第三十七話
「ククククッ、随分と派手に喧嘩を売ったな。ユーリ大佐」
「売ったんじゃなくて買ったつもりですが。ギレン閣下」
「そうだろうな。お前は昔から比べると言動は荒くなったが真面目なのは変わらんからな」
信頼されているようで何よりだ。
「しかしもう少し上手く立ち回ることもできただろう?ゆっくりと、それこそ真綿で首を絞めることだってできただろうに」
「いや、できなくはないが自分の妹相手にそれをやらせるか?」
「別に構わんぞ。殺すなら事前に打ち合わせを頼むぞ。処理が面倒だ」
「……」
「冗談だ」
いや、めっちゃ真顔で怖いことをさらっと言わんでくれ。後、絶対何割かは冗談じゃないよな。
「キシリアと対立関係となった以上、これにも目を通しておけ」
そう言って渡された資料を見てみると――
「ゲッ、ジオニック社はともかくアナハイムとも繋がってんのか……おっと失礼」
「ここには他に誰もいないのだから気にするな」
大体俺と話す時は誰もいない。不用心な、とも思うが信頼されていると思うとどうも言いにくい……まぁこんな会話、誰かがいるところでできるわけないがな。
「キシリアは公にしているサイド6にではなく、月に留学させていた。我々が独立するにあたり月は必要不可欠だというのは今更説明するまでもないだろうが、そのパイプとしてそれなりに使えるだろうとキシリアを当てたんだが……今の所上手く躾けられたと見える」
「なるほどねぇ」
人脈作りをするのは一般的に思われているより難しいことだ。
人との繋がりというのは柵(しがらみ)を多く作ることでもある。それを上手くコントロールすることができなければ雁字搦めで動けなくなるか、好きなように利用されるかのどちらかになる。
そしてギレンさんはキシリアはコントロールできず操られている……ように現時点では判断しているようだ。
「身内贔屓とは思いたくはないがやつにも多少は才能があったと思っている。そしてそれが間違っていないなら――」
「今回の対立はキシリアがあえて作り出したものである可能性があると」
「そのとおりだ。もっともそうであっても私に根回しをしないあたり少々失望しているが」
確かに、偽りの対立にしろ本当の対立にしろ是非はともかく、そうするという話をしておくだけでまだ敵か味方か判断を迷わせることができる。
それが根回しすらないなら敵方に寝返っているという想定で対策を立てるし、もしそうでなければ能力を疑われるだけになる。
実際兄妹なのに早くも見切りをつけ始めているからな。ギレンさん。
「まぁ有害かもしれんが殺すのは無しだな」
「不本意ながらそのとおりだ」
ザビ家の長女の死なんて地盤が固めきれていないジオン公国にとって致命的な隙になるだろうな。暗殺だったらなおさら。
「仲違いの件を漏らせば犯人候補筆頭は間違いなくお前だな」
「最悪はその方向でいいぞ。どうせ表に出られなくなるだけだろ?」
どうせ今でも半分以上裏方なんだから表に出れなくなる程度なんの抵抗も……強いて言えばシンシア少佐を巻き込む可能性があることか……あれ?割と重要案件じゃね?
「自己犠牲……というわけじゃないだろうが君の献身はどこから来るのか興味があるな」
「俺の行動原理か」
あまり考えたことはなかったな。
ザビ家とのつながりと世情に流されて、という側面が強いがそれだけならここまで何かをする必要はない。適当に手を抜けばそれなりの地位についてそれなりに過ごしていたはずだ。
つまり俺には別の動機があるということか……んー……強いてあげるなら――
「下剋上は男のロマンだろ」
「お前の定義では国も自分に含まれるのか。なかなか大物だな」
「それもまたロマン。ギレンさんも少なからずそういう思いはあるだろ」
「……ふむ、意識したことはないが言われてみればそうだな」
お、珍しく悪人面じゃない笑顔じゃないか。
「それでギレン閣下はどのように」
不安そうに訪ねてくるシンシア少佐が可愛くて仕方ない。
「1人なのに爆笑していたよ」(爆笑とは正しくは大勢が笑うことで、正しくは1人なら大笑い)
「笑ってもらえただけ良かったではありませんか」
安心したようで、ホッとため息を漏らす……よほど心配していたようだ。
まぁ俺が悪いんだけど。
「ついでにこんなものもらってきた」
ピラピラっと指令書を見せると途端に不安そうな表情が戻ってきた。
しまった。もう少し配慮すべきだった。
「転属だってさ」
「左遷……でしょうか」
「心配しなさんな。むしろ栄転……か?まぁ外から見りゃ左遷だろうがな」
「?」
「転属先は――」
――ペズン――だ