第百七十話
<ジョン・コーウェン>
戦力の半分をソチ攻略に向かわせると言うのは反対したが、ソチ攻略部隊を私が指揮することになったのは不幸中の幸いだ。
あのモグラからすれば邪魔者を追い出したつもりなのだろうが、こちらからすればあちらに戦力に余裕がないことで余計な動きができない。
そして、これだけの戦力があればソチ攻略に苦戦することはない。
「そう思っていた頃の私をぶん殴って投げ飛ばしてやりたい」
「偵察に出ていた第152MS小隊連絡途絶!続いて第2833飛行隊連絡途絶!」
「別部隊から死神の衣の奇襲と判明……連絡途絶しました」
相手が死神の衣とはな。
最近私には死神がついているのではないかと思ってしまう。
「砲撃音感知!観測……至近弾!」
またか、ろくに命中しないのに性懲りもなく。
増援なんて来ないだろうに、遅延行為とは相手も仕事ととはいえご苦労なことだ。
もっとも被害も馬鹿にならんがな。
「回避運動——」
「空中で炸裂音!クラスター爆弾の1種と考えられます!」
「各部隊に迎撃命令を出せ!」
ちぃ、死神の衣め。本当に嫌な手を次から次へ——
「後方の飛空補給部隊が襲撃され、ミデア撃沈2、中破1!敵は既に撤退中」
対空砲が唸る中、聞き捨てならない報告が耳に入ってきた。
「追撃は!」
「していません」
よし、命令通りだな。
迂闊に追撃なんてしようものなら被害が拡大するだけだ。
(命令出されてるのは確かだが、そもそも誰も行きたがらないんだよな)
質が高すぎて数の差でどうにかならないんだがどうしたらいい。
100対1で戦えるゲリラの対処法などネットに載ってなかった……Yapoo知恵袋で聞いてみたが揃って『白旗or土下座』だった。
ネットの住人にすら認知されているのは驚きだが、さすがにこの戦力で降伏するわけには——
「前線の綻びから死神の衣が突破!しかもこれは例の4機のようです」
「奴らか!命中させようなどと考えず間断なく弾幕を張って近づけさせるな!」
あの4機はいかん。
赤い彗星や黒い三連星、ノイエジールなんぞ比にならん。
「ダメです。突破され——狙撃で3番艦艦橋に被弾!生存は絶望!」
くっ、少将がやられたか。この戦争で初めての将官の死亡がこんな壮絶死闘な小競り合いなど笑い話にしかならんではないか。
切り札を出すしか——
「敵、撤退します」
戦闘を始めて6分で撤退か、見事に引っ掻き回されているな。
「被害をまとめ、部隊を再編成。警戒は高高度からディッシュで行え」
「それでは確度が落ちてしまいますが」
「やむを得んだろ。ディッシュの残機が14機しかないのだから慎重に使わなくてはならん」
「……報告によりますとディッシュは4機ほど撃墜が確認されているそうです」
100機あったはずがもう10機に。
哨戒機がこれほどの被害を受けるとは……奴らの狙いがディッシュだということに気づいたのは50機を下回った時だった。
それからは慎重に運用していたがそれでも被害は防げなかった。
しかし高高度ならさすがに落とされはしないはず。ビームライフルやスナイパーライフルでもそこまでの射程はなく、砲撃なら躱せる。
……フラグではないはずだ。
奴らの厄介なのはミノフスキー粒子を散布するのは奇襲後であることだ。
連邦にしろジオンにしろ命知らずなミノフスキー粒子無散布奇襲なんぞこれほど繰り返すことはしない。奇襲自体が多少早くバレたとしても散布を行った方が死亡するリスクは低くなる。
凄腕のパイロット達はたまに無散布奇襲をしていたようだが、それはあくまで緊急手段の1つに過ぎない。
決して常套手段ではない。
「それにしても……奴らはなぜソチをこれほど守っているのだ」
戦略的に考えてそれほどに重要な地だとは思えない。
士気を挫き、経済に多少のダメージは与えられるだろうが決定的というほどではないはずなのだ。
ならば、なぜこれほど?
「何かの開発所でもあるんでしょうか」
副官の1人がボソリとつぶやくのが聞こえる。
それはあるかもしれない……しかし全く無視するほど軽い地ではないのにそんなものがあるだろうか。
あるいは本気で私達を潰しにかかっているのかもしれん。
普通にはありえないが現在受けている被害を考えれば不思議には思わん。
「中将!本部から緊急連絡!本部が死神の衣に奇襲を受けているとのことです!」
狙いはこれだったか!
