第十一話
「それにしても想像通りだな」
恋愛とは戦、戦といえば情報というわけで情報収集をしたのだが、嘘か真か戦乙女と言い表したが間違いではなかったようだ。
アナベル・ガトーの情報……というより武勇伝は容易く集まった。
軍学校に入って告白されること10回以上、粉砕率は100%。お断りの決め台詞は「色恋に現を抜かすために志願したのか!」だ。
今の私には耳が痛いが、そもそも生活基盤と社会的地位の獲得のためというもっと切実な問題を解決することなので問題ないはず。
前世では告白というとメールやSNSなどを通して告白するご時世だったが未来であるはずの今生では直接告白する人がこれほどいるとは思わなかったな。
そして喧嘩両成敗を地で行くようで喧嘩が発生すると言葉なら言葉で、暴力なら暴力で仲裁、その後で当事者と揃って喧嘩に参加したことで罰を受けるという徹底ぶり。
ちなみにアナベルが軍学校に入ってきたのは2週間前……つまりこれらは2週間以内に起こった出来事だというのだから驚きだ。
成績の方も優れていて、学問もそうだが訓練の方も1つ上の年齢クラスに参加しているようだ。
2mに近い身長で、体格にも恵まれ、しかも何やら武術か何か嗜んでいたようで筋肉や足運びが一般人のそれでもオーソドックスなスポーツ選手のそれとも違った特殊なそれだったので間違いないだろう。
本当に想像通り……正しい人というか、正しい軍人というか……なんとも私達と相性が悪そうな相手だ。
しかし——
「これは……少し話しておく必要があるか、本人もわかっているかもしれないが気づかずに足元を掬われては私も不都合だ」
ただ、こういう話しをするほどに親睦を深めているわけではないので少し怖いがな。
事の発端は4日前、私達とアナベルが出会う2日前のこと。
端的に言えば成績優秀なアナベルを潰そうという輩がいた。
それがイジメ的なことなら問題なかった。少なくとも学校側としては。
しかし、その輩が選んだ手段は女性の心を手早く折る集団強姦であった。
幸い、私達と普通に会話していることから察する通り、襲いかかった4人を返り討ちにした。
「それで……不愉快な話を持ち出してなんだというのか」
今の私の目では既にアナベルの心の動きはほとんどわからない。
一目惚れした段階で私の心情に揺らぎが発生し、読み取れるのは動作の予兆ぐらいになってしまっている……いや前世の時に惚れた時より悪化している気すらする。
それだけ深みにハマっているのか、それとも私が弱くなっているのか、もしくはアナベルが特殊なのか。
もっとも、今は不機嫌さを隠そうともしていないし、私がなぜこのような話をしているのか疑っていることぐらいはわかる。
「こういうことはここにいる限り、これからもあるだろう」
「あのような不埒者が他にもいるだと?!」
なるほど、やはり話して正解だったか。
現在志願を募っている。それはスラムからも受け入れているし……元犯罪者や犯罪者も受け入れているという事実である。
私もその中に含まれるのであまり好ましくない言い方だがここは一種のゴミ箱のようなものなのだ。
使えるものもあるだろうが使いないものもある。それをこねくり回して利用できるかどうかを見極める。
それが軍学校の目的だ。それは犯罪者達も含まれる。
一応は元犯罪者はトラブル回避のため別のクラスで半ば隔離状態であるのだが、問題は犯罪者の方だ。
犯罪者といっても正確には一般人……つまり犯罪が露呈せず、裁かれていない一般人だ。
そんな一般人のフリをする犯罪者が軍学校に結構な数が逃げ込んでいる。
そして……今回の件は堪え性のない輩が先走っただけなのだ。
「アナベル、覚えておくように。潜在的な敵は彼らだけではないことを」
「……どういうことだ」
気づいていなかったか……話しておいてよかった、と思う反面嫌な役割だなと心の中でため息を吐いた。
「軍規の中でもっとも最優先されることがある。何かわかるか」
「……敵前逃亡」
「大きくまとめればそれも入るが違う。正解は上意下達」
「それはもちろんだが……まさか」
やっと気づいたようだ。
「そう、上意下達とは軍の根幹、死んでこいといえば死に、生きろといえば生きる。そして……身体を差し出せといえば——」
「そんなことが許されるのか?!」
「平時は許されないだろう。多くの理性が働いているからな。しかし戦時ではその理性も大きく減んじる。そうなれば自ずとどうなるかわかるだろう」
「そんな馬鹿な」
とはいえ、私も戦時を生きた人間ではないので正確なことはわからない。
わからないがそういう可能性を考慮して動くべきだ。
なぜなら——
「今回の1件だが……もし発覚しなかった場合どうなっていたと思う」
「それは………………っ」
そう、そう遠くない未来、軍人として活動することになる。
そして軍人は一般企業と同じように勤務年数によって昇進することができる。もちろん能力が必要ではあるが最低限備わっていれば問題ない。つまり、最下級にずっと存在し続けることはないのだ。
だから私は『堪え性のない輩』と表現した。それまで堪えれば後輩にそのようなことをしても咎められる可能性は少なくなるのだから。
更に問題なのは、その件の輩だが裁判は行われず、特別適正訓練を施されることになっただけである。
つくづく軍というのは特別な場所だとわかる。
思考がズレ始めたところで歯ぎしりが聞こえてきた。もちろん発したのはアナベルである。
どうやら私の危惧が上手く伝わったようだ。
「……対策は……」
「最低でも中尉、派閥の形成、人事部との人脈構築、武力による防衛、とりあえずはこれぐらいか」
「なるほど、貴殿が先生と慕われているのがわかった気がする」
「柄ではないんだが……まぁ綺麗な花を守れるならいいか」
「紳士だな」
あ、こいつ。今自分自身に言われたと思わず、女性兵丸ごと守る的な意味合いで受け取ったな?
ここは念を押しておこう。
「アナベル、君は自身の容姿が優れていることを自覚しておくように。無意味に距離を縮めればそういう輩でない者までそちらに走ってしまう可能性がある」
「善処しよう」
……絶対お世辞、社交辞令の類だと思っているな。