第二百二十九話
<メッチャー・ムチャ>
儂はなんでこんな世界に生まれたのだろう。
最初は自分がいた地球の未来に転生したと思っていた。
癌で死んだ自分が、自分という個のまま新たな人生を歩めることが嬉しく思う。
しかし、この世界に争いは絶えない。
前の世界でも戦争がなかったわけではないがそれでも世界の割合で見ると平和だった。
この世界は地球連邦という前の世界では到底成し得られなかった偉業が成されている。
そして人口増大の対策として宇宙へ進出。
まるで夢物語のようなこの世界……夢物語のような世界ではなく、夢物語の世界とわかったのは独立戦争序盤で前線に立った時だ。
「まさか孫が見ていたアニメの世界とは思わなんだ」
孫がザクとかいうモビルスーツに情熱を燃やしていたので覚えていたことで判明した。
それが敵となって立ちはだかったのだから皮肉。
しかし元自衛隊の儂から言えばモビルスーツなどという非効率な兵器がそれほどの脅威になるとは思えず、大多数の思いと同じく連邦の圧倒的勝利を信じて疑わなかった。
その予想は崩され、散々な目にあったがそれでも戦い続けて生き延び続けるといつの間にか少将にまで登りつめる。
そして、今は——
「第110小隊、111小隊に虎の子隊をフォロー、虎の子隊は一時帰還して補給。相手も切り札だ。気を抜くなと各小隊に伝えよ」
通信士から了解と返事が返ってくる。
儂は今、黒人達の人権を守るために戦っている……ということになっている。
人権を守るためにテロをしていいのか、それに連邦の組織が加わるというのは明らかに間違っているが指揮を止めようとは思わない。
間違ったことでも命を背負ってしまったからには最後まで責任を背負い続けなくてはならない。
虎の子隊とはアナハイムが実権のために投入した強化サイボーグの部隊のことだ。
ティターンズのように機体の見た目で兵の質が見分け付かないことを利点に罠を仕掛け、成功した……と思ったが。
「また邪魔をするか死神共め」
敵の手練れを釣り出し、旗艦を叩く。
分かりやすい作戦だがこちらの方が数が多い以上成功すると思ったんだが……奇襲に成功した虎の子隊が全滅とは、やってくれる。
しかも手練れを当てていた虎の子隊も消耗が激しく、このまま放置すれば全滅する。
そうなると脅威がなくなったティターンズの勢いは止められなくなり、敗北が決定するだろう。
虎の子隊と戦っていたティターンズの精鋭部隊と思われる部隊は後退して行く。
その代わりに量産型β追撃してくる。死神の陽炎のカラーではあるが量産型ならば足止めぐらい——
「110、111小隊全滅!虎の子隊再捕捉されます」
追撃していた部隊が量産型だと思って甘く見過ぎたか、カラーからして死神の衣ではないようだがさすがは死神の陽炎ということか。
(ちなみにブルーニー&マリオンズは同じ、死神の衣はスカイブルー、死神の陽炎(キシリア部含む)は藍色)
「虎の子隊は帰還と回避に専念、周りの小隊は追撃部隊を足止めしようとせずに削ぐように動けと伝えよ」
無理に足止めすると被害が拡大する。それなら虎の子隊の神がかった回避を信じて囮にして死神の陽炎の戦力を少しでも減らすように指示を出した。
しかし敵は死神、大した戦果は上げられないだろう……と思っていたんだが、普通に戦果が出ている。
先頭を進む6機は恐ろしいぐらい強く、危なげなく凄い勢いでこちらの戦力を撃破されているが後ろに付いて来ている部隊は腕はいいが普通の範疇だ。
「……今まで化け物ばかりだったが死神の陽炎も人材不足か?」
「常識的に考えればあんな規格外を数百も用意できる方がおかしいですからね。もしかしたら我々にとってチャンスかもしれません」
「うむ、この機会に叩いておくとしよう」
(これが連邦内で噂になったことでキシリア部の面々が地獄の遊歩道を歩くことになったそうだ)
策へ成功して80機いた敵は50機まで減少したがどうやら先頭組がこちらの意図に気づいたようで部隊を再編しようとしている。
「しかしそこはこちらのエリア、そう簡単に……再編しているだと」
あの6機……いや、際立って目立つ3機が尋常じゃない働きをしている。
死神の衣が3機混ざっていたか?だがカラーからすると衣ではなく、どんなに強くても陽炎の一般兵か隊長程度のはずだ。
しかし、明らかに動きが違う。
「あの3機は狙いをつけず面で攻撃しろ。集中砲火で対処を——」
「え、あ、後方より敵——来ます?!」
は?後方から敵ってどういうこ——
「ふん、目前の敵に気を取られすぎたな。大人しく降伏するなら契約に則った対応を約束しよう」
突然通信が入る。
既に後方という位置ではなく、ブリッジの上でライフルを構えたβタイプが……この少女は?!
