第二話
とりあえず廊下の拭き掃除を頼まれたからせっせと拭いていく。
本当は壁などの埃を落としてからの方がいいんだがさすがに身長が足りないから大目に見てもらう。
この世界で不幸中の幸いなのは上下水道の設備が整っていることだ。
どういう原理かはまだ調べてないが井戸水を汲みに行く必要はないのは嬉しい。
水拭きをするのにまず水汲みからなんてまだ2歳に成りたての私では重労働過ぎる。
廊下には壊れる物がない、だから私に任せたんだろうな。部屋だと勝手に物をつつけばどんなことになるかわからない。
ここはあくまで忍の家なのだ。どんな罠があるかわかったもんじゃない。
罠で死ぬなんて敵と戦って死ぬより恥ずかしいぞ……まぁ忍の戦場で戦って捕まるよりは良いかもしれないけど。
他国の人権なんてまだ無さそうだからな。この世界には。
「これだけ広いと時間が掛かるぞ」
30以上も部屋を繋ぐ廊下はそれはそれは広い。
もちろんこれ全部をやれと言われたわけではないが、それでも気が滅入る。
しかしこれも日頃のお礼と鍛錬か、と気を引き締める。
「おや、月光さんのところの坊主じゃないか」
「あ、おじいさん。おはようございます」
「おはようさん。それでどうして坊主が掃除を?」
「奥さんがあの身体で夕飯の準備をするというのでお手伝いをしようとしたんですが……」
「掃除を押し付けられたと」
「はい」
押し付けられたというのは正確じゃないが全てが間違ってるわけでもないので否定しないでおく。
「ははは、坊主はいい子じゃのう。今は使用人が少ない上に爺さん婆さんばかりじゃから助かるぞ」
なるほど、戦闘力の低いお年寄りだけ残っているのか……って、労働力を総動員ってやばいのでは?
いくらなんでも総動員はないと思う……ああ、旦那さんに頼まれて夕飯を作るってことは任務自体は近隣のものなのか。
「ん?……ああ、もしかすると誰もいないことが不思議なんかね?それなら10人ぐらいは夕方には帰ってくるぞ」
やはり近隣で任務があったようだ。
「全く、里の近くに工作員が現れるなんて……警邏隊はなにしてんのかねぇ」
これは私に向いて話しているんじゃなくて独り言だろう。
それにしても本拠地に工作員って、おじいさんの言う通り大丈夫なのか。
やはり忍を目指すのは安全牌だ。こんな物騒な世の中で普通に生きることがどれだけリスクがあるのかが窺い知れる。
おじいさんも独り言をぼやきながらいなくなったので掃除を再開。
「使用人すら任務に出向く……本当に緊急事態なんだな」
改めて大変な時代なのだと認識した。
ただ、しばらく後に知ったのだが卯月家の使用人は最低で中忍なんだそうだ。
戦争中に中忍という貴重な戦力を使用人として置いておくわけがないなと思うのだった。
残りの使用人達にあって挨拶する以外は滞り無く拭き掃除をした。
「うおぉ……腕が、足が、腰が〜」
コレも鍛錬と2時間ほどハイペースでやっていたら体中がプルプルッ!と震え始め、動かすと痛みが……筋肉痛ですね。わかります。
まだまだ身体ができていないのに無理し過ぎた。
「うぅ……ん?2時間?」
はて、夕飯の準備には十分な時間じゃないか?いや、凝った料理なら2時間ぐらいじゃ終わらないか。
それに電子レンジなんてないこの世界での調理は時間が掛かる……なぜかガスコンロはあるけど。
しかし……嫌な予感がする。
プルプル震える足と少し歩けば砕けそうになる腰を気合で動かして厨房に向かう。
そしてそこで見たのは——脂汗を大量に流し、地面に膝をついて苦しんでいる卯月さんが。
「大丈夫ですか?!」
「は、やて……くん。いいところ——」
「ちょっと待ってて」
卯月さんが何か言おうとしていたが状況を見れば大体把握できる。
慌てて厨房の勝手口から外へ出て、懐から狼煙玉を取り出し地面に叩きつける。
狼煙玉は現代で言う防犯ブザーのようなもので、叩きつけた狼煙玉は破裂して赤い煙が空高く上がったのを確認して厨房へ戻る。
「卯月さん、狼煙玉を使ったからもう少しで誰か来るはず」
「そう、ありが……とう」
「あ、おじいさん達も呼ばないと」
私は妊婦さんの世話なんてしたことないからどうすればいいかわからない。でも使用人はお年寄りばかりだから対処法を知ってるかも。
しかし探すには時間が掛かる。ならこちらに来てもらおう。
まだ使っていない中華鍋を裏返しにしてテーブルに置き、両手でお玉を装備。
「そーれ」
中華鍋にお玉を振り下ろすとカーン、といういい音がなる。
そして連打、連打、連打、連打……
「な、何事じゃ?!敵襲か?!……坊主か?!」
「おじいさん!奥さんが!」
そう言った瞬間に状況を把握したのかおじいさんは素早い動きで駆け寄る。
「狼煙玉を使ったからすぐに誰か——「狼煙玉が使われたようですがどうしました」——きた!」
言ってる傍から警邏隊到着、でもなんか弱そう……もしかして下忍?
