第九話
13歳になった。
いやー、エアーガンを受け取っておいて正解だった。
なぜなら何がきっかけかは知らないけど青秋桜達が火器を装備するようになったからだ。
幸いなのはスナイパーライフルで狙われなかったことか……まぁでもアサルトライフルの弾幕がマシと言えるかは疑問だけどな。
それと……俺は童貞を卒業した。
もちろん貞操的な意味で、ではない。
――俺は、初めて人を殺した――
「ちっ、こっちから仕掛ける前に仕掛けてきやがったか」
相手はもちろんブルーコスモスだ。
すれ違った通行人が暗殺者へと変貌して背中から定番の包丁を持ち出し、斬りかかってくる。(補足:包丁は現地で購入が簡単なため使い捨て暗殺者もどきがよく多用する)
その程度は日常茶飯事一歩手前な俺達には通じない。
「セイッ」
振り下ろされる包丁を握る手に拳で迎撃し、親指以外の指を全て骨折させて、力が抜けたのが見て取れたので包丁を奪い取り、鳩尾に前蹴りを見舞って無力化する。しばらくは吐き続けるはず……って、あれ?加減間違えたか、吐瀉物に血が混ざって――
「兄ちゃん!」
ラファエルの声と混ざるブレーキ音。
そちらを向くと――ワンボックスカーが見え、その後部ドアは既に開け放たれているところまで確認すると吐瀉物を吐いているババッチイ奴をそこへ向かって放り投げ、結果がどうなるか見ずに――
「うわっ?!」
ラファエルの首根っこを掴んでショーウィンドーを蹴破って入店する。自分でやっておいてなんだがこんな入店は迷惑だろうな。
そういえばショーウィンドーを蹴破った感覚から低クラスだけど防弾ガラスでできてたみたいだから普通に入ってきた方がよかったか?
「店員さん!テロリストが襲ってきてるから逃げ――」
このまま乱戦になれば間違いなく多くの死人が出ると思い、中にいた店員に警告をしようとしていたが途中で止める。
店員と客……だったものなんだろうけど、今はどう見ても哀れな肉壁と薄汚い暗殺者となっていた。
どうやらこのポイントで襲うのは偶発的なものではなくて青秋桜の計画だったようだ。
肉壁の脇下から銃身がこちらを覗かせ、トリガーに掛かった指が破壊をばら撒かんとかすかに動く光景だった。
しかし、俺の意思とは関係なく身体が勝手に動く。
ラファエルの前に立って庇いながらエアーガンを取り出す。
普通なら待ち構えられている段階で負け確、しかも人質と言う名の肉壁まで用意されたらなおのことだ。
だが、コーディネイターというのは俺が思ったよりも器用で速くて強く――何より――残酷らしい。
全てが後手に回ってなお――
「ラファエル、外を見てて。こっち見ちゃ駄目だぞ?」
――肉壁の肩口から覗く暗殺者の頭部を撃ち抜いた。
これがナチュラルとコーディネイターの違いか……コーディネイターはまだまだ奥が深いな。更に精進せねば。
「ちっ、手が震える」
肉壁から巻き込まれた悲劇の店員に警察に通報をお願いして逃げるように指示しつつも実は青秋桜の仲間ではないかとも伺いながらバリケードを設置しているんだが……手が震えて少し効率が落ちてしまっていた。
軍人という人殺しを行う組織を目指している俺が人殺しで動揺するなんて……心構えができていなかったとしか言えない。
将来はこのやり取りが普通になるのかと、俺の死に際がこうなるのかと思うとやはり精神的に来るものがある。
ああ、でも『自分の行き着く可能性が高い未来』と『殺し合いによる精神の摩耗』に対して恐怖を感じているだけで『人を殺したこと』については今は影響はない気がする。これは多分相手が青秋桜だからだろうな。自爆テロを起こす奴らを殺すのに罪悪感はそれほどないんだろう。
「これを切り抜けた後、どうなるかはまた別問題だろうけど」
PTSDなんて本人が自覚していない場合もあるぐらいだからな。典型的な眠りについたら夢に出てきて魘されることになるかもしれない。
家族に迷惑が掛からないようにしっかり防音を……ってそういえば今の家は防音されてたわ。
「兄ちゃん」
そんなことを考えているとラファエルの声が聞こえた。どうやら望まざるお客様が入店してくるようだ。
「ラファエル、ここに隠れてな。絶対顔を出すなよ?」
ラファエルをバックヤードに避難させる。
ここで迷うのは殺すか、生け捕りにするか。
1人殺した段階で後2、3人殺したところで気持ち的には変わりないつもりだ。
今までの青秋桜狩りで生け捕りにしてきたのはそれができるだけの余裕があったからで現状は余裕がない。
しかし――殺したら金一封はもらえるのだろうか?むしろ正当防衛を成立させるために裁判沙汰になりそうな予感がする。
さっき殺したやつは肉壁の証言があるから問題ないとして入店してきた5人を全員殺しても正当防衛が成立するか?
なぜこれほど裁判になるかどうか気にしているかというと、裁判になると理事国が出しゃばってくる可能性が高い。そうなると未成年であろうが相手がテロリストだろうがコーディネイターというだけで過剰防衛にされかねない。
問題は前科がつくことよりも実刑を受けた場合、収監される刑務所がどこかが心配だ。一応プラントにも刑務所は存在するが、俺の青秋桜狩りという経歴から察するに地球送りになる可能性も捨てきれない。刑務所でどんな扱いを受けることになるやら。
なんとか殺さずに無力化できたらいいんだが――どうやらお客様は全員入店完了した様子で人数は5名様、それぞれ拳銃を持参。幸い服は普通のものっぽくて防弾機能は無さそう。それに加えて予備の拳銃より小型の装弾数が1発か2発しかないようなやつを持っているっぽいな。動いて服が身体に沿った時若干変なシルエットが見えた。もしかしたら変な形のナイフという可能性もある。
ただ……動きが先に入ってきた3人が変だな。何が変かと聞かれると答えられないがとりあえず、バリケードの隙間から先頭を歩く男の拳銃を持つ手を――厳密にはトリガーに掛かっている人差し指を狙って撃つ――
「マジか?!」
この1年、エアーガンを使えるようにと鍛えてきたかいがあって、反動にも負けず、動いている相手にも狙い通り人差し指に命中して指が消失した……したんだが、痛がる素振りも声も上げずにこちらに向かってきたからだ。いやいや、コーディネイターでもそこまで人間をやめてないぞ。
人間やめた……って、まさか3馬鹿の試作機とか失敗作とか類似品だったりするのか――
「くっ?!」
こっちに近寄ってきている男以外の4人が援護するように撃ってくる。幸いその銃弾は俺が身を隠している場所のバリケードは貫通することはなかった。しかし、急造のバリケードだから隙間だらけだし、耐久力も場所によってマチマチで貫通している箇所もあるから安心できない。
あの拳銃が装弾数が何発か知らないけど、発砲音が12回聞こえた。多くて銃1丁に装弾数が13発程度だと考えても4人にはそれぞれ10発ほどが残っていることになる。
やばいな。こっちの残弾は7発。敵よりは多いけど牽制に使う余裕が殆どない。やっぱり無力化は難しいか?
「くそ!お前らそんなにバカスカ銃撃ちやがって!火薬で汚した分だけの空気税ちゃんと払えよ――って、ウオッ?!」
俺が押さえてバリケードがズンッと押される。
ナチュラルにしてはすごい力だなっ。やっぱり何かされているっぽいなっ。呼吸も必要以上に荒いしっ。回り込む頭もないっぽいしっ。
「さて、ここからは出たとこ勝負か」