第五話
士官学校に入って1年が経った。
その間に成績上位、具体的にはトップ10入り……マジでやってトップが取れないあたり世の中には上がいるんだなと改めて実感……したり、ギニアスが入学してきたり、そのギニアスが女子の人気を掻っ攫ったり、そしてアイナの愛を熱く語って周りを引かせたり、逆にアイナに興味を抱いた男子とと決闘騒ぎになったり、俺主催でパーティーを開いたら招待もしてないのにギレンさんが来たりとなかなか充実した時を過ごしてきた。
さて、その楽しい時間は終わるかもしれない事態へと移ろうとしている。
それはニュースでこんな報道がされたからだ。
『英雄ジオン・ズム・ダイクンと盟友デギン・ソド・ザビに亀裂か?!』
こんな話は芸能人のスキャンダルと同じぐらい出てくるのでいつもどおりだろうと思っていたんだが大手の出版社が足並みを揃えたかのように取り上げることで真実味が増し、巷でも騒ぎになり、それは士官学校でも例外ではなかった。
ジオン派、デギン派という派閥が今まで以上に明確に分かれて派閥争いが発生することになった。
ちなみにデギン派のまとめ役は……なぜか俺になってしまった。
テンション的な意味で目立つというのは問題ないが、こういう立場的なもので目立つのはあまり喜ばしいことではない。
いや、こういう上位層で生きていくなら目立つ、名を売るのは良いことではある。だが、それは命あっての物種で、士官学校の派閥のまとめ役なんていう非公式であやふやな立場はかなり危険な位置だと思っている。まぁ乗り越えられるとメリットがあるからこそ我慢して努めているんだが。
それとこのジオン首相とデギンさんの対立騒動が表沙汰になったのは実はデギンさんが、もしくはギレンさんが仕掛けたものではないかと踏んでいる。
なぜそう思ったかというとギレンさんが俺主催のパーティーに来た時に――
『士官学校での派閥関係は調べているかね』
と聞かれたのが主な要因だ。
いくら士官候補であると言っても普通はそんな人間関係を調べている人間はあまりいない……まぁ本人どころかその家族まで調べていた俺は普通の部類に入らないだろうがな。
もちろんギレンさんに渡したんだが、なぜか呆れられた。いや、自分でもどうかと思うが一学生にそれを要求したあんたもあんただからな?
ちなみに渡したデータを軽く流して見て言われた一言が――
「報酬は期待していいぞ」
というものだった。
報酬、つまり俺のことを一人前と扱うと決めたようだ。
嬉しいような嬉しくないような……自分が子供というには違和感があるが今、俺は間違いなく無責任な自由を謳歌していたんだがなぁ。
大人なんてものは嫌でもならなくてはならないものだと記憶がある俺は知っている。だからこそ今が尊いものだということもわかっている。
それを捨てるには惜しいと思ってしまうのは仕方ないことだろ。
その反面、ノブレス・オブリージュという言葉も思い浮かんだのも事実だ。
身分が高い者は社会的責任を果たす義務があるという考え方で、それは未成年であっても例外ではないのだろうと納得もできた。
簡単にまとめると、エリートはエリートなりに犠牲は付き物だということだ。記憶にある政治家などが世間ズレして失笑していたが今なら政治家がなぜあんな体たらくだったのか少しは分かる気がする。
ともかく、ギレンさんが俺のパーティーに来たのはこの騒動を起こす上で士官学校の状況を知る必要があったのだろう。一体何をするために、何を得るために行動したのかは知らないが随分と派手に動いたもんだ。
「ここでの派閥争いはほぼ一方的だな」
もともと国防軍のあり方がデギンさんが推したものなので当然といえば当然なのだが、7対2で圧倒的デギン派で染まっている。ちなみに1は中立派だが、優しい優しい取り込み工作をしているのでそう遠くない内に取り込みは完了するはずだ。
「この前のパーティーでユーリがザビ家との繋がりがあることを見せたのだから当然だろう」
そうか、アレも一種の取り込みの策だったのか。そこまでは気づかなかったわ。
ちなみにギニアスは珍しくパーティーに参加していたな。ほとんどパーティーに来ずにアイナを愛でて愛でて愛でているので参加しないと思っていたが一応招待したんだが、しれっとパーティー会場に居た時には驚いたのを覚えている。
ついついアイナも連れてきているのかと思って周りを探したが見つからず、本人に聞いてみると、アイナをこんな野獣が溢れる場所に連れてくるわけないだろうと真顔で言われた。
ギニアスのシスコンっぷりはもう諦めるとして、じゃあなんでパーティーに来たのか……謎だ。そして理由を聞いたら更にツンケン度が増したがなんでだったんだろうな。まぁ今更追求したところでまた機嫌を損ねられるだけだろうから言わんが。
「それでこれからの予定はあるのか」
「いや、特にはない。そもそも俺が動いたのはデギン派で士官学校を統一するためにじゃなくていらない争いを起こさせないためだからな」
「なるほど、だからノイエン・ビッターも一緒に動いているのか」
ビッターさんはデギン派でもジオン派でもなく、だからと日和見派でもない。あえて分けるならスペースノイド派、もしくはジオン共和国派だ。
政権の乱れ、利権争い、権力闘争など興味がなく、ただただスペースノイドの地位向上を目的に士官学校に入ったのだ。良くも悪くも真っ直ぐなそれに憧れはしないが尊敬はできる。実際士官学校内でも共同訓練で歩兵として動く軍学校の生徒達にも結構慕われている。
だからこそ本来ならこういったことで動かないはずのビッターさんを俺はこちら側に引き込んだ。
理由はさっきも言ったが必要ない争い、混乱を防ぐためだ。
こういう騒動は下から上に波及してしまい、誰もが予期しない事態に陥ってしまう可能性がある。最悪の場合、内部分裂を起こしてサイド3全滅……なんてこともないとは限らないからな。
「考えすぎだと思うが」
「それならそれで俺が勇み足だったってだけで済むから問題ない」
「そうか……では私はアイナが待っているので先に帰らしてもらう」
「ああ……協力してありがとな」
ギニアスの協力があってこそデギン派を早くまとめ上げることができ、初動で差をつけることができたのは事実だ。
俺だけだとできなくはなかっただろうがもっと時間がかかっただろう。
「ふん、ここで面倒が起きればアイナといる時間が減るから協力しただけだ。感謝される筋合いはない」
相変わらずの言い草だな、と思いつつ見送った。