第五十二話
「なんだい。私に文句でもあんのかい!」
「気概は認める……が、やはりやめておけ。これは俺からの善意だ」
2割ぐらいな。
残り8割は面倒だからなんだが口にはしないでおく。
「今まで話してきてわかったのはお前は言葉こそ荒いがこのマハルでは珍しく誇りと良識を持っていることが見て取れる」
「おだてても何もでやしないよ」
と鼻で笑い飛ばすが何処か嬉しそうにしている。若いなぁ……俺より年上だけどな。
「その誇り、良識が軍人には向かないんだよ。このスラムでもその年まで堕ちずに生きてきたんだ。わざわざ自分で堕ちる必要はないだろ」
徴兵されたならともかく、わざわざ自分から進んで地獄になんて来なくていいだろう。
「……私は市民権が欲しいんだよ」
「あー……なるほど」
市民権か。確かにその弱みにつけ込んで募集しているのは事実だからなんもいえねぇな。
市民と非市民では境遇が違う。例えば――
「市民権があればコロニー間の移動だって自由にできるし、病院にも行ける……何より子供にも市民権が貰えて教育だって!」
シーマの熱弁通り、身分証明が必要なものは全て受けられない。
別にマハルが市民権を与えないわけではないのだが市民権を得るのに金と仕事が必要だ。
金はわかりやすいから説明しないが、仕事というのは市民権を得てからの仕事という意味だ。
市民と非市民ではそれこそ住む世界が違い、非市民が市民権を得たとしても非市民出身者を雇う会社はほぼ存在せず、結局生活が維持できずに非市民に堕ちる。
その点、軍人になれれば非市民でも市民権は自動的に得られ、出身の違いで勤務内容に差があったとしても、冷遇されたとしても金の心配はなくなる。最終的には高額な年金までついてくるのだから将来もある程度は安心できる……なんて考えて――
「例えそれが戦場に出ることになったってね」
――るわけないか。
ここで普通に生活できているというのはバカみたいに飛び抜けているか頭がいいかのどちらか、そしてどう見てもバカの類じゃない。なら頭がいい方だろ?ならこれぐらいのことは理解できていて不思議じゃない。
「というか独立、戦争って叫んでる中流の奴らの方が自覚がないんじゃないかい?自分達が何を口にしているのか」
「くくくっ、ちげーねぇな」
実際は自覚が足りないのはそれぞれの階級の中位以下ってイメージだけどな。どこの階級の上位も今回の戦争で自分達を次の階級を目指そうとしていて、自分達より下を煽っている。
そしてその煽りを大火事にならないように、やり過ぎて鎮火しないように、宥めて透かしているのが俺達の仕事だからよく知っている。
下流の上位から中位あたりに位置するシーマではそのあたりまでは掴めていないようだが、そこは隔絶した下流と中流の壁がある以上仕方ないことだろう。
「とはいえお前が本当に戦争を理解しているのかは疑問だがな」
「そりゃ私だって殺しなんてしたこと――」
「よく戦場を殺し合いの場、なんて言うが、戦争がそれほど甘い場所じゃない。本質は虐殺……弱者を殺して回ることだ」
軍人同士が殺し合うのは殺し合い。だが、戦場では殺し合いで終わることはまずない。
「武装もしていない、抵抗する意思もない人間を殺す。それができるか?例え相手が年端もない子供でも」
「……」
そう、戦場では兵士を殺すだけでいい。しかし、戦争ってのは人を大量に殺す。
その覚悟がいる。シーマ・ガラハウにはそれができるとは俺には思えなかった。