第十四話
リンクとリヒトは軍学校を卒業していった。
送迎会を行った翌日からまた経理部が慌ただしくなった。
パプア級という輸送艦が建造されたらしい。
それだけだったなら経理部に影響など出ない。問題はそのパプア級なる輸送艦で艦隊を設立し、木星まで派遣するというのだ。…………3ヶ月後に。
少佐殿が——「嘗めてんのか?!」——と叫んだが私を含め、皆同じ気持ちだったので誰も咎めなかった。
艦隊を編成するための物資や人員が動く。当然経理はその動いた結果である書類がなだれ込んできた。
大惨事……第三次経理大戦勃発である。
おかげでアナベルと会う機会が減った……ザビ家なんて滅べばいいのに。(確信)
それにしても木星に派遣とは何をするつもりなんだろうか。大体の鉱物資源は小惑星から採掘されていて問題になっていない……となると木星に必要な資源でもあるのか?そういえば木星といえば木星船団公社とかいうNGO団体があったな。確かそこそこの頻度で取引が行われていたから記憶に残っていた。
もしや重要な戦略物資なのか?だからって許す気にはならんが。
とはいえ、第三次経理大戦はそんなに長続きしなかった。
いや、厳密に言えば私の実地訓練先が変更になったのだ。
そして向かわされたのは……なぜか開発部。
もちろん開発云々の話ではなく、開発者が無茶なことをしないかの監視、監査が主な任務だ。
地獄から抜け出すことができたのはいいが……経理部の先輩方からは怨み節で送り出されたが私が転属願いを出したわけではないので勘弁してほしい。
ただ、このタイミングで候補生とはいえ転属させるあたり上は現場を軽視しているんじゃないかと疑ってしまう。
せめて半月先なら理解できるんだが。
……で、開発部に配属されたわけだが……
「……」
「……」
「……」
無視……ならよかったと思ったのは初めてかもしれないな。
向けられた視線は敵意を含んだものばかりだ。
まぁ監視、監査を目的に来た人間に好意的になれというのは無理かもしれないがせめて敵意を抑える努力はしてほしいものだな。
そして上司達にも問題がある。
上司は3人、全て正規軍人、これは当然として1番上は少佐、後は中尉で問題は……少佐はギレン派、中尉の2人はドズル派、キシリア派とそれぞれが別派閥であることだ。
というかザビ家内でも派閥が存在していたのを初めて実感した。
確かに誰々派というのはよく聞いた。しかしそれらはわかりやすく言えばファンのようなレベルのものだったのに対し、この3人の上司達はガッチガチの派閥なようで、お互いがお互い牽制しあっていて頭痛がする。
派閥争いなんて独立が正式になってからしてくれ、というのが私の本音だが人間が3人いれば2つの派閥が生まれるというし仕方ないのかもしれない。
幸いなのはギレン派である少佐が厳格ではあるが良識人だったことだ。
他の2人は片方が言ったことをもう片方が否定するというのがお約束なのかと疑ってしまうほどだ。どこの与党と野党だ。
そして更に幸いなのがその少佐が私の直属の上司だったことだろう。不毛なやり取りがなくて助かっている。
ちなみに私が行っている仕事は経理部とやっていることは殆ど変わらない。
申請があった設備や資源、人材や技術などが本当に必要なものなのかを確認……なんて知識があるわけもなく、どういった用途で使われるかを仕分けして少佐に提出するという補佐的な役割だ。
実働は少佐や中尉達が行う。このあたりは私の階級が上等兵候補生であることに感謝しよう——
「と思っていたんだが……」
直属の上司である少佐殿はどうやら思っていた以上に私を評価してくれているようで1ヶ月ほど経った今日、兵長候補生に昇進を言い渡される。
前々から思っていたが、まだ給料をもらってもいないのに給料が増えていくというのは不思議だ。
ただし、私の推測が正しければ評価されたのは間違いではないのだが——
「カリウス兵長候補生、昇進おめでとう。これからも励み給え」
「ハッ!」
少佐殿の表情を見る限り、使い勝手のいい駒だから使い倒そうという意思がみえた。
候補生でも使えるものは使うという方針なのだろうが昇進させてまで使うとは……よほどあの2人が使い勝手が悪いようだ。
いや、私が使い勝手が良すぎるのか?後ろ盾はなく、自身の派閥こそ持っているが政治的な派閥にはどこにも属していないのは調べがついているだろう。
私としてはザビ家の誰がいいかと問われればデギン公王一択だがな。他は若さゆえの血の気が多すぎる。
それはともかく、無派閥で真面目に働く駒……何より切り捨てやすい。
面倒なことになったな。
というわけで私は今まで書類仕事ばかりだったが、今度は申請されたものが本当に必要なものかどうかを申請者と面接して決めるという明らかに階級があってないだろう任務を押し付けられた。
そしてここは開発部……言わずともお分かりだろうがここにはマッドしかいない。
残念ながら何を言っているかさっぱりわからない。
天才ばかりであり、こういう人種には大体2種類いる。
説明する気がなく適当に専門用語を並べて煙に巻くタイプと自分がわかるんだからお前もわかるだろ!という説明した気でいるタイプだ。
だから結局言葉を操る天才に頼らないと実らない知の天才は多い。
ただ、不幸中の不幸で1つだけ私にはこの任務に向いている能力がある……勿体振ったところで意味がないがもちろん目である。
言っている意味がわからずとも相手が隠したいこと、嘘を吐いていることが仕草から読み取れる。
ただ面倒なことがいくつかある。
「この設備はなぜ必要なのですか」
「それは資料112の金属を精錬するために——」
「購入先は——」
「それはジオニック社からの紹介で——」
「金額は———」
などなど逐一全てを問わなければわからないことだ。
しかも、あまり時間を掛けると隠し事や嘘は苛立ちの感情で隠れてしまうため全てを行うのは難しく、質問の選別に結構苦労することになった。
ちなみに上司達からの評価はうなぎのぼりだ。
報告書の裏とりの的中率が8割を超えるというのだから当然といえば当然だろう。……面接に時間はかかるが上司達の時間は削られないので問題にならないだろうが私の時間が減り、開発者達からは鬼のごとく嫌われることになったが。
そういえば面接で度々ジオニック社の名前が出てきたが公社ってわけではないはずなんだが……随分と癒着があるようだな。
藪蛇は突かない……方がいいのはわかっているが、少し悪巧みをすることにしようか。
これでも私は派閥を率いるものなのでね。