第八話
正直、何処の何者かもわからない人間に見せる書類はもう少し選んでほしい。
警備の見直し計画書のレポートが紛れ込んでいて、渡されたからには一応仕事だと処理したが……知りたくもないことを知ってしまった気分だ。
書類にはっきりと書かれているわけではない。でもいくつか書類を流し読みしている数カ所不自然な警備が見て取れた。
それに備えにしては物々しい機器の数々が手配されている。しかもそれぞれが違う手配でされているあたり隠しているつもりらしい。それともフェイクか?
施設の規模から察すると兵器の類ではないようだが……いや、これ以上は知らないほうがいいか、あまり察しの良すぎる末端というのは結構上役に嫌われることが多い。もしくはいいように使われて擦り切れる未来しか無い。軍人でなければまだ上手く立ち回れると思うが。
数日経ったが、1番この仕事で参るのは食事だ。
知っての通り軍学校でもあまりいい食生活ではなかった。しかし、ここではまた別の意味で苦痛だ。
それはいつの間にか机に置かれている。
数は2つ。
1つはエネルギーゼリー、もう1つは……やはりエネルギーゼリー。
最初見たときは嘗めてるのかと思ったが、周りも同じだったため何も言えなくなった。
ちなみにエネルギーゼリー(パン味)にエネルギーゼリー(クリームシチュー味)というセンスの欠片もない味である。もう普通にフルーツ系の味にしてくれ。そもそもパン味ってなんだ?
唯一の救いは年齢的にカフェインは厳しいなと思ったが、カフェインレスだった。これだけは感謝しておく。雀の涙以下で。
……戦時でもないのにこれはやりすぎじゃないか、と思い始めた頃、変化は突然だった。
なんと昼食にホットドック、コーンスープ(インスタント)、アメリカンドッグ、トンカツ、唐揚げ、エネルギーゼリー(豆乳味)、ドーナツ、サータアンダギーのような何かが並んだのだ。なんだこのハイカロリー茶色い軍団。
いっそエネルギーゼリーの方が体に良い気が……いや、豆乳味というのもどうなんだ?
なぜこんなことになったかというとどうやら仕事のピークは過ぎたから食事も普段どおりに戻ったらしい。
いや、この食事が普段どおりなら遠慮願いたいんだが、野菜もとらないと栄養バランスが……え?エネルギーゼリーに入ってる?これだから脳筋は。
ちなみにどれもこれも味は特別変わったこともなく普通だった。
「それにしても坊主はしっかりしてんな。たまに様子見てたが再提出はほとんどなかっただろ?」
「ああ、本当にな。お前よりも優秀だぜ」
「違いない!」
「なんだと!」
余裕ができたためか雑談が流れるようになった……が突然空気が変わる。しかも全員が全員、私に視線を向けている。
その目には本来あるはずの輝きがなく、まるで敵でも見ているようなものに変化する。
「「「ところで君は何者だ?」」」
上司だろうと戦友だろうと1発殴りたくなったのは至極当然の思いだろう。
この数日の間、軍学校で訓練を受け、ベッドに入りたいと叫ぶ身体を押して仕事を行っていたというのに……無給で!無休で!
「軍学校から実地訓練の命を受けて参りましたカリウス・オットーであります。よろしくお願いいたします。先輩方」
最後の先輩方という言葉についつい力を入れてしまい、トゲトゲしい声色になったのはきっと精神が身体に引っ張られたからだろう。今まで1度もそのような経験はないが。
どうやら私の言葉に含むところがあるのがわかったのだろう。先輩方は、え?そんな話あったか?俺知らんぞ?誰か知らんか?知るわけ無いじゃん!と目を泳がせながら目配せしあっている。
これでいいのか軍部。
「と、とりあえず確認してくるから小僧は飯でも食ってろ」
「俺はコーラ入れてきてやる」
「じゃあ俺はシュークリーム盗ってきてやろう」
そして誰も居なくなった。
いや、遠慮なく食べるつもりではあるが、コーラとシュークリームはちょっと……どう考えてもカロリーオーバーだろう。
誤魔化す……いや、逃げる口実にするにしても遠慮したいところだ。
やはり1発殴っておくべきだっただろうか。
今生で未だに慣れないものが幾つかある。
真っ黒な肌の色、空にある大地、外国人ばかりの周囲、的中率100%の天気予報(コントロールしているので当然である)、高層ビル以前にビルすらもない。
そして——
「この無重力というのはなかなか慣れないな」
経理部の実地訓練を始めて3ヶ月、忙しい時期は過ぎ、たまに不自然な人事異動や死亡や行方不明者が出ることはあるが日常的な業務に移った今日此頃。
今私はノーマルスーツで宇宙遊泳しているところである。
コロニーに住む人間でも実のところ無重力を経験する機会は少ない。
宇宙空間で作業する仕事でも就いていないとコロニー内で地を歩く生活がほとんどだ。
かく言う私も軍学校の授業でしか経験をしたことがない。
今現在このような状況にいるもの軍学校の授業の一環……というより奉仕活動の一環というべきか。
宇宙遊泳とは言っても本当にただただ遊泳しているだけではなく、厳密に言えばコロニーの外壁整備を兼ねたものである。
コロニーの外壁とは生命線だ。
その外壁にヒビや劣化などがないかチェックすることが今回の主な訓練内容である。
もちろんその手のプロやマシンによって日頃から整備点検はされているが、それでも回数が増えること安全向上に繋がる以上は問題にならない。
まぁ一々問題ないことを問題があるのではないかとチェックをしないといけなくなることが問題と言えば問題だが、念には念を入れることに命が掛かっているから民衆も煩くは言わない。
地球の地面よりも丈夫ではあるが、事故や事件があった時の脆さは比にならない。
もし故ジオン元首相が暗殺ならサイド3の内外問わずで爆弾テロが行われる可能性も無くはない。
「警戒しておいて損はない」
と言ったのがフラグだったのかどうなのか。
サイド3……しかも政庁が存在する1バンチコロニーで爆破テロが発生した。
そしてより驚かされたのが、その爆破テロのターゲットであり、殺害されたのがサスロ・ザビであったことだろう。