第二十二話
大規模人事がなぜネズミ達を騒がせるかというとその内容が直前まで極秘とされ、ザビ家とほんの一握りの幹部達しか知り得ないからだ。
というのもザビ家と近い俺ですら知らないということからその極秘度がわかるだろう……まぁその人事を決めるための人物評を作っていてそれどころではなかったというのが真実だが。
ただ、この人事でダイクン派は結構な数が窓際に追いやられる。
まぁ正確に言えば能力のないダイクン派が、だ。
ジオン元首相は理想主義者であるがゆえか、それと関係なくかはわからないが自身の信頼度を重視していた。その弊害とでも言えばいいのか、能力と役職が釣り合わない人事を行っていることがしばしばあり、それが今まで続いていたのだ。
それを正しただけ、というわけではもちろんないがある程度は正しさを混ぜることによってこちらの都合を押し込めば反論するにも容易い。いつの世も建前って大事だな。
ついでに言えばその建前を用意するための調査も俺達がやったものだ。信頼されているといえば聞こえが良いけどよ……良いように使われているだけな気がするのは気のせいじゃない……が気にしたらいけないのが(ブラック)軍人なのだ。
さて、そんな敵も味方も大混乱な人事異動だが、差し迫った問題が1つある。
それは――――
「なんで俺達まで異動になってんだ?」
「ギレン閣下のご指示だからです」
「そりゃそうなんだが」
シンシア中尉もわかっているだろうに。
別に新しい役職が嫌なんて言っているわけではないし、元の隊を離れるのが嫌というわけでもない。
しかしだなぁ――
「なんで掛け持ちなんだよ!」
そう、仮呼称ユーリ隊は解散することも俺が解任されることもなく、表向きは何ということはない至って普通な兵站の一部を担う部署だ。
そこから異動というのならわかる。いや、たしかに公式的には異動とはなっているんだが、新しい部署とユーリ隊を兼任するように言われているのだ。
ギレン閣下は俺を過労死させたいのだろうか?
「大丈夫です。ケラーネ大佐なら」
「なかなかシンシア中尉は男を奮い立たせるのが上手だな」
「恐れ入ります」
「可愛いお嬢さんにそこまで言われるなら男冥利に尽きるってもんだ」
あ、また表情が強張ったな。本当に可愛いやつだな。
まだそれほど長いとは言えないが共に過ごしてわかったことだが、この顔を強張らせるのは照れているのを隠しているようなのだ。
どうも綺麗や美しいという言葉は言われ慣れているが可愛いは慣れていないため照れが顔に出るのを隠したのがこの強張りだ。
なんて可愛いやつだ。あまり言い過ぎて慣れられると困るから言わないけどな。
ギレンさんがギレン総帥となってから半年が経った。
上を下への大騒ぎだった人事は混乱こそあったが騒動になることはなく(させなかった)、地球連邦もザビ家の統制が上手くいっていて動く時期ではないという判断を下し、なんとか平穏な日々を護ることに成功し、今日に至る。
そして――
「ノリス大尉、6ヶ月もの間ご苦労だったな」
「ハッ、労いありがとうございます」
ダイクンの遺児達を無事地球に送り届け、安定するまでの間のサポートをノリス大尉が直々に行っていた。
報告書ではまずインドに降りてインドネシア、中国、アメリカ(ハワイ)、アメリカ(ニューヨーク)そして最後にイギリスに腰を落ち着けたようだ。
これが旅行だったなら羨ましい限りだな。
イギリスに落ち着いた理由はイギリスは未だに貴族の特権が許される地が残っており、そこにダイクンのシンパがおり、安住の地に相応しいと判断したそうだ。
地球にそんなものがあったのか……思ったより旧時代の名残りは根強くあるのか?まぁ宇宙世紀が始まって70年しか経っていないからなくはないのか?1度ちゃんと調べておくか。思わぬ搦め手として使えるかも知れないからな。
「それと昇進おめでとう」
「ありがとうございます」
そしてそれを見事に熟し、その功績を持って彼らは昇格することとなった。
これぐらいの階級になればギニアスが万が一にも指揮官として動くことがあったとしても副官にすることもできるだろう。
あのシスコン研究馬鹿は外面的には紳士な振る舞いするのに内側……つまりプライベートな部分が入ると途端にコミュ障(狂気)を発揮して周りをドン引きさせる上にブレーキはぶっ壊れているんだからなかなかに難物だ。
そんな奴の面倒を見られる存在はアイナか目の前のノリス大尉ぐらいだろう。
ちなみに俺は無理。たまに付き合う、こっちの都合に引っ張り込むならともかく、ギニアスの日頃の管理なんて絶対ストレスで胃がやられる。そしてギニアス自身も胃がやられて誰も幸せにならない結末しか残されていないからな。
ついでに言えば――
「いや、本当に助かる。これ以上、ギニアスの面倒見るの無理」
うん、そうなんだ。
ノリス大尉が留守でアイナは士官学校、ギニアスに意見できる人間がいなくなった。
仕方ないので俺がその役割をすることになったんだが……口で言ってたら本当に殺し合いになりそうなぐらい言い合うことになるので最近は最初から眠らす(絞め落とす)ことにしている。
というかギレンさんはこのことを見越して俺を研究開発部に所属させたとしか思えない。慧眼といえばそうだが全然嬉しくない。
「ご苦労おかけしました」
「いや、貴官に苦労をかけたこっちが言うことじゃなかったな。すまん」
上司というのは部下の前で弱気、疲労、愚痴は言ってはならんのになぁ。まだまだ未熟、毎日が修行だな。