第二百三十話
メッチャー・ムチャの戦死の知らせは瞬く間に広がった。
元々コーウェンの片腕として活躍していた彼はエゥーゴにとってブレックスとは別の求心力として存在していた。
ブレックスは夢と理想を語って人をまとめ、メッチャー・ムチャはその実力と人望で人をまとめていた。
そして、そんな彼が戦死した報が伝わるとどうなるか。
復讐心、仇討ちに動くならエゥーゴにとって幸いなのだが、だいたいは戦意喪失、戦線離脱、降伏などに走る。
しかもコーウェン派をまとめ役でもあった。つまり戦線から離脱する者の多くは独立戦争を経験している連邦のベテラン正規兵だ。
それがどういうことかというと……素人でもわかるだろう。
前線を取りまとめる隊長格が離脱してしまい、戦線が維持できなくなるのだ。
「くっ、メッチャー少将の戦死がここまでの影響を与えるとは……」
思っていた以上にメッチャーを慕っていた者が多かったことにブレックスは歯噛みをする。
唯一の救いは降伏した者の処理にティターンズも追われているということであった。
降伏したとはいえ、武装したまま放置することはリスクが高過ぎる。しかし、だからといって降伏した者を攻撃するわけにも行かず、一々武装解除しなくてはならない。
しかも空中で、というのもまた面倒な話である。
「指揮系統の再構築を急げ。それと虎の子隊は優先してこちらに帰還させよ」
メッチャーが戦死したとはいえ、まだ戦い自体は終わっていない。
虎の子隊は降伏処理をしない妙に弱い死神の陽炎の追撃を受けていたがなんとか躱し続けてまだ無事だが、指揮系統の混乱でどうしたらいいか指示を請うている。
クワトロやリリィなど一部を除いた他の部隊は替えが利くので優先して指揮下に置こうと行動するのは当然だ。
「ヘンケン中佐を大佐へ昇格、クワトロ大尉とリリィ中尉、ロベルト中尉、レコア少尉を2階級特進させる」
部隊を率いる人材の不足を補うため、経験豊富な3人を戦時昇格させる。
クワトロは元々シャアだった時は大佐だから問題ないがララァは少尉、ロベルトに限って言えば不明だ。
それなのにこの無茶ぶり、と言いたいところだがちゃんと理由がある。
先ほど言った通りメッチャーの戦死で連邦兵が離脱していっているために佐官が急激に減り始めていて補おうとするのだが元々のエゥーゴは規模が小さい組織だったことが災いし、大多数の佐官や上位尉官はコーウェン派であり、現在は味方でもいつの間にかいなくなっているなんてことが起こる可能性が高い。
だからこそ、多少無理でも信頼できる人材を当てようとするブレックスの苦肉の策だ。
「あの……ヘンケン大佐以外の昇進した方達がからクレームが来ていますが」
「何?理由は聞いているか」
「はい。目の前の敵で精一杯で部隊を指揮するどころではない、とのことです」
クワトロ、リリィ、レコア(若干シロッコに惹かれ気味)はシロッコ(狂信者モード)と激闘を繰り広げ、ロベルトは地上で死神の衣と死闘(押され気味)を演じている。
そんなところへ部隊の指揮まで執れというのは酷な話である。
「……あ、ヘンケン大佐からもクレームが……無理、処理しきれない。と」
ヘンケンが苦労しているのは指揮する部隊の数ではなく、暴動勢力の指揮である。
アナハイムから派遣された戦力は傭兵として割り切り、エゥーゴの指揮に入ったり、予め指揮下に入らないなど様々な対応であるが意思表示を行い、プロだけあって役割を果たしている。
それに比べ、暴動勢力は最初こそ独自の指揮系統が組まれていたが戦闘が始まると指揮官全員が無事でいられるわけもなく、少し指揮官が戦死するとすぐに破綻してエゥーゴに頼るようになった。
そしてそれを行っていたのがメッチャーとヘンケンだったのだが、メッチャーが戦死してヘンケンに集中するようになり、いい加減素人に毛が生えた程度の兵士が多くて面倒なのに更に仕事を増やされては限界と音を上げても仕方ないだろう。
