関曹 黄巾
「叛徒へと身を堕ちし者達よ」
その声に聞き惚れ――
「主張があるだろう。思いがあるだろう。しかし、法を守りし民を襲うは等しく罪人である」
その出で立ちに見惚れ―――
「されど一度のみ慈悲を与えん。武器を放棄し、膝を地につけた者には働きを持って罪を償うことを許そう」
民を思っての怒り、民を思っての悲しみ、民を思っての苦しむ、その表情に惚れ――
「だが、慈悲を理解せぬ者にはこの関羽雲長が等しく死を与えん」
有言実行するかの如き戦を魅せ――
「敵将討ち取ったりぃ!」
見事な武を知らしめる戦果を上げた。
「欲しいわね」
これは黄巾の乱において、華々しい戦果を上げる関羽が超強いストーカー(曹操)との戦いの記録である。
一つの戦場が終わり、そこには屍が積み重なっていた。
そして現在は上の方針(袁術)で疫病対策のために死んだ者達の埋葬……という大工事の真っ只中である。
何万という人が死に、それを埋葬しようと思えばどれだけの墓穴が必要か考えれば工事と言っても差し支えがないことが想像できるだろう。
その工事の中に、本来なら将軍を支える副官というありえない役職を持ちが混ざっていた。
関羽である。
彼女には他にもやらなければいけないことは数多くある。
だが――
叛徒でも民。民を叛徒としたのは国であり、民だけの罪ではない。
今回の叛乱は政府の腐敗が原因なのはわかっている。それがわかった上で叛徒(民)を討った。
一方的に悪だと断じ――
「それに目を瞑って斬った自身との違いはあるのだろうか」
罪滅ぼしというつもりはないが何かやっておきたいという思いで関羽も埋葬作業に加わることにしたのだ。
「もしかすると貴女は初陣だったのかしら」
そこに話しかけたのは曹操孟徳だった。
誰かはわからなかったがその雰囲気から将官の類……しかも只者ではないとみた関羽は服を叩き土埃を落として姿勢を正す。
「賊の討伐程度ならありますが、本格的な戦は初めてです」
「私達のような年齢なら当然でしょうね。むしろ賊退治でも経験があるだけでも偉いわよ」
「ありがとうございます。私は関羽雲長。北方討伐軍副官を務めています」
「あら、失礼しました。私は曹操孟徳。陳留太守を務めているわ」
(曹操孟徳……彼女がお嬢様が言っていた要注意人物か)
関羽は袁術から幾人か警戒すべき人物を教えられていた。
特に注意されていたのは自分と同じ家に生まれたがゆえに対抗意識がある袁紹、そして曹操孟徳だったわけだが……なるほど、と関羽は頷く。
(この覇気は間違いなく傑物のそれ。お嬢様が警戒するのもわかる)
もっとも袁術が警戒するように言ったのは引き抜きや暗殺なんてものではなく、ただただ貞操の危機に関してだったのだが。
「貴女と少し話したいわ。この後お食事でもいかがかしら?」
「大変申し訳ありませんが仕事が詰まっていまして……」
一般的な断り文句ではなく、本当に仕事が詰まっている。
しかし、これが関羽自身の身を助ける選択となっていたことを知る由もないだろう。
「そう……残念ね」
本当に、心底、マジで、血反吐を吐きそうなぐらい残念そうにする曹操につい関羽は――
「後日予定が空きましたらご連絡を――」
「本当に?絶対よ?」
関羽に近寄り、手を握って再度確認(脅し?)をする曹操……そしてこっそりと握った手をニギニギして感触を楽しんでいたりいなかったり。
「は、はい」
勢いに負けて、というわけではないが確約させられてしまった関羽。そしてめっちゃ嬉しそうなというか嬉しさが溢れる曹操。
警戒するように言われた相手の誘いに乗ってしまったことに対する自身への迂闊さに内心頭を抱えるのと同時に、本人はわからずだが本能的に警戒レベルが上がる。
「楽しみにしているわね」
……更に警戒レベルが上昇した。