到着早々質問してきたが状況から察したのか卯月さんに近寄り……次の瞬間にはいなくなっていた。
「速えぇ」
ギリギリ動きを追えたがとてもじゃないが人間の動きじゃない。
「さすがNINJA」
後は2人共元気で健康な状態で会えることを祈るだけだ。
ちなみに後日、卯月さんの旦那が超激怒していたらしい。
話を聞いてみると「早くお前の卯の花を食べたい」と言っただけで、今日作ってくれといったわけではなく、卯月さんの独断だったわけだ。
そりゃ怒るわ。ラブラブなのはいいが無茶をしないでもらいたいものだ。
卯月さんは無事、女の子を出産したそうだ。
しかも母子共に健康だそうで非常にめでたい。
今日退院して自宅に戻ってくるそうなので出産祝いを手に向かっている途中だ。
用意したのは手作りのお守りだ。
最初はおむつとか粉ミルクなどの消耗品を考えたがやめた。よくよく考えるとこの世界の赤ちゃんは成長が早い。
おむつとか粉ミルクとか使う時期なんて本当に短いから貰ってもゴミになるか、使うにしても次の子供の誕生を待たなくてはいけない。
それに消耗品の贈り物なんて子供らしくない……子供の私が出産祝いと言っている時点で子供らしくないという話は置いておく。
そうなると子供らしい物となると金が掛かる物ではなく、どんなに拙くても心がこもった手作りだろ。
……お小遣いなんてもらってないからそもそも選択肢がほとんどないとか言ってはいけない。
そして真っ先に浮かんだものがお守りだった。
もちろん手作りだから効果は不明だ。しかし思いは伝わるはず。
「ハヤテくん、いらっしゃい。この前は本当にありがとう」
「本当に感謝する」
お、今日は旦那さんも一緒か。
使用人は少ないままみたいだけど若い衆が結構帰って来てるみたい……だけど疲れてるみたいで目の下に隈ができている人ばかりだ。
「いえ、当然のことをしたまでです。それよりもう無理はしないでください」
「注意するわ」
私には卯月さんの表情が読めないから本当に反省しているのかは謎だが……多分またやると思う。
「それでお子さんは……」
「こっちよ」
卯月さんに案内されて部屋へ入るとそこには……小さな赤ちゃんが?!……いや、この子を見に来たんだから居て当然なんだけどな。
「おお、ちっちゃくて可愛い」
前世では子供はともかく赤ちゃんはあまり好きではなかったんだけど、こうしてみるとなかなか可愛いものだ。
「ふふ、ハヤテくんも十分小さくて可愛いわよ」
「ぐふっ」
言われてみれば私もまだまだ幼子だ。大人から見るとまだまだ可愛い盛りか。
「娘は絶対やらんからな」
「この人ったら気が早い……行き遅れになると可哀想だからほどほどにね」
「ははは」
何処の世界でも父親は娘に甘いのは同じらしい。
そう思いつつ頬をぷにぷにする……と指を捕まれた。
「う〜?」
なんだろう、これは?とでも言いたげな表情を浮かべる……うん、可愛い。
間違いなく卯月さんの娘は最強だ。間違いない。
将来美人になるに違いない。
「うん。私もこの子の嫁入りを妨害するのも吝かではないです」
「ハヤテくんまで」
可愛いは正義だ。
こんな可愛い子がお嫁に出せるわけがない!
「ハヤテくんのお嫁さんになるって言われたらどうするの?」
おおぅ、なんか旦那さんから怖い何かが!これが殺気か?!
「はは、いやだなぁ〜相手は子供ですからそんなことには——」
「ハヤテくん……あなたとこの子は2歳しか違わないのよ?」
ハッ?!そうだった。
そして旦那さんから漏れる殺気が当社比で2倍を観測、ここは話題変更を推奨。
「あ、そういえばこの子の名前は決まったんですか?」
「ええ、夕顔って言うのよ」
半ば予想通りの名前だ。
卯月さんの名前は朝顔、旦那さんは昼顔だから夕顔か夜顔だろうとは思っていた。
「いい名前ですね」
そうは言ったが、正直微妙だと思う。
だって夕顔は別名は、あの栃木名産……だったはず……のかんぴょうだぞ。
しかも事前に花言葉を調べてみたんだが、はかない恋、夜、罪だ。
この世界でこの花言葉は死亡フラグにしか思えない。原作キャラだとアウトだが……私の原作知識では記憶にない……とは言っても浅い知識だからあてにはできない。
「夕顔を守れるぐらい強くならないとな」
「血筋から考えると夕顔がハヤテくんを守ることになるそうだけど」
卯月さんは何気に毒舌だ。しかしその言葉に間違いはない。
この世界の人の強さは血筋が大きく関わる。
うちは家の写輪眼、日向家の白眼などの血継限界はもちろんだが、忍としての質も同じことが言える。
英才教育を施しているからなどという理由ではなく、本当に身体能力的に差がそこにはある。
中忍と下忍の差があまりないのに対して、上忍と中忍の実力差が激しいのもこのあたりが関わっているらしい。
上忍が術を使うところを1度見たことあるが……あのリアル特撮は未だにまぶたに焼き付いている。
……もう少しトレーニング内容を見直す必要があるかもしれない。