仕方ないので関羽シールドを常備しておくとしよう……その頃まで居てくれれば、じゃがな。
「それで、あの船は良い船なのかや?吾には船の良し悪しは分からぬから解説してたも」
「はいはい〜お嬢様にこの忠犬七乃がざっくりお教えしましょう!ついでにそこの無恥無知関羽さんにも説明してあげますから土下座してください」
「……」(カチャ)
ちょ、なんでそこで関羽に喧嘩をサラッと売るのじゃ?!
関羽が鬼神降臨しておるぞ。
「最近忙しい私を差し置いてお嬢様に付きっきりじゃないですか!」
「なにをわけわからんことを」
「ハッ、まさかお嬢様が狙いですか?!」
「……ハァ」
すまん、そんなに助けを求める視線を寄越されても吾は助けんぞ。
だってこの状態の七乃はすごく面倒じゃし……そこをなんとか、じゃなくてじゃな。それにあまりこちらを見ておったら——
「あ、関羽さん。いえ、関羽!貴女、お嬢様を対してそんな熱い視線を……いいでしょう!その勝負受けて立ちます!」
「ほう、私に勝つというのか」
「もちろんです。罠札発動!関羽さんの春画!」
「な、なななななん?!」
そ、それは?!なぜそれを持っておる。
「これはお嬢様が某ちび金髪縦巻き髪対策に用意されたものですが——」
ちょ、ここでそれを暴露すると——
「……」
「はわわわわ、なのじゃ」
超こえー、なのじゃ。
これからしばらく鬼ごっこをするはめになったのじゃ。
(ああ、追いかけられて焦ってるお嬢様も可愛い)
とか思ってるんじゃろうな!七乃の顔が爛々としておる。
いつか覚えておれよ。華琳ちゃんの悪口を言ったことを告げ口してやるのじゃー!!
うっかり死にかけたのじゃ。
しかもなぜか追いかけられるのは吾だけという理不尽、そういえば関羽って二次創作では割りと理不尽キャラにされてるが、そのあたりの影響じゃろうか。
まぁ、三国志でも頑固者だったというからあながち間違いではないじゃろうが。
ちなみに関羽の春画(全裸M字開脚)は灰となった。
ふん、まだだ。まだ負けてはおらんのじゃ。吾の部屋にはピー(自主規制)やピー(自主ry)などまだまだある——
「あ、それと袁術様、後で部屋改めさせていただきますので」
「なん、じゃと」
「今袁術様の顔に『吾の作品はそれだけではないわ!』と書かれていましたので……どうやら本当にあるようですね」
やばい、やばいぞ。
さすがにアレを見られるとリアルで首チョンパされかねん。
そして秘中の秘である華琳ちゃんとの絡みなんぞ見せた日には……ガクガクブルブル。
「それほどのものがあるということですか」
「そ、それはともかく、時間がおおおお押しておるから視察のつつつつつ続けるぞ」
「お嬢様動揺しすぎですよー」
大丈夫です。あまりに危険なものは別の場所に移してありますから。と七乃が小声で伝えてくる。
ううぅ、やはり持つものは忠臣じゃのぉ………………って、元はといえばこやつが原因であった!危うく騙されるところであったぞ。
「さ、さて、程立と郭嘉は何処じゃろなー」
企画運営をあの二人に任せてからと言うもの吾の手元にはその関係の書類は一度として来ておらんからイマイチ進行具合が把握できておらんのじゃ。
これは職務怠慢などではなく、魯粛が「袁術様は本番をお楽しみください」と言ってこちらに仕事を回さないように手配をしたからなのじゃ。
心遣いは感謝するが、何やら郭嘉から視察の依頼が書状で届いたのでこうして出向いたのじゃ。
本当は書状で袁家当主にして南陽郡大守である吾を呼び出すなんてことはマナー違反なのじゃが、基本的にそういうことに緩々な吾等は気にせんがな。
