第二話
あのパーティー以来、父さんは忙しそうだ。
ギレンさんに聞いたがどうやらジオン首相とデギンさんは目的は同じとしているがそれに至るまでの過程で意見が食い違ったそうだ。
きっかけとなったのはジオン共和国樹立と同時に発足された国防軍の方針だったらしい。
ジオン首相は軍というより自警団のような治安や防衛を旨としたものを望み、デギンさんは文字通り軍、つまり守りもするが攻撃もすることを視野に入れたものを望んだ。
ジオン首相はデギンさんの考えは度が過ぎる武力は敵対心、警戒心を呼び、それが爆発すればただのテロリストに成り下がると言い、デギンさんは地球を、今まで全人類を統治している地球連邦はそれほど甘い組織ではないと答えたそうだ。
どちらの言い分もわかるが、俺個人としては親戚云々を抜きにしてデギンさんに1票だな。
ジオン共和国が民主的に樹立したとはいえ、地球連邦の法的には犯罪、重犯罪だ。具体的には騒乱罪もしくは内乱罪で、しかも適応範囲が広くておそらく今すぐ地球連邦が動くと主犯の5親等以内の年齢16歳以上は有罪だ。最高で死刑、最低で死刑という最も重い罪だ。付け加えるなら裁判もほぼスルーだ。
そんな重罪にも関わらずジオン共和国……サイド3が平穏なのは偏(ひとえ)に地球連邦が宇宙開発に対して軍備を疎かにしたこととデギンさんの方針に基づいて国防軍の戦力が多少充実したことによるものだ。
そして、2人の対立が決定的になったのは60年に発表された地球連邦軍の軍備増強計画だ。
厳密には軍備増強計画に反応した周りがジオン首相を穏健派が支持され、デギンさんを強硬派が支持した。これによって見事に2つの派閥急速に形成されることとなった。
ちなみにこの前のパーティーは父さんを自陣に取り込むために来たのだとか。
……そしてこれらを12歳の子供に教えるギレンさんはやはり普通ではないな。いい面でも悪い面でも。
もっとも――
「ユーリ、士官学校に入らないか」
――と父さんが切り出したことから察するに、俺も取り込む対象だったということだろう。もしくは父さんが裏切らないようにする人質か。
おそらくこちらの性格、いや、正確にはどの程度の理解力を有するか品定めし、あちらの望む行動を取りやすいように整えたのだろう。
遠縁とはいえ親戚である以上、蟠(わだかま)りは少なく、保険を手に入れ、おまけに将来使えそうな駒まで手に入れる……というのは俺の知る範囲でのギレンさんが考えていそうだなという予想だ。
まぁ知り合ったばかりだからイメージでしかないが。
ちなみに父さんの勧めるように言葉を飾っているが入れという実質命令に近い強さがあった……顔に痣があって、母さんの手には包帯が巻かれている状態ではあるが……どうやら派手な夫婦喧嘩があったようだ。
そして、俺の選択は――
「というわけで、士官学校に入学することになった。お前らともしばらく会えなくなる」
「ふーん、頑張れ」
相変わらずのドライというか無関心というかのギニアスの態度に苦笑いを浮かべた。
「兄さん、そんな言い方ダメ!寂しくなります」
おう、4歳のアイナの方がしっかりしているな。おい、そこの変態も少しは見習え、相変わらず妹の顔ばかり見てるじゃねーか。
というかこのまま行くとアイナの未来が危うい気がする……主に嫁に出遅れたり、この変態が障害になったり、最悪は反抗期で不良になったり……時間を作って様子を見に来るかな。
「……士官学校というのは確か軍の指揮階級を育成する学校だったな」
「ああ」
さすが貴族の跡取り、そのぐらいの知識はあるか……いや、日常的にはともかく、ゲームなどで知る機会もあるか。ゲームしているところを見たことがないが……むしろゲームとかしていればまだ安心できる。しかし、現実はゲームよりアイナにお熱なのだ。変態な現実である。
「ザビ家の意向か?」
本当に9歳か?その言葉が出てくるということは背景もある程度見えているということだろ。
特殊な俺は例外だぞ。
こういうのを天才というのだろうか……天才と変態は紙一重、か。言ってみたもののそのとおり過ぎて笑えない。
「なら……なら……私も行くべき、なんだろうな」
コーヒー豆を齧ったかのように苦々しい表情を浮かべるギニアス……それにしても本当に変態だけど天才なんだな。
そういえば以前サハリン家とザビ家は懇意だと聞いたことがあった。つまりそれを配慮して自分も行くべきだと理解したのだろう。
既に誕生日を迎えて11歳というと小学4年生に相当か……本当に違う人間というのはいるもんだな。俺の記憶の中の11歳って言ったら飯、遊び、勉強、親、友達ぐらいしか考えてなかったと気がする。いや、将来を気にするやつなら受験を見据えているやつもいたから不思議ではないか?
とはいえ、ギニアスの頭の中はアイナ一色で、だからこそアイナと離れ離れになってしまうことを理解して嫌いなピーマンを大量に出されたような表情をしているわけだ。本当にピーマンが嫌いなのかはしらんけどな。
「くっ、しかし私はサハリン家次期当主……だがアイナの今は今しか!!」
うん、どんなに頭が良くても所詮子供は子供ということか、ある意味ホッと……結局妹至上主義は変わってないか。
ハァ、仕方ないか。
「ギニアスは確か理系の評価は良かったな?」
「校内ならトップを、区内なら両手以内、コロニーなら両手足以内だと自負している」
マジでチートか。ひょっとしなくても俺よりも頭がいいな。ただ、欠点も多いから負けているという気にはならんがな。変態だし(大事なことなので……もう何度目だ?)
「なら士官学校の中でも開発や研究を専攻するのはどうだ。普通の軍人と違って主に後方任務が多いだろう」
ギニアスの成績次第と言えばそれまでだが、うまく行けばしばらくアイナを寂しい思いをさせなくて済む。