関曹 黄巾三
「じゃあ少し待っててもらえるかしら。仕上げをしてくるから」
ここでまさかの置いてけぼり。
これは曹操の策略の一つである。
まず、対面にいきなり座ると関羽がいつまでも落ち着かず、下手をすれば手早く食事を済ませて帰られる可能性がある。
そこで一度冷静さを取り戻させてマナーを守らせることでゆっくりとした時間を過ごすように誘導するための一環なのだ。
更に――
「あの、曹操殿はどちらに?」
「フフフッちょっとした歓待の準備よ」
そう言い渡して曹操は部屋を出る。
向かう先は……厨房だ。
なにせ今回の食事会に使用されている食材から調理まで全て曹操の手によって行われるという本気と書いて堕とすと読むぐらいの意気込みだと言える。
ついでに胃袋も掴んで引きずり出そうという……実に重い女だ。
「数だけが多い黄色い賊を討伐するなんかよりもよほど難しい戦いになるわね」
ちなみにこの二人きりの食事会を開くにあたって夏侯惇と荀彧を説得するという重労働があったのは言うまでもないことだろう。
「仕留めてみせるわ」
この気合いの入りように夏侯惇と荀彧どころか日頃はクールな夏侯淵すらも嫉妬していたりする。
埋め合わせをすることになっているが随分と高いものになるだろうが、そんなことすら気にしないぐらい曹操は燃えていた。
「さあ、やるわよ!」
その気合いは既に気配すらも感じさせないほどの距離が離れているにも関わらず関羽に寒気をさせるほどのもので、つい持ってもいないのに青龍偃月刀へと手を伸ばさせるほどだった。
「待たせたわね」
曹操は大量の料理を持った使用人を十五人ほど引き連れて戻ってきた。
「いえ、ゆっくりさせていただきました」
「それは良かったわ。じゃあ配膳するわね」
使用人が次々と料理を置き、関羽と曹操に一礼して去っていく。
その姿はよく教育が施されているのがわかる仕草で、関羽は感心していた。
何に感心しているのかというと使用人として教育されている武人をこれだけ抱えているからだ。
曹操の使用人は誰もがそれなり以上の戦闘能力を保有していることを関羽は見抜いたのだ。
袁術のところでは使用人はただの使用人で雑務(書類仕事は雑務に含まれるぞ。ここテストに出るから要チェックじゃ)を熟す以外には求められていない。
普通に考えれば袁術の方が一般的なのだが、関羽は武人だからか使用人すらも一定の技量を保有した武人でもあるというのは新鮮だったのだ。
「さて、取り分けするわね」
「ありがとうございます」
料理は膳ではなく大皿で用意されており、この場合のマナーでは最初は主催側が取り分け、その後は各々で取り分ける……のだが曹操はこの後も関羽の分も取り分けるつもり満々だったりする。
(それにしても……)
関羽は目の前の料理を見て違和感を感じる。
半数は俗に言う高級料理の類で、上流階級の者達しか口にしないようなもの(吾のところでは食堂で頼めば普通に出てくるがの)だが、違和感の正体は残り半数だ。
その違和感は全て宛で流行っている料理(つまり吾が作ったなんちゃって現代料理じゃ)が多かったのだ。
何らかの意図を感じるが関羽をこの段階では察することはできなかったが――
「これは――まさかこの料理、全て曹操殿が自ら?!」
「あら、後で言おうと思ったのによくわかったわね」
サプライズが失敗したというのに嬉しそうな表情を浮かべる曹操。関羽の驚いた表情もその答えに辿り着く速さに更に惹かれる。(吾はドン引きじゃがなー)
料理に込めた意味。
それは――曹操はあえて関羽にとって親しみのある料理を手ずから用意し、更にアレンジを加えることで自身の料理の腕を示したのだ。
「お嬢様が曹操殿の料理の腕を絶賛していましたから」
「美羽ったら――」
(関羽にお嬢様なんて呼ばれているなんて――――羨ましいわね!!)
――――――
三部で終わる予定だったんだけどなぁ。