面接の時に程立を叱ったのはまだ吾が雇う前だったからな。あれは仕方なかったのじゃ。今となっては会話中に寝ようがどうしようがミスが無ければ別に構わん。
まぁ、あまりにスルーし過ぎて最近は程立も寝るふりをすることはなくなってきたがな。
ん?何やら騒がしいな。
「ですから!あなた方の参加は認められないと言っているのです」
「木端役人風情が偉そうに、我らを汝南袁氏の者と知っての狼藉か」
「先ほどから申し上げてますが汝南袁氏だから参加は認められないのです」
…………
………
……
…
最近吾も年なのか幻聴、もしくは難聴が——
「こんな可愛い年寄りがいたらびっくりですね。一生面倒見ちゃいますよ」
「気持ちはわかりますが……戦いましょう。現実と」
七乃は現実を見ていないだけなのか、それともそもそも興味が無いのか……後者じゃな、間違いなく。そして関羽は現実を押し付けてくる。
ああ、頭が痛い。
あ、郭嘉がこちらに気づいた。視線で「早くどうにかしろ。しないとぬっ殺す」と言っておる。
考える時間すらも与えてくれんのか、というか雇い主に向ける視線じゃないぞ。
「ふむ、よく聞こえんかったのぉ。吾に聞こえるように言ってもらえんかの?何処の某だと申した?」
「ええい、だから私達汝南袁……氏…の…」
「ほうほう、偶然じゃな。吾も汝南袁氏に一席を頂く身じゃ」
あ、固まったな。
理解が追いつかず呆けておるが……お、次第に顔が青くなっていく。やっと追いついたか?
「「も、申し訳ありませんでした!公路様」」
見事に揃った土下座は一瞬仕込み?と疑ってしまったが、まさかこんな仕込みをするわけないか。
それにしても吾を知っておるということは本当に袁家の者か?となると余計に謎が深まるのじゃが……なぜ船舶競争なんぞに参加しておるんじゃ。
「それがこちらで見たことも聞いたこともない品が賞品として出されたということを聞いて袁紹様が……」
あ、察し。
この船舶競争は言われた通り、蜂蜜、金銀などの貴金属や宝石を始めとして、蜂蜜、益州経由のシルクロードや交州(ベトナム北部)で活発に行われている貿易で手に入れた数々の珍品や蜂蜜、国内の古今東西から集めた高級品や蜂蜜が賞品として用意されておる。
ん?蜂蜜の割合が多い?吾のデフォじゃろ。
まさか身内が釣れるとは思いもしなかったぞ。
一応トラブルを避けるために朝廷と袁家本家には同じ物を贈っておいたのじゃが、袁紹ざまぁに贈ってはいないし、本家から分けられることもなかろう。
「ハァ、万が一の予備があるからそれを持って行くとよかろう。おぬしらが参加するとさすがに他の者達もやりにくかろうからな」
「「ありがとうございます」」
全く袁紹ざまぁにも困ったもんじゃ……というか、こやつら、もしかすると反応から察するに吾が主催であることを知らなかったかや?知っておれば使いか手紙を寄越しただろうしの。
……まぁ、袁紹ざまぁに命令されて慌てたんじゃろうな。短気じゃからなぁ。
唯一の救いは袁家の使用人を使ったことじゃ。さすがにこんな雑用に田豊達のような優秀な者を小間使いするようでは近い将来姿を消すことになっていたじゃろう。
しかし本当に予備があって良かった良かった。
現代ですら運輸にはトラブルが付き物、そしてこの時代の運輸にないわけがない。だから余計に注文するのが常識なのじゃが、今回は奇跡的に全て数がきっちり届いていたのが幸いであった。
「郭嘉、うちの者が迷惑をかけたの」
「いえ、正直に言えば袁家の方々は氷山の一角にしか過ぎないので問題はありません」
……それは問題だらけじゃないかの。
え、そんなに問題があるやつばかりなのかや?
