第五十七話
実験は新たな可能性を発見するかもしれないが、それが軍事的に使えるかわからない以上は大事な戦力をそちらに費やすのはうまくない。
しかし、科学者というのは言って言うことを聞く存在ではない。特にジオンの科学者は。
おそらくこのまま却下したところで別の研究や開発の予算を横領し、人や物資、設備も無断で使用することだろう。
しかも今回調べるのは主に脳であることを考えれば精神が大きく影響することは俺でもわかる。
MSパイロットの脳を好き勝手弄くられたら危なくて仕方ない。科学者というのは倫理や道徳などというものを軽く無視する上に報連相もろくにできない者が多い。
つまり、許可を出して監視をつけ、野放しにしないことがベターということになった。
「……で、なんでこのちょっと特殊な人間のことをニュータイプなんて呼称を使っていやがるんだ?」
「研究者の中にダイクン派の方がいらっしゃったのでそれが原因かと」
あー、なるほど。
ダイクン派が政治家や軍人ばっかじゃないわな。
熱烈なダイクン派がこんな普通じゃない人間を知ってしまえばニュータイプと言い出すだろうよ。しかも宇宙で真価を発揮する空間把握能力の高さが宇宙に適応したと受け取られ、拍車を掛けるんだろうが……面倒な。
「いいではないか、もし成果が上がったらプロパガンダとして使える」
「さすがに無謀じゃないか、ギレンさん」
ダイクン熱は未だに消えていない。
それが再熱した場合、ギレンさんでは……いや、ザビ家が総出でも鎮火できるかどうか。
「むしろここで潰そうと動けばお前の信用が落ちる。そちらの方が問題だ」
「そう言われると反論しにくいんだが」
現存するダイクン派を丸呑みしている俺にとっちゃやりにくくなるだろうさ。
だが、今ザビ家が倒れれば国が倒れる……なんて俺が言わなくてもわかっているだろうけど心配にもなる。
「しかしあの強さを不確かな実験で潰すのは惜しいのも事実だ」
倍以上の敵に対してほぼ無傷で勝ってしまう部隊なんて今の所ハウンド以外存在しないし、これからも大きく数が増えることはないというのは科学者達も同意見だ。
「だからこそ人工的にニュータイプを生み出すことができるなら……」
そう、科学者達が研究したいと言い出したのは……あまりこの呼称を使いたくはないがニュータイプを人工的に生み出す方法の開発だ。
もし本気でやるなら少年兵などよりも外道なものに堕ちる必要がある。
独断で進めてよかったのだが、以前までとは違い閣下と呼ぶ立場になったおかげで防諜がしっかりしているので相談がしやすくなった。
まぁそもそも俺も今となっては表舞台に立っちまったから俺の失態は間違いなくギレンさんも巻き添えになっちまう可能性が高い。というか喜んで小火を煽って大火事にしそうなやつが兄妹にいるからなぁ。
あ、言い方がまずかったか。別にキシリアがギレンさんを嵌めるってわけじゃなくて火消しをしようとして油を注ぐ(大粛清)しかねないって意味な。
ギレンさんがスキャンダルで倒れたらそもそもザビ家の信用はガタ落ちしてキシリアの立場なんて消し飛ぶことぐらい……わかっているはず……わかっているよな?そこまで箱入りじゃないよな?
「それでお前の意見は」
「研究自体はしてもいいがハウンドでやるのは賛成しかねるって感じだな。数千で5人もいたんだ。探せば他にもいるだろ。それこそ――」
もっと年齢を引き下げれば。
「ならばそれでいこう」
「いいのか」
「今更手を汚すことに躊躇いなどないよ」
「心強い上司で助かるよ」