第十七話
当然祝賀パーティーは盛大に行われることとなった。
いつもはどちらかと言うと参加側より護衛側、正確にいえばそれを管理する側であることが多い俺だが、今回は参加側……しかも主賓というわけではないがそれに類する位置だ。
今まで表に出ていないことはなかったが、それでも裏方のような存在だった俺の人脈は学生時代を一回り大きくした程度でしかない。
もちろん学生時代の人脈というのは士官学校だからそれなり以上の人脈ではあるんだが、それでも所詮学生。基本的に現役で活動している人間との人脈は少ない。
だから――
「お初にお目にかかります私は――」
「初めまして――」
「――以後お見知りおきを」
と挨拶の嵐だ。
どこぞの大企業の社長や大貴族、変わったところでは芸能人や芸術家などまで色々だ。
ちなみにこのパーティーに参加することが決定してから苦労したのがこの参加者の名前と顔、役職を覚えることだ。
記憶力は良い方なんだが、さすがに短時間で300人以上の名前を覚えるというのはさすがにきつかった。
社長や芸能人などの多少名の知れた一般人はまだいいんだが貴族は覚えておかないとこの場で何かはなくとも後々に面倒なことになる。具体的にはネチネチネチネチネチネチネチネチネチと延々とまるで誕生日か付き合い始めた日を忘れた時の嫁か嫁をいじめる姑のように言い続けられることになる。
貴族というのは自分が軽んじられると許せないというやつが多く、自分を知っていて当然だと思っている。特に相手が同じ貴族ならなおのこと。
まぁ俺は厳密には貴族ではないんだけどザビ家の遠縁には違いないので貴族扱いされることが多い。
そして貴族って奴らは結構身内同士(近親ではなくとも同じ派閥の貴族同士)で結婚したりして顔が似ていて覚えにくいんだよなぁ。
なんとか失敗なく挨拶終了。
さて、ここからは情報収集とパイプの構築の時間だ。
知り合いに知り合いを、その知り合いの知り合いを紹介してもらったり、割の良い仕事の斡旋して繋ぎを作ったり、ザビ家ではなく俺個人やケラーネ家を敵視している存在を探ったりなどなど。
ただ、パーティーということもあって酒も食事も出されているから多少気が楽だ。酒は他の奴らはどうか知らんが俺の中では今も勤務中であるため無しだが食事は下品ならない程度に口へ入れている。
いやー、ここのところ忙しさにかまけてファーストフードばかり食ってたからな。普通の食事ですらいつ以来か、こんな豪勢な食事は建国時のパーティー以来か?士官学校って上流階級の軍学校にも関わらず食事は一般的なそれと変わらんからなぁ。まぁ戦場に出てしまえば上品な食事を用意するなんてのは無理だからだろう。
そんなことをつらつら考えていると、あまり大きな声ではないがハッキリと声が聞こえた。
「お断りいたします」
「そう言わずに一緒に飲もうぜ」
会話からしておそらくはただのナンパだろう。
まぁこういう社交の場ではよくあることだ。
相手の地位や身元が保証されている場なので名前さえわかればだいたいの背景がわかるのでこうして口説く奴もいれば、それを期待して参加する奴もいる。そして場合によってはそのまま一夜の関係……なんてこともあるらしい。あくまでらしいで事実かどうかは知らないが。
言い寄られている女性の声は怯えもなく、しっかりとしたものだから大丈夫だろう。
それにしても――
「お断りします」
「ほら、これなんて美味しいから飲んでみなよ」
この感覚は――特殊な記憶があるから『これ』がなんなのかを知っている。
しかし、まさか自分が、とは思わなくはない。
この記憶と共に過ごしてきた俺は若干他とは違うと認識していたし、仕方ないとも思っていた。
だが、記憶を除けば俺もただの20にも届かぬ若者でしかたないことを実感した。もしくは年齢なんて関係がないのか。後者かな?
俺は――
「おい、断られたならそろそろ交代しろ」
「誰だ。今、私が――」
ナンパしていたもしくは絡んでいた男がこちらを向きながら何か訴えようとして止まった。
「そちらの可愛いお嬢さんとお話したいんだが、譲ってくれないかな?」
「は、はい」
日頃の俺ならこんな横暴は通じないし、しようとも思わない。だが今日は――止められない。
助けに入ったわけではない。男に言った言葉の通り、俺も同じ穴の狢である。
「お嬢さん。良ければご一緒していただけませんかな」
一目惚れ。
そんなものがあるというのは知識として知っていた。だが、そんなものは自分には関係ないと思っていた。
それがまさか今宵訪れようとは思いもしなかった。
そして特殊な記憶と俺の短い人生経験に基づけば、このような機会は逃さぬ方が良い。
今の俺なら1人の令嬢の情報を得るのは難しくないだろう。しかし、場というのも大事だと思い行動を起こした。
そしてお嬢さんはしっかり俺の目を見返し、その綺麗な瞳には嫌悪感はないのでこれはいけるか?と思った……が――――
「――……申し訳ありません。この後、予定がありまして――」
おう、素気なく一刀両断。
一瞬意識が飛んだぜ。士官学校で教官からもらった急所への一撃よりも効いたぜ。
ついでに言えば意識が飛んでる間に彼女は居なくなっていた。おそらく無意識に応対したんだと思うが……そうでなくては今後に差し障る。1度ぐらいのことで諦める俺ではない。
……でも1週間ぐらい凹んでも許されるよな?と思ったが容赦なくギニアスに首根っこを掴まれて仕事に戻るはめに。
まぁこのクソ忙しい時に1週間も休みが取れるわけないよな。
とはいえ自分でなんとかしようと思っても気落ちというのはなかなか改善するものではない。それならそもそも鬱病なんて存在しない。
そんなわけで2週間ほどやる気が出ないながら仕事を熟していると――申請も出していないのになぜか人事異動でウチに誰かが来ることが告げられた。
ウチも人が足りているわけではないが他よりは充実しているので増員の申請は出していない。それなのになぜ?と訝しんでいると、その当人が来たというので面合わせをしたのだが――
「本日付でお世話になることになりましたシンシア・セシル少佐であります。宜しくおねがいします」
そこには思いがけない形で彼女が立っていた。