第十二話
「ところで先生。なぜ中尉が最低ラインなのでしょうか」
……先生と呼ばれ慣れているとはいえ、想い人に先生と呼ばれると距離が縮まったようで遠くなった気がする。
それとまさかアナベルも先生と呼んでいくきか?今だけだよな?
「まず尉官を目指すのはそれ相応の役職なら牽制できること、そして中尉な理由は少尉から副官をつけることができるが、中尉になれば副官を指名することができる。そうすれば最悪の事態である副官が敵というのは避けられる」
「なるほど、先生はよくご存知ですね」
「これでも上等兵候補生だからな。経理部に実地訓練中だからな。ついでに言えば尉官以上は士官学校出であるからモラルが保たれている」
もちろん全員が全員というわけではないが、全体でみれば少数……のはず。
ただ、そういう人材はそれ相応の使い道があるからこそ残されている。なのでその使い道に自分達が踏み出さないように注意も必要だ。
「ああ、そういえば経理部の人間ならそれなりに紹介することもできるが」
「いえ、必要ありません」
ん?随分と即断だな。あれか後方勤務軽視主義か?日本軍なのか?日本軍なのか?
「先生が居てくれれば問題ないでしょう」
「…………ゴフッ」
「先生!どうしました?!」
いや、うん、わかってはいるんだ。私が勝手に惚れてるから問題があるのは私だ。
しかし、しかしだ……そのまだ会うのは2回目の私にそんな信頼100%の表情をされると精神にクる。
あまりにお約束なセリフで返しも想像できるが言わずにいられん。
「アナベル、人を信用することはいい、しかし信頼するのは時間を掛けておこなうべきだ」
「う、む……」
ここに来て煮え切らない態度だな。珍しいと判断するほどの付き合いではない(まだ2度目)が、言葉を濁すことはそんなに多くはなかったのだが。
「恥ずかしながら、私はこのように……その、なんだ……大柄だろう?だからなのかあまり面と向かって忠告してくれる友人というのが……」
…………思った以上に内容が切なかった。
まさかのぼっち?
「両親は共働きであまり顔を合わすこともなく、以前の学校の教師達は成績だけみて……」
ちょっとそれ以上はやめていただけますでしょうか。切なくて切なくて……その美しく凛々しいご尊顔でそのように寂しそうにシュンとしながら申されると土下座したくなります。(マジレス)
いかん、早く阻止せねば私の人格が崩壊する。
「その点、先生は正面切って忠告して助言をしてくれた。信頼するのは当然!」
…………悪い男にハマりそうだな。アナベル。
逆にこれで人心掌握を狙っているなら安心できるんだが、まず間違いなく素なのが見て取れるのでなお困る。
これはあれか、私に中尉になってアナベルを副官にするしかないか?いや、彼女の成績から考えれば自力でなんとかなるか。
何より彼女の家庭は中流層上位だから私よりも評価は高い可能性が——
「あー……」
つい声が漏れてしまった。
孤立しているアナベルを私の派閥に入れる、入れないまでも後ろ盾になることは簡単なことだ。主導しているわけではないが中心とするのは私なので一言声を掛ければそれでいい。
問題は今更説明するまでもないと思うが派閥はスラム出身で構成されていることだ。
アナベルが派閥内で仲間外れになるなどということはおそらくないと思うが、問題は体外的なものだ。
スラム出身というのは社会における信用度は低い。そしてそれと関わり合いを持つどころか派閥に属するというのは出身に関わらず信用度が下がってしまうのであまり関わらない方がいい——
「スペースノイドの独立のために戦う同志に出自など関係ない!」
——と説いてはみたもののなんとも青臭い理論で却下された。
もちろん本当は私も関わりを断つというのは困るので助かるのだが、だからと言ってアナベルの安全と昇進を邪魔するのも違うだろう。
ただ……言っていることも本音のようだが、独りが寂しいというのが大本なようで涙がこぼれそうだ。
まぁ15歳なんて中学3年か高校1年のどちらか、つまりまだまだ子供の範疇だ。派閥争いや出世競争というのはピンと来ないのも仕方ないことだ。
本来私が助けられたらいいのだが……やはり経理部と顔合わせだけでもさせておくか。
「ということでこれからもよろしく頼むぞ。先生」
よろしくはこちらのセリフだが……ただ、呼称は先生で通す気か?
それと本当にくれぐれも悪い人間、特に男に引っかからないでくれ。
私の派閥には女子もいる。
スラムでは1桁の年齢から性行為対象になるので保護に力を入れている。そして、才能がありそうな者は軍に志願させているのだ。
そこで考えたのは私の派閥ではなく、アナベルの派閥の構成する土台としてその女子達を紹介することだった。
軍はやはり男が圧倒的に多い。だからこそ女性の立場が弱く、パワハラ、セクハラが多発する。
しかし、その反面、女性同士が派閥を形成することも自然なことであり、大多数が『女性が集まった』ものと判断し、出自を気にすることはないだろうと考えたのだが案の定その様子はない。
ただ、女子達は最年長で11歳なので派閥という雰囲気ではない——
「気をつけ!!」
「敬礼!!」
「前進!!」
——派閥というか軍団の様相になっている。
もちろん指揮、指導をしているのはアナベルである……が、以前みせていた弱さは微塵も感じなく、凛々しく美しい、戦乙女と表現したあの時の少女である。
ちなみに現在行っているのはパレードなどで行う見栄えのいい歩き方、行進訓練中である。
7歳から11歳の少女達が行進しているのを見ると前世の価値観がムクムクとせり出してきてなんとも言えない気持ちになる。
「見事な行進だった」
小さ少女達の小さい軍団の小さいパレードが終わり、私は称賛を送る。
すると声を上げて喜ぶほどのことは期待していなかったがまさか敬礼で返されるとは思わなかった。
「どうだ。見事なものだろう」
巨乳でも貧乳でもない胸を張って自慢気にしているアナベル……だが、これほど完璧に軍人に仕上げるのはもうちょっと後で良くなかったのではと思う私はやはり甘いのだろうか?
それともパッと見た感じがテロリストがよく使う少年兵に見えるせいだろうか。