第百六十九話
<ハマーン・カーン>
別働隊の伏撃により私達は撤退に成功した。
もっともうるさいハエは周りを飛び回り妨害してきているが支障を来たすほどではない。
第1回目の奇襲の合否は別働隊の被害次第だ。
合流ポイントに到着したが別働隊の姿はない、だが作戦通りなら私達の方が先につく予定だったので不思議はない。
合流ポイントにはロシア側が用意してくれた整備員と最低限の補給物資が用意されている。
死神の衣専属の整備員は今もロシアで機体をいじりまわしていることだろう。
専属では無いためサイコミュや有線式可動砲のメンテナンスはできないがないよりはいい。
「サイコミュと有線式可動砲の安全稼働時間って……」
「戦闘抜きで連続だと50時間、戦闘ありで12時間ですね。ちなみに私は専用機器が必要ない部分はメンテできますけどやります?」
そういうのは先に言って欲しいものだ……お願いします。
別働隊の撤退支援にソチ防衛部隊の半数以上が協力してくれているはずだから撤退は難しくないはず……ソチ防衛部隊のαタイプ10、ドムII30、ザク改30、ザクキャノン30で、撤退支援に参加しているのはザク改30、ザクキャノン30。
あくまで撤退支援だから直接戦闘は想定してないから旧式で固め、残りは臨時で設けられた補給基地を防衛している。
補給基地には他にもドップブースター300機や対空砲などを配備してあるが戦力比からして焼け石に水程度でしかないからあてにならないので不安がある。
「……別働隊、連絡とれた。被害軽微」
「軽微か、詳細は」
「……?」
うん、今度からリリーナに連絡係を任せるのは止めよう。
首を傾げてる姿は可愛いんだが、その内容に部下の生死が関わるとなると可愛いでは済ませられない。
「……あ、防衛隊も大丈夫」
どの程度大丈夫なのか聞きたいが……うん、言ってもダメだろうな。
大丈夫ということはほとんど被害はないはず、いつもとは1人1人の兵士の価値が違うことを感じてしまった。
大勢の味方がいる時おおまかな数字でしか見なかったのに、少数になると1人の命、1機のモビルスーツの有無が気になる。
本当は数なんて関係なく、死んでいく人間を憂い、悲しむことが普通……なのに、今となっては戦いが辛くなるか楽になるか程度にしか思わなくなった。
いつの間にか殺し合いにも慣れたということか、辛いとは言わないが……寂しいな。
「これで実質被害なしで撃墜したのはジェット・コア・ブースター150機、ディッシュ3機、フライマンタ10機か」
「私達だけの戦果だから別働隊や防衛隊の分も合わせるともっと多いでしょう」
クリスの言うとおりもっと多くなるだろうが、今の段階で1人40機、ナンバーズも手を抜いてはいるが戦ってくれるのはありがたい。
いつもは牽制や囮しかしてくれないからな。それでも恐ろしいまでの効果を発揮するから何とも言えないが。
「数なんて数えてもあまり意味ありませんけどね。私達がやれるのは精々遅延のみですから」
「こういう話でもしてないと気が滅入るさ。それで住民の避難は済んだか」
「まだですね。最近の連邦は新人が減ってきたから独立戦争時より秩序が回復しているという話ですがどこまであてになるやら」
独立戦争時はアクシズにいたから知らないのだが、熟練兵士が次々死に、生活に困ったり怨みで戦場に出た新人兵士が戦地で随分酷いことをしていたようだ。
暴力を振るう相手が同じアースノイド、いや、ジオンに負けて支配されただけの連邦市民だというのに何を考えている。愚かな。
「相手がコーウェンであることが幸いか、ゴップなんぞが率いた部隊などどうなってしまうか」
コーウェンはいい意味でも悪い意味でも軍人らしい軍人だと聞いている。
これがあの豚だったら今回のソチ侵略のように非常識なことをされないか警戒しなくてはならないところだ。
無能な味方は厄介だとよく言うが、敵でもやはり厄介なのだ。
