第三百五十七話
「陣を崩すでない!足を揃え押し返せ!隣の友は盾であり矛じゃ!気張るのじゃ!」
「おおおおおおおお!」
厳顔の指示に応える兵士達は見事な戦いぶりをみせる。
「くそっ!昨日はこれほど強くなかったのに!なんで疲れているはずの今日の方が手強いのだ?!」
疲れを知らぬ兵士?そんなものはない。
訓練された兵士だから?なくはないが二日目に本気を出す理由なんてこの場においてはない。
実は別の兵士?そんなわけがない。予備戦力なんて存在しない。強いて言えば孫策達がそれに当たるが少なくとも現状は違う。
偏に腹が満たされているからである。
もう一度言う。ただただ腹が満たされているだけである。
「孫策殿に礼を言わねばならんな」
「あれだけ足元を見て吹っ掛けてきたのですから当然です!」
「いい加減にせよ。焔耶よ」
「しかし――!」
「足元を見られた我らが不甲斐ないことを反省するならよいが、他者に押し付けるのはお門違いじゃ」
「――――ッ!前線が押されているようなので出ますっ!」
「ハァ……全く困ったもんじゃのぉ」
前線が押されているなんてことはまったくない。訓練の時のように陣が形成されている。
むしろ魏延が加わることで陣が崩れる可能性の方が高いぐらいだ。それは本人すらわかっている……つまりは逃げたのだ。
「気持ちはわからんではないが……ワシの心情も察してほしいが、難しいか」
何度も言うが、今回の叛乱は厳顔の失態から始まっている。そしてここに来ているのは名誉挽回のためだ。にも関わらず孫策達に更なる借りを作ってしまった。これでは失態を積み上げたことになってしまうのだ。
「まぁそれはそれでいいのかもしれんがのぉ」
いっそ、他の政策の失態を全て引き受け、自身を生贄としてしまえば豪族や民達の不満を多少は解消できていいかもしれないと厳顔の脳裏に過る。
劉備人気で不満を封じ込めて入るものの無いわけではなく、このままでは不満が爆発してしまうのは必至だ。なら立て直しの時間を稼ぐ方法の一つとして退場するのも有りだろう、と。
(揚州の一部を手に入れることができたとしても益州に富を運ぶには相応の時が掛かる。中央に知られぬようにせねばならんからな。ワシの首をもって時間稼ぎとするか。それなら今回の失態も悪いものではなかったやもしれんな)
もし揚州の豪族と予定通り同盟を結んでいたとしたらこんな戦はなかっただろう。しかし、劉備達が得られるものはこの戦いが終わった後のものの方が孫策への報酬を差し引いても大きなものとなる。
「となれば最後の舞台か。これは俄然気張らないかんな!」
「ちょっとちょっと!私達の出番ない感じなの?!」
厳顔の気合が入った指揮により叛乱軍は昨日の比にならないほど押され、ズタズタに切り裂かれて各個撃破されていく。
昨日と同じような展開ではあるが、今回は明確に違いがあった。
それは昨日は指揮が執れていたのに対して今日は指揮が執れないほどに劣勢である点だ。
そのせいで逃亡する兵士が出てきてしまって叛乱軍は崩壊寸前……いや、既に崩壊していると言ってもいいほどになっている。
そして兵を伏せて様子をうかがっていた孫策が悲鳴を上げる。このままだと楽しみにしていた殺し合いができそうにないのだから仕方ないこと……か?
それに対して周瑜は、いらぬ損害がなくて結構。払われるかどうかわかったものではない追加報酬なんてものよりずっといい、と喜んでいた。
「むき~っ!私の宴が~!叛乱軍頑張りなさいよ!気合よ気合!まだ右の陣がまともに機能しているから中央はそっちと合流すれば立て直せ――ああああっ?!あの棍棒女何崩してんの!!」
いつの間にか孫策は叛乱軍の応援に回っていて、その様子を苦笑いで長める周瑜と兵士達であった。