第三十五話
「いや、悪いデータではないってのはわかるんだ」
ここのところオッゴ開発でメイ軍曹と話す時間が増えて色々と知識がついたから以前よりは理解できるようになった。
その上で俺が把握しているジオニック社が開発しているMSの情報と並べると――
「性能はいいのは確かなんだが……」
そう、性能はいいのは間違いない……が今、ジオン公国が決めようとしているのは主力兵器だ。
問題は希少金属の使用量が多いこと、木星エンジンという熱核ロケットの性能がいい反面整備性が悪い上に繊細であることだ。
これらは主力兵器、つまり大量生産を行う上では致命的になり得る。例えその基礎スペックが良かったとしても数が揃えられない、揃えたとして維持コストが馬鹿にならない、何より――
「なあ、連邦軍の……特に地球に配備されている銃が昔とそんなに変わってないか知ってるか?」
少し考えてからこう口にした。
「地球連邦ができてから脅威らしい脅威がいないからでしょう。進化させる必要がない」
「違うな」
「むっ、ではケラーネ大佐はどうお考えで?」
「信頼と実績だ」
「それはそうでしょうがMSなんていう新兵器に言われましても……」
「まぁそうだな。だが、実績はどうにもならないが信頼は大事だろ?」
「ええ、もちろん」
「ならその信頼を具体的に言葉にすると、だ……俺達の命を……真実文字通り、命を預けられる兵器だ。その点だけを見れば正直このMSは不安がある」
「……」
「まず第一に維持コストや整備性が悪いこと。これ、どう考えても量産兵器としては致命傷だ。どんなに高性能でも肝心な時に壊れて動かないでは話にならない」
「それはもちろん承知して――」
「本当にわかっているのか?」
「……そのつもりですが、何かご懸念が?」
「このMSが主力機として選ばれた場合、何機が製造されると思う?」
「情勢にもよりますでしょうがとりあえずは戦術開発のために30機あたりでしょうか」
「そのあたりだな。で、本格的に量産が決まれば派生機、改良機で2000は軽く超えることになるだろうな」
「そうなれば嬉しい――」
「それで、このMSのメンテナンスができるメカニックの育成が追いつくか?」
「え?」
「別に生産コストが悪い、維持費が高い程度ならいいんだ。その分だけの働きがあれば文句はない。しかし、これを現場で使うには間違いなくメカニックが必要だ。このMSは木星エンジンを筆頭として機体自体にも随分と余裕がない設計だな」
木星エンジン。
ツィマッド社のMSはこのエンジン有りきに設計しているのが丸わかりだ。確かに悪くないどころかちょっと頭がおかしいんじゃないかと思う性能をしている。最終的には地球環境でクソ重たいMSを飛行させようってんだから頭がおかしくないとできないだろうけどな。
その理想には惹かれるものがあるが……現物を見ていなくてもデータの上だけでわかる。おそらく木星エンジンはもちろんのことその推力を耐える機体そのものもかなり繊細な代物だろう。
そんな繊細な機体で戦場に出られるのか、耐えられるのか、兵站を支えきれるのか。
「このあたりの疑問をちゃんと応えられるのか?もちろん軍人が納得ができるように」
「……無理、ですね」
「というわけでこのままでは間違いなく開発機体のまま終了するだろうぜ」
「……」
「というわけで次のステップに行こうか」
「はい?」
「このままお前らの機体使えねーよ、なんて言って終わりはさすがにねーぞ?」
ここまでクレーム入れといて何も言わないとかありえないだろ。クレーマーは無責任な客だけで十分だ。
国は身体、企業は心臓、物流は血液、国民は細胞。
まぁ人によってはそれぞれがそれぞれ違うだろうが、俺はこう思っている。
企業という心臓が止まれば物流という血液は止まり、国という身体は死んでしまう。
なら心臓を止めないように……いや、その手前の心不全になる可能性を摘んでおくことを個人的な努力でしても問題ないだろう。
「まず今期の主力機は捨てるべきだな。多少のスペック差ではジオニック社からもぎ取るのは難しいってわかってるだろ?」
「……そう、ですね」
「んで俺が提示できるのは1つは精鋭向けの機体。MSは昔々の航空機のように個人技が光る戦車のようなものになると思っている。そこで精鋭のMSは間違いなく需要が生まれるはずだ」
「なるほど、ウチの機体はその機動力からいきなり主力機には向かない可能性があるとは思いましたがそれを逆手に取ると」
「そうだな。ただ問題は色々とあるが最大の問題は主力機となるMSとの操縦性の互換だ」
「そうか、操縦性が違えば精鋭はまた精鋭から育て直す時間が必要、と」
「ああ、そんな時間も金も余裕がジオン公国にはあるかどうかはそっちで考えろ」
軍人である俺が自国の余裕の無さを語ることはできない。まぁ言っているに等しいけどな。
「2つ目は今回はスッパリ諦めて次期主力機に切り替えることだな」
「しかし……」
「まぁ難しいだろうが、個人的にはこれを薦めるな」
「なぜでしょうか」
「ここでツィマッド社が抜ければジオニック社のMSに決まるわけだろ?」
「でしょうねぇ」
「ただ、決まったとしてもそれが完成形態ではないだろう。しかしMSというベースは作ってくれるわけだ」
「……なるほど、基礎を作らせてその後をいただくと」
「更に言えばどうせ次世代機を作る前に改良を強いられる。そこに割り込んでもいいし、割り込まずジオニック社に任せて負担を与えて次世代機の座を狙いやすくするのも有りだな」
「ケラーネ大佐はなかなかやり手ですなぁ」
そうかねぇ?割と普通の見通しだと思うんだが。
「さて、俺が言えることはこれぐらいかねぇ」
「ありがとうございます。よく検討させていただきます」
「言うまでもないと思うが、俺は貴社がどのような方針を取ろうと文句を言うつもりはないので気にはせんでいいぞ」
「ええ、ケラーネ大佐がそれほど狭量とは思っておりませんよ」
「ならいい」