第三話
ギニアスは俺の勧めもって士官学校の中の研究開発を専攻することになった。
普通科は指揮官とはいえ兵士だから身体を鍛えるのに時間が割かれるが、研究開発なら自己管理さえできれば自由にできる時間が多いと聞いている。将来任官したとしても後方勤務がほとんどだからサハリン家の力やザビ家に話を通せば確実となるはず……そもそもサハリン家の跡取りを危険な部署に配属するとは考えづらいがな。
そういうわけで俺は士官学校に転入することになった。
ついでに言えば士官学校の普通学科は全寮制なので寮入りすることになる。
ギニアスは来年入学することになった。
研究開発系の学科は良くも悪くも実力主義、成果主義で士官学校は囲い込みの1つらしく、そこで学ぶことよりも卒業することに意味があるので多少時期が遅くなった程度で問題にはならないらしい。
簡単にまとめると軍属の科学者、開発者になることを同意し、守秘義務などを徹底させることが主と聞いた。
「それにしても寮生活か……」
思ったよりも早く自由を手に入れることができたな。
親の監視というのは大人の見識を持つ俺にとっては尊いものでもあり、煩わしいものでもあった。
別に何か隠れてやりたいなどということはないが、どうしても監視され続けると精神的に疲れる時がある。
これが親だけのものだったならいいが、俺の言っている親の監視というのは親から指示を受けた、もしくは義務がある使用人達も含まれている。
欲しい物はだいたい言えば手に入る(そんなに要望を言った覚えはないが)ほどの金持ちだ。しかしそれに比例するように自由も少ない。
まぁ分からなくもない。単純に子供だから……というわけではなく、誘拐などの防止もあるだろう。実際アメリカなどは親が子供から目を離すのは家の中だけ、なんていう場所もあるらしいしな。何より敷地が広すぎて迷子になったら探すのにマジで大変だろうし。
しかし、見張られている俺としては本当に辛かった。友達と遊ぶ時ですら両親のどちらかか使用人達が見張っていた。
ちなみに俺の部屋、めっちゃ広いがその代わり専属の使用人が2人とすぐ隣の控室に6人の合わせて8人が駐在していたので部屋にもプライバシーはない。
……で、1番大変だったのはやはりアースノイドの知識だ。
四六時中監視がいるということ俺の持つ知識もほとんど把握されているわけだ。そんな状態でうっかり知らないはずの知識を披露しようものなら下手をすると罪のない使用人に責任を背負わせる可能性がある……つい両親に、昨夜はお楽しみでしたね。なんて言いかけた時には我が事ながら冷や汗が出たぞ。
あ、両親といえば俺が家を出る時にまた父さんが顔をボコボコに腫らしていたな。というかウチの母は肉体派過ぎる。
ちなみに血に濡れたバールのようなものが落ちていたんだが……見なかったことにしよう。それと母をなるべく怒らさないようにも。
転入早々だが学校どころかサイド3全体が騒然とした。
60年代軍備増強計画、その計画そのものは広く知られていたがそう言った計画があるとは知っていても全体像は後でギレンさんに聞いたがジオン共和国の諜報部でも手に入れられなかったとそうだから市民が知るよしもないものだった。
そう、『だった』なのだ。つまり今ならそれが把握できているということでもある。
目の前にあるモニターに映し出されているのはまるで威圧するかのように……いや、紛れもなく威圧のそれだろう。
映し出されているのは60年代軍備増強計画によって新たに産み出された数々の戦艦達がその嫌になるほど逞しい巨体が器用に美しい編隊を組んで魅せつける。
さすが人類を統べている地球連邦、本気を出せばこれだけの軍隊をそう時を置かずに用意できるものなのか。
士官学校に転入するにあたって軍事知識に関して真っ新というのも舐められると思ってそれなりに詰め込んだ知識の中には地球連邦の既存兵器のカタログも含まれている。
特に戦場となるだろう宇宙の兵器は入念に調べた。
しかし、この観艦式という名の砲艦外交で並ぶそれはどれも俺の知らない艦ばかりだ。
希望的観測でいえば俺の知識が付け焼き刃だから知らないだけ、無知乙。悲観的観測で言えば全て新型艦で揃えられていて、連邦マジパネェ。の2択だ。
どちらにしても嬉しくない現実だ。
なんて言っても俺はこの観艦式をただただ見ているだけというわけにもいかない。
俺が今いるのは士官学校の特別試聴室で、この教室は無重力で円……円卓型ではなく立体的な円、つまり珠の内部にいるようなイメージだが、その玉の内側に席が設置されているため360度俺と同じように授業の一環として中央に設置されているモニターを見る生徒と監視の僅かな教員がいる。
そして俺が見るべきはモニターではなく、生徒達だ。
簡単に言えば人間観察だ。
本当の戦場に立った時にどうなるかはわからないが少なくともこの映像を見ている程度で及び腰になるような人間は裏切る可能性がある。
組織が崩壊する要因は大体において無能な味方と裏切り者だと思っている。もちろん運もあるがそれは言っても仕方ないので省く。
これが軍学校の一般兵の卵ならまだ被害は少ないだろうが未来の指揮官ともなると致命傷となることもある。
まぁ人間なんて単純なものではないからこの程度の人間観察がどの程度役に立つかは疑問だがな。
後日、ギレンさんに会うことあり、このことを軽く話すとレポート提出するように言われた。
私的に行ったものだからと断ったが、あくまで参考資料の1つだと強い口調で言われたので提出することになったのは余談だろう。
……参考資料というのが本当に対象のものなのか、それとも調べた張本人である俺のものなのかは気になるけどな。
ギレンさんなら後者な気もする。
さて、いきなり迷惑な大イベントがあったが士官学校での俺の成績は悪くない。
というのも国防軍が設立して……まぁジオン共和国もだが……6年しか経っていない。そして何より宇宙での戦闘は経験していても戦争なんて呼べるほどの大規模なものは未だ起こっていない。
そうなると考えられる戦術というのは今までのものを柱とする以外は賭けに等しいため選択の余地がなかったようだ。おかげで使える知識が多くて成績の底上げになっている。
このおかしな知識によれば経済と戦争は割と似通っている部分があるからと兵法書や戦術書の知識を有していたのは嬉しい誤算だな。
ただ、俺達は戦略の基本の数で勝ることができないのはわかりきっているので既存の戦術では粘ることはできても勝つとまでは難しいのもまた事実。新しい戦術を見つけ出さないとこのままだとただの犯罪集団で終わる可能性が高い。
あのギレンさんがなにも考えていないとは思えないけどな。