しばらく休憩していると別働隊と支援に出ていた防衛隊が合流する。
被害は別働隊のサイコタイプ(他にないけど)2機、それぞれが両腕一本なくなっていたが、幸い胴体部以外のパーツは余裕がある。
防衛隊に関しては本当に被害がないようで何よりだ。
報告を聞けば、キャノンタイプ20機、護衛にいたジムカスタム10機を撃墜したのは間違いないらしい。
撃墜数が少ないのは襲撃を仕掛けた瞬間に磁石に引き寄せられる砂鉄のように集まってきて3分もまともに戦闘できなかったためと撃墜ではなく中破判定が多かったことが原因だ。
「モブA(使い捨てなので仮称)、連邦の進行速度はどうだ」
「予想された以上に低下しています。死神の衣が相手であることを認識して慎重になったようです」
「元々トップがやる気がないんだからそれが移ったのかもな。予定より2日は伸びそうだぜ」
「モブBは黙ってろ」
「お前こそ指名されたからって調子——」
言い争いは突然中断される。
ナンバーズが銃を引き抜いて弾倉を模擬弾のものに入れ替えているからだろう。命は大事に、な。
「喧嘩をやめても制裁するんですけどね。戦地での喧嘩は制裁対象ですから」
そう言うとモブBがモブAを壁にするように動き、ナンバーズは銃を横に振り抜きながら発砲する。
そして結果がなぜかモブBが『横向き』に倒れる。
「な、なんで脇、腹、に……」
「銃弾をカーブさせただけですよ」
そういえばこの前、そんな映画を見たな。その時、「いいですね。これ」と目を輝かせていたがまさか実現させるとは……いや、驚いてはいないぞ。むしろ、さすがナンバーズだと感心している。
「これが戦地じゃなかったらこめかみを狙うところでしたが、運が良かったですね。それとモブAは連帯責任として今夜の見回りするように」
「ハッ!」
これにて一件落着、ナンバーズがいると統制が楽でいい……私自身も気が抜けないが。
「これを何回も繰り返すのか」
「正確には別働隊による伏撃はもう無理だからヒット・アンド・アウェイかしら」
私達の目的は逃さず、ソチを攻略させないこと。
稼がないといけない時間はまだ長いが——
「これで勝てるなら頑張る」
それから各地を転々問しながら2日続けて奇襲すると物資が足りなくなり、それからは適当に移動と休憩していた。
奇襲を恐れてか攻撃がない日が続いたというのに連邦の進行速度はゆるやかなもので、とうとう降下補給の日が訪れた。
「ミノフスキー粒子散布の形跡なし、敵影はなし、今のところ順調だな」
『ハマーン様、それはフラグというのではなかったですか』
おっと、そうだった。
戦場ではフラグやジンクスは大事にされる。
不吉なことを連想させるようなことは言わないことが鉄則。
『私の戦闘力は53000000です…ですが、もちろんフルパワーであなたと戦う気はありませんからご心配なく…』
ナンバーズがフラグ立てしているが……それは負けフラグ……か?
明らかに戦闘力の桁がおかしい。
そして私達は差し詰め牛乳特選隊といったところか……どれも見た目が嫌過ぎる。せめて変身前のザボンでお願いしたいものだな。
フラグ立てたものの、ナンバーズの戦闘力に恐れをなしたのか何事も無く補給完了。
これで戦える。
「サイコタイプだけの戦闘だとエネルギー切れが激しいな」
『普通のモビルスーツの消費と比べて6倍ですから仕方ないでしょう』
無駄弾はあまり使わないんだがな。
撃墜した敵の数でそれは証明できている。しかしエネルギー切れというのは心臓に悪い。
『Eパックの容量を増やす研究を連邦がしているという噂もありますが未確認ですし、また新たに投資しないといけなくなりますから……頭が痛い』
そういえばナンバーズは戦闘だけでなく経営にも携わってるんだったな……有能過ぎる。
1家に1台ナンバーズ……いかん、人類の終末を見た気がする。
「さあ、攻勢に出るぞ」
『『『了解』』』