第六十五話
「……くっ、殺してやりたい」
「いや、さすがに殺意を向けられるほどのことをした覚えはないぞ」
「ちょっと前に調子に乗ってた自分自身に言ってんだよ」
「なるほど」
あれから連戦してみたものの、シーマは結局敗北に次ぐ敗北を重ねること20戦。
途中からはシーマにハンデとして満載のムサイ(つまり+ザク3機)を追加したり、ガトルを追加したりしたのだが、ギリギリのところで敗北。
ハンデまでつけて敗北したことにシーマは思いの外ダメージを受けていた。
ハウンドの軍人としての訓練(つまり半人前以下)すら終わっていない現状であれば上々なのだが、調子に乗ってしまった上に20連敗もした本人にとっては些細なことである。
それにハンデとして戦力を増やされたが、実質逆ハンデとなってしまっていた。
どういうことかというと戦力を増やせば単純に強いというわけではないことにある。
シミュレータはあくまでシミュレータであるがゆえに全ての戦力の管理はプレイヤー1人が行うのだがシーマは初めてであるために処理能力が落ちてしまい、全体的に精度が荒くなってしまったのだ。
最初は気づかなかったユーリだったが2、3戦したところで気づいたものの、これも訓練だとあえて指摘せずに勝ちを拾い続けた。
「じゃあ次はノイエン中佐か」
「うむ」
「どっちがいい」
「ではジオンで」
「じゃあ俺は連邦な」
戦術シミュレータは基本的にジオンVSジオンの形式で戦うことはあまりない。なぜなら日々実機訓練で行われているからだ。
これにはジオンには連邦の戦闘機に匹敵する戦闘機が存在しない(ガトルでは性能不足)ため仮想敵となり得ないのだ。もちろんジオンの技術を持ってすれば再現はできるがわざわざ仮想敵を作り出すために連邦に警戒心を抱かせるようなものを作るのは非効率である。
だからこそ戦術シミュレータでは日頃行えない、本来の敵である連邦相手で行われるのだ。
ちなみにジオンVS連邦で行われる場合は戦力比は1対5が定められている。
ノイエンが率いるのはユーリと同じハウンドを想定してのチベ3隻、ザク24機。これを1とするならサラミス、もしくはマゼランが15隻、トリアエーズかセイバーフィッシュが120機がユーリが率いる戦力だ。
普通に考えれば絶望的な戦力差だ。
ただし――
「ちっ、連邦側だとミノフスキー粒子は本当に厄介だな」
連邦側はミノフスキー粒子対策をしていないことを前提にしているシミュレーションであるため、誘導兵器や火器管制システムが麻痺してしまい命中率が落ちてしまい、通信手段もなく連携ができずに機動力が低下するという仕様だ。
「それにノイエン中佐相手だときついな」
ノイエンの戦術は傾向としては守備傾向で、局地で有利を作り出して出血を強いて自身は最小限の被害に抑えて少しずつ削り取るような戦い方をしている。
ユーリは命中率の悪さでMS相手に戦うのは分が悪いと感じ、数の利を生かして防衛網を突破して母艦であるチベを沈めようと試みる。
「は、速い」
シーマは2人の手が素早く動き、次々と艦隊や機動部隊を動かしていくのをみて驚きの声を上げる……が、実戦では使えずシミュレータでしか意味がない技術でしかないのだが、それがわかるほどの教育も済ましていないのだから仕方ないことだろう。