「くっ、まさか白い悪魔ちゃんか」
死神の衣のエースオブエース、ハマーン・カーン。
正面から堂々と戦っても勝てるかどうかわからない相手か。
「ちょっと待て、白い悪魔というのは納得できるが『ちゃん』とはなんだ!『ちゃん』とは!」
どうやらこの異名はお気に召さなかったようだ。
こう見るとただの少女だな。だが、間違いなく儂達の死神に違いない。
捕虜になる。
それは簡単で、命も保証される甘美な響きだ。
「命が助かるからと多くの軍人が平気で降伏するようになって久しい。それがお前達によって作られた戦争の形だ。しかしだ、全ての兵が救われるわけではない以上、指揮を預かる者として責任を投げ出し降伏するわけにはいかん」
「綺麗事だな。貴様も所詮は一指揮官でしかない。責任は国のトップや司令官が取るもので貴様のような中間管理職が背負うものでもあるまい」
「残念ながら儂は少将だ。トップであるブレックスは准将、立場はともかく階級は儂の方が上なのだ」
少女は納得したように頷き——
「そうか、覚悟は分かった。最後に何か言い残したいことがあれば残せ」
ふむ……色々あるがやはり。
「妻に愛してる、と」
「私直々に伝えよう。さらばだ」
2度目の死だ。別に怖くない。
前の世界で貰った妻以外は愛せないと思ったが、もう1度愛せる存在と出会えただけで満足だ。
だから、そんな悲しそうな顔をするな。
そして儂の人生は終わった。
<ハマーン・カーン>
「後味悪いことをさせる……しかし、その心意気は尊敬に値する。そんな夫は貰いたくないがな」
どんなに惨めでも生きて帰って来てくれる夫こそが理想だ。
プライドや誇りは大事だろう。しかし、それは私という存在以下であってほしい。
私は我儘な女だろうか。
「改めて告げる。降伏せよ」
これ以上私に無抵抗なものを殺させるな。
『降伏を申し出る。捕虜として扱われたし』
ふぅ、殺さずに済んだか。
それにブルーニーから新型の艦は鹵獲しろと言われていたからな。
ブリッジの艦長席だけビームサーベルで溶かしたが、それぐらいは目を瞑ってもらえる……はずだ。
『結局ハマーンの嬢ちゃんに手柄を取られちまったな』
「そんなことを気にするよりも貴様らは別のことを考えておいた方がいいのではないか。死神の陽炎として参加してその体たらく、私が言うのもなんだが文字通り死ぬ思いで訓練している死神の衣のメンバーがどう思うか……」
死ぬ思いで訓練しているからこそ自分達を軽く見られるなどということは許容できない。
それに何よりナンバーズがが出てくるだろう。……ご愁傷様だ。
『……ハハ、逃げた方がいいか』
『一応注意しておきますけど、逃げた方が酷い目にあいますよ』
『ク、クスコさん、私達もじゃないですか?』
『だから逃げては駄目なのよ。ここは鍛えられると思って前向きに倒れましょう』
『倒れること前提なんですね?!』
よくわかっているな。
何より……ナンバーズからは逃げられない。