「はい。各種競争に置いて不正が止むことはありません。特に船体の重さなどを誤魔化すなどされると分かりづらいです」
船舶競争にはいくつもの種別にレースが用意されておる。
スピードを競う、人力や帆船など動力の違う船同士で競う、荷物の搭載した状態で競う、祭りを盛り上げるために明らかに船じゃないじゃろ的なネタ船コンテストなどなど多数の部門に分かれておる。
スピードを競うなどの場合はただ速ければどんな船でも問題ないが、荷物を載せた状態で競うレースなどは積載する荷物の重さなどを誤魔化されたりしているんじゃろうな。
「監査は不定期にして摘発はしているのですが……その……」
「いや、わかるぞ。どうせ賄賂が横行してしまうんじゃろ」
「その通りです。申し訳ありません」
これを郭嘉の責任にするのは酷というものじゃと思うが……お、いいこと思いついた。
うむ、これはいいアイディアじゃ。
「ということで関羽、監査管理をおぬしに任せる」
「は?」
「おぬしなら賄賂など受け取らぬと信じておるぞ。そもそもその辺の賄賂など端金じゃろうし」
「ですねー。関羽さんお金持ちですからねー。よっ、天下一の給料泥棒!」
「確かに不自由はしてませんが……私の持つ財産のほとんどは袁術様に与えられた物なんですが……それと張勲、後で覚えていろ」
「そんな殺生な」
七乃……相手は吾ではないのだから気をつけねばならんぞ。
特に関羽は堅物なのは知っておるじゃろ。まぁ今回はその堅いことがプラスになるのじゃがな。
「なるほど、関羽殿なら申し分ありません。むしろ最善かもしれません」
「いや、うちには紀霊などもおるんじゃが」
あやつでも問題無いじゃろ。
吾らが誇る万能使用人じゃぞ。武官より強いんじゃぞ。
「紀霊さんは袁術様以外に冷徹過ぎて諍いの種になることが多そうなので」
「そうなのか?」
七乃と関羽に確認すると関羽は少し考えて頷き、七乃は首を傾げている。
「そう取れなくもない言動が多々あるのは事実です。袁術様の益となるかどうかが判断基準となっている気がします」
「えー、それって当然じゃないですかー」
二人の証言からすると郭嘉が言っておることは間違っておらんということか。
つまり紀霊も七乃の仲間、とφ(..)メモメモ
もっとも変態度はまだまだ七乃には及ばんじゃろうがな……同等かそれ以上でも嫌じゃが。
「もっとも関羽殿も人情には弱そうなので豪族にはともかく、民衆には弱そうではありますが」
あー、ありそうじゃな。
関羽よ。そんな当たり前そうな表情をされても困るんじゃが。
「民衆は生かさず殺さず、生殺しが一番じゃぞ。多少厳しく、偶に飴を与える程度が丁度いいんじゃよ」
「しかしそれは力ある者の傲慢ではありませんか」
「吾は七乃に勝てるほど力はないが……と、冗談は置いておくとして、この手の話は水掛け論とは言わぬが立場によって言い分が変わる類の話じゃからな。その辺を理解しておくと良いぞ」
「おお、お嬢様が珍しく良いこと言ってます!輝いてます!関羽さんなんてお嬢様の前ではお子ちゃまですね!」
「ふっはっはっはっは、もっと褒めても良いぞ!」
「……」
関羽も思うところがあるのか反論せずに考えているようじゃな。
良い良い、考えるが良い。
偏った正義感はEMIYAしか生み出さん。
助けられるからと助けておったら助けておる側が巻き込まれて死亡、なんてのはお人好しがよくやることじゃが、問題は個人でやるならば個人が死ぬ、もしくは家庭も巻き込むことがあるじゃろう。
しかし国がそれをするとどれだけの民衆が巻き込まれるか考えねばならん。
もちろん、悪に染まれというわけではない。清濁併せ呑む器量が国を運営する者には大切なのじゃよ。
善玉コレステロールだけでも悪玉コレステロールだけでも身体に悪いんじゃぞ。
「せっかく袁術様に楽しんでいただこうと思って隠していたのに……しかも私を置いていくなんて」
「すまぬのじゃ。ほらその代わりお土産を買ってきたぞ。ほれ」
魯粛が拗ねておる……可愛いが下手に慰めようとすると喰われそうなのでほどほどにせねばならんな。
ナニが喰われるかはわからんが。
「……なんでお土産が川魚の干物なんですか」
「美味そうじゃろ?」
「まぁ、そうですが……女性に対してのお土産がこれですか?」
む、何じゃ。不満なのか?