「くっ、こうなっては仕方ない。アナハイムの奴らに頼むか」
傭兵でしかない存在に部隊指揮を任せるという決断をしなくてはならないほど状況は切迫していた。
傭兵達も自分達が追い込まれていることを自覚しているのかブレックスからの要請を受け入れ、当座は凌げた。
ハマーンがメッチャーを討ち取ったあたりから地上の死神の衣は手を抜いて戦うようにしている。
傭兵があまり陸も空も、と活躍するとティターンズが勝ったとしても実力が疑問視されるだろう。
……もっとも凄い今更感があるのはそれは言ってはダメだ。
という訳でロベルトこそ死神の衣が押さえているが、他の地上は数で圧され、ティターンズが劣勢だったりする。
「バランス取りとはいえ、面倒な話だ。やっと要所がわかって斬り込みさえすれば崩せるってのに」
死神の衣の地上部隊指揮官ガイアが独り言ちた。
指揮を任せられるだけあって戦況の見極めが上手く、発言通りその気に慣ればエゥーゴの地上部隊を蹂躙することができるだろう。
「しかしあのR・ジャジャってモビルスーツはなかなかの完成度だな。αタイプじゃ分が悪い……このままでいいのかねぇ」
戦争を楽しむ傾向が強いガイアだが一応の味方が撃破されていくのを見るのはやはり心苦しい。
だからといって命令違反なんてしようものなら自身がどんな目にあうか、それを考えただけで苦しい心が凍る。
「この苦戦の一端は俺達ブルーパプワにもあると思うんだがそのへんどう思う。ナンバーズさんよ」
生身で戦場の地に立つキチガイ、ナンバーズにスピーカーで問う。
「ないとは言い切れませんね……わかりました。ジャミトフさんに相談してみます」
案外言ってみるもんだな、と妙な感心をするガイア。
少し時間が経つとナンバーズが話しかけた。
「一当が許されましたよ。ただ、囮程度で済ませて欲しいそうです」
「了解。野郎ども、暇な時間は終了だ。囮とはいえ気抜くなよ!」
「「「「了解」」」」
そう言って突撃を開始する。
それに走ってついていくナンバーズ。
その姿に死神の衣の面々は誰もツッコまないし、何も感じない。
ナンバーズはそういう存在と認知されているのだ。
もっともそれに気づいたティターンズはもちろんのこと、敵であるエゥーゴすらも目を疑って二度見どころか五度ほど見なおしたのは決して無能だからではない。至極当然のことだ。
こうしてまた新たな都市伝説が生まれることになる。
突撃したガイア達は……うっかり勢い良く突撃しすぎてドムIFを全撃破し、更に400機ほど撃破してしまった。
ナンバーズも途中で静止の声を掛けるも戦場ではさすがに聞こえなかった。
あまりにも撃破し過ぎたんで命令違反ということになって違約金を払うことになった……ちなみにこの違約金はガイア達の給料から天引きされることになる。
ガイア達の予想外な活躍により地上の勝敗はもうほとんどティターンズの勝利と言えるだろう。
もっとも地上が終わったからどうということはない。
国家間の戦争ではないため基地や都市の取り合いをしているわけではなく、これはテロやデモなどと同じでその場全てを鎮圧して解決したと言えるのだ。
そして空にはまだエゥーゴと暴動、傭兵がまだ多く存在していて、しかも指導者までいるのだから決着とはいかない。
「ロベルトをなんとか回収できたのは幸いだが……この変態が強すぎて困る」
「貴様に変態呼ばわりされたくない!」
もう何十回目かわからない射撃の交差。
現在レコアとリリィは補給に帰還し、クワトロとロベルトが連携して夕暮れを背にシロッコと戦っていた。
もうすぐ夜が訪れるが戦場は静まる様子はない。
エゥーゴ側は切りたいところだが、ティターンズはエゥーゴが遁走するのではないかと無理やり継続している。