第十六話
企業との繋がりを得て情報量は以前よりも増え、精度もあがった。
とは言っても私が渡りをつけた企業は中規模の企業なので限度はあるがかなり恩恵がある。
中小企業特有の横の繋がりで人脈が増えたこと、そして……随分と連邦のスパイっぽいのがいることだ。
ジオン公国は支持できるが戦争に賛同はできない、という人間は多い。
連邦相手に戦争なんて勝てるわけがない、というのは常識的に考えればそうだろう。
だからこそ、スパイが居ても不思議ではない。
しかし、この場合のスパイというのは敗戦濃厚な戦争を回避するためのハト派という者が多いことが唯一の救いだろうか?本当のスパイも混じっているのが頭痛の種だが。
さすがに本当のスパイは見過ごせないということで——
「少佐殿、お話が……」
私自身が動くと面倒なことになりそうなので少佐殿にお手柄にしてもらおうと思う。
さすがに兵長扱いとは言っても候補生は候補生、正規の軍人ではない者があまりでしゃばることはよろしくない。
既に14にして(ついこの間誕生日を迎えた)兵長候補生などというのは出来すぎている。
軍学校では教官達が兵長候補生以上の教育プログラムを作成中らしいことから兵長ですら想定されていなかったようだ。
一応候補生は准尉まで用意されているようだが、実際に用意されている教育プログラムは兵長までで、その兵長に関してもとりあえず用意しているというだけで練られたものではないらしいのだ。
話を戻すとして、少佐殿が手柄を上げれば顔を覚えてもらっている私も恩恵を得られるだろう。
それに少佐殿は何よりギレン派だ。私の心象を良くしておいて悪いことはない。
問題は私のツテを使って調べた限り、スパイという裏付けが取れなかったことだ。
ギレン派の少佐殿ならもしかしたらと考えたのもあった、が信用してもらえるのかどうかという話はまた別問題——
「わかった。こちらで調べてみよう」
即答されて驚いた。これほど信用されていたのか?
「それだけカリウス兵長候補生の洞察力買っているということだ」
人間というのは簡単に量れるものではないが、少佐殿は信用できそうだ。少なくとも平時では。
後日、私の教えた人物達が逮捕されたことを聞いた。
まさか調べるというのが逮捕だったとは……独裁国家はフットワークが軽い。そして容赦がない。
これで私の間違いだったら少佐殿はどうする気だったのだろうか……幸いそう日が経たずにスパイであることが発覚したからいいものの……嫌なプレッシャーを感じる。
こうも信用されるとむしろ軽い気持ちで協力をお願いするのは難しそうだな。
(歴史への影響:72年に発生するジオン公国出身の科学者亡命の情報源となったスパイの逮捕。これによって科学者亡命が発生せず、技術流出、情報流出が軽減されました)
事態が終息した後、少佐殿から高級な菓子折りとフルーツの盛り合わせを頂いた。
「こんなもので返せる借りだとは思っていないがとりあえず感謝の気持ちだ」
ついでに言えば菓子折りの中に現金50万円ほど包まれていたのも驚いた。
少佐殿は私の背景も知っているのでおそらくその配慮かな。もしくは私に調査を依頼していたということにしたのかもしれない。どちらにしても感謝だ。
ということでフルーツの盛り合わせはスラムの子供達に譲って、滅多に食べられない高級菓子は——
「というわけで一緒に食べませんか、アナベル」
久しぶりにアナベルと一緒にお茶でもどうかと企んでみた。
ちなみにもらった高級菓子は和菓子なのだが、なんとなくアナベルは和菓子が好きそうだと思ってのことであるが——
「これは老舗料亭が常連にしか販売していないという名菓ではありませんか。ご一緒していいのですか?!」
思った以上のレアなお菓子だったらしい。
少佐殿はあの若さで少佐であるからしてエリートだろうとは思っていたが、どうやら家自体がエリート層らしい。
というかなぜそんな名菓の存在をアナベルは知っているんだ。
「私は茶道を少々嗜んでいます。残念ながら茶会を開いたことはございませんが」
和菓子をもらった段階で違和感があったが、茶道って……ここ、宇宙なのに茶道や和菓子が伝わっているのか。
ということは和食もあるのか?今度探してみるか。
アナベルに聞いたら答えてくれるかもしれないが、スラム以外の街をほとんど歩いたことがないので良い機会だから散策も兼ねて。
「それなら今度派閥のメンバーを集めて開いてみたらどうだ」
「それはいい!ああ、でも正装も用意できない上に茶道具が……いや、レンタルすれば……」
正装……茶道で正装ということは着物か?!——危ない。叫びそうだった。
うん、アナベルの着物姿とかやばい、言語野が崩壊するぐらいやばい。
プラチナブロンドの美形が着物とか……いいと思います。
ああ、ただ少し体型が合わないか?美しいボディラインではあるのだが、着物を着るにはバストとヒップが少し大きく、ちょっと崩れてしまう……が結局着たのを見たらそんなことは関係しないだろうがな。
「ということはアナベルは緑茶を持っていたりするか?できればごちそうになりた——」
「いいでしょう。美味しい抹茶をご提供しましょう」
あれ、私は緑茶を頼んだはずなのだが、サラッと抹茶に変えられたぞ。
問題はないが……抹茶か、前世を通して初なんだが美味しいのだろうか。いや、アナベル補正を考慮すると不味いわけがないか。
「うまいな」
「ありがとうございます」
うまいと言ったものの実は私、かなりテンパっている。
まさかアナベルが私の部屋にやってくるとは思わなかったからだ。
私もアナベルも寮生活なのだが、女子寮は男子禁制だが、男子寮は女子の立ち入りを禁止していない。
この差は男子寮に立ち入りする女子はそういうことをされても文句言えないぞ、という意味らしい。逆に女子寮に男子が入ろうものなら殺されても文句言えないということでもあるらしい。
ちなみに本当に射殺されたことがあるので脅し文句ではないとのこと。絶対近寄らない。