「はい」
うわ、間髪入れずに肯定したぞ。
仕方ないのぉ。
「ほれ、これをやるから機嫌を直してたも」
「……私は物で機嫌が良くなるほど軽い女じゃありません」
と言いつつ吾が差し出した櫛を素早く懐に収め、顔がニヤけておっては全然信憑性がないのじゃ。
何にしても喜んでもらえたようで何よりじゃ。
「私にはお土産ないんですかー?」
「おうおう、ちびっ子、うちのちびっ子には何かねーのか」
「これこれ、人にちびなどと言っては駄目ですよ宝譿」
うむ、相変わらず腹話術が上手いのぉ。
全然口が動いておらん。……本当に腹話術じゃよな?
「程立にはこれをやろう」
「……これは挑戦状か?」
「いやいや、そんなつもりはないぞ。うん、これっぽっちもないぞ」
「でもですねー……さすがに土偶は無いと思うんですが」
どことなく土偶羅魔具羅に似ておるんじゃが……気のせいか。
さて、困ったぞ。これまで拒否されるとなると——
「このようなものしかないぞ」
「おお、それは飴々降れ降れもっと降れ屋の裏品書き満漢全飴じゃないですか!」
いつもジト目な程立の目がクワッと広がっておる。
ちなみにこの飴、価格は庶民の一ヶ月外食で過ごす程度の食費ぐらいの値段じゃった。
ネタの為に買ってきたにしては無駄な消費じゃが、細かく計算はしてないがその程度の金額なら飴を買っている時間で吾は勝手に稼いでおるから何の問題もない。
路上で一円玉を拾うとその動作をしている間に一円以上稼げるから実際は損をしているという理論に近いかもしれん。
実際は一円玉なら金属としては結構高い拾い物だと思うんじゃがな。むしろ札の方がただの紙でしかないから無駄な気もする……まぁこの時代だとそれでも価値はあるんじゃがな。
「そういえば参加者に袁家がおったのにはびっくりしたのじゃ。身内として恥ずかしかったぞ」
「……袁紹様ですか」
おお、さすが魯粛。
たったこれだけで真実まで推理しよったぞ。
それで程立も想像ができたようで苦笑いを浮かべておる。
「すいません。袁紹様にも配慮すべきでした」
魯粛的には気づいて当然のことだったらしい。
「吾が本来気づかなければならなかったことじゃ。気にせんで良いぞ」
とは言っても気にするんじゃろうが、こればかりはどうしようもないの。
「……今後気をつけます」
「ところで私にはお土産はないのでしょうか」
「うおっ、き、紀霊!気配を消して後ろから声を掛けるでない」
「申し訳ありません」
と謝ってはおるが反省はしてないのじゃ。
こやつ、どうも吾が驚いているところが好きらしい。
全く、なぜ吾の周りにはこうも困った変わっておる者が多いのじゃ。
「それは主が変わっているからではないでしょうか」
ん?今吾は声に出してなかったと思うんじゃが……まぁ良い。
「ちゃんと紀霊にも用意しておるぞ」
もし現代なら薬用ハンドソープでもプレゼントするところなんじゃが、あいにくここにはないからの。
「おぬしにはこれじゃ」
「これは……?!」
ふっふっふ、驚いておる。驚いておる。
「按摩、券?!」
「うむ、吾直々に按摩をしてやろう」
実は紀霊が一番何を好むかわからんからマッサージ券にしたのじゃ。
しかし、マッサージが翻訳できずに途方に暮れたのは内緒じゃ。普通は按摩なんて言わぬからの。
で、結果は……うん、成功したようじゃが……なんか顔が真っ赤なのじゃが?
「これは何処までしていただけるのでしょう?」
「いや、普通に卑猥なのはお断りじゃぞ」
「…………」orz