第十四話
いくらかの雑談後、ドズルとキシリアは予定通り士官学校に入学することが決定し、そして俺は暗闘という日常へ……と戻ろうとしたらギレンさんに呼び止められ、私室に通された。
開口一番に――
「私達は国の改名を考えている」
「国のカイメイ?解明?開明……改名か?!だが、それは」
ギレンさんが口にすることだから俺に見えないものを見、聞こえないものを聞いての判断だと思って最後まで言葉にはしなかったが、無謀だ。
そして、おそらく言葉にこそしなかったが絶対表情に出てしまっているだろうなと同時に思う。
軍人である俺がそのままの感情を表に出すことは許されない。特に任務中は、だ。簡単に言ってしまえば失態だな。ギレンさんは気にして……いや、それどころか面白がっているようだが。
地盤が固まってきたとはいえ、今国の改名……死んでなお、ではなく死んで正しく英雄となったジオンの名を汚そうものなら今の安定を崩壊させるのは火を見るより明らか。下手をすれば内乱、もしくはスペースノイドによる独立国家は消えてなくなるだろう。
繰り返すが、無謀が過ぎる。
「まぁ厳密に言えば改名とは違うがな。考えているのはジオン共和国をジオン公国にしようと思う」
「公国……つまり国家体制の変更か、公国……つまりザビ家がサイド3を支配することを明言すると?」
「そのとおりだ」
「理解はできないわけではないが……」
共和国とは名の通り共和制だ。そして共和制というのは君主制に反するように作られた制度で、その中でも寡頭制と民主制に分かれるが今は表向き民主制だ。
それを寡頭制を飛び越えて公国……完全に君主制に移行しようとしているわけだ。
つまり、これから本格的に地球連邦と対立する姿勢に移行するということだろう。
共和制では緊急時に対して対応が遅れてしまう。君主制……この場合は独裁政権とも言ってもいいかもしれないが……のメリットはトップの判断が国の判断になるから柔軟な対応が可能……問題も多々あるが可能なのだ。
質も数も劣る俺達はせめて速度ぐらいは上回らなければならないというのは理解できる。
更にジオン公国というのはダイクン派にも配慮した名前だ。
ジオンの名を残し、公国ということは貴族が治める国という意味だ。なぜ王国としないのか、それはおそらくジオンが王であるという配慮から来るものだろう。
まぁ1番の理由はザビ家を王家とすると他の貴族が黙っていないからだとは思うが。
「責任の所在もはっきりするだろう?」
確かに……このまま共和制……厳密には共和民主制のままなら本来、大部分の責任を担うはずだったジオン元首相が亡くなったことで責任が宙に浮いた状態になってしまう。このままジオン共和国をザビ家が引き継いでもやはり重さが足りない。なにせ共和民主制ということは民主……つまり民の総意で選ばれた者であるため責任もまた民にあるのが当然だからだ。
そしてこれから戦争を避けられないとすると民主制はかなりの足枷となる。戦わなくて良い時に戦いを叫び、戦わないとダメな時に不戦を叫ぶ。本当に面倒なのだ。俺は民主制の政治家達が揚げ足取りばかりしているのは映し鏡と思っている。
それはともかく、公国を名乗り、君主制、悪く言えば独裁制を取れば良くも悪くも責任も権限も集中するが、その分反発も大きくなるが……。
「それほど連邦の圧力は強いのか」
「強いな。そしてその圧力に反発するようにサイド3の民意も日に日に強くなっている。それはお前の方が知っていよう」
ギレンさん以上に知っているかどうかはさておき、割とハト派の多いダイクン派が必死になって火消しをしている。
「お前だってわかっているだろう。今の段階で地球連邦に戦争を仕掛けたところで勝つ確率はゼロだ」
そのとおりだ。
今の俺達が成立しているのは以前言ったとおり無力な弱者だからこそで、暴威を振るえば暴徒として地球連邦ご自慢の大艦隊が鎮圧に来ることになる。
勝てるわけがない。
「とはいえ、我々が矢面に立つ以上、勝算はある」
そう言って渡された資料にはギニアスが語っていたミノフスキー粒子の特性、使用用途、将来性などが事細かに書かれていた。
「ビーム兵器の小型化、新型小型核融合炉、それに伴う新型兵器の開発……」
「私の予想では後30年ほど現状を守り通せれば独立が叶うとは思うが、さすがにそれほど時を掛けられるとはとても思えん」
30年……独立とはそれほど遠いものなのか……わかっていたが険しい道程だ。
「それでこの技術革新……か」
「そうだ。戦うという選択肢を取れるように、な」
「そして国家体制の変更も」
「そのとおりだ」
独裁政権なんて時代を逆行しているようにしか思えない所業だ。
しかし、時代に沿ったやり方で強大な敵に打ち勝つことは難しいのもまた事実。
となれば答えは1つしかない。
「それで俺は何をすればいいのでしょうか、ギレン閣下」
俺の回答にギレンさんはニヤリといい加減悪役が似合う顔なのに、更に悪い表情を浮かべる。