<シーマ・ガラハウ>
「さあ、いくよ!野郎ども!」
『『『シーマ様万歳!!』』』
だからなんで皆、私を様付けなんだ……まぁ大体ブルーニーのせいなのはわかっているけどさ。
本来予定ではハマーン達と合流する予定だったんだが、モスクワにいた死神の衣の士官達と入れ替わる形でモスクワに来ている。
寒い。本当に寒い。ニューギニア特別地区との温度差がありすぎるんだよ。
そして今、私達死神の衣総員200人が向かっているのは……モグラ叩きだ。
ハマーン達はコーウェンをこちらに引き返すのを食い止める役割なんだが、戦果が有り過ぎて思ったよりこちらと離れていないためスピード勝負になる。
「狙うは5隻のビックトレー、全撃破。うまく行けばこれで戦争が終わるんだからね。モグラを生かして返すんじゃないよ」
『シーマ様こそ気をつけてください。言ってはなんですが死神の衣隊員より弱いんですから』
ぐふ、気にしていることを……訓練をサボっていたわけではないんだけど死神の衣は強すぎるんだよ。
さすがマリオンズの鍛えた部隊といえばいいんだけど……癪だねぇ。私もブートキャンプとかいうのに参加するか?
「わかってるさ。私は指揮だけしてるから皆頑張んな」
『『『はい!喜んで!』』』
と言うか、いつの間にかガイア達(新黒い三連星のこと)がブートキャンプを受けてとてつもなく強くなってるから置いてかれ感が半端ない。
ガイア達ならどんな訓練を受けているのか教えてくれるだろうと思って聞きたかったんだが顔を真っ青にして教えてくれない……一体何をやってるんだい、マリオンズ。
「サラは私よりも弱いんだ。前に出ない、味方から逸(はぐ)れない、指示を忘れない。この3つを意識するようにしな」
『は、はい!』
声が上擦ってるけど大丈夫かね。
年を考えれば仕方ないけどさ。
「ゼロは……まぁ好きにしな」
『テキトー過ぎるだろ!まぁ了解した』
あんたは指揮官に向いてないからね。
その代わり操縦技術はトップクラスだから自由にさせた方が戦果が出るってもんさ。
「さあ、宴の始まりだよ!ロシアの援護射撃に当たるようなマヌケはナンバーズの折檻が待ってると思いな!」
最後の一言で死神の衣がベルセルクの鎧(呪)のように不気味なオーラを放ち始めた。
さっきまで何処か浮ついたところがあったが急に引き締まりすぎて温度差についていけない。
そんな異様な空気の中、戦闘を開始する。
雪の中から現れた私達に、待ってましたとばかりに警備をしていたはずの部隊が迎撃に来る。
恐らく音か何かでバレていたのだろう。
しかし——
「このまま突撃し、混戦に持ち込むぞ」
その程度で私達は止まらないよ。
サイコタイプ(サイコミュ抜き)を操り、新しく開発されたビームマシンガンでジムカスタム3機ほど蜂の巣にする。
「ニュータイプほど命中率が良くない私にはビームマシンガンはいい武器だねぇ」
射程が若干短いことが難点だけどさ。
さて、ビックトレーを探さなきゃならないが……基地にいるのに将官は本当にビックトレーにいるのかね。
情報では基地にある通信設備よりビックトレーの通信設備の方が優れているから乗ってるという話だけど。
警備隊を突破もしくは撃破して基地内に進入すると、各指揮官が部隊を率いて散開する。
まとまっていても動きづらいだけだから別行動の方がやりやすい。
どうも死神の衣の異名は想像以上に連邦に轟いているらしく、姿を見れば逃げ惑う姿がちらほらある。
敵前逃亡とか後で問題になるぞ。
ちなみに私達死神の陽炎は敵前逃亡はマリオンズ笑ってはいけない48時間リンチという最初から笑えない刑が用意されているから、まず逃亡者は出ないだろう。
『こちらサラ隊、ビックトレーを撃破しました。ですが恐らくモグラではないと思われます』
お、サラが1番乗りかい。それに声に少し落ち着いたね。
ついでに言うとモグラというのは死神の陽炎の共通呼称となっている。