第七話
「まさかこの年齢で働かされることになるとは……給料が良いので私は問題ないが、これは法律的に大丈夫なのか?」
デギン・ソド・ザビが首相となってから10日ほど経って、大幅な人事異動で上へ下へ右往左往の大混乱。
権力争いは片方のトップが亡くなったことで一気に解決した……と考えていたんだが予想以上に確執は根深いらしく、ダイクン派と呼ばれる派閥は要職を次々終われ、末端までその手は及んだ。
そしてちょうどそんな真っ只中に軍学校の体育……訓練以外の課程を修了した。
元々私の知識として足りなかった歴史、そして軍における規律や戦術など極一部のみだった。
そして2年あればそれらを修めることは難しくなかった。
というより規律はともかく戦術に関してはマニュアルのような基本的なことしか学ぶことはなかった。
なぜなら宇宙で戦争が行われたことがないため、ノウハウが全くない状態で宇宙用の兵器すらなく、戦術の方針すら決まっていないのが現状なのだ。
内容もざっくりまとめると戦力の分散は各個撃破につながる、数が多い方が有利、兵士の士気は戦闘能力に直結するなどなど本当に基本中の基本のことばかりだ。
まぁ私も無重力での戦闘、しかも戦争ともなればどうすればいいか想像がつかない。
近代戦闘とは大きく分けるとミサイルの撃ち合い、塹壕戦、市街戦、ゲリラ戦だと思っている。ちなみに海と空はミサイルの撃ち合いに分類することにする。
ただ、宇宙だと塹壕戦、ゲリラ戦は通じないことになる。
塹壕戦……そもそも地面がない。ゲリラ戦……やってやれなくはないだろうが宇宙だと観測され易すぎる。
そして市街戦はコロニー内部に限定すれば行えるため修めはしたが、正直、これを使うことになれば敗戦は必至だろうな。
サイド3のコロニー内なら敗北確定、他のサイドで行うならサイドの協力は強制によるもので味方というより占領地、そして兵力の分散となる。
地球で戦うことを想定もしている内容の授業だったが……絶対地球で戦うのは無理。そもそも兵站が耐えられないだろう。サイド3から地球への兵站なんて。
話が逸れた。
とりあえず、軍学校では体育という名の訓練を行う以外は自由になり、空いた時間には更に資格を取ろうと思っていた。
また話が脱線するがこの2年の間に暇な時に前世で持っていた資格を取り直したりしていた。
多少の差はあったが、土台は同じなものを重点的に取り組んだ。
話を戻す。
思っていたというからには計画が狂ったことを意味している。
先日、校長から呼び出されて悪事が……んんっ、何か都合が悪い事がバレたかと思ったが内容は——
「経理部にて実地研修を命じます」
というものだった。
早い内から実地研修を受けられるというのはもしかするとエリートコースに乗れるかもしれない。
あまり期待はしないでおくが……エリートコースに乗れば、私の派閥を自称する彼らを集めてもいいだろう……なんて考えていたが、これには色々と裏があるようだ。
まずは事の切っ掛け、これは先程もチラッと話したがジオン共和国の首相がデギン首相へと移ったことで人事異動が盛んに行われていた。
それは政府もそうだが国防軍でも行われたのだ。そうすると人材不足や経験不足による機能不全、とまではいかないようだが支障は出ているようだ。
そこで私が駆り出されることになったようだが……なぜ選ばれたかと言うと校長はザビ家派で人材不足の解消の手助けを行って恩を売ろうと独自に動いたようだ。
校長は考えていることがよく顔に出るタイプのようでわかりやすかった。
更に言うと、私はまだ正式な軍人ではない。つまり——
「無給で人を使おうとはいい性格をしている」
食い物と休日出勤の恨みは怖いというのを知らないらしい……あ、そういえば軍ってほぼ休日なんて概念ないのか。勤め先を間違えたかもしれない。周りに呪いを撒き散らさないように注意しよう。
しかも、実地訓練というデスクワークを熟しながら軍学校で訓練も熟さなければならない。成長しきっていないこの身体は保つだろうか?
経理部は激戦区だった。
比喩でもなんでも無い。本当に激戦区だ。
私の着任挨拶なんて誰も聞いていないどころか挨拶途中で——
「うるさい!黙れ!とっとと座って仕事しろ!!」
と怒鳴りつけられた。
案内役もこれ以上時間を割く訳にはいけなかったのだろう。早々に私用のデスクに連れて行かれ……何処かへと立ち去っていた。
そして何者かが通るとまるで、そこに空きスペースがあるから埋めてやろう、とでも言わんばかりに書類を置いては去っていく。
そうして更地にはバベルの塔が建築されてしまう。
なぜバベルの塔かというと高さが一定に達すると私を怒鳴って迎えた人がまた怒鳴ってくるからである。
……え、まさか、軽くでも教えてくれる人はいないのか。
周りを見回してもほとんどがデスクに並ぶ書類に目を向けている。
数人は私が何者か気になって見ていたが、目が合うと慌てて逸らされた。おそらく面倒事は勘弁、ということだろう。
気持ちはわかるが12歳の子供にそういう態度は人間としてどうかと思う。
……やはり前言撤回して呪いは振りまくべきだろうか?無給で、とかじゃなくてわざと。
仕方ないので乱雑に積み上がった塔の頂上を手に取る。
誰も褒めてくれないので自画自賛するが、私は結構健闘していると思う。
何も教えられず、しかし提出した書類の処理にクレームは来ていない。十分頑張っているだろう。
それにしてもなんでコロニーなんてものを作っているのにも関わらず書類に紙を使っているんだ。おかげで必要な書類がどこにあるのかわからない。
……いや、紙である理由はわかっている。
機密保持を考えた場合、デジタル化するよりもこうしておいた方が安全なのだ。
しかし、そして上に行けば行くほどデジタル化されるのだろう。
さて、書類仕事とは地味な仕事であるが、情報の宝庫でもある。
この忙しさの大本は人事異動だが、他にも要人の警護、要所の警備見直しが命じられたことも原因としてあるようだ。
戦時への移行の前段階……と考えることもできるが……これは故ジオン首相は本当に地球連邦に暗殺されたか?
そうでなければ要所の警備見直しはわからなくはないが要人警護は今更見直しというのが引っかかる。
もし暗殺がザビ家によるものならダイクン派からの復讐による暗殺を警戒するのはわかる。だが、要人というのはザビ家だけではない。
こんなに混乱するほどの警護の見直しを今する必要はないはずで、ザビ家だけの警護見直しならこれほど混乱もしない。
それにザビ家の警護は今の所見直し対象になっていない。
ああ、闇が深い。