第四話
「よし、入学だ。2人共、お行儀よくしてくださいね」
「わかってるって」
「はい」
やっと私は入隊……正確に言えば軍学校に入学することとなった。
スラムの子供達は3人目の大人に預けてきた。
聞けば子供好きで良く近所の子供の面倒を見ていたら不審者として通報され、仕事もクビ、実家からは縁を切られ、再就職もできるわけもなく、スラムへと落ちたそうだ。
ちなみにその言葉を信じてスラムの子供達を預けた際にニックの言葉は——
「おい、もう少し警戒するとか疑うってことを覚えた方がいいんじゃないか?!」
——だった。
失礼な話だ。いくら平和な日本生まれであるとはいえ、警戒も疑いもする。
そしてなにより、3人目の大人もそれに同意していたのが腹立たしい。内心驚き、話を信じてもらえて嬉しいのに。
とはいえ、彼らの言っていることは道理だ。
私は前世からだがあまり人を見誤ったことはない。
ただ、この能力というか才能というかはあまり身近な存在には通じないという難点がある。
これは私の感情が起因の弱点なんだが、相手に心を寄せることで視えているものが認識できなくなる。
父があの暴力女に引っかかったことに気づかなかったのもそのせいだ。
話が逸れたがとりあえず擁護者として3人目の大人が認められたことで私は自由を得たが落ち着いたら1度帰ってきてほしいと懇願された。元々そのつもりだったので問題にはならない。
同行している2人は私よりも2歳ほど(正確には年齢がわからないらしい)年上らしいが妙に懐かれていて、一緒に志願することになった。
ちなみに彼らの名前はリンクとレヒト、ドイツ語で左と右という意味だ。
2人共生まれたて別々の場所で同じ日にたまたま捨てられ、たまたま1人の老人に拾われるというなんとも運命的なことがあったそうで、名前はその老人につけてもらったものらしい。
ネーミングセンスに自信があるわけではないが……ご老人、もう少しマシな名前はなかったのか?さすがに右左というのは……既に亡くなっている方を悪く言うつもりではないけど。
年中志願を受け付けているだけあって届けを出すと直に試験と面接を受けられるがどうするかと聞かれた。
やはり試験(振い落し)があるのか、と思ったらそうではないらしい。
受け入れも年中でしていて身分や年齢、知能指数、体格、何もかもバラバラなのだ。だから振い落しではなく、振り分けのために試験と面接が必要なんだそうだ。
直に受けられるのは逃げ込んできた者(私達のような子供やDV被害者)を保護(シェルター的な)するという観点もあるみたいだ。
言われてみれば納得だが、それは軍が行うものなのかという疑問もあるが就職口がすぐ見つかるというのはある意味ありがたいのか?
それと10歳の私が中年と並んで勉強するなんてことがありえるということか?さすがに遠慮願いたいのだが。
というわけで試験を受けることになったわけだが……どうしようか悩んでいる。
これは知能指数を調べるための試験の結果で今後受ける教育に変化するだろう。
というわけで作戦会議だ。
「どうする。このままやれば別になりそうだぞ」
この2人は軍に入ることではなく私と共に行動するのが目的なのだからこのままでは離れ離れで目的が達成できない。
……というか本当になんでこの2人は私に付き従う感じで動いているのかね。
「みたいだな。先生に手を抜いてもらうってのも違う気が……でもそれだと……」
「むむむ……難問。先生はどうしたいですか」
「私はどちらでも構わないんだが」
どちらにしても全てを出し切るわけにはいかんからな……というか2人共、先生呼びをやめないか?受付嬢が不思議な顔をしてこちらを視てるから。
私は初等教育を途中までしか受けていない何らかの問題がある子供、2人は根っからのスラム育ちで住民登録すらされていない子供。
どういう交わりで明らかに年上のスラムの子供が年下の市民の子供を先生と呼ぶようになったのか、私が受付嬢でも気になる。
……まぁ、そちらはいい。あくまで好奇心で悪意はない。
しかし、そっちの明らかに荒事担当だろう軍人さんはもう少し表情を隠す努力をした方がいいと思う。
人間というのは年齢性別文化圏関係なく、自分を侮る、見下す、嘗める態度には敏感だ。鈍感と言われる人間でもそういう感情に対しては敏感だったりする。
ちなみに経験則だが、これらに鈍感な人間は大体においてナルシストか自己中心的な人間が多い。つまり周りを見下してばかりの人間である。
つまり何が言いたいかと言うと——
「お前!先生はすごいんだぞ!」
「そうだ。すごいんだ」
12歳ともなればその表情に気づくということだ。
軍人さんも自分の落ち度に気づいたようで、しまった!面倒なことになったぞ!という表情をしている。気づくのが遅い。
「先生はスラム界の救世主なんだ!」
「そうだそうだ。困ってる俺達にご飯くれるんだぞ!」
「怖い大人達も追っ払ってくれた!というより説教してた!」
「住むところまで用意してくれてるんだぞ!」
「勉強も教えてくれてんだぜ!」
救世主というのはどうかと思うけど他は事実なのだが改めて言われてみると黒歴史間違いなしな内容だ。現在進行系で若干後悔している。
受付嬢は微笑ましく私達を視ているのも私の精神にガスガスとダメージを与えている。
ちなみに軍人さんの方は胡散臭そうな表情をしている……だからお前は駄目なんだ。そんなだから曹長なのに志願受付所の荒事担当なんて雑務に駆り出されるんだ。
「あ、こいつ、信用してないな?!」
「これはちょっとお話すべき!」
ほら、油を注ぐから火が燃え上がった。
ただスラムの子供が出す本気のお話(刃物あり)ではなく、やんちゃな子供らしいお話(拳あり)なところが微笑ましい……ん?私も随分毒されてるな。拳ありも駄目だろう。
おい、曹長。お、やりやすくなった!掛かってこい!って雰囲気を出すな。
受付嬢も仕方ないなー的な顔をしないで止めて欲しい。切実に。
そもそもそんな筋肉だるまに喧嘩を売るこの2人は結構怖いもの知らずだ……引っ込みがつかなくなっただけの可能性が高いが。
ハァ、仕方ない。
爪先を持ち上げ地面を強く叩く。
すると——
「「っ!」」
2人共先程までの喧嘩腰から打って変わって背筋がピンッと伸びた。
「行儀よく、ね?」
「「はいっ!」」
「よろしい。曹長さんもすいません」
「ハッハッハ、まるで兵長のような手並みだったぞ。将来が楽しみだ」
個人的には体力以外では曹長にも慣れそうだ、とは言わないでおこう。
試験を受けたが、少し問題が発生した。
私の知識は随分と偏りがあったのだ。
基本的にはよほど専門的な知識でも無い限り満遍なく修めているつもりだったのだが……致命的な分野があった。
それは歴史に関する問題だ。
前世では宇宙世紀なんていう年号は知らないし、地球連邦なんてものは存在しない。
他の試験ではハイスクールレベルに抑えたが、歴史だけどうにもならない。
覚える量が多かった上に、それどころではなかったからな。
とはいえ、歴史以外は点がよかったため、やはり2人とは別のクラスとなった。
だが——
「やった。先生と同じ部屋だ」
「よろしくおねがいします。先生!」
これが軍曹の配慮なのか軍の配慮なのかそれともただ入隊が同時期だからこうなったのか……なんにしても気心が知れた相手が同室というのはやりやすい……か。