第十五話
ブラック企業で働く人間はなぜ仕事を辞めないのか、なぜ自殺をするまで働き続けるのか、ずっと疑問だった。
その疑問……ずっと疑問のままで済んでいれば幸せだったな、と今なら思う。
ちなみに俺の回答は――逃げ場がなく、考える時間も与えられないから、だ。
いや、マジで死ぬかと思った。
国家体制を変える、それには同意した。したが……じゃあ2ヶ月後なんでダイクン派の処理をよろしく、というのはさすがに無茶振りだぞ!眉なし!
地獄とは死んだ後にあるもんじゃなくて現世にこそあるんだと実感したわ。
いくらザビ家支持が広がっているとは言ってもそれはジオン・ズム・ダイクンという基盤を受け継いだからというのが強い。
そのジオン・ズム・ダイクンの作ったものを破壊……いや、改変する準備期間が2ヶ月?しかもさ……これ、デギンさんとその側近以外だと俺が1番最初に聞いたらしいんだぜ?信頼は嬉しいが2ヶ月で準備しろって無理あるだろ。
具体的には駆けずり回るって言葉があるが、足が地面に接している分まだマシだな。なんて思うほどだと言っておく。
俺はここのところ魂は半分身体に収まっていなかったと思う。だって俺、本来なら一生見るはずのない自分の背中が見えたぞ。マジデ。
ちなみに以前は却下されたギニアスの投入も今回は大事ということで許可された。
そしてギニアスに任務内容を伝えると――
「実は嫌われてるんじゃないか?」
と疑われた。
わからんでもない。俺が逆の立場なら同じように思っただろう。
だが、この話は上から数えた方が早いぐらいに伝えられたというと――
「どうやら本当に危機的状況なようだな」
と、どうも俺より事態を重く受け取ったようだ。
実際のところどの程度危険な状況なのか俺は知らない。ギレンさんの対応で推測ができるというだけだ。
それに比べてギニアスはその様子から察するに何やら情報を持っているようだ。
「ある筋からの情報で連邦が討伐軍を編成するという話が上がっているとあった」
「ブッ!マジか?!」
「確度は低いものだった。それでも事が事だけにギレン閣下に報告はしておいたが……どうやらギレン閣下の慌てようからしても事実のようだな」
なるほど、これはかなり本気で動かないといけないな。さすがに――なんて思ったが、まぁ『かなり本気』などでは足りなかった。
死ぬ気、でも足りない。死んだ後に地獄から引きずり戻してもう1度死ぬ、がちょうどいいか、それでも足りないかぐらいだ。
これでギニアスが貴族系のダイクン派を担ってくれていなかったら比喩ではなく現実に死ぬことになっただろうな。死因が暗殺か過労死かはわからんが。
ちなみに俺は体重が10キロ落ちた。ギニアスも似たような感じで体重を落としている……以上に顔色が悪いが……まさか家に帰ってから研究なぞしているんじゃなかろうな。
と思って問い詰めると――
「さすがにそれほど無謀なことはせんよ。ただ……アイナがな」
「なんだ。とうとう男ができ――」
ギニアスの手がこちらを向くと同時に後方から焼け焦げたニオイがして振り返ってみると――
「お前な!何撃ってんだよ?!」
「これは最近知り合いが開発した金属探知機にも反応しないレーザー銃で射程は短いが無防備な人間を殺すには十分――」
「そんなこと聞いてんじゃねぇよ!」
「それでアイナのことなんだが……」
このシスコン、人にレーザー撃っといてサラッと話を進める気でいる。まぁこれ以上続けてもまた撃たれるだけだけども……というかこれ、誰が修理代を出すんだ?まさか俺か?
「アイナが私の役に立ちたいと、軍に入りたいと言いだしてな」
「アイツも大概ブラコンだよなぁ」
美しい兄弟愛……の一言で済ますのは簡単なんだが、サハリン家は今更言うまでもないが貴族だからなぁ。近親婚は法に触るとはいえ、公国化してしまえばどうなるかわからない上に近親婚は違法でも子作りは違法ではなかったりするから怖い。
今の所そういう兆しはないから大丈夫なはずだし、ノリス・パッカード中尉(いつの間にか昇進していた)の監視兼教育があるので問題ないはず。
「まぁ今回に限ってはギニアスの言い分は理解できる」
「なんだ。そのいつもは理解できないみたいな言い方は」
いや、お前のとんでも思考はあまり理解したくない……というよりできないから。
「しかしアイナがねぇ……」
「何か良い打開策はないか?」
ん~……良い策……ねぇ?
「ギニアス、いっそ入隊させればいいんじゃね?」
「馬鹿は死なないと治らないか」
「簡単に銃口を人に向けんな!」
「ふん、どうせこれは護身用のもので1発しか撃てん。心配するな」
いや、問答無用で1発撃ち込んだ奴にそう言われてもな。
「まぁ普通に入れるのは抵抗があるのは分かる」
アイナが入るなら士官学校だろうが、軍というのはやはり大体において男の世界だ。
多少女性もいるがやはり扱いが難しい。なにせ兵士というのは命を賭ける勇者(野蛮人)の集まりだ。そして英雄色を好むとも言う通り、度の過ぎた脳筋は平気で女性の尊厳を踏みにじる。
現在も、そして将来も美人であることを約束されているアイナを軍に入れるというのは狼の群れの中に羊を放り込むに等しいだろう。
そこで考えたのは――――
「ほう、婦女子専門の軍学校と部署の設立……か」
「はい。連邦との国力差を埋めるには官民一体となる必要があり、そして有能な人材育成は急務かと愚考します」
「なるほど……で、この候補者リストの中にサハリン家のご令嬢が入っているようだが?」
さすが、伊達に眉が無いだけのことはある。何百人もいる候補者の中から数瞬でアイナを見つけ出すとは。
「ご明察。アイナ嬢が兄と共に国のために働きたいと言い出したのですが、軍学校や士官学校はやはり男が多いこともあり不安があります。それは国民も一致した認識であり、女性の入隊のハードルとなります」
「ふむ、確かに軍の拡張は急務。どんな形であれ志願者が増えるならいいかもしれんな」
女性の社会ならぬ軍進出……嫌な響きだ。しかし勝つためには外道な手法も取らなくては勝てない。それだけ敵は強大なのだから。