第三話
「久しぶりですね。父さん」
「……そうだな」
1年ぶりの親子の再会だというのになかなか淡白な声だ。
「意外と落ち着いてますね。私としてはもう少し感情的な何かを期待していたんですが」
「なんのようだ」
どうやら私が帰ってきたとは考えていないようだ。
むしろなぜ帰ってきた、もしくは帰ってくるなということだろう。
「これにサインをしてください」
そう言って渡したのはジオン共和国国防軍志願届けだ。
ニックから聞いた通り入隊そのものは親の許可は必要ない。
だが、私は父との話し合いを行うことにした。
理由はある。
1つはやはり親であること、2つは母への義理、3つは……私が私でなければおそらく父は子供と円満な関係を構築していたのではないかという罪悪感。
どうしようもないことではあるが私は演技など全く自信がない……いや、率直に言うと不器用で、子供のフリ、特に幼子のフリなど不可能だ。
特に母を亡くしてからというは無理だった。
父の負担を軽減しようと私も子供なりに動いた。その動きに不信を抱いた結果、ストレスとなって女に逃げたという私の予想だ。
まだ家に居た頃はそれに気づかなかった。
しかし、時間が空くにつれてあることに気づいたのだ。
父はあの暴力女を愛しているわけではないのだということに。
父は母を今も愛している。それは確信している。にも関わらず暴力女は欠片も母に似ていない。
簡単に言ってしまえば支えが欲しかったのだ。
亡くなった愛する母と言動が子供ではない不気味な子供という重しに耐えきれず、ろくでもない女に引っかかったということだ。
ちなみにこれはスラムの人達に協力してもらって調べた情報からまとめ上げた結論である。
「……私は……いや……すま……いや…………わかった」
何を言っても言い訳にしかならないので言葉を濁し、自分がやれることは黙ってサインすることだと結論づけたのだろう。
男親らしい対応だ。ただ、否定するわけではない。
私自身も似たような対応をしてしまうことが多々あるからだ。
やはり父は後悔をしていたようだな。淡白な対応も今を解決する手段が思い浮かばないからだろう。
なにせまだあの暴力女と共にいる以上、私に何か言えるわけがない。
「……確かに。では失礼します。これで2度と会うことはないかもしれませんが、お元気で」
「……ああぁ」
今、考えがそこまで至ったのだろう。父から呻き声が漏れる。
自分がサインしたのは死刑執行のサインの可能性を感じたのだろう。
軍人とは平和な時は無駄飯を食らう案山子だが、戦時ではその手に持つ銃から放たれる鉛と同じように消耗品でしかない。
そして、現状は戦争ではないから深く考えなかった。それは仕方ないといえば仕方ない。だが、サイド3に住む……ジオン共和国に住む者にとって戦争と日常は障子一枚で仕切られた程度でしかないことを感じ取っている。
……もしかするとスラムだからか?情報自体は富裕層の方が得られるが、そうはならないだろうというバイパスが何処かで働くのかもしれない。スラムは常に今日を生きているし明日は無いかもしれないという瀬戸際に生きているためそういった嗅覚が鋭くても不思議ではない。
「気に病む必要はありませんよ。そもそも私が前線に立つような時に戦争となれば徴兵される可能性が高い。ならば先に軍人として出来上がっている方が生存率を僅かでも上げることができるはずだし、軍人として出来上がっていない時に戦争が起これば前線に出ることもない」
そう、これはある意味保険なのだ。
いつ起こるかわからない戦争に備えての……そして、家庭の問題を解決したという軍に借りを作らないための。
国にしろ人間にしろ借りというものを作っておくと後々面倒なことになる。特に後がないような事態に陥ってしまえばなおのことだ。
父への感情だけでここに来たわけではない。
「…………カリウス、お前が持ち出した金だが、あれはお前の将来のための学費だったものだ。今更だが、遠慮なく好きに使うがいい」
全てウソではないだろう。
私の学費であったことも、だったという言葉がついているのは過去はそうだったが私が盗る前あたりは既にそのつもりがなかったこと、そして本人が言う通り今更だが盗ったことを容認したのだ。
どうやら私がここで盗った金を返すつもりでいることを気づいたようだ。
そういうことならありがたくもらっておこう。……それに返せる額が半分しかないし格好がつかない。
「では、失礼する」
「……最後まで子供らしくないな」
「これは性分だ」
「……」
お達者で。
さて、私の身辺整理は終わり、志願届けを出す……と思った時に引き止める強敵が現れた。
「先生!!行かないでぇ!!」
「やーだー!」
「飯くれー!!」
「先生まで俺達を見捨てるのか!!」
「いい子にしてるから行かないで」
私はなぜこんなに慕われているのだろうか。
普通に接してきただけだというのに……1名他とは明確に違うことを言ってるけども。
「全く、このスラムでこんなガキ共を真っ当に構うのはカリウスぐらい……いや、まぁカリウス自身もそっち側のはずだが、それは言わないとして……なんだからこうなって当然だろうさ。だから大人しく皆で志願届け出しとけって」
「しかし、私から離れたくないという理由で軍人になろうとするのは間違っている。入隊した後も一緒にいるとは限らない」
「それはそうなんだが、それでもスラムよりはマシだろ?」
ニックの言いたいことはわかるが、まだ1桁の子供を入隊させてもらえるのだろうか?もしそうならスラムにいる子供達が押しかけるぞ。というか押しかけさせる。
だが、現実は託児所や保育園ではないのだから拒否されることは火を見るより明らか。
だからと言って私より上の年齢の子供達を入隊させるとスラムの子供の平均年齢が下がり過ぎてまた子供達に被害が出る可能性がある。
そうなるとさすがに目覚めが悪い。
「……ニック、立ち直れそうな大人に心当たりはないか」
根本的には人員が不足していることにある。
子供達を守るような存在がいれば少しは話が違ってくるはずだ。
「あるわけねーだろ。スラムでそんな真っ当なやつ見つけられるお前さんが以上なんだ」
そうだろうか、割とわかりやすいと思うんだがな。
「噂程度でいい、手当たり次第探すよりは早いだろう」
「……わかった。なら紹介するぜ」
結果、全員駄目だった。
まぁニックの言っていた人物は駄目だったが、途中で話した人に丁度いい人がいたのは幸いだ。
これでなんとかなるだろう。