第十話
覚悟を決めてバリケードを押さえるのをやめる。すると瞬く間にバリケードが吹き飛ぶ、と同時に人差し指を失った男が流れ込んで来た――狙い通りだ――
「フンッ!!!」
勢い余って倒れ気味になっているので背中が丸見えだったので両手を組んで――俗に言うダブルスレッジハンマー、アニメ・マンガ界隈ではオルテガハンマーともいう――を全力で叩き込む。
「――――ッ!!!」
俺の全力の一撃はさすがに何か特殊なことをされているだろう男でも耐えきれず、手応えからしておそらく上部胸椎を粉砕したな。多分一生障害が残るだろうが自業自得だろ。
男は地面に倒れ込み、ビクンビクンと痙攣しているがそれ以外の反応がないあたり無力化は達成したと思う。
さて、後4人か。
とりあえず撃たれる前に改めて丈夫そうなバリケードの裏に身を隠す。
「強化兵を格闘戦で――しかもあんな子供が一撃で倒すだと?!化け物め!」
こっちから言わせれば組織的対立はあっても敵対ではないのに自爆テロする奴らに化け物なんて言われたくないな。
それにしてもやっぱりこの倒れている男と前2人はブーステッドマンの初期型?もしくは類似計画の産物らしいな。
そして後ろ2人は管理側の人間なんだろう。前2人と随分距離をとって安全を確保している。
この光景を見ているとコーディネイターとナチュラルの関係を見ているようだ。同情しないでもないけど、こっちも死にたくないからそれどころじゃない。
さて、こうなると前2人を盾にしても躊躇せず問答無用で撃たれる可能性が高いわけか、捨て駒戦法ってのは思った以上に厄介だな。
……とりあえず敵の弾薬を減らすか?弾倉を替える時ならチャンスが生まれるだろ。
敵の配置を気配で感じ取って流れ弾が万が一にもラファエルの方に行かないようにバックヤードとは反対側を走る。
4人共反射的に俺に向く。もちろん拳銃の銃口も、そして――
「よっ、とっ、ほっ!」
当然銃弾も向かってくる。
「こ、こいつ?!銃弾を躱しているのか?!」
そんなことができたら苦労はしないっての。
正確には銃口が向いている方向で弾道を予測してトリガーを引く動作を見て走る速度や身体の向きや体勢を変えているだけだ。コーディネイターならこの程度のことなら誰でもできるよ!(そんなわけがない)
「ちっ、強化兵!前に出てあいつを殺せ!さすがに正面から戦えば負けないだろ!」
そう指示を飛ばした理由はこちらの狙い通り弾が尽きたようで後衛の2人が装填の間は前衛の強化兵とか言うのに肉弾戦をさせて仕留めに来るようだ。どうやらさっきの1人を倒したのは不意打ちによるものだと判断したようだ。
格闘戦はむしろウェルカムだ。
「ナチュラルは無能って自分から立証しに来るなんて手間いらずだな!」
「…………」
俺の挑発に後衛2人は怒りMAXって感じだが、前衛2人は感情が無いように言われるがまま淡々と各々素早くナイフを抜いて構えをとり、俺との間合いを詰めて来る。
構えから察するにアメリカ軍……この世界だと大西洋連邦か……の格闘術だろう。強化兵の雰囲気ではそんなに複雑や駆け引きはできそうには見えないのでこれがフェイクということはないはず。
「――!」
掛け声がない。つまり格闘家が使う呼吸法を使用していない……いや、使うまでもなかったということか。
格闘家にしてもスポーツ選手の掛け声にしてもアレは呼吸を絞ることで力が引き出すためにやっていることだ。
ただ、目の前にいる強化兵のナイフとそれに混ざってくる拳の威力や速度、技量から考えると身体能力は平凡なコーディネイターに並ぶかもしくは平凡から1、2歩程度出たほどで格闘センスは感じられるため、そんな細かい技術を無視しても問題にならないだろう。むしろ呼吸でタイミングを読む格闘家にとって逆に強みになるはずだ。
「だが未熟!」
薬だかなんだか知らないが無理をして身体能力をコーディネイターのレベルにまで上げて基礎技術を疎かにするなど――甘い!ヌルい!未熟!
「理性を失った者はこの程度か」
呼吸を読まれると思うならそれを隠す技術を身に着けさせればいいのであって捨てていい道理ではない……が、才能の有無以前に強化兵には無理な話か?試験運用だから未完成品だったという可能性も捨てづらいな――と床に横たわる強化兵と呼ばれた2人を見下ろしながら思う。
「なっ?!強化兵が一瞬でやられただと?!」
鍛え方が足りねーんだよ。格闘家でよく言う心技体というのはスポーツであろうが人殺しであろうが重要度に変化はない。その3つのうち強化兵は2つしか満たせていない。というか心に関しては0点だからな。もし強化兵が俺よりスペックが優れていたとしても負ける気がしない。
そりゃ痛みがなくて感情希薄なんて狩れないわけがない。
効率重視にまっすぐな攻撃に、こうすれば騙しやすいとわかっているフェイント、感情希薄から起因して自分を犠牲にしても命令通り相手を殺そうとする行動、スペックがいいだけあっていい動きではあるがいい動きが過ぎる。そのせいか、まるで俺が未来予知能力を手に入れたかと思うぐらいに強化兵の動きが手に取るようにわかった。
ちなみに未熟なコーディネイターは心技体は心技が足りないことが多く、強化兵とは真逆のベクトルで未熟なものが大半だ。体の優秀さに胡座をかいて傲慢さ、怠慢さで技が身につかないか持て余す。
もしコーディネイターが皆ストイックだったらこの程度の強化兵は相手にならないだろう。(ミゲルの基準です。客観的評価ではない)
「さて、今降伏するなら情状酌量の余地……はないが、多少の擁護をしてやるけどどうする?」
「ふざけるな!化け物に捕まるぐらいなら――」
その言葉と共に再装填が終わった銃をこちらに向ける――が――残念。
「ぐがっ?!」
「――――ッ!」
「ナイス。さすが現役警察官殿。見事な捕縛劇でした」
「ほとんど終われせてやがる坊主に言われちゃ皮肉にしか聞こえねーぜ?」
悠長に降伏勧告をしていたのにはボブとケントがすぐ近くに来ていることに気づき、なら無理して俺が捕まえるよりも安全だろうと思い、こちらに引きつけた。結果は予想通りに2人は見事取り押さえることに成功した。
街中の銃撃戦をしていたにしては呆気ない幕引きだ。
「ハァ~……」
「ん、どうした。坊主。妙に重々しい溜息だな」
おっと、ボブに悟られたか。
つい溜息が漏れたが良くも悪くもテロリストとの戦闘はいつものことだから溜息なんて吐いたことはなかったから気になったのかもしれない……いや、そもそも現場でボブと会ったのはこれで2度目だから違うか。どうやら顔に出てたんだろうな。
「ちょっとね。思ったより早く経験をすることになったなって……」
俺がボブからはバリケードの奥に隠れていて見えない元お客様の死体に視線をやる。
ただ、死体こそ見えないが、夥(おびただ)しい血の量が何がどうなったかボブも察したのだろう表情が苦いものに変わる。
そして重々しい口調で喋りだす。
「……坊主のような若さでこんなことをやらせればこうなるってことはわかっちゃいたんだが……」
「責任は俺にあるんだから気にしないでいいよ。ボブ」
「……俺はトニーだって言ってんだろ」
ボブは俺にエアーガンを渡したことを後悔……とまではいかないだろうけど、気にはしているだろう。後悔をしていないという根拠はもし渡していなければ間違いなく俺とラファエルは死んでいたからだ。
「坊主の年齢じゃ女や酒に誘えないな」
「フッ、俺は母ちゃんのおっぱいでも吸っているさ」
「その返しはどうなんだ?」
「さて、弟が心配しているだろうからこのあたりで帰らしてもらうよ」
「車を用意してあるから乗ってけ。帰りにも襲撃ってのはさすがにきついだろ」
「世話になるよ」
「……本当に大丈夫か?」
「いつかは通る道だった。それだけさ」
そう、いつかは通る予定だった。それが今日になっただけ。何より――手の震えはもう止まっていた。