第十三話
「ハアァ!」
なぜこんなことに——
「セイッ!」
——なったのか。
「どうした!カリウス殿!逃げてばかりでは勝てんぞ!!」
勇ましくも神々しいとは彼女のためにある言葉だと思う。
しかし、その勇ましい闘志が私に向けられていしまっているのが如何ともし難い現実だ。
現在私はアナベルと格闘訓練を行っている。
切っ掛けはリンク達が——
「先生は射撃も凄いですけど格闘も強いんだぞ!」
「体力は少ないけど僕達の中では喧嘩では1番強いのは先生だ」
と褒め称えたらしい。
そしてその結果——
「一手ご教授願おうか」
まるで道場破りの気迫を纏った彼女……アナベル・ガトーの到来だった。
だが、道場なんて開いていないので——
「断る」
戦いとは戦わないことこそ最善である。
戦ってしまえば敵を打倒することはあるかもしれないが、己も相応の代償を払うことになる。
代償とは様々で、まずは時間、次いで労力、そして何よりも必要なのは……想い人との語らい(拳による)で発生する精神的ダメージだ。
多少好感度落ちる可能性はあるが、私としては想い人に拳を振るうことから考えれば痛くない——
「そうか……」
——はずだったのだが——
くっ?!
ほとんどの事柄を澄ました表情で過ごすアナベルである。そして今も変わらない……ように見えているらしい。他者には。
私には違って見える。
いつもの凛々しさには影が入り、鋭かった眼光も鈍化してしまい、目線も伏し目になっている。
簡潔に言い表すと、しょんぼりしている。
自分がそうさせてしまったと思うと……ん?結局やろうがやるまいがどちらにしてもダメージがあるのは変わりないのか?!
いや、しかし、やはり直接手を出すよりは精神的ダメージは少ないはず——
「……無念」
「相手させていただきます」
降参です。煮るなり焼くなりお好きにしてください。
ということで冒頭に繋がるわけだ。
ただ1つだけアナベルは誤解している!
逃げているわけではない。扱いに困っているのだ!!
これが授業の訓練の一環なら例えアナベル相手でも容赦しなかった。なぜならそこに私の意思を挟むつもりがないからだ。
授業の訓練はやらねばらないことである。やらねば成績に影響し、出世に響く。
だが、今はそんな柵がない反面、自由過ぎて攻撃するという手段を選ぶ気になれないのだ。
しかし、このままだと客観的に見ればただただアナベルをバカにしているようにとられかねない。
「——」
アナベルの動きに変化が生まれた。
踏み込みが浅い、重心が先程よりも偏っている。
右ストレートは囮で左フックが本命と言ったところか、しかしそれは今の彼女の技量では無理をした連携だということが見て取れる。
ならば——
「むっ!」
向かってくる右手を勢いを殺さぬように掴み、ゆっくりと引っ張る。
ここで強い力で引っ張れば反射的に相手は慌てて踏みとどまろうとするが、ゆっくりだと条件反射が働かず、己の経験のみで対処せねばならなくなる。そして、そんな経験がアナベルにあるわけがない。
軍学校で教えている格闘術は打撃重視のものだ。それは無重力空間では投げ技の難しさや組み付く動作は回避された場合のリスクなどを考慮すれば自然とそうなったのだろう。
更に重心が崩れ、重心が必要以上に乗る軸足を刈り取り——
「フッ」
今、笑っ——くっ、片足で跳んで私の方に——狙いは肘打ちか?!まともに受けたら痣じゃ済まない威力だな。下手をすれば骨折を覚悟する必要があるだろう。
これを狙っていたのか、つまりあまりに掴まらない私に業を煮やして無理に動いて誘い出したのだろう。
さすがに博打が過ぎる。訓練であるから許されるが訓練とは本番を想定してのものなのだから一か八かなんていう博打は控えるべき……なんて説教できるほど私自身、身が入っていないので今回は見逃しておこう。
幸い両足を地面につけているし、重心も安定している状態の私に通じるレベルではない。
引っ張る腕の力を強め、体勢を低くしてアナベルの懐に入——って次は膝蹴りか!反応が速いな。さすが成績上位者だ。
とはいえ、無理な体勢であるため重心が留守であるその攻撃には脅威は感じない。
本来ならここで無力化を図るなら拳を、殺すつもりなら肘打ちを鳩尾(みぞおち)に叩き込むところだが、相手がアナベルならそんなことができるわけもない。
向こう脛に空いている方の手を添えて持ち上げ、引っ張っている腕を下向きに引き込む。
力はほぼ必要ない。本人の勢いの方向を変えるだけで——
「おおぉ?!」
見事に宙を舞う——が、さすがにそのまま叩きつけるという選択は私の中には存在しないので失礼ながら足で受け止めて勢いを殺す。
余談だが、この足で受け止めることが1番力を必要だったりする……そして……その……臀部の触感も——色即是空空即是色!
「このあたりで満足してくれると——」
「素晴らしい技術だ!これは柔道というやつか?!」
グルンッとこちらに向き直ると負けたことなど気にした様子もなく、興奮してまくし立ててきた。
「我流になると思う」
柔道の経験はないし、見たことぐらいはあるし、私の能力が合っていそうだと思ってこの2年前に取り入れようとしたのだが……技の再現自体はそれほど難しくなかったがどうも実戦での使用には難があった。
なんというか柔道だけでなく、形態化したものが苦手なようなのだ。
全てが見えてしまうからこそ型通りに動けず、動こうとすればぎこちなさが際立つ。意識は追いついてもなぜか身体が追いつかない。
反復練習が足りないのはわかっているがこれだけに構っているわけにもいかないので結局、柔道や合気道などの心構えを自分なりに解釈してできたスタイルだ。
心構えだけを取り入れたものを柔道や合気道と表していいのかどうかというと私はNOだと思う。
「我流か、すごいな」
そんなキラキラした眼差しを向けられると心が乱れてしまうのでご遠慮……いや、遠慮するのはもったいない……が、やはり……。
「ぜひご教授願いたい!」
「無理だ」
教えるなんて絶対無理。
自身の目に頼り切りのその場その時で戦い方を決めるという場当たり的なスタイルだ。
これで教官から1本を取ったことで「こいつ教えるの無理」って手放しされた形で認められたぐらいだからな。
……というか綺麗な正規の格闘術を体現しているアナベルが修得できないのはまだいいとして私のスタイルを教えたりして変な癖がついてしまえば教官達に締め上げられそうだ。
とりあえず、私のスタイルは身体能力を利用した邪道だからと説明して——
「残念だ」
——納得したように言うが、それはその台詞だけで声色は完全に納得できていない色を多分に含んでいるのが手にとるようにわかる。
このままでは関係が悪化とは行かないまでも気まずくなってしまう可能性がある。……仕方ないか。
「教えるのは無理だが訓練の相手ぐらいはしよう——」
「よろしく頼む!」
……ちょっと